その12

校舎に備え付けられている時計を見ると、約束していた時間を大分過ぎていたのが分かった。
きっと委員長の事、チクチクと色々言ってきそうだ。
ため息をつきつつ図書室のドアを開く。ざっと室内を見渡して、一番隅っこの方で委員長の姿を見つけた。
多分、単行本でもよんでいるんだろうなと思っていたが、意外にも机に突っ伏して寝ているようだ。
流石に待たせすぎたか・・・こりゃ、めちゃくちゃ怒られるな。
「委員長・・・起きてる?」
恐る恐る声をかける。すぐに返事はなかったが、やや間を置いた後にそのままの体勢で返事があった。
『起きてます』
俺の事なんてもう知らない、という感じなのだろうか。今の俺にとっては、委員長が命綱と言っても
過言ではない。だから、機嫌を直してもらわないと、目指す高校へは進学できない。
「あのさ・・・遅くなってゴメン」
『別に気に・・・してませ・・・ん』
気にしていない、という割にはそっけない言い方。それに、全然顔も上げてくれない。
どうやらちょっとやそっとでは機嫌を直してくれなさそうだ。
『もう、良いんです。違う高校に・・・最初に行こうとしてた所へ・・・行ってください』
続く委員長の言葉が心にグサッと突き刺さる。自分からお願いしておいて、待たせたあげくに
約束も守らなかったんだ。どうせ隣の高校に行きたいって気持ちもその程度だったんだって思われても
仕方ないよな。
それならまずは、俺がどれくらい行きたいって思ってるか見せないと。その上で、ちゃんと説明して
分かってもらおう。
「委員長、頼む!俺に力を貸してくれ」
怒っているのか、呆れているのか、どちらかとだと思っていた。
しかし、起き上がった委員長の顔はそのどちらでもない別の表情。目に涙を溜めて、今にも
泣き出しそうな程顔を歪めていた。
「・・・泣いてた?」
『な、泣いてなんか・・・いません』
慌てて涙を拭うと睨みつけてきた。
あくびをして涙が出た、とかそういう感じじゃない。悲しいとか悔しいとかそっちの方だ。
何で泣いて居たのかまったく理由が分からない。俺が居ない間に何かあったのだろうか?
「委員長、何かあったのか?」
『何かって・・・な、何もありません!』
強い口調とは裏腹に、目に涙が浮かぶ。こんな状態で何も無いって言われて、信じられる訳ないだろう。
こんな状態じゃ、勉強どころじゃない。
とりあえず、委員長の隣の席に座り次の言葉を待った。委員長はじっと机の一点を見詰めたまま
まるで彫刻か絵画のように微動だにもしない。時折する瞬きで、そうではない事がかろうじて分かるくらい。
図書室の人気の少なさも相まって、時が止まったような錯覚を覚えた。
その中で、やっと委員長が口を開いた。
『ちなみちゃんと・・・ずっと一緒なんですか?』
予想外の言葉だ。何故知っている?どこかで見られた?それが何の関係があるんだ?
色々な疑問が浮かぶ。
「な、何で・・・」
『答えてください!』
口調と表情から察すると興味本位で知りたい程度ではないのは間違いない。それが委員長を泣かせてし
まった事とどういう関係があるのかは依然として分からないが。
「朝一緒に来て・・・帰りも・・・帰ってるよ、一緒に」
今更隠し事をしてもしょうがないので、これまでの事を正直に答えた。最初に隣の高校へ行こうと思い
立った理由、一旦諦めたけど委員長が勉強見てくれるって言ったから再度頑張ってみようと思ったこと。
そして、ちなみの面倒も引き続きみたいという事。
一通り説明し終わると、委員長は大きくため息をついた。
「きっかけは色々あったんだけど、どうしても行きたいんだ。だから、勉強を教えて欲しい」
『嫌です』
再度頼んでみたが、結果は変わらず。目の前が少し暗くなった。
だけど、ここまで来たら一人でも出来るだけはやらなくては。ちなみとの約束でもあるし、今は
それ以上に、自分自身への約束でもある。
勉強については教師に相談してみよう。多分、真っ先に志望校を変えろと言われそうだが。
そんな事を考えていると、委員長が再び話し始めた。
『もし落ちたら・・・私は責任をとれません』
「落ちたら俺の力不足だろ?委員長は関係ないんじゃ」
『間接的には私のせいにもなるんです。だから、自分の実力にあった所を受験してください』
「もう決めたんだ。たとえ委員長が反対したって変える気は無いね」
『将来を棒に振るような事しないでください!』
「自分で決めたんだ。後悔はしないし、結果がダメでも誰のせいにもしない」
いつの間にかお互い立ち上がって言い争っていた。周りを見ると、数少ない図書室の利用者が
何事かとじっと見ている。その視線で俺も委員長も少し冷静になれ、椅子に座って小声で話を続けた。
「滑り止めも受けるし、大丈夫だって」
『だからって無謀すぎます。別府君が気にしなくても、私が気にするんです』
「俺の気持ちを曲げさせて、別の所を受験させれば委員長は満足なの?」
自分でも意地悪い事を言ったと思った。心配してくれて言ってくれているのは
分かっているが、気持ちを固めた俺からすれば、そう聞こえてしょうがない。
『そ、それは・・・』
「それとも、同じ高校を受験するライバルを減らそう・・・とか?」
『な・・・ち、違います!私だって、出来る事なら別府君と一緒に通いたいです』
冗談で言った一言に意外な反応があった。俺と・・・一緒にって?
言った本人は、しまったという表情。そして、段々と顔が赤くなってきた。
『い、今のは・・・言葉のあやです!お、同じ中学出身の人が多い方が良いという意味ですからね』
まさかちなみみたいに、委員長も俺と一緒に登下校したいとか・・・ありえないよな。
でも、この慌てぶりがどうしてもそう思わせるのだけれど。
気がつけばさっきまでの険悪な雰囲気は無くなり、いつも通りの感じに戻っていた。
あのまま喧嘩別れにでもなったらそれこそ勉強どころではなくなるので良かった。
「とにかく・・・この話はここまで。委員長がさっき言ったように、俺は勉強しないといけないんだから」
『・・・』
立ち上って鞄をつかみ、出口の方へ歩き出そうとした。しかし、ぐいっと何かに引っ張られる感じ。
振り返ると委員長が上着の裾を掴んでいた。
『どこへ・・・いくんですか?』
「えっ・・・いや、とりあえず担任のところへ行って相談しようかと」
俺の顔と床とを交互に見ながら、何か言いたげに口を動かしている。
この期に及んで、まだ何か言いたい事があるのだろうか?
『わ、私が・・・教えます』
委員長からでた言葉は予想外の一言だった。
「でもさっき嫌だって」
『合格する確立を考えて、他の高校を進めたかったからです。でも、変えないなら・・・合格する確立
 が高くなるように・・・わ、私と一緒に・・・勉強・・・しましょう?』
最後の方は消えそうなほど小さな声。でも、勉強しようと言ってくれたのは分かった。
委員長は鞄から乱暴に筆記用具や問題集らしきものを引っ張り出し、俺が座っていた席に広げ始めた。
『な、何をぼさっとしてるんですか?時間は待ってくれませんよ?』
「え?あ、あぁ・・・わかった」
『まずは別府君の実力が知りたいので、この模擬テスト問題をやってください』
「いきなり!?」
『時間は30分。はい、スタートです』
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ」
『いーえ、待ちません。さっさと始めてください』
何だかんだ言いつつも嬉しそうな委員長を見ていると、ちょっと安心感を覚えた。
とはいえ、まだまだスタートラインに立っただけ。頑張るのはこれからだ。

「まじかよ・・・」
30分のテストを終え、今は採点中。答案には赤ペンでバツマークが書き加えられていく。
国語は普段のテストでもそこそこの点数は取れていたし、問題もそこそこ分かったと思っていたが。
「あれ?これなんか違うの?」
自信の回答にバツが付けられる。もしかして、合ってるのにバツを書いてるんじゃないのか?
字が汚いとかそういう理由で。
俺の疑問に委員長は採点するペンを止めて、ため息をつきいた。
『問題を読んでください』
「次の文章を読んで、あてはまることわざを記述せよ」
『はい』
「二つを同時に得ようとして、どちらも得られなくなる事。2頭追うものは1頭も得ずだろ?」
『違います』
ジロリと睨まれる。一体何が違うというのだろうか?もしかして、漢字を間違えたとか?
何が違うのか分からない事を察して、回答の下に正解を書き始めた。
「二兎追うものは一兎も得ず・・・え、ウサギを追ってたの?」
『小学生レベルですよ・・・』
委員長が深いため息をついた。
「知らなかった。勉強になったよ」
『問題外ですよ』
どうやら、自分で思ってた以上にダメらしい。点数の欄に書き加えられた数字は、二桁ではあったが
合格とは程遠い数字。答案を前に二人とも黙ってしまう。ヤバイ・・・これは委員長に見捨てられるか?
『これは・・・教え甲斐がありそう・・・ですね』
「え?」
予想とは違って、笑顔の委員長。そんなに嬉しいのか?それともダメすぎて、笑うしかないという事か?
でも見捨てられるわけではなさそうだし、初歩から頑張っていくしかないなと思う。
『では、次は数学です。はい、スタート』
「休憩くらい入れない?」
『ダメです。さっきの様子じゃ、時間がいくら合っても足りなさそうですから』
結局この日は下校時刻ギリギリまで実力テストをさせられたのであった。


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