その9

気が付くと森の中を歩いていた。あぁ・・・夢か。
昨日読んだ本の中の世界に良く似ている。たしか、あそこ洞穴があって・・・そこにモンスターがいるん
だっけ?それを討伐に来るんだよね。
洞穴の前にくると、中からのっそりと何かがでてくる。全身黄色、そして赤いシャツを着たクマだ。
そう、世界中から愛されてるもっとも有名なアイツ。
そいつがゆっくりと近づいてくる。ハチミツを片手に、とぼけた表情で。
あと少しのところまで近づかれて気が付いた、遠近感がおかしい。いや・・・でかい!?
逃げなきゃ、と思ったときは手遅れ。俺はアイツに押しつぶされた。
もがいても決して逃れられない。アイツはその大きな口を開いてこういった。
『にぃに・・・おきるです』

「うわぁ〜〜〜!!!」
目が覚めても押しつぶされている感触は続いている。視線を足の方へずらすと、お腹のうえに馬乗りに
乗っているクマが。いや、クマのモチーフをしたパジャマを着ているちなみだ。
目が合ったちなみは、『やれやれ・・・やっとおきた・・・まったく・・・』という表情。
『ねぼすけ・・・もう・・・じゅうじすぎ・・・です』
時計を見ると10時をやや過ぎたところ。休みの俺ならまだ寝てる時間だ。
布団を被り直して寝ようとしたが、剥ぎ取られた。
『にぃに・・・めーなの』
ほっぺを膨らませて怒る。俺が何をしたというんだ。
「今日は何の用だよ」
『ほん・・・よんで・・・なの!』
本・・・?あぁ、昨日買ってやったやつか。
ちなみが家に持って帰ると親になんか言われるだろうと思ったので、結局俺の部屋に置いとくことに
したんだっけ?
その本を目ざとく見つけ、すでに俺の枕元に置いてあった。
「つーかさ、その格好でここまで来たのか?」
大きく頷く。いくら隣でも・・・と思ったが、慌てて窓を見る。
「お前・・・また窓からか」
再び大きく頷く。さも、当たり前でしょ?といわんばかりの表情だ。
はぁ・・・とため息を一つ。大きく伸びをして、どうしようか悩んだ。
『にぃに・・・めーなの?』
珍しく控えめに聞いてきた。ファンシーなパジャマと、ちょっと切なそうな表情。
必死で断る理由を考えたが、何も思い浮かばなかった。
「とりあえず飯食ってくる。その辺のゲームで遊んでて」
とぼけた表情のフードをかぶっている上から頭を撫でて、飯を食いに下へ降りた。

『アンタさ、ちなみちゃんが来て変わったわね』
ご飯を食べている最中、母親から言われた言葉に喉を詰まらせた。
「げほっ、どういう意味だよ」
『休みなのに早起きになったじゃない?お母さんとしては楽で嬉しいわ』
母親は意味深でニヤニヤした。まぁ、まさかそのちなみが俺の部屋にいるとは思わないだろうな。
ゆっくり食べたかったが、ちなみが待っているのでご飯をかっ込んで席を立つ。
「あ、そうそう」
台所を出る寸前、言っておく事を思い出した。
「もしもさ、ちなみがいきなりウチにきても家に上げてあげて」
母親は笑いながら頷いた。多分、娘が増えたみたい位にしか思ってないんだろうな。
「・・・例えば、俺が居ない時に部屋を開けてちなみが居たとしても驚かないでね?」
さすがにこの言葉では首をかしげた。そりゃ普通は玄関から入るんだから、俺が居なければ
帰るだろう。だから、そんな事は「普通」では起こり得ない。
『それって―』
「例えば、だよ。そのくらいウチに馴染んでもって意味」
適当に誤魔化してその場を後にした。しかし、いつか実際にありそうだから怖い。
ちなみにも釘を刺しておかないと。
部屋に戻ると、ちなみはゲームをしていた。
「なぁ、俺が居ない時はさ、勝手に部屋入っちゃダメだぞ?」
『そんなの・・・あたりまえ・・・かってにはいったら・・・どろぼーさん・・・です』
「さっき、勝手に入って来たよな?」
何も答えない。ゲームに夢中なのか、それとも言い訳が思い浮かばないのか。
その後すぐ、俺の言葉で動揺したのか、ゲームオーバーになってしまった。
「うわっ、そこで終わり?」
『むー・・・にぃにが・・・へんなこと・・・いうからだもん』
ジロリと睨まれた。しかし、コントローラーは握ったまま。
本読んで欲しいんじゃないのか・・・と思いつつ、あいてるコントローラーを手に取る。
「次は一緒にやるか?」
『えー・・・どうしようかな?やだなぁ・・・にぃにといっしょなんて・・・』
そうは言いつつもしっかりと協力モードを選んでゲームがスタートした。

『むに〜・・・つかれた〜・・・』
ひとしきりゲームで遊んだ後、ちなみはぽふっとベットに倒れこんだ。
「そろそろ本題に入るか?」
枕元においてある本を指差すと、もそもそと布団の中に入り込んでいった。
そして、となりに来いとばかりに布団のあいてる側を叩く。
「本は、寝ながらじゃないとダメなの?」
『そのために・・・このかっこうで・・・きたの』
いや、待てよ。つまり・・・
「オイオイ、そのまま寝るつもりじゃないだろうな?」
大きく頷くちなみ。いや、それはいくらなんでもまずいだろ。
昼時になれば、当然ご飯という事になる。ちなみが部屋に居なければ一大事だ。
しかも、俺の部屋にいたなんて事になったら・・・。
『ぱぱ・・・まま・・・きょうは・・・ゆうがたまで・・・おでかけ・・・なの』
「は?お昼は?」
『ちーん・・・して・・・たべてねって』
なるほど、それなら安心してこっちに居られる・・・って待てよ。
「それなら、普通に来ればよかったんじゃないのか?」
『このかっこうで・・・おそと・・・はずかしいの』
ぶーと口を尖らす。パジャマを着た女の子が屋根の上に居る方がもっとおかしいはずだが。
色々と言いたい事はあったが、読まない事には帰ってくれそうもないので、とりあえず読んでやる
事にした。
「タンスの中に入ったはずなのに、そこは一面雪景色で」
『・・・』
普段は音読なんてしないので、すごくやりづらい。しかも、小学校の時に読みきったシリーズなので
先が分かるので面白みがない。
「ふぁぁ・・・・」
『むー・・・にぃに・・・まじめによまなきゃ・・・めーなの!』
ぽかっと頭を叩かれる。あくびも許されないとは、非情に辛い。
その時、ふと蘇る記憶。そういえば、俺を本好きにした張本人である保育園の保母さんは
キャラクターごとに声を変えて読んでいたっけ。よし、ちょっとやってみるか。
ちょうど次は女の子のセリフだ。
「私の名前はルーシー」
ちょっと裏返り気味の声で読んだ。その途端、ちなみに笑われた。
『ぷぷぷ・・・にぃに・・・へんなこえ・・・』
「しゃーねーだろ?なんなら、この子のセリフだけちなみが読めよ」
『やーです・・・ぷっぷ〜だ・・・』
なんか自分から墓穴を掘った感じがした。しかし、慣れれば何ともないのか、それ以降は
特に何か言われる事もなく真剣な様子で聞いてくれた。
これなら本好きになるのも時間の問題だな・・・内心嬉しくなった。
調度一段落ついたところで、隣からは寝息が聞こえてくる。
予定通り、ちなみは寝てしまったようだ。
やっと自分自身のために本を読む時間が来たが、ここで動くとちなみを起こしてしまうのではと
気が気ではなく、気が付くと一緒の布団で俺も寝てしまっていた。

お昼ご飯を呼ぶ声で目が覚めた。ちなみも眠い目を擦りながら、自身のお昼ご飯を食べに
窓からするりと出て行った。
無事に部屋に戻るのを確認してから、俺も台所へ赴く。
手早くご飯を食べ終わり、部屋に戻るとちなみもまた戻ってきていた。
「おいおい、本は読んだだろ?」
『さっきの・・・つづき・・・やるんだもん』
テレビを見ると、協力モードで始まっていた。
「何?俺も?」
『にぃにが・・・つまんなそうなかお・・・するから・・・しょーがないなぁ・・・』
「いや、俺は一人で本が読みたいんだけど」
そう言うと、しょんぼりした顔をした。そして、コントローラーを床に置いて俯いてる。
いつもは強気な事ばっかり言うのに、どうしたんだ?
『にぃに・・・ちなとあそんでも・・・つまらないんだ・・・』
ぷるぷると肩を震わせている。おいおい、これしきで泣くのか?
「い、いや・・・そうじゃなくて。その・・・ほ、ほら、始まってるよ?な?やろうな?」
ぱっとコントローラが握られる。そして、何事もなかったかのように始まった。
呆気にとられいる俺にちなみが激を飛ばす。
『にぃに・・・ちゃんと・・・やるです・・・へたっぴ』
「お、お前・・・嘘泣きしたんか?」
『なんのことか・・・さっぱり・・・です』
ちなみは舌をちろっとだす。それを見て、盛大なため息が漏れた。
その後、ちなみの両親の帰宅を知らせる車の音がするまでゲームは続き、結局土日の二日とも
ちなみに振り回されっぱなしで過ごした訳だ。
引っ越してきた時に思った、「トラブルメーカーに巻き込まれ、特別な事が起きて欲しい」なんて思って
いた先週がの自分に文句を言いたい。
実際にそうなったら自分の自由なんてないぞ、と。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system