その15

「それでは、始め」
掛け声と共に一斉に紙をめくる音、そしてペンを走らせる音で教室中はいっぱいとなる。
俺もテスト用紙をめくり、問題を解き始める。
1問解くごとに沸く「間違いなく正解だ」という実感。その感覚に酔いしれながらペンを走らせると
解答欄が瞬く間に埋まっていった。
ちゃんと勉強していれば、テストはこんなに楽しいものなのか。
開始15分、テスト用紙を裏向き伏せ、戻ってきた時は何点だろうとワクワクしながら眠りについた。

『別府君、起きてください』
隣に座る委員長の声で目が覚めた。ぼんやり時計を見ると、テスト終了時間。
慌てて答案用紙を提出しに行く。未提出で0点だったら笑い話もいいところだ。
『あのですね・・・ダメですよ』
席に戻るなり、委員長からダメだしを受けた。
「昨日は遅くまで頑張ってたから、しょうがないよ」
『しょうがなくないです!何で時間をいっぱい使って、見直しをしないんですか?』
どうやら俺が早々に終わらせて、寝ていたのが気に食わないらしい。
全問正解だと自信もって書いたのだから、特に見直しなんか必要ないと思うのだが。
「大丈夫だって、入試試験ではちゃんと見直しするから」
『普段からそういうクセをつけてないと、いざ本番になってもなかなかできないものですよ』
「わ、分かったよ。次はちゃんとやるようにする。これでいいだろ?」
納得行かないという表情でプイッとそっぽを向かれてしまった。
この期末試験は入試とは関係ないが、勉強会の成果を試す意味もあるのでなるべく本番に近い
感じでやろうと話しをしたんだっけ?
「委員長、ゴメン。機嫌直してよ」
『知りません。これで点数低かったら、もう勉強見てあげませんからね?』
問題集の半分くらいしか終わってない状況で放り出されては堪った物ではない。
続く2教科分のテストは、まさに死ぬ気で取り組んだ。
そんな俺の姿勢が伝わったのか、本日最後のテスト終了を知らせるチャイムが鳴る頃になって、やっと
機嫌を直して貰う事ができた。

「そういえばさ、今日は居残りできないんだよね。勉強会はどうしようか?」
テスト期間中は部活禁止は勿論、学校内に居残りもダメ。したがって、午前中で帰らないといけなくなる。
いつもは授業が終わってから下校時刻までやっているのだが、テスト期間中はどうしたものか。
『そうですね・・・図書館でやりましょうか?』
「図書館か・・・荷物もって行くのはメンドクサイな」
『他にどこか良い場所ありますか?』
ふっと、自分の部屋を思い出す。見られて困るものは表に出してないし、荷物を運ぶ手間を考えたら一番
いいかも。
「じゃぁ、ウチに来る?」
『わ、私が!?べ、別府君の部屋に・・・ですか?』
顔を赤くして、口をぱくぱくさせている。俺、何か変な事言ったか?
「そういえば、明日のテスト科目って何だっけ?社会と音楽と・・・?」
『ほ、保健体育・・・です』
委員長の顔がより一層赤くなる。ここでやっと、委員長が考えている事がなんとなく理解できた。
つまり、二人きりで保健体育の勉強が嫌だったという事だ。
「あぁ、そうか。確かに、ちょっと恥ずかしいな」
『そうですよ・・・まったく、デリカシーがないですね』
「じゃぁ、保体は各自って事にして、社会と音楽だけやろうか?」
少し俯く。そしてやや間があって、ぼそっと答えた。
『そ、それで点数悪かったら・・・私のせいじゃないですか?』
「体育の成績は実技も含まれるからさ。俺、そっちは問題ないし」
『だ、ダメです!これからのテストというテストは全力やらなきゃですよ』
「でもさ」
『き、決まりです!その・・・お、お昼ご飯食べ終わったら家に行きますから』
そう言うと、これ以上は聞きませんとばかりに顔を背けてしまった。
その直後、授業が終わったちなみが駆け寄ってきた。
『む・・・けんかは・・・めーなの・・・にぃに・・・いいんちょに・・・あやまる』
「いや、喧嘩してないし。つか、俺が悪いの?」
『にぃには・・・だめだめ・・・だから・・・だいたい・・・にぃにが・・・わるいの』
「おいおい・・・委員長、なんとか言ってよ」
『はい、別府君が悪いです』
結局、何が悪いのか分からないまま二人から責められながらの帰り道となった。

昼食を済ませ、一息ついたところでチャイムの音がなる。かすかに聞こえる話声からすると、どうやら
委員長が来たようだ。階段を登る音が聞こえ、ドアがノックされる。
「どうぞ」
『お邪魔します』
部屋に入りながら、軽く見渡す。特に変なものを置いているつもりもないが、何故か緊張してしまう。
委員長も他人の部屋に来たせいか、なんだか落ち着かない様子。
顔を見合わせ、意味も無くお互いニヤニヤしてしまった。
「とりあえず、音楽からやる?」
『そ、そうですね。と言っても、音楽はあんまりやる事はないですが』
音楽のテストは曲名から作曲家の名前を書けとか、楽譜の記号の意味を問うのが大体らしい。
だから暗記がメインなので、これといって分からない問題もなく淡々と進んだ。
『では、私が曲名をあげるので作曲家を答えてください』
「おう」
『では簡単なところからで・・・白鳥の湖』
「チャイコフスキー」
『花』
「滝廉太郎」
『・・・漢字でかけますか?』
なかなか痛いところを突いてきた。音楽だし、自信がなかったら平仮名で書こうと思ってたのだけど
やっぱりちゃんと漢字で書かないとダメなのだろうか?
「平仮名で書いたらさ、半分位点数つかないかな?」
『はぁ・・・そう思うなら―』
ピタッと委員長が止まった。そして、俺の方ではなく遠くの方を見詰め固まっている。
そっちの方向を見ると、少し開いた窓。そして、覗き込むようにこちらを見る人影。
「あぁ、ちなみだよ」
俺の声を合図に、窓がさらに開いてちなみの姿が完全に見えるようになった。
『にぃに・・・いいんちょと・・・へやで・・・ふたりきり・・・なにしてるですか!』
『べ、別府君、何でちなみちゃんが窓から入ってくるんですか!』
ほぼ同時に質問が来た。しかも、二人ともどうやらもの凄く怒っている様子。
驚いた、というならともかく何で怒られなければいけないのだろう。
「二人とも、何で怒ってるの?」
当然答えるはずも無く。むすっとした表情のままじっとこっちを睨みつけている。
どうやら俺が先に答えないと、話が進まないみたいだ。
「分かったよ。委員長と二人で勉強してる。ちなみは窓から入ってくるのが好き。これでいいか?」
今度は委員長とちなみがお互い牽制しあうように見詰め会っている。
先に動き出したのちなみ。のっそりと部屋に入ると、本棚から2,3冊マンガを引っ張り出して
隅っこに座り読み始めた。
その様子を見届けると委員長も教科書をめくり、次の問題を出題してきた。
てっきり何か言い合いでもするのかと思ったが、あっさりと元通り。この二人の間にいったいどんなやり
取りがあったのだろう?

『まぁ、こんな所でしょうか』
音楽、社会と終わり、残すは保健体育のみとなった。ちなみの方をみると、読み終わった本が山のように
積まれている。割と長い時間やっていたんだな・・・。
「なぁ、休憩しないか?」
その言葉に反応して、ちなみが目をキラキラさせながら振り向いた。一方で委員長は深いため息。
『まぁ・・・しょうがないですね。少し休憩しましょうか』
『にぃに・・・おかし・・・たべたいです』
「じゃぁ、何か持ってくるよ。適当にくつろいでおいて」

台所へ行くと、母親がお茶の準備をしていた。お盆の上には二人分のジュースとお菓子。
ちなみが来てる事は知らないので当然と言えば当然。もう一人分を用意したかったが、そうしたら怪しまれる
のは確実なのでそのまま2階へと持ってあがる。
まぁ、自分のはもう飲んだとか言って我慢すればいいか・・・と思いながら。

部屋に入ると予想外の光景が広がっていた。テレビゲームに興じる委員長とちなみ。
委員長もゲームとかするんだ、と言いかけたがそういう感じではない。
『いいんちょ・・・まるぼたんで・・・こうげきするです』
『え?まるボタン?4つ全部丸いけど?』
『ぼたんに・・・まるって・・・かいてあるのが・・・まるぼたん』
さっきまで勉強を教える側だった委員長が、いまはちなみにゲームのやり方を教わっている。
邪魔にならないように横からジュースとお菓子を置いて、後ろから二人のやり取りを眺めることにした。
『あれ?この敵倒せない』
『それは・・・あいてむ・・・てきは・・・うしろ』
『わっ、えっ、ちょっと・・・・あっ、あ〜ぁ・・・』
学校では成績優秀、品行方正を絵に描いたような人が、いまはゲームを相手に声にならない声をあげながら
ガックリとうな垂れている。普段やった事ないのだから、当然といえば当然だが。
そして、多分学校では成績良くなさそうなちなみがフォローにまわっている。
普段とはまったくの正反対。なかなか見られない事だろう。
ふとちなみが振り向く。そして、3つ目のコントローラーを二人の間から伸ばしてきた。
「え?俺も混ざっていいの?」
『いいんちょ・・・へたっぴ・・・ちなひとりじゃ・・・たいへんだから・・・しかたない』
『ちなみちゃん、酷いです。それに別府君と一緒だなんて・・・』
コントローラーを手に、二人の間に座ると、ぴとっと寄り添ってきた。
「なぁ、やりづらいんだが」
『へや・・・せまい・・・しょーがないの』
『正面からじゃないと、西日でテレビが見づらいんです。別府君にくっつきたい訳じゃないですからね?』
何だかんだ文句を言われつつ、休憩のつもりが委員長が帰る時間まで遊んでいてしまった。
帰り際『明日はゲームやめておきましょう』と話し合ったが、ちなみが遊びに来てゲームをせがんだので
結局は次の日もやってしまった。
そんな感じのテスト勉強だったが、結果はそこそこ。普段から勉強している主要5科目についてはかなりの
いい点数。ほんの少しだけど入試に向けて自信がついた、そんな期末テストになった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system