その16

冬休みも目前となり、寒さも一層厳しさを増す。最近は夜遅くまで勉強をする事がおおくなったので
朝起きるのがいつも以上に大変だ。そして、これからますます大変になっていくのだろう。
布団の中でもう少し、あと少しと粘っている時に、布団を引っぺがし『おきなろ・・・なのです』と
腰に手を当てて怒るちなみを恨めしく思うこの頃。
そんなちなみが今日はまだ来ない。いつもならとっくに来て、出発時間までゲームをして過ごしている
のだけど。
不審に思い急いで支度を済ませて家を出ると、門柱に寄りかかり元気なさげに俯くちなみが居た。
「おはよ、部屋に来ないなんて珍しいな」
『・・・』
ちらりとこっちを見て、また俯いてしまう。いつもは無駄に元気いっぱいなのに珍しい。
体調でも悪いのだろうか?
「元気ないな。風邪でも引いたのか?」
おでこに手を当ててみたが、長い時間ここにいたせいかヒンヤリとしている。
ずっとここに待たせていたのか、と思うとなんだか悪い気がした。
『べつに・・・へいきだもん』
「じゃぁ、どうしたんだ?」
また黙ってしまう。それからやや間があって、呟くように話し始めた。
『きょう・・・くりすます・・・なの』
ここのところ受験勉強ばかりだったので、すっかり忘れていた。今日はクリスマスだった。
しかし、クリスマスといえばご馳走が食べられたりプレゼントが貰えたりと子供にとっては
最高の日だと思うのだが。
こんな日に元気がないなんて、何かあったのだろうか?
「クリスマス、嫌いなのか?」
ちなみは大きく首を振ると、顔を上げて俺をちらりと見た。そしてまた俯いて大きなため息。
俺を見てため息つかれると、何か俺と関係する事で嫌な事があるかのように思えてしまう。
「じゃぁ、なんでクリスマスなのに元気ないんだ?言ってごらんよ?」
『・・・ちな・・・わるいこ・・・だから・・・さんたさん・・・こないの』
「お父さんかお母さんがそう言ってたのか?」
『うぅん・・・ぱぱから・・・ほしいの・・・きかれた・・・さんたさんに・・・いっておくって』
「じゃぁ―」
『でも・・・きてくれない・・・そうにきまってる・・・だから・・・だから・・・』
自分の事を『悪い子』というなんて珍しい。いつもなら、いくら自分が悪くても俺のせいにするのに。
もしかして、それを自覚しているからそういう事を言ってるのだろうか?
『にぃにのせいだもん・・・ばかばか・・・ぐすっ・・・げーむ・・・ほしかったのに』
目に涙を一杯溜めてぐずつくちなみをそっと抱き寄せて、頭を撫でてあげた。
「まだ分からないだろ?もしかしたら、貰えるかもしれないじゃないか?」
『もらえないもん・・・ぐすっ・・・ひっく・・・ふぇ・・・』
「わー、大丈夫だって!貰えるから!」
ここで大泣きされたら、ちなみが遅刻になってしまうばかりか俺も委員長に小言を言われてしまう。
何とか泣き止ませて歩き出したが、ずっと悲しげな表情のままだった。

『そうですか』
今朝の事を委員長に話すと、真剣な顔で考え込んでしまった。自分としては、「良く解らないよな?」
『そうですね』、みたいな軽い感じの話しになると思ってただけに意外な反応だ。
「あのさ・・・もしかして、何か心当たり・・・あるとか?」
同じ女同士何かわかるのかもしれない。それに、何だかんだ言って二人は結構気が合うみたいだし。
そんな気持ちで質問したのだが、さらに委員長は考え込んでしまった様子。
『何となく解ります。でも・・・別府君には言えません』
顔を上げると、そんな答えが返ってきた。俺に言えないってどういう事なんだろう?
女の子特有の事で、男には解らない事なのか?
「それってさ・・・俺が原因なの?」
『はい。別府君が悪いです』
今度はすぐに返事が返ってきた。そして、さらに疑問が深まる。
俺が原因で、ちなみが自分の事を『悪い子』と感じてしまう事があったのだろうか?
出会ってからの数ヶ月間を振り返る。
窓から入ってきたのを叱りつけたから?俺が必死で勉強するきっかけになったから?
それとも勉強の邪魔するなと何度か言ったから?
自分が悪いと言われると、考えれば考える程どれもが原因と思えて仕方なくなってきた。
こっちとしては、そこまで深く悩ませるつもりじゃなかったのに。
『あの・・・多分、別府君が考えてる事は全部違うと思いますよ?』
「は?」
『ちなみちゃんの事をちゃんと解ってあげてない。そこが別府君の悪いところです』
そう言い放つと、単行本を手に取り読み始めてしまった。もっと聞きたかったが、自分自身も
読書中に声をかけられるのが嫌いなので、これ以上の追求はできなかった。
机に突っ伏して、顔を腕に埋める。うとうとと仕掛けたところで、囁くような声がした。
『私の事も・・・ですからね?』
慌てて顔を上げると、委員長と目が合う。慌てて視線を本に戻されてしまった。
「今・・・何か言った?」
『な、何も言ってないです。夢でも見たんじゃないですか?』
あからさまな慌てっぷりが夢ではなく現実だという証拠なのだが。しかし、そこを突いたところで
はぐらかされてしまうのが目に見えていたので、再び元の体勢にもどって眠る事に。
結局ちなみの事も委員長の事についても何一つスッキリしないまま。そのまま1時間目が終わり
昼休みが終わり、勉強会が終わってもモヤモヤした気持ち。
いつも通りちなみが迎えに来たものの、元気がないのは相変わらず。委員長からも励まされていたが
大した効果もなかったようで、ずっと俯いたままだった。

夜になり、受験勉強をしていると父親が部屋に入ってきた。つい最近までは母親と三人でゲームをしたり
していたものだが、俺の受験勉強の妨げにならないようにとここの所はなかった。
「よぉ、タカシ。勉強頑張ってるな」
スーツ姿であるところを見ると、たった今会社から帰ってきたばかりのようだ。そして、右手には近所の
デパートにあるおもちゃ屋の紙袋を下げている。
おもむろに中から包装紙に包まれた物を取り出し机に置く。
「クリスマスプレゼントだ」
「え?いや、俺受験生なんだけど」
「息抜きも必要だろう?それじゃ、頑張れよ」
それだけ告げるとドアを閉めた。包装紙の中身を確認すると最近発売されたばかりのゲーム。
またか・・・と思う。
小さい頃からずっと本ばっかり読んでいた俺に、それでは友達ができないと考えた父親が
与えたのが当時ブームだったテレビゲームだった。
それをきっかけに、毎年クリスマスや誕生日はゲームソフトがプレゼントとなってしまった。
個人的には図書カードとかが良かったのだが、貰ったものに文句を言ってもしょうがない。
しばらく眺めていてふと、あるアイデアを思いついた。
窓を開けちなみの部屋を確認すると、カーテン越しだが電気は消されているのが分かる。
時計を見ると、小学生なら寝ている時間だ。
しばらく本当に決行すべきかどうか悩んだ後、窓枠に足をかけ、そっと屋根へと飛び降りた。

暖かかった部屋から出たせいで、もの凄く寒く感じる。そして、何より素足から伝わる屋根の冷たさ。
まるで氷の上を歩いているようだ。その上を慎重に、音を立てないように細心の注意を払いながら
隣の家の屋根へと飛び移る。
そっとちなみの部屋の窓に手を掛ける。これで開かなかったらどうしようかと思ったが、まるで歓迎する
かのようにあっさりと開いた。そこから中を覗き込むと、豆電球の暗いオレンジ色に染まった部屋で
ちなみは小さな寝息を立てている。
窓から手が届く所にサンタがプレゼントを置いていくに相応しい場所がなかったので部屋に入る事に。
さらに慎重に音を立てないようにゆっくりと入る。気分はもう泥棒とかそんな感じだ。
枕元に立ち、改めてちなみを見る。クマのヌイグルミだらけのベットで、ひときわ大きなクマを抱き
ながらすやすやと眠る。頭の一つでも撫でて行きたくなる所だ。
だが、今の自分は不法侵入者。枕の近くに座っているクマの膝の上にゲームを置き、立ち去ろうとした
瞬間、ちなみの寝息が乱れた。やばい、起きてしまうと急いで窓に向かったが、あと一歩のところで
見つかってしまった。
『んに・・・ぱぱ?』
「さ、サンタクロースだよ。いい子のちなみちゃんに、プレゼント持ってきた」
どうしよう・・・俺だと言ってもパパだと言っても、サンタクロースを信じる少女の夢を壊してしまう。
そう考え、とっさにサンタだと名乗ってしまった。豆電球に照らされた部屋、ちゃんと見ればサンタじゃ
無い事くらい小さい子にも分かるはずだ。
『さんたさん?・・・ちなに・・・ぷれぜんと・・・くれるの?でも・・・ちな・・・わるいこ』
「そ、そんな事ないよ。ちなみちゃんはいい子だ」
寝ぼけているのだろうか?あっさりと俺をサンタだと信じてくれた。あとは適当に誤魔化して
早々に部屋を出てしまおう。
『で、でも・・・ちな・・・にぃにに・・・うそついちゃうし・・・すぐ・・・ぶっちゃうし・・・』
「・・・」
どんな嘘を付いているのかすごく興味がある。しかし、これ以上の長居をしては、見破られかねないので
そのまま窓に足をかけ、屋根へと飛び降りた。
『にぃにのこと・・・ほんとうは・・・』
飛び降りる直前、そんな声が聞こえた。俺の事本当は・・・何なんだ?
とはいえ、今更聞きに戻る訳にも行かない。何か凄く心残りだが急いで窓を閉めて、すぐさま自分の部屋へと
逃げ帰った。
そして、しばらくちなみの部屋の様子を伺った、窓が開く事はなかった。

朝、いつものように元気良く階段を駆け上る音で目が覚めた。ドアが開き、思い切り布団がめくられると
寒さで身が縮む。
『にぃに・・・おきて・・・なの』
「ん・・・何だよ?」
何を言いたいのか分かっているが、知らない振り。そう、俺は昨日ずっと受験勉強をしていたのであって
ちなみの部屋にサンタが来た事は知らないのだ。
『きのう・・・さんたさん・・・きたです・・・ぷれぜんと・・・これ・・・もらった』
「へ、へぇ〜・・・良かったな」
俺が父親から貰って、ちなみの部屋に置いてきたゲームを両手で掲げるように見せる。こんだけ
喜んでもらえるならやった甲斐があった。思わず顔が緩んでしまった。
『でも・・・げーむ・・・ほんたい・・・ないから・・・あそべないの』
「え?持ってるんじゃないの?」
『もってない・・・だから・・・にぃにの・・・おへやに・・・おいとくです』
そう言うと、ゲームソフトを仕舞っている棚へと置いた。結局また自分の手元に戻ってきたという訳だ。
なんだか不思議な縁を感じる。
『まったく・・・だめだめ・・・さんたさん・・・なのです・・・』
振り返りニッコリと笑う。そして、つかつかと歩いてきて俺の目の前に来てビシッとドアの方を指差す。
『はやく・・・ごはん・・・たべてくるです・・・のろま・・・だめだめにぃに』
悪口言うのも絶好調。ちょっとだけだが、あのままにしておいた方が良かったのかもしれないと
思ってしまった。


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