その14

階段を駆け上がる音で目が覚めた。この音は・・・俺の平穏をぶち壊すアイツか。
はぁ・・・とため息をつきつつ時計を見ると、昨日よりもさらに10分くらい早い。
勘弁してくれよ、と思いつつ布団を深く被る。
ガチャッとドアが開く音、そして『とー』という間の抜けた掛け声のあと、体にズシッと圧し掛かられた。
布団を少し開けて確認すると、案の定ちなみだ。
『にぃに・・・あさ・・・おきるです・・・』
「まだ早いよ」
『はやおきしないと・・・めーなの・・・にぃには・・・ほんとうに・・・だめだめです』
ささやかな抵抗を試みたが、掛け布団を剥ぎ取られ断念。冬の訪れを告げる寒さに身震えしつつ、朝食を
取るため下の階へと降りていく。
一番最初はこっちから迎えに行ったのに、いつの間にか迎えに来てもらうのが当たり前になったな。。
ご飯の後はちなみにせがまれ、出発ギリギリまで二人でゲームに興じた。

登校中、二人で手を繋ぎながら、ちなみが昨日見たアニメの話をする。
『それでね・・・びゅ〜〜〜んって・・・どかーんって・・・もわわって・・・すごかったの』
「へぇ〜、そうなんだ」
身振り手振りで説明する最中も手を離そうとしないのが可愛いもの。何だかんだ言って、やっぱり
俺と手を繋ぎたいんだな。ちなみがあと10年くらい早く生まれてきてたら、結構嬉しいことになってたん
だろう、と毎度思う。
やがて、小学校の前に到着。ずっと繋いでた手が名残惜しそうに離される。
「じゃぁ、頑張ってな」
『にぃにこそ・・・べんきょう・・・がんばらなきゃ・・・めーですよ?』
あさっての方向を向いてニコッと笑い昇降口の方へ走っていった。どうせなら、こっち向いて
笑って欲しいのだけど、今日も元気そうで何よりだ。
姿が見えなくなるまで見送ると俺も教室へ歩き出す。
『別府君』
不意に声をかけられて振り返ると、そこに居たのは委員長。
「あ、おはよう」
『おはようございます』
ここのところずっと俺より早く来てたのに、後に来るなんて珍しい。
「俺より後になるなんて、今日は寝坊でもしたの?」
軽く冗談を言うと、むっとした表情になった。
『い、いけませんか?私だって、たまには寝ていたい時もあるんです』
プイッと顔を背けると、ツカツカと先に歩き出す。やれやれ、冗談で言ったのに図星だったとは。
気がつくと、かなり距離が離れてしまったので慌てて追いかける。
「ま、待ってよ委員長」
『知りません』
朝からちょっとした追いかけっこをするハメになってしまった。

朝の仕事が終わり、一息つく間もなく勉強スタート。昨日貰った問題集を開くと、委員長が覗き込んだ。
『ふ〜ん・・・一応、手はつけたわけですね』
自分から言い出したわけだし、家でもそれなりにやった。しかし、イマイチやったという実感が
沸かない。ただ問題を解いただけ、そんな感じだ。
「なぁ、これで大丈夫なのか?」
『一日二日で効果があるなら、誰も何ヶ月も前から受験勉強なんてしません』
なるほど、もっともな意見だ。やっぱり、ずっと積み重ねていった結果がテストに繋がるのか。
だとすると、そんな後の後まで今のやる気が持つか心配になってくる。
『そうですね・・・』
問題集を手に取り、パラパラとページをめくる。そして、最後の方を開いて机に置いた。
中を見ると今授業で習っているような内容。これから教科書を見直さなくても、すんなりと解けそうだ。
『期末テストの範囲ですし、この辺からやりますか?』
「あ、そうか。学校のテスト対策にもなるし、これならすぐに結果が分かるな」
『そういう事です』
隣で委員長も勉強道具を取り出し、二人で問題を解き進める。
やがて一人、また一人とクラスメイトが教室に入ってくる。教室がざわつき始めにつれ、周囲がうるさいと
と集中できない性格がゆえに、どうにも勉強がはかどらない。
「委員長、この辺にしといていいか?」
周囲を軽く見渡し、軽くため息。『しょうがないですね』という表情で、朝の勉強会が終わったを告げた。

放課後、委員長に鞄を預けて外へと急ぐ。しかし、ちなみの姿はない。その代りに、正門の側に生えている
木の枝に赤いリボンが結ばれていた。
「あいつ・・・」
このリボンがあるという事は、先に帰ったという証。何だかんだワガママ言ってても、ちゃんと我慢する所は
我慢しないといけないという事が分かっているみたいだ。
・・・たまたま今日は友達と遊んで帰るというだけかもしれないが。
それでも一旦家に帰ってまた戻ってくる手間を考えればありがたい。リボンを解いてポケットに仕舞うと、図書
室へと急いで向かう事にした。

「委員長」
図書室へと続く渡り廊下の真ん中で委員長に追いついた。声をかけられた委員長は少し驚いた顔。
そりゃ、家まで一旦戻ってまた来れる時間じゃないから驚くのも当然か。
「今日は先に帰ったみたい」
『でも、まだ着てないとかって可能性も』
「大丈夫だよ。ちゃんと帰りましたっていう印があったからさ」
そう言いながら赤いリボンを取り出しチラリと見せる。それをどう使っているかは分からないはずだが
なんとなく納得してくれたようだ。
『そうですか』
そう言うと、窓の向こうを少し遠い目で眺めた。
ちょっと嬉しそうな表情に胸がドキッとする。告白とかありえないと言われたわりには
キスしてと言わんばかりに目を閉じたりと、昨日もドキドキさせられたっけ。
委員長の本当の気持ちはどうなんだろう。そんな事を考えながら、隣で同じように遠くを見る。
俺の心とは違い、雲ひとつ無い青空が眩しく感じる。
『それでは、今日は時間もたっぷりありますし。ビシビシ行きますからね?』
「お手柔らかに頼むよ」
軽く笑いあうと、図書室へと向かう事にした。

昨日と同じ隅っこの席に座り、勉強会を始める。
解き始めたばかりの問題集だが、すでに分からないところがかなりあった。しかし、いきなり質問攻めも
少し悪い気がしたが、聞かなければ先に進めないので思い切って聞いてみる事にした。
「あのさ、委員長。やっててさ、ここから・・・このへんが分からないんだよ」
問題集を見せると、何故だが委員長の顔がほんのりと赤くなった。そして、落ち着きなさげに
俺の顔と問題集とを交互に見てる。
「もしかして、いきなり委員長も分からない所?」
『ふぇ?あ・・・ち、違います!この辺ならもう完璧ですから』
そう言うとさらさらと解き方と回答を書き始めた。確かに完璧のようだけど、さっきの仕草はなんだったの
だろう?もう1度委員長の方をみると、今度はしょんぼりという表情。
「あのさ・・・ここも聞いていいかな?」
『どこですか?』
ゆっくりと近づいてきて、肩が触れ合うくらいの距離で止まる。なるべく意識しないでおこうとしても、
ついつい女の子特有の甘い匂いに気が行ってしまう。
集中しないといけないのは分かっているけど、やっぱりこればっかりはしょうがないよな。
『別府君、聞いてますか?』
はっと我に帰ると、ノートに答えが書いてあった。
「あ、ゴメン・・・ちょっとぼーっとしてた」
答えてしまったと思った。こんな事言ったら怒らせてしまう。せめて、もう少しゆっくりとかそういう
言い訳の一つでも言った方が良かったのに。案の定、委員長はちょっと不機嫌な顔で説明をし始めた。
『ちゃんと集中してください。でないと、まったく意味がないですから』
「分かってる。次からは気をつけるから」
『本当ですか?もし同じことがあったら、罰ゲームですからね?』
罰ゲームと聞いて、昨日の事をふと思い出した。そういえば、昨日委員長は何か面白い罰ゲームを
考えてたような感じだったはずだ。
「その罰ゲームって何?」
『そ、それは・・・その・・・』
口ごもる委員長。人には言えないような事をさせるつもりなのだろうか?
やや間があった後、ゆっくりと話し始めた。
『えっと・・・わ、私がお買物に行く時の・・・荷物持ちとか・・・です』
案外普通だった。いや、予想していたわけではないが、もう少し体罰的な事とか、ちなみじゃないが
お菓子を買うとかそっちを思っていたのだけど。
「そのくらいなら、罰ゲームにならないんじゃないか?言ってくれれば―」
『すっごい重たいのとか、持ちにくいものとか持ってもらいますから。もう、すごく大変なんです!』
そう言い放つと、委員長は自分の問題集を解き始めた。やや拍子抜けな感じも受けるが、それでも
ある意味で安心して間違えられるので、ちょっとは落ち着いて出来そうだ。
ただ・・・やっぱり委員長に密着されると落ち着けない事には変わりは無いが。
『ここは・・・こうですね』
「あ、あぁ・・・うん」
『ちゃんと聞いてましたか?』
「大丈夫だよ、聞いてたから」
一番集中力を使う時が、分からない所を教えてもらう時というのはどうなんだろう、とか思いつつ
気が気じゃない勉強会は続く。

そんなこんなで下校時刻となり、たまたま通りかかったと言い張るちなみと一緒の下校風景。
委員長とちなみは俺には聞こえないくらいの声で何やら話し合っていた。
何を話しているのか凄く気になるが、二人の雰囲気はそんなに悪くなさそうなので、あえて聞かないでいた。
多分聞いても『二人だけの内緒』などと適当にあしらわれそうだ。
とりあえず今後もこんな感じの帰り道になりそうだし、二人仲良くしてくれるに越した事はない。
そうだ、受験が終わったら3人でどこか遊びに行くのもいいかもしれないな。委員長は誘ったら断られそう
だが、勉強を見てくれたお礼の意味でも何かしてあげたい。遊園地とかならちなみも楽しめて良いのかも。
その時、俺自身が心から楽しめるためにも今から頑張らないといけないなと、二人の背中を見ながらそんな
事を思った。


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