その5

「じゃーん、これなんだ?」
今日もいつも通りちなみと一緒の登校し、別れ間際に鞄から赤いリボンを取り出し質問する。
ちなみは小首をかしげ、不思議そうに鞄から取り出したものを見詰めた。
『りぼん・・・?』
見たままを答えた。まぁ、正解な訳だが。
「もし先に帰らないといけないとき・・・ほら、お友達と遊ぶ時とかさ?そういうときは、これをこう」
帰りいつも待ち合わせている木の元へ。そして、ちなみが届きそうな高さの枝にくくりつける。
「こうしておけば、俺もちなみを待ってないで帰るからさ」
ふむふむ、という感じで頷く。リボンを解いては結びを繰り返し、また頷く。
『わかった・・・です・・・りぼん・・・つけるです』
これで昨日みたいな入れ違いは起こらないだろう。さて、本題はここからだ。
「そして・・・これ」
再び鞄から青いリボンを取り出す。そのリボンを赤いリボンの掛かってる一つ上の枝に結ぶ。
『ちな・・・そこ・・・とどかない・・・にぃには・・・あたま・・・わるいです』
「これは、俺が結ぶから届かなくていいの」
俺の意図に気がついたのか、首を小さく横に振る。
『め、めーなの・・・にぃには・・・ちなより・・・さきにかえっちゃ・・・めーです!』
そして、制服の裾を何度も引っ張た。予想通りの反応だが、ここで引いてはダメだ。
「ほら、俺だって・・・例えば親が倒れたとかさ?どうしてもって事あるかもしれないし」
もちろんそんな事があったら困る訳。しかし、こうでも言わないと納得してはくれないだろう。
今は小学校の方が早く授業が終わるが、年が明けたら中学3年の授業は殆ど午前中までとなる。
そうなれば今度は俺が待つほうだ。図書室とかで勉強して暇はいくらでも潰せるが、たまには
早く帰りたい日もあるだろう。その時の為に今のうちに手を打つという訳だ。
そんな俺の気持ちは知る由もなく、ちなみはすっかりご機嫌ナナメ。ほっぺを膨らませて、睨むような
目付きで見上げてる。
「滅多に使わないから・・・な?」
このままでは同意は得られなさそうなので、そう付け加えた。それでも納得できないのか、じっと
見詰められている。やれやれ、と思いながら黄色い帽子をとって、頭を撫でてやる。
そして、首の付け根からそっと髪の中へ手を入れ、耳たぶをぷにぷにっとつまんであげる。
くすぐったそうに肩をすくめるが、嫌がるそぶりは見せない。
しばらくそうしてあげると、顔は嬉しそうに緩み、耳たぶは暖かくなっていた。
『あ、あんまり・・・つかっちゃ・・・めーだよ?』
頷いて見せると、ニッコリと笑ってくれた。
「しかし、そんなに俺と一緒に帰りたいんだ?」
この雰囲気なら、きっと『はい・・・なのです』と言ってくれるとはずだ。そう思って言った一言だったが
現実は甘くなかった。
『に、にぃにと・・・いっしょに・・・かえりたいわけじゃ・・・ないもん!』
ぷにぷにしていた手を振り払うと、両手でぽかぽかとお腹を叩き始めた。
『かえりみち・・・わからないだけ・・・だもん!しょーがなく・・・だもん!』
「痛いって!分かったから」
ふん、と言わんばかりに背中を向けると、小学校の方へ走り出した。
まったく、なんで素直になれないものか。軽くため息をついて、俺も学校へ向かう事にした。

教室に入ると、いつもの仕事をすませたようで、委員長は自分の席で本を読んでいた。
黒板を見ると昨日の放課後の落書きがそのまま。やっぱり、これは俺の仕事になってしまったようだ。
掃除をすませて席に着き一息つく。机の真ん中には、見覚えのある小袋が置いてあった。
『今日は早く来ないと思いました』
委員長は、こちらを見ながらまるで独り言のようにぼそっと言った。
先ほどのやりとりを思い出す。あのせいで、昨日よりは多少遅くなってしまった。
『早く来るなら毎日続けてください。そうでないと、こちらにも都合がありますから』
表情こそ変えないが、語調は強めだ。かなり怒っているのだろう?
しかし、いつ来るもの自由だし、掃除を手伝うのだってこっちの親切心からであって、当番でもなんでも
ないのだし。
そうは思ったが、委員長の気迫に押され結局は謝ってしまった。
・・・最近、こんなんばっかりだな。
机に置かれた小袋を指差すと、無言でそっぽを向かれてしまった。まるで、知りませんといわんばかりに。
昨日貰ったクッキーと同じような袋だし、きっと中身も同じなのだろうか?そういえば、お礼がまだだったな。
「昨日のクッキー、すごく美味しかったよ。ありがとう」
ゆっくりと振り向く。口元を本で隠してはいたが、目元のあたりで笑っている事が想像できる。
それに、顔はなんとなく赤くなっている。もしかして、照れているのだろうか?
『そ、それは・・・どうも。きょ、今日のも・・・余りもので・・・す、捨てるの勿体無いからだから』
搾り出すように言うと俯き、チラチラとこちらを伺っている。
「あんなに美味しいものなら、今後も余らせて欲しいよ」
『そ、それって・・・別府君のために作ってるのと同じじゃないですか?そんなの、ありえないです』
「あはは・・・そうだね」
まぁ、女の子同士で交換し合ったり食べあったりする為に作ってる訳だし、わざわざ俺の為に余分に
作ってあげる理由もないだろうな。
『お菓子作りはキッチリ分量を計って作るんです。余る事ないですから』
そう言われて、去年の家庭科の授業で作らされたスイートポテトを思い出す。確かに、理科の実験かと
言わんばかりにキッチリ計ってつくってたっけ。
しかし、ふと疑問がよぎる。昨日今日と貰ったこの『余りもの』は一体なんだろう?
委員長自身も自分の発言の矛盾に気がついたのか、しまったという表情をした。
「えっと―」
『ち、違います!その・・・あ、あ、余りものですよ?その・・・も、もう分量は間違えないって意味で』
居ても立っても居られないのか、急に立ち上がったかと思うと椅子の足にもつれてバランスを崩す。
そして『きゃっ』という短い悲鳴と共に俺の胸にすっぽりと収まった。
かすかに甘い匂い・・・多分コロンか何かだろうか?委員長も女の子だし、やっぱりそういうのをつけて
いるのか。一昨日はそんな匂いはしなかったと思ったけど、たまたまつけ忘れていたのだろうか?
今の状況より、何故かそっちの方に考えがめぐった。その間、おそらく大した時間ではなかったが
ずっと抱き合うような形で居た。
やばい、一昨日と同じじゃないか、と思った時にはすでに手遅れだった。
ガラガラ
勢い良く教室のドアが開く音。
「おはよ・・・」
登校してきたクラスメイトが挨拶も半ばに凍り付いた。そして、スマンと謝るとドアを閉めた。
立ち去ったクラスメイトを見送り、さらにたっぷりの時間が経過した後、委員長はふらっと立ち上がり
自分の席についた。
『絶対噂されちゃいます・・・嫌だな。別府君とだなんて・・・ありえないです・・・』
ありえない、という割には少し嬉しそうにも見える。そしてさっきより一層顔の赤みは増していた。
多分、どうしていいか分からな過ぎて逆に笑えてきた、という感じなんだろうな。
でなきゃ、もう少し嫌な顔をしてもよさそうなもんだ。
委員長と噂になる・・・俺としてはそんなに悪い気はしない。すこし地味目ではあるが、可愛い方だし
気も利く。読書が趣味っぽいところも共通してるし、話は合いそうだ。
とはいえ、実際はなんといか・・・あまり恋愛対象には思ってくれてなさそう。嫌われている訳では
ない。だからと言って、先ほどの発言から察して、特別好かれている訳でもなさそうだ。
つまり委員長から見た俺は、普通のクラスメイト、といった所なんだろうな。
少し残念な気がするが、ちゃんと事情を話して誤解をとていおかないといけないなと思う。
その後、恐る恐る入ってきたクラスメイトに事情を説明するも、ニヤニヤしながら「はいはい」と
言うばかり。他の人たちには内緒にしてくれると約束はしてくれたが、それも信じて良いものか。
説明をしている間、委員長は始終黙り、ただただ俺の言葉に相槌代わりに頷いているだけだった。
それから今日最後の授業が終わるまで、誰からも特に冷やかされたりとかされる事はなかった。
色々と上手い言い訳を考えていただけに何だか残念な気持ちもあるが、委員長にとっては
嫌な事らしいので、これで良しとしよう。そう結論付けて教室を後にした。

いつもの木に行くとちなみの姿は見えなかった。しかし、赤いリボンもなかったので待つ事にした。
しばらくして、遠くの方から小走りで駆け寄ってくるちなみの姿が目に入る。
『おそいです・・・ちな・・・いっぱい・・・まったです』
俺の近くにくるなり、さっそく文句が。こっちが待たされていたほうなのに遅いとは随分な言われよう。
ひょっとすると、待ちくたびれてどっかで遊んでたのかもしれないな。
ふと見ると、ランドセルを背負ってない。確かに朝は背負ってたはずだ。
学校に忘れたのか?それはいくらなんでもないだろう・・・。
そういえば、小学生1年生って授業が午前中までの日があったはずだが・・・まさか一回帰って
俺を迎えに来たのか?
「ちなみ―」
聞こうと思って踏みとどまる。どうせまともな答えが返ってきそうにない。そもそも、一人では
道が分からなくて帰れないという事になっているのだから。
『なーに?』
名前に反応して、ちなみは次の俺の言葉を待っていた。
「あ、いや・・・その・・・あ、そうだ」
言葉に詰まったが、咄嗟に鞄の中にある物を思い出した。委員長から貰った小袋を取り出し、リボンを
解いて中身を確認。昨日と同じくクッキーが3枚ほど入っている。
「待たせちゃったお詫びに、これあげるよ」
自分が食べる用に1枚抜き取り、袋ごと渡した。
中身を1枚取り出し、まじまじと見詰める。そして、ゆっくりと口の中へ。すると、よほど美味しかった
のかすぐさま満面の笑みを浮かべてた。
『すごいです・・・てんしの・・・くっきー・・・なのです』
そう言って2枚目も食べ終わると、袋をひっくり返し細かい破片も綺麗に食べていた。
天使のクッキー・・・つまり、委員長は天使という事か。
真っ白のシーツのような衣装を着て、真っ白な羽を広げて飛ぶ委員長の姿を想像してみた。
恋を叶えるのがお仕事です、と放つ矢は別の人に当たり、間違った恋を引き起こす。
そんなドジ天使。
『む・・・にやにやしてないで・・・はやく・・・かえるですよ?』
妄想から現実にもどると、ちなみは2,3歩先の距離から手を差し出していた。
その手をとり歩き出す。
『きょうはね・・・ゆかちゃんとね・・・』
歩き始めて早々に今日の学校での報告が始まる。よく分からない遊びの名前とかが出てきたが
だいたい楽しく過ごせたようなので良かった。
報告が終わる頃にはちなみの家の前。繋いだ手を名残惜しそうに離すと、小走りで玄関へ走って行った。
『にぃに・・・くっきー・・・また・・・たべたいです』
そう言い残して玄関のドアが閉じられた。
「それは難しい注文だな・・・」
何と言えば委員長がクッキーを余らせてくれるだろうか?俺の為にと言っても通用しないだろうな。
難題の答えを悩みつつ、俺も自分の家の方向へ歩き出した。


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