☆その6、その7の物語☆

休みの朝。会えない事がこんなにも寂しく感じたのはいつ以来だろう。
朝ごはんを食べて、平日全くと言って良いほど進まなかった本を読み進める。
久しぶりの穏やかなひととき。
そんな時もあっという間にすぎ、気がつくとお昼ご飯。本を読んでると、楽しいと思うと、時の流れ
早いもの。なんだ不公平だよね。
あまりお腹はすいてなかったので軽く済ませ、出かける準備をする。
今日は本を買って・・・そして、いつものあの場所で読もう。
あの場所というのは、元々雑木林だったところに広場と道を作っただけの公園。
そこにあるベンチで本を読むのが好き。特に、春や秋といった過ごしやすい気候の時は。
そして・・・何より、別府君に会えるかも知れないから。
最初は何気なく通りかかっただけだった。ふと見ると、そこには別府君の姿が。
その時は結局声を掛けられず、遠くから見ているだけだったけど。
だから、私も同じベンチで読書するようになった。私からは無理だけど、向こうが私に気がつけば
一緒に本が読めるチャンスだから。
それから何度となく行っているけど、いまだに望みが叶った事はないけど。
でも、可能性があるなら挑戦しなきゃ。

本屋に寄って、ついでにお母さんから頼まれた買物を済ませる。
そして例の場所へ。
毎回居るか居ないかドキドキ。そしてガッカリするんだけど。
落ち葉を踏み鳴らしながら、ベンチへと歩く。遠くに姿を確認する。
嘘・・・まさか!?
でも、違う人の可能性もあるよね。うん、期待は禁物。
徐々に近づくにつれて、胸の鼓動も大きくなる。あの髪型、後姿、間違いない。
あまりの嬉しさに、普段なら絶対無理だと思っていた事―自分から声をかける事ができた。
『別府君』
振り向いた別府君は驚いた顔。私がここに来るなんて、予想もしてなかっただろうしね。
保育園時代ぶりに、二人並んでの読書が叶うと思うと嬉しくてしょうがなかった。

☆その8の物語☆

『こ、こんな所で逢うなんて奇遇・・・あっ』
思わず声をあげてしまった。別府君の他にもう一人いた。しかも、肩を抱き合うような感じで・・・。
しかしよくよく見れば、お相手は幼稚園生か小学校低学年位の女の子。
崩れかかった理性を何とか元に戻す。もし同年代とか年上の女性とだったら・・・きっと私は逃げ出して
いたに違いない。
女の子は私に気がつくとぱっと離れ、言い訳を始めた。
『にぃにに・・・むりやり・・・ぎゅってされてたの・・・こわいこわい・・・です』
「何ぃ!?」
え・・・別府君って、そんな趣味があったの?嘘・・・。
あれ?でも、いま・・・『にぃに』って。お兄ちゃんって意味だよね?
責任を転嫁しあう二人に恐る恐る尋ねてみた。
『あの・・・妹さん・・・ですか?』
その質問に困惑の表情をする別府君。何かやましい事でもあるの?
追求しようと思ったとたん、女の子に袖を引っ張られて別府君と離れた場所まで連れて行かれた。
『ちなは・・・にぃにの・・・おとなりに・・・すんでます』
つまりご近所さんという事か。しかし、なんというか・・・別府君はとはそんな仲だけど
貴女はどういう?という感じに聞こえる。
『私は別府君のお隣に学校では座ってます』
相手は小さい子だというのに、大人気なく対抗意識をあらわな事を言ってしまった。
そんな私の気持ちを気にするでもなく、女の子はニッコリ。
『ん・・・おとなり・・・なかま・・・なのです』
その笑顔でこの子に対して作っていた壁がすっと消えた。
そうだよ、別府君がそんな人なわけない・・・好きな人の事は信じてあげないとダメだよね。
『えっと・・・いいんちょ?』
『あ、私は音無遥って名前です』
もうすでにあだ名として定着してしまった『委員長』。こんな小さな子にも言われたくないので
名前を教えた。しかし―
『ちなは・・・しいすい・・・ちなみ・・・いいんちょ・・・よろしくなの』
そんなに私の名前は呼びにくいのかな?結局、いいんちょ、と呼ばれる事になりそう。
まぁ・・・小さい子相手にムキになって訂正するのもなんだし。それよりも、別府君が呼び方を変えないと
ちなみちゃんも変えないだろうし。諦めるかな・・・。
『ねーねー・・・いいんちょは・・・にぃにと・・・なかよしさん?』
体が急に熱くなる。仲良し・・・多分、そうなのかな?でも、こういう年代の子に仲良しって言うと
付き合ってるの?とか言われちゃうのかな?それなら、こっちも考えがある。
『別府君はね、私の天使なんだよ?』
はぐらかすために言った言葉。狙い通り、キョトンという表情。
『ふぇ・・・なんで・・・てんしって・・・しってる・・・ですか?』
『え?何でって・・・』
こう聞かれるなんて思っても見なかった。そして、せがまれるまま昔の事を話してしまった。
ずっと守ってもらった事を。
ちなみちゃんはその話を真剣な顔をして頷きながら聞いていた。
話し終わると、今度はちなみちゃんが別府君に会うまでの事を教えてくれた。
本当のお兄ちゃんの事、そして別府君が神様から遣わされた事。
天使のクセに、空も飛べないし魔法も使えないって事も教えてもらった。
『だから・・・にぃには・・・ちなの・・・やくにたって・・・りっぱなてんしに・・・するの』
えっへんと胸を張る。
本を読む事以外興味なさそうな別府君が、じつは小さい子の面倒見が良いという事が分かって
嬉しくなった。
『では、早く立派な天使になれるように、学校でもたくさん仕事をお願いしちゃおうかな?』
『うん・・・いっぱい・・・やくにたたせて・・・あげて・・・ほしいのです』
えへへ、と笑うちなみちゃんを見てると、こっちも不思議と嬉しくなってきた。
この娘はそんな力があるのかもしれない。
別府君はちなみちゃんに町を案内してあげてるらしい。これも立派になる修行の一つであって
デートではないと顔を真っ赤にしながら説明された。
ちょっとヤキモチ。こんな小さな子にもなんて、私って嫉妬深いのかな?
だから私もついていく事にした。買物も用事も全部終わっていたけど、そっちの方向に用事があると
言い張って。

3人で連れ立って歩く。私、ちなみちゃん、別府君の並び。
歩き始めて少ししてから、別府君がつぶやいた。
「家族みたいだな」
よくよく見れば、確かにそう。つまり・・・つまり・・・
『私が別府君と夫婦って事ですか?そ、そんなの・・・あ、ありえない・・・です』
嬉しいくせについついと照れ隠しを言ってしまった。
ちなみちゃんはちなみちゃんで、子ども扱いされたのが嫌なのか文句を言う。
だから、場所交換。今度は私が別府君のお隣。
『私が子供役ですか?という事は、ちなみちゃんがお母さんかな?』
『ふ、ふ〜んだ・・・にぃにと・・・ふぅふ・・・やーだけど・・・こどもより・・・ましです』
子供役なら、お母さんと手を繋いで・・・お、お父さんとも手を繋がないとダメだよね?
精一杯の勇気を振り絞って、手を伸ばす。指先が別府君の指に触れた瞬間、絡ませる。
「委員長?」
『その・・・つ、繋ぎたい訳じゃなくて、あくまでも子供役だからですからね?』
もう頭の中は真っ白。あの別府君と・・・大好きな人と手を繋いでるなんてまるで夢のよう。
気分はもう恋人同士。このまま死んでもいいとすら思えた。
でも、そんな気持ちがバレるのがいやだから・・・ちなみちゃんの方向を向く事にした。
だって、絶対今の私は顔赤いから。
そんな私を見て、ちなみちゃんは反対側へ移動。
「ん?俺が子供役?」
『かんがえてみたら・・・にぃにが・・・いちばん・・・こども・・・です』
『うふふ、そうですね』
笑いながら思う。多分、ちなみちゃんも別府君と手を繋ぎたいんだなって。
同属というのか、なんとなく気持ちが分かった。
別府君から場所変えようという提案があったが、二人で却下した。
だって、二人の要望・・・手を繋ぎたいという事を同時に実現するには、別府君が子供役に
なってもらうしかないしね。

おもちゃ屋さんにつくと、ちなみちゃんはぱ〜っと走って中に入った。
その後姿を見送って、ふと二人きりな事に気がついた。
手を離して、中に行かないといけない。でも、それがすごく辛くてしょうがない。
まるで夢の終わりの。目覚ましのベルはなっているけど、まだ起きたくない。
「名残惜しいけど」
『べ、別に・・・そんな気は全然しませんけど』
冗談っぽく言われた言葉に、ついつい反応してしまった。
こんなこと、もう2度とないかもしれない。だから・・・いまだから・・・言えるかもしれない。
いや、言わなきゃいけない。
素直に、私のありのままの気持ちを伝えなきゃ。
顔を上げて、別府君に見詰める。逃げたくなる気持ちを抑えて、私は話し始めた。

『はぁ・・・はぁ・・・』
自分の部屋へと逃げ帰って、ベットに転がり込む。そして、さっきの事を思い出していた。
『こ、これからも・・・ずっと・・・早く来ますよね?』
「え?あ、あぁ・・・そうだね」
『こっ、黒板・・・消してくれますか?』
「いいけど・・・そのくらい。俺の方が背高いから・・・」
『あ、あの・・・その・・・私、別府君の事、実は・・・』
その後・・・そう、一番大事な事を言おうと思ったときだ。
急にちなみちゃんが割って入ってきて、そのまま逃げ出してしまった。
もしあのまま言っていたら・・・どうなっていただろう。
頭の中ではいくらでも上手く行った時の事は妄想できる。なのに、現実では気持ちを伝える事も出来ない。
自分の不甲斐なさに涙がこぼれる。その涙を拭うその手は、さっきまで別府君に触れていた手。
そっと頬にあてると、別府君に慰めてもらっているような気がした。
『別府君、逃げちゃってゴメンなさい。私、頑張るから・・・』
遠く窓の向こう・・・多分別府君が居るであろう方向を見ながらそう呟いた。

☆その9、10の物語☆

明けて日曜日。朝目が覚めてからずっと昨日のことについて考えていた。
あのまま話してたら・・・きっと今日は違った日になっていたはず。良い意味でも、悪い意味でも。
あそこまで言いかけたのだから、きっと別府君だって私の言いたい事・・・私の気持ちに
気がついたよね?だから、もう言えるよね。すごく前から好きでしたって。
保育園からだもん・・・10年くらい思い続けてきたんだよ?そりゃぁ、ちょっとは諦めたり
嫌いになりかけたときもあったけど・・・でもそれは全部、告白するための助走みたいなもの。
別府君は天使だから翼で空が飛べるけど、私はには翼がないから一緒に飛ぶためには長い助走が必要
だったんだよね。だから・・・明日は二人で空が飛べる・・・そんな日になるはず。
うぅん、そんな日に絶対にするんだ。がんばれ、私。

ついに迎えた運命の日。ここのところ毎日が運命の日だと思ってる訳だけど、今日という今日は
もう運命の運命の・・・とにかく、そんな日。
髪型のチェックだっていつもより念入りにやって、告白の練習だって何度もしたんだよ?
・・・その姿をお母さんにみられて恥ずかしかったけど。
今日も教室へは一番乗り。さっさと仕事を終わらせて、別府君を待つ。
もう心臓はドキドキしっぱなし・・・落ち着くために本を開いても何の役にも立たないな。
どうしよう・・・今から頭の中が真っ白。
その時、教室のドアが開く。もちろん入ってきたのは別府君。
顔を見ると逃げたくなる気持ちになるので、目線はずっと本の文字を追う。
鞄を置きにきた時に、チラリと顔をみたら目が合ってしまった。
慌てて逸らすと、別府君はそのまま黒板の方へ行ってしまった。
軽くため息。なんで逸らしちゃったんだろう・・・笑顔で挨拶くらいしても良いはずなのに。
やがて、黒板を綺麗にし終えた別府君が戻ってくる。体がかーっと熱くなってきた。
チラリと顔を見ると、また目が合ってしまう。そのたびに恥ずかしさに耐え切れず逸らしてしまう。
そのまま何度も顔を見ては目を逸らすという事が続く。
ダメダメ、ちゃんと言うって決めたんだから。
「あのさ」
『あの・・・』
やっとの決心で話を切り出したのだけれど、別府君と同じタイミング。
さっきから私の態度が変だから何か言うつもりなのかな?それとも他の何か?
「あ、委員長からどうぞ」
『別府君からどうぞ』
まずは話を聞こうと思ったけど、やっぱり同じタイミング。こんな雰囲気じゃとても告白なんて
無理だよ・・・。先に話して欲しい、落ち着いたら私が言うんだから。
二人で譲り合い、なんとか別府君から話してもらうことに。
「いや、大した事じゃないんだけどさ・・・土曜日さ」
体がビクリと反応する。土曜日って・・・私が言いかけた事?それとも、私が帰った後の事を
話してくれるのかな?
「その・・・ちなみとおもちゃ屋に行ったじゃない?」
おもちゃ屋・・・って、やっぱり私が言いいかけた事について、聞いてくるの?
それとも、おもちゃ屋さんに何か面白い物があったとかかな?
私から言う前に、あの話はしないで欲しい・・・そんなの考えてなかった展開だもん。
その願いも虚しく、別府君から出てきた無常の言葉。
「俺にさ、何か言いかけたでしょ?俺の事がどうのって・・・なんだったのかなって」
やっぱり・・・その話。何も考えられないほど真っ白の頭では、こんな急展開は付いていけないよ。
そのまま必死で答えを考える。いや、考えるまでもなく分かっている。
『好き』のたった2文字。
でも、それを言う勇気が出てこない。
アレだけの決意が、たったこれしきの事でくじけてしまう自分が嫌になってくる。
別府君だって、呆れてるよね。そう思って顔を上げると、別府君の顔も赤い。
そうだよ、恥ずかしいのは何も私だけじゃないんだ。心の奥で再び決意が湧き上がる。
『その・・・私、別府君の事・・・あの・・・』
やっと言い出せた。あとは、好きって言うだけ。
何度言おうとしても、言葉が出てこない。私の体、言う事聞いてよ!思いを伝えてよ!
ずっと前から好きだったんでしょ?ずっと言えなくて苦しんでたんでしょ?
もう楽になっても良いじゃないの。別府君なら、絶対に受け入れてくれる。
そんな事『すごく前から知ってたんだから』。

はっと気が付く・・・私、今何を言ったの?
別府君はキョトンとした表情。もしかして・・・今考えてた事が言葉に?
どうしよう・・・とりあえず、今の言葉を取り繕わないと。
『あ、あのですね・・・私の同じ保育園だったんですよ?』
『ずっと本ばっかり読んでましたよね?』
ここまで何も反応がなかった別府君の表情が崩れる。さっきまでと違って、笑っているみたい。
私、何か変な事言ったかな?それとも人違いだって言いたいのかな?
「あはは、ゴメン。てっきり告白されんのかと思ってさ」
『そ、そんな事・・・あるわけないじゃないですか!』
告白という言葉に体が勝手に反応して否定してしまった。
とはいえ、もうそんな雰囲気ではないのも確かだし・・・今回はこれでお終い。
はぁ・・・どうして言えないのかな?別府君はちなみちゃんから『ダメ天使』なんて言われているけど
ダメなの私のほう。ダメダメの弱虫だよぉ・・・。

「委員長の事、覚えてないんだけど」
さっきの話の続き、こんなことを言われてちょっとムッとした。ずっと思い続けてたのに
どうして別府君は忘れちゃうのかな?
『別府君の隣で本読んでたじゃないですか?そんな事も覚えてないなんて、信じられません』
「言われてみれば、確かにメガネの娘がいたような・・・」
『はぁ・・・私が覚えているんですから、別府君だって覚えてないとおかしいですよ?』
さすがに10年近く前、忘れるのも無理はないのだけど、ついつい文句を言ってしまった。
こんなんじゃ・・・次のチャンスは来ないよぉ。


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