その10

考えてみれば、1週間しか経ってない。なのに「いつも通り」という言葉が妙にピッタリな登校模様。
今日はどんな話をしてくるのかと思いきや、ちなみは黙ったまま元気なさげな様子。
俺も自分からはあんまり話す方じゃないので、お互い会話がないまましばらく歩き続けた。
学校まであと少しの所、交差点で信号待ちをしている時に呟くようにちなみが話し始めた。
『にぃに・・・ちながいると・・・めーわく?』
目を潤ませて顔を見上げる。下唇を噛み今にも泣きそう。
迷惑か?と聞かれれば迷惑だ。俺から大事な読書の時間を奪う奴だし。
だからと言って、居なくなっても・・・それはそれで寂しい。俺は一人っ子だから、兄弟とか居る
奴の気持ちは良く分からないが、多分似たような気持ちなんだろう。
普段は邪魔に思っているが、いざ居なくなると物足りないとかそんな感じ。
『ままが・・・にぃには・・・じゅけんせー・・・だから・・・めーわくになるって』
「そんな事言ってたのか」
『うん・・・』
何となく言いたい事は分かる。娘のせいで隣のお兄ちゃんが受験に失敗したなんて事になったら
親としては申し訳ないし責任も取れないだろう。
昨日、一昨日みたく土日も張り付かれてしまったら受験に差し障るが、登校下校とかなら問題ないはず。
俺自身の事よりも、ちなみがそこまで俺と一緒に居る事を大事に思ってくれるのが何よりも嬉しい。
「じゃ、俺から話しておくよ。大丈夫ですって」
『ん・・・ほんと?』
「あぁ、本当だ。でも、昨日とかみたいに、毎回遊ぶのはダメだぞ?」
『えー・・・なんで?』
「受験生だから。勉強もしないとだし」
ちょっと不満げな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。ころころ表情が変わるので
みててまったく飽きないな。
「でもさ、泣くほど俺と一緒に居たいって思うんだ?」
こう言うとみるみる顔が赤くなる。こういう所も面白いし、可愛いと思う。
『ち、ちがうもん・・・ないてないし・・・いっしょに・・・いたいとか・・・ちがうもん!』
ぽかぽかと殴りながら反論、まったく説得力もないのだけど。
『にぃには・・・ちなのやくにたって・・・それで・・・りっぱになるの・・・ぜったいなの!』
何故ちなみの役に立つと立派になれるのだろうか?今度じっくり話ししてみたいものだ。
まぁ・・・ちゃんとした理由じゃなさそうなので、聞くだけ無駄かもしれないが。
「でもさ、俺が高校に行ったら、こうやって一緒に学校も行けなくなっちゃうけどね」
ピタッと動きが止まる。そして不思議そうな顔でじっと見詰めてきた。
『なんで・・・?』
「何でって、どこの高校に行くかはわからんけど、同じ方向じゃないかもしれないだろ?」
『こうこうって・・・にぃにの・・・がっこうの・・・おとなりに・・・あるよ?』
確かに俺の学校の隣には高校がある。だが、その高校は県内でも有数の進学校であって、俺の成績では
入るのは殆ど無理だ。テストまであと4ヶ月くらいしかないし、今から猛勉強してもなんとかなるかは
分からない。
「いや、あそこはさ・・・ちょっと無理かな?」
『なんで・・・なんで・・・なんで?』
『何で』を連呼するちなみ。このお年頃の子供はやたらと知りたがるよなぁ・・・。
答えづらい事も平気で聞いてくるから困る。頭悪くて入れない、なんてカッコ悪くて言えないし。
「いや・・・まぁ、あそこは勉強が大好きな人が行くところなんだよ」
うん、間違ってないはずだ。俺は勉強嫌いだし、ちなみだってそのはずだし。
じゃぁしょうがないねって言うはずだ。そう思っていたが、予想外の言葉が返ってきた。
『じゃぁ・・・すきになれ・・・なの』
「え?いや、だって・・・勉強だよ?」
ちなみは何かを納得したように、うんうんと頷いた。
『そうなのです・・・べんきょう・・・きらいだから・・・だめなのです』
「何がダメなんだよ?」
『べんきょう・・・すきになって・・・おとなりの・・・がっこうに・・・いくです・・・きまり』
ビシッと指をさし命令してきた。こう言い出したら何を言っても聞かないだろうな。
俺だって家から近いし、いけるものなら行きたい。でも、無理して受けたって落ちてしまえばそれまで。
公立高校はどの学校も受験日が重なっているので、滑り止めは私立高校になってしまう。
親からはどっちでも大丈夫と言われているが、できれば負担の少ない公立高校に行きたいもの。
『・・・だめぇ?』
さっきまでの態度とは打って変わって、甘え口調で聞いてくる。
強い口調と控えめの口調を交互に使い分けるのはズルイと思う。確か、警察の取調べでも
思い切り攻めまくる役とその後に優しく接してあげる役が居て、攻められた後に優しくされると
つい自供してしまう・・・というのを読んだ事がある。ちなみは意図せずそれをやってしまうから
怖いものだ。
「・・・できるだけはやってみるよ」
そして俺もあっさりと陥落させられてしまった。
本当はカッコよく「任せておけ!」なんて言いたいけど、こればっかりは約束できないし。
そんな弱気の発言でも、ちなみは納得してくれたのか先ほどの笑みが戻っていた。

そんなやり取りをしたせいで、気がつけばちょっと遅くなってしまった。
あんまりモタモタしてると委員長がまた機嫌悪くしそうなので、やや早足で学校へ向かう事に。
小学校の前でちなみを見送った後、ふと土曜日の事を思い出す。

『あ、あの・・・その・・・私、別府君の事、実は・・・』

真剣な表情で言われたあのセリフ。委員長が何を言うつもりだったのか聞いてみないとな。
もしも好きですって言われたら・・・どうしよう。そう考えると、体が妙に熱くなる。
何て答えよう・・・俺も好きです、かな?いや、俺はそもそも委員長の事をどう思ってるんだろう。
今まではずっと何も意識してなくて、それがここ1週間で急に仲良くなって。
でも、好きかと言われれば・・・良く分からない。
付き合ってくださいって言われたら・・・多分、その言葉で恋に落ちる気がしないでもない。
そこまで考えて、はっと気がつく。
「世の中、そんなに上手く行くはずがない・・・よな」
考えてみれば、告白される前提で考えているが、違う事を言いたかった可能性もある。
期待しすぎれば、違った時のショックは大きくなってしまう。だから、余計な事は考えず自然体で
いくのが一番いい。
しかし・・・やっぱり期待は消し去れないのもまた事実なのだが。
教室に近づくたびに、徐々に心臓の鼓動が早くなる。
生まれて初めて告白されるかもしれないのだから、落ち着けという方が無理だ。
2度3度と深呼吸して、勢い良くドアをあける。
そして、続けざまに挨拶をしたが自分でも分かる位に声が上ずっていた。落ち着けと、言い聞かせて
教室を見渡す。
はやり、というか委員長はすでに仕事を終えて、席で本を読んでいた。
机に鞄を置く時に、委員長と目が合ったがすぐに逸らされてしまう。これは・・・やっぱり
そういう事なのだろうかとテンションが押さえきれないくらいあがる。
地面に足が着いていないような気持ちで黒板を消す。その最中もずっと意識は後ろの委員長の方へ。
いつも以上に長く感じる仕事を終えて、いよいよ自分の席へ。
チラリと委員長を見ると目が合い、そして逸らされてしまう。
そんな事を何度と繰り返して、やっとこっちから切り出す決心がついた。
「あのさ」
『あの・・・』
同時に言い出してしまい、なんだか気まずい空気だ。
「あ、委員長からどうぞ」
『別府君からどうぞ』
またもや同時に譲り合う。しばらく「委員長から」と『別府君から』というのを交互に繰り返して
俺からいう事になった。
「いや、大した事じゃないんだけどさ・・・土曜日さ」
その言葉で委員長はビクリと体を振るわせる。
『ど、土曜日が・・・どうかしたんですか?』
「その・・・ちなみとおもちゃ屋に行ったじゃない?」
小さく頷く委員長。良くみれば顔が赤くなっている。多分、俺も同じなのかな?
大きく息を吸って、言葉を続ける。
「俺にさ、何か言いかけたでしょ?俺の事がどうのって・・・なんだったのかなって」
『あ、あの事・・・ですか』
やや俯き、落ちつかなげに両手を組んでは離してを繰り返す。
委員長の次の言葉を待つ間、俺も俺で凄く落ち着かない気分でいた。
これだけ間をもたせるって事は、やっぱりそういう事なんだ。自分の中で疑問が確信に変わる。
しばらくして、顔を上げて見詰める委員長。
『その・・・私、別府君の事・・・あの・・・』
今度は顔を逸らさないで真っ直ぐ見詰めたまま。心の中でこっそりと「委員長ガンバレ」と応援。
何度も喋りだそうとして口をつぐんでを繰り返す。
『す・・・』
やっと搾り出せた言葉。『す』で始まる単語なんてアレしかないだろ!

『すごく前から知ってたんだから』

頭の中が真っ白になった。意識が遠のいた、という方が正しいのかもしれない。
やや間が置いて、委員長は続けざまにアレやコレやと話し始めた。実は同じ保育園だった事、俺が
ずっと本ばっかり読んでましたよね?って。
ほらやっぱりそうじゃないか、俺の予想なんてこんなもの。思ったとおり都合のいい事になんか
ならないんだよな。
そう思ったら、なんだか笑いがこみ上げてきた。俺、カッコ悪いなって。
そんな様子を見て、委員長が言葉を止めて不思議そうに首をかしげる。
「あはは、ゴメン。てっきり告白されんのかと思ってさ」
『そ、そんな事・・・あるわけないじゃないですか!』
全力で否定された。
結局は俺の一人相撲で終わった。これも失恋って言うのだろうか?
でも・・・まぁ、ちょっとは楽しい思いもできたし、これはこれでよかったのだと思う。
この後は保育園時代の話しになった訳だが―
「委員長の事、覚えてないんだけど」
『別府君の隣で本読んでたじゃないですか?そんな事も覚えてないなんて、信じられません』
「言われてみれば、確かにメガネの娘がいたような・・・」
『はぁ・・・私が覚えているんですから、別府君だって覚えてないとおかしいですよ?』
そんな感じで一方的に文句を言われ続けた。
はぁ・・・やっぱり委員長が俺の事を好きだなんて、ありえないよな。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system