その8

『こ、こんな所で逢うなんて奇遇・・・あっ』
何かを見て驚く委員長。視線の先には、訪問者に気が付かず先ほどの体勢のままのちなみ。
どうやら、俺が一人で居るのだと思ったみたいだ。ベンチの背もたれでちなみの姿が見えな
かったのか?
『んに・・・ふぇっ!?』
ちなみは委員長の顔を見るなり、慌てて手を払いのけて距離を取る。
そして、どっちに何を言って良いのか分からないのか、赤い顔で俺と委員長の顔を交互に見渡していた。
「ちなみ、とりあえず落ち着こうな?」
本当に落ち着かなければいけないのは自分自身だが、より慌ててるちなみを見ていると
何となく余裕が出てきた気がする。
『にぃにに・・・むりやり・・・ぎゅってされてたの・・・こわいこわい・・・です』
「何ぃ!?」
よっぽど混乱しているのか、とんでもない事を言い出した。いや、これがいつも通りといえば
そうなのかもしれないが、よりによってこの状況でいうのはヤバイ。
委員長は顔を少しひきつらせつつ、黙ってこちらのやり取りを見ている。
ちゃんと説明しないと、朝の時間が居づらくなる事は間違いない。
「ちなみ、変な事言うなよ?抱きついてきたのはちなみからだろ?」
『ちがうもん・・・にぃにからだもん・・・ぷんぷんです』
いつもなら笑って「そうだね」なんて言えるかもしれないが、この状況ではそういう訳にはいかない。
しかし、ちなみの性格を考えると折れてくれそうにもないな・・・。
『あの・・・妹さん・・・ですか?』
急に声が掛かる。しかも、また微妙な質問だ。
お隣の家に住んでる娘って言えばいいのだけど、そんな娘となんで親しげにしてるのかと聞かれると
答えづらい。妹と言ってしまっても良いが、俺が一人っ子だという事と知ってたら嘘を付いてるのが
バレて、さらにややこしい状況になってしまう。
「えっと・・・何て説明すればいいか・・・」
困っている俺をよそに、ちなみは委員長の元へ行き裾を引っ張っる。そして、軽く手招き。
何か?とかがむと、二人でぼそぼそと話し始めた。
「お、おい、ちなみ」
『にぃには・・・こっちきちゃ・・・めー・・・です』
ビシッと言い放ち、近寄せないとばかりに睨みつける。こちらが来ない事を確認すると
再び二人だけの内緒話を再会。委員長は、うんうんと頷きながらこちらをじっと見詰めている。
そして、お互いに『内緒』といわんばかりに、口元に人差し指を当てて、シーとやってニヤニヤ。
何だ・・・何を話したんだ?
「あ、あのさ・・・何を話したの?」
聞くだけ無駄と思うが、言わずには居られないかった一言。
『ないしょ・・・です』
『はい、ちなみちゃんと私だけの内緒です』
一人蚊帳の外なのでつまらないが、気が付けば危機を脱しているようだ。
まぁ、俺だけ我慢して丸く収まるなら、それ以上は追求するべきではないなと思った。

それから3人で連れ立って、おもちゃ屋に向かう事に。
粗方の事情はちなみが説明したみたいで、委員長も同じ方向に用事があるとかで
仕方なく一緒に行ってあげますと。
委員長、ちなみ、俺という横並びで手をつないで歩く。雰囲気は・・・そう、あれだ。
「家族みたいだな」
その一言で、顔を赤くする委員長。そして、不機嫌な顔をするちなみ。
『私が別府君と夫婦って事ですか?そ、そんなの・・・あ、ありえない・・・です』
『ちな・・・こどもじゃないもん・・・おとなだもん・・・ぷんぷんです』
ちなみはちょこちょことずれて、今度は委員長を真ん中にして歩く。
『私が子供役ですか?という事は、ちなみちゃんがお母さんかな?』
『ふ、ふ〜んだ・・・にぃにと・・・ふぅふ・・・やーだけど・・・こどもより・・・ましです』
何となく手が空いてしまってちょっと寂しい気がする。とはいえ、委員長と手なんて繋げないしなぁ。
そんな事考えていると、委員長が指が絡ませてきた。
「委員長?」
『その・・・つ、繋ぎたい訳じゃなくて、あくまでも子供役だからですからね?』
顔はちなみの方を向いているので表情は良く分からないが耳まで真っ赤だ。恥ずかしいなら
無理してやらなくてもいいのにと思うけど。
そんなやり取りを見て、ちなみがまた移動。今度は俺が真ん中だ。
「ん?俺が子供役?」
『かんがえてみたら・・・にぃにが・・・いちばん・・・こども・・・です』
『うふふ、そうですね』
両方から繋がれた手妙に恥ずかしい。両手に花ではあるがこういう時に男が真ん中ってどうなんだ?
しかも、片方は小学生だし。
「なぁ、やっぱり最初の並び方にしない?」
『そ、そんなのダメです』
ちなみではなく、委員長に反対された。
「え・・・何で?」
『えっと・・・ち、ちなみちゃんが・・・嫌がるから・・・』
委員長と繋いでる側の手がぎゅっと握られる。
さっき初めて逢ったばかりなのに、そこまで気を使うとは流石だと思う。
それとも、他に理由でもあるのだろうか?
「じゃ、じゃぁ・・・2回目のは?」
『だめにきまってる・・・そんなことも・・・わからないなんて・・・だめだめ・・・なのです』
今度はちなみと繋いでる手がぎゅっとなる。
まさか、手を繋いでたいから・・・と言うわけじゃないだろうな?
ちなみはそうだとしても、委員長もそうだとは考えられないが。
結局答えの出ない問題は考えるのを止めて、目的地までたわいもない話をして歩いていった。

おもちゃ屋につくと、ちなみはさっと手を離し中へと入る。
残った俺と委員長は手を繋いだまま顔を見合わせた。
「名残惜しいけど」
『べ、別に・・・そんな気は全然しませんけど』
冗談っぽく言うと睨まれた。しかし、いまだに手は繋いだまま。
手には力を入れていない。つまり、委員長が離してくれないという事だ。
『あ、あの・・・』
俯いて、何か言いたげな感じ。少々の間があって、顔を上げた。
『こ、これからも・・・ずっと・・・早く来ますよね?』
「え?あ、あぁ・・・そうだね」
ちなみの様子じゃ、俺が高校に行かない限りずっとそのままな気がする。
ずっと道が覚えられない、というまま。
『こっ、黒板・・・消してくれますか?』
「いいけど・・・そのくらい。俺の方が背高いから・・・」
いつになく真剣な表情の委員長。どうしたのだろうか?
『あ、あの・・・その・・・私、別府君の事、実は・・・』
『にぃに・・・いんちょ・・・なにしてる・・・ですか?』
ひょこっとちなみが現れた。委員長は慌てて繋いだ手を離し手を振る。
『わ、私、用事の途中なので・・・失礼します』
言うが早いか、凄い勢いで走り去ってしまった。
しばらく後ろ姿を見つめていたが、ちなみに裾を引っ張られておもちゃ屋の中に引き込まれてしまった。

おもちゃ屋でひとしきり遊ばせた後、図書館に立ち寄り本を借りる。
一応、家を出る言い訳がこれだったので、辻褄あわせの意味が強いが読みたい本もあったので調度良かった。
本当はじっくり読みたい本もあるのだが―
『むむむ・・・まんが・・・ないの・・・つーまーんーなーいー』
「わー、ちなみ、静かに。マンガなら、あっちだよ」
『よみたいの・・・ないです・・・ちな・・・かえるぅ・・・かえるぅ』
と、そんな感じでじっくり読ませてくれない。
これが何としてでも本好きにしてやらないとな・・・一人決意を固めた。

外に出ると、もう夕方の空。沈みつつある夕日に目を細めた。
「今日はどうだった?」
『ん〜・・・まぁまぁ・・・かな?』
まぁまぁ、と言うことは好評という事か。色々考えてやってあげた甲斐があるというものだ。
『ねぇ〜・・・にぃに・・・』
「うん?」
ぽふっとちなみが引っ付く。
『つかれた・・・おんぶさせたげる・・・かんしゃ・・・するです』
その一言で俺もどっと疲れが押し寄せた。この娘はどこまで・・・ったく。
「ほれ」
立ち上がると同時に、両頬がむにっつままれる。
「何でおんぶするたびに悪戯すんだよ」
『おもしろいから・・・です』
大して痛くもないので、そのままにして歩き出す。すれ違う人がこっちをジロジロ見ているような気が
したが、多分気のせいだろう。いや、そういう事にしておきたい。
しばらく歩いた所で、ちなみが変な事を言い出した。
『にぃに・・・ちなも・・・まもって・・・くりぇるの?』
「え?」
『・・・』
「どういう意味だよ?」
すっーという寝息が聞こえる。おんぶするたびに良く寝る娘だな。もっとも、その方が悪戯されないので
楽と言えば楽なのだが。
やがてちなみの家に着き、出迎えてくれたちなみの母親に引き渡し、ようやく本日の任務は終了。
休みは大抵は本を読んであっという間に過ぎるのだが、久しぶりに長く感じた1日だった。

寝る前に、ふと委員長の事を思い出す。
『私、別府君の事、実は・・・』
この後、何が言いたかったのだろうか?もしかして・・・好きです、とか?
いやいや、そんな期待しちゃダメだ。でも、あの雰囲気でいうべき事はそれしか思い浮かばないよな?
しかし、相手はあの委員長だ。俺の予想を大きく越える事を言ってくるに違いない。
意識が無くなるまでアレコレと考えたが、しっくりいく答えは見つからなかった。
まぁ・・・月曜日に聞けば済む話だ。


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