☆その11の物語☆

はぁ・・・と口から出るのはため息ばかり。さっきの事を引きずったままで受ける授業は
全然身に入らない。もうすぐ期末テストだし、そもそも受験だって近いのに。
しかも、告白しようとして失敗した相手がすぐ隣にいるんだもの。気にするなという方が無理だ。
ずっと思い続けた気持ち・・・諦めないといけないのかな?
卒業式に告白するっていう手もあるけど・・・今のままじゃ、多分そのときも言えずじまいになりそう。
もっと距離を縮める事が起きればいいのに。そう、私が高く飛べない分、別府君が私に合わせて
降りてきてくれる、そんな事があれば。
帰りのホームルームで進路の話が出た。進路希望の紙を手に、またため息。
私の希望するどの高校に入ったとしても・・・別府君とはちがうところだろうな。
いっそ、志望校を別府君と同じに・・・うぅん、そんなのダメダメ。
もし別府君にバレたら、何て思われるか分かったものじゃない。それに、学校だけが全てじゃないし。
別々の高校に行ったってチャンスは・・・・ない・・・かな。
何の気なしに思い人の方を見ると、何か悩んでいるよう。進路希望の紙を提出しないといけないのに
どうしたなだろう?
声をかけたときに、ふと別府君の進路希望の紙が目に入る。第一希望は・・・あれ?空欄??
いままで散々面談もやったんだから、まさかこの時期に決めてないなんてないと思うけど。
聞いてみたら、迷ってるって。別府君が迷うほどの高校ってどこなんだろう。
気になって聞いてみると、無言で教室の後ろの方を指差す。
その方向にはポスターも何も貼ってない。教室でなければ体育館?もっと先には高校が・・・え?
思いも寄らない事が起きた。だって、そこは私の第一希望の場所。
でも、成績があまり良いほうと言えない別府君が目指すには、あまりにもハードルが高い過ぎる気がする。
「だから迷ってるんだよ」
ため息交じりに呟く。どうしてもそこじゃないといけない理由でもあるのかな?
でも理由はどうあれ、もし二人とも合格したら・・・私にとってはチャンスが広がる。
しかも、同じ中学出身ならそれだけでも話ししやすい。願ったり叶ったりの展開。
けれど、そんな事は・・・。
『本気・・・ですか?』
「え?いや・・・まぁ、行けるなら・・・行きたいな」
私の問いかけに力なく答える。最初からそんな気持ちじゃ、最後まで頑張れないと思う。
せめて、もっと自信もって行くって言えばいいのに。
『えっと・・・今のままじゃ可能性はゼロに近いですよ?』
「だよな、あはは・・・」
緊張感を持ってもらおうと言った一言も笑われてしまった。
もう・・・どうして分かってくれないのかな?
別府君は私の気持ちもお構いなしで、違う高校の名前を書き始めた。それを見て、しまったと思う。
結局、また自分でチャンスを台無しにしてしまった。
書き終わった進路希望の紙を提出しようと立ち上がる。ここでこのまま見送ってしまったら、本当に
もう終わりの気がしたので慌てて引き止める。
何て言えば考えを改めてくれるかとか、考えている時間もなかったけど
とりあえず提出するのだけは止めないと。
ふと、自分の進路希望の紙が目に入る。そうだ、これを見せて・・・同じ場所だよって・・・だから
いっしょに頑張ろう?って言えば・・・少しは考え直してくれるかも。
そう思って紙を差し出した。受け取った別府君は驚きの表情を浮かべた。
「そっか、委員長くらいの成績なら楽勝だね」
『そんな事は・・・』
「またまた〜」
『べ、別府君だって・・・頑張れば行けるかもしれないのに』
「あはは、お世辞はいいって」
お世辞じゃなくて、頑張って欲しい。そして一緒に同じ学校へ行きたい。これは、私の願望。
だからちゃんと言わなきゃ。別府君も一緒に頑張ろうって。
そうだ、二人で勉強会とかしたら・・・そしたら距離も縮まるし。よし、この手で行こう。
でもいざ言おうと思うとドキドキして上手く言えない。ダメだよ・・・これじゃさっきと同じじゃない。
別に告白するわけじゃない・・・ただ一緒に勉強するだけだ。そうだ、言うんだ、私。
『その・・・頑張るって約束するなら・・・勉強・・・お、教えてあげない事もないですよ?』
『あ、その・・・べ、別に別府君のためじゃないですよ?教えるってことは、その事を理解して
 いるかどうか分かる訳ですし。お、お互いがお互いを利用しあう・・・みたいな感じですから』
「でもさ・・・」
『や、やるんですか?それとも、うじうじ諦めちゃうんですか?』
言うには言えたけど、どうして余計な事まで言っちゃうんだろう。
これじゃヘソ曲げられて、こんな奴と同じ高校行きたくないって思われてもおかしくない。
内心ため息をついて別府君を見ていると、なんと志望校を書き換え始めた。
そして、私に突きつけてきた。
「これが俺の答え」
『そ、そんなカッコつけて・・・落ちても責任は取りませんからね?』
あまりの嬉しさに、ついつい顔が緩んでしまう。
これで一緒にいられる機会が増えたし、同じ高校にも行ける。最後の最後でこんなチャンスにめぐり合う
なんて、やっぱり別府君は私の運命の人なんだ。あ、運命の天使様、か。

わくわくしながらの掃除時間はやっと終わり、二人きりの勉強会が始まる。
と思ったら、別府君は帰ろうとしていた。
『別府君、どこへ行くんですか?』
「え?帰るけど?」
どうやら別府君は軽く考えてるみたい。今の成績を考えても、今からでも遅い位なのに。
本当に行くつもりあるのかな?
『さっき頑張るって言ったばっかりじゃないですか?もう嘘つくなんて・・・最低です』
『今の状況を理解してますか?今日からでも始めないと本当に間に合いませんからね?』
少しムッとして、ついついまた余計な事言ってしまった。もっとやんわりと言えればいいのに・・・。
でも今のは別府君が悪いわけだし、もっとちゃんと考えて欲しい。でないと、一緒の高校生活が送れないん
だからね?
その後もちょっと厳し目に色々言ってしまったけど、やっと分かってくれたみたいで、図書室へ
誘う事ができた。
・・・誘うって言うとなんかデートみたい・・・って、何考えてるの、私!勉強するだけなんだから。
ちょっとドキドキしながら歩いていると、急に別府君から声をかけられた。
「委員長・・・ゴメン」
渡されるまま鞄を受け取ってしまった。何がゴメンなんだろう?もしかして、やっぱり
同じ高校は受けない・・・とか?
「ちょっと・・・用事があるんだ。そう・・・30分くらい、先に行っててもらっていいかな?」
そういい残して、向きを変えると走り出してしまった。
急用を思い出したのかな?先にって事は後から来てくれるみたいだから、私の考えていたような
事じゃないと思うけど。

自分の鞄と別府君の鞄を持って図書室へ向かう。まるでこれからの二人みたいだな、なんて
思うとちょっと嬉しい。
そのとき、ふと思う。もし別府君が受験に落ちたら・・・私のせいなのかな?
普通なら無理しないで、行ける可能性が高い場所を勧めるもの。私がしたことは・・・ただ単に
自分のワガママ、願望を別府君に押し付けてしまっただけ。
急に力が抜けて、鞄がするりと手から滑り落ちる。私は・・・とんでもない事をしてしまったんじゃ?
どうしよう・・・もう一度考え直すように言うべきかな?でも私の事だし、ちゃんと言えるか分からない。
色々な考えが頭を行ったりきたり。もう・・・訳が分からない。
すれ違う生徒達がみな私を不審な顔つきで見ている。たぶん、青い顔でもしてるんじゃないかな?
だから見られないように、顔を窓の外へ向けた。
下校する生徒なかに偶然別府君を見つけ、思わず胸がチクリとした。
そして・・・驚きの光景を目にする。
校門を出た別府君が向かった先に居た人は・・・黄色い帽子にランドセルの姿。
遠目でハッキリとは見えないが・・・思い当たる人は一人。ちなみちゃんだ。
もしかして・・・いつも一緒に帰ってたの?朝も一緒?
頭の中で、カギの掛かったドアがガチャリと音を立てて開いた気がする。
別府君が急に朝早く来るようになった理由、ちなみちゃんが引っ越してきた時期。
つまり、そういう事だったのか。
二人手を繋いで帰る姿に、何か黒い感情がこみ上げてくる。
相手は小学生だし、別府君だってそんな気持ちじゃないって分かっているけど・・・でも、
それでも・・・相手は女の子。いくら小さくても、やっぱり・・・気持ち良いものじゃないよ。

だめ・・・もう頭の中がぐちゃぐちゃだよ・・・。

☆その12の物語☆

重い足取りのまま図書室へ。そして隅っこの席にすわり、その隣に別府君と私の鞄を置く。
頭の中は色々な気持ちで渦巻いていて、全然整理がつきそうにない。
別府君に進路を変えさせる。一緒の高校に行きたい。会うのが辛いから勉強会は無しにしよう。
二人きりになって距離を縮めないと。ちなみちゃんの事聞かなきゃ。もしもって事があるかもしれない
から聞きたくない。
ダメダメ・・・全然噛み合わない。
でも、ちゃんと決めなきゃ。ここで選択を誤ると、別府君にとっても私にとっても大問題になる。
別府君は大事な進学を失敗して、私はその責任を取らなくちゃいけなくなる。
きっと、「気にしないよ」とか「委員長は悪くない、自分の力不足」って言ってくれるのだろうけど
私は自責に耐えられなくて、一生後悔しながら生きていく事になるんだろう。
この際、私はどうなっても良い。別府君には嫌な思いをさせないようにしないと。
だから・・・やっぱり進むべき道を変えてもらわないと。そんなの考えるまでもない事。
私の願望も、私の気持ちも全部諦めれば良いだけじゃない。保育園を卒園した時と一緒、それをもう一回
味わうだけなのに。
でも・・・それでも、やっぱり嫌だ。諦めたくない。
好きって伝えたい。好きって言って欲しい。ずっと一緒に居たい。ずっとずっと・・・ずっと・・・。
気がつくと止め処なく涙が溢れていた。慌てて拭っても次から次へと。
周りの人に気付かれたくないから、机に突っ伏し、声を殺して泣いた。

「委員長・・・起きてる?」
ふいに別府君の声がした。顔を上げようと思ったけど、きっと酷い顔してるんだろうな。
そんなの見せたくないし、余計な心配もかけたくない。だからそのままで話をする事にした。
『起きてます』
すごく無作法なのは分かってる。けど・・・いま別府君を見たら、せっかく収まりかけた涙が
また溢れてきそうだもん。
「あのさ・・・遅くなってゴメン」
『別に気に・・・してませ・・・ん』
あぁ・・・ダメ。別府君とお話してるだけでも堪えられない。
でも、ちゃんと言わなきゃ。違う高校に行ってって。そうしなきゃ、もっと悲しい気持ちなるもん。
『もう、良いんです。違う高校に・・・最初に行こうとしてた所へ・・・行ってください』
最後の一言を言った瞬間、また涙がポタリとこぼれた。
これで良いの・・・これで。さよなら、私の天使様。

「委員長、頼む!俺に力を貸してくれ」
その言葉で思わず顔を上げてしまった。恐る恐る見た別府君の表情は真剣そのもの。
さっきまで泣いてたのを忘れて顔を見入ってしまうくらい。
「・・・泣いてた?」
『な、泣いてなんか・・・いません』
その言葉で慌てて涙を拭って向き直る。カッコ悪いところ見せちゃったな・・・。
「委員長、何かあったのか?」
『何かって・・・な、何もありません!』
誰のせいで泣いてたと思ってるんですか?って言えたらどんなに楽か。でもそれは単なる八つ当たりに
しか過ぎないし。
悪いのは全部私自身。身勝手な願望を叶えられないから、好きな人が他の娘と仲良くしてるから、
たったそれだけの話し。
他の娘でちなみちゃんの事を思い出した。そうだ・・・諦めついでに聞いてしまおう。
もしも本気で好きとかって言われたら、それこそ諦められるというもの。
『ちなみちゃんと・・・ずっと一緒なんですか?』
「な、何で・・・」
『答えてください!』
つい声を荒げてしまった。でも誤魔化して欲しくない、本当の事を言って欲しいから。
それで・・・私を諦めさせて欲しい。
私の真剣さが伝わったのか、別府君はポツリポツリと話し始めた。
朝も帰りも一緒の事、それで隣の高校を目指そうと思った事。一旦諦めたけど、私が勉強を見てくれる
から決めたって。
ちなみちゃんとは単なるお隣同士のお付き合いって訳ではないけど、そこまで仲ではなさそう。
強いて言えば、放っとけない妹みたいな存在。そこだけは私を安心させてくれた。
でも・・・隣の高校を受験するのは納得できない。私の言葉がきっかけなら、もしも落ちたら私が原因と
いう事になってしまう。そんなの・・・絶対ダメ、耐えられない。
再度勉強を教えてくれるようにと頼んできたけど断るしかなかった。
断られて暗い顔をする別府君に胸が苦しくなる。せめて理由をちゃんと説明してあげよう。
『もし落ちたら・・・私は責任をとれません』
「落ちたら俺の力不足だろ?委員長は関係ないんじゃ」
言うだろうな、という事を言ってくれた。けど、それは合格発表の日、辛い現実を前に同じ事が言える?
言えたとしても上辺だけ、心の中では「あの時止めてくれれば」って絶対思うはずだよ?
だから、何としても止めないと。
『間接的には私のせいにもなるんです。だから、自分の実力にあった所を受験してください』
ちょっと冷たい言い方になっちゃったけど、この位が調度いい。下手に優しく言っても
曲げてくれなさそうだから。だけど別府君は考えを変えてくれなかった。
「もう決めたんだ。たとえ委員長が反対したって変える気は無いね」
『将来を棒に振るような事しないでください!』
「自分で決めたんだ。後悔はしないし、結果がダメでも誰のせいにもしない」
あまりの頑固さについつい興奮して立ち上がってしまった。
気がつくと、周りの人の視線が痛い。別府君もその事に気がついたのか、小声で話し始めた。
「滑り止めも受けるし、大丈夫だって」
『だからって無謀すぎます。別府君が気にしなくても、私が気にするんです』
「俺の気持ちを曲げさせて、別の所を受験させれば委員長は満足なの?」
ドキッとした。本当に満足する結果って・・・なんだろう?
私が言ったとおりに別の高校を受験してもらって、それで合格して。春から別々の高校へ行く。
そして、そのままずっと会えなくなる。それで満足なの?

違う・・・そんなの・・・違う。
私が本当に望む事は、満足する事は・・・別府君と同じ学校へ行って、それで・・・それで・・・
ずっとずっと一緒に居る事。

『そ、それは・・・』
「それとも、同じ高校を受験するライバルを減らそう・・・とか?」
『な・・・ち、違います!私だって、出来る事なら別府君と一緒に通いたいです』
別府君の一言に、ついつい本音が出てしまった。そう、これが偽らざる私の気持ち。私の満足。
言葉にしてしまうと、急に恥ずかしくなって体が火照ってくる。
『い、今のは・・・言葉のあやです!お、同じ中学出身の人が多い方が良いという意味ですからね』
慌てて訂正しても別府君はニヤニヤとしてる。私の気持ち・・・バレちゃったかな?
こんな時にバレなくてもいいのに・・・どうせなら卒業まで隠し通せれば良かった。
「とにかく・・・この話はここまで。委員長がさっき言ったように、俺は勉強しないといけないんだから」
鞄を片手に席を立つ。少し離れた距離がもの凄く遠くに感じた。
このまま行かせてしまったら、もう卒業を待たずにここで終わり。そんな気がする。
まだ間に合う。手を伸ばせば届く。
そう思った瞬間、私の手は自然と別府君の上着を掴んでいた。
そうだ・・・そうなんだ。
叶えたい事があるなら、無理と分かっていても手を伸ばして掴みにいかなきゃ。やる前から諦めていて
いたら、一生叶うはず無い。
それは別府君にも同じ事が言える。本当に叶えたい事があるなら、可能性が低くたって挑戦するのは
当たり前の事。それを頭ごなしに否定して・・・私って本当にバカだ。
『どこへ・・・いくんですか?』
「えっ・・・いや、とりあえず担任のところへ行って相談しようかと」
別府君は私に頼らないでも叶えようとしてるんだ。
言わなきゃ・・・私も自分の願望をかなえるために。
一緒に勉強して・・・二人の距離を縮める。そして・・・二人で同じ高校に進学して、そして・・・。
そんな事を考え出したら、急に言い出すのが恥ずかしくなってきた。
ダメよ、私。今は変な事を考えないで、ちゃんと言わなきゃ。
床と別府君の顔を交互に見ながら、決意を固めていく。何度目かの往復で、やっと決心がついた。
頑張れ、私。
『わ、私が・・・教えます』
「でもさっき嫌だって」
『合格する確立を考えて、他の高校を進めたかったからです。でも、変えないなら・・・合格する確立
 が高くなるように・・・わ、私と一緒に・・・勉強・・・しましょう?』
すごく恥ずかしいけど・・・でも、ちゃんと言えた。これだけでもすごく嬉しい。
でも恥ずかしすぎて、なんだか落ち着かない。
そうだ、勉強しなきゃ。そう思って鞄から筆記用具と問題集を取り出そうと思ったけど、うまく
鞄のファスナーが開かない。あれ?と思ったら、嬉しさと恥ずかしさで手が震えてる。
落ち着かなきゃって思っても、一向に収まりそうに無い。
とりあえず模擬テストをやってもらって、その間に落ち着こう。うん、そうだ。
ようやく取り出せた問題集を広げる。
『な、何をぼさっとしてるんですか?時間は待ってくれませんよ?』
「え?あ、あぁ・・・わかった」
『まずは別府君の実力が知りたいので、この模擬テスト問題をやってください』
「いきなり!?」
『時間は30分。はい、スタートです』
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ」
『いーえ、待ちません。さっさと始めてください』
ちょっと強引だったけど、このくらいでもいいよね。
何だかんだあったけど・・・やっと二人の・・・二人だけの勉強会が始められた。
そう考えたら、余計に落ち着かなくなる。顔だって・・・多分緩みっぱなしなんだろうな。

その後も残りの教科分テストをしてみた。結果は散々。
でも出来が良かったら質問される事も少なくて、結果距離が縮まらない訳。だから
案外この位が私には調度良かったのかもしれない。
けど、もう一つの願望である同じ高校へ行く、という事には大きな障害になりそう。
ここはビシビシとやらないと。
でもあんまり厳しいと嫌われちゃうかな?ふぇぇ・・・どうしよう。

☆その13の物語☆

下駄箱から靴を出していると、別府君が空を見上げて呟いた。
「秋の日はつるべ落としってやつか」
『漢字で書けますか?』
いけないいけない、もう勉強は終わったのに余計な事を言ってしまった。
でも、そんな私の一言にも真剣に考えてくれるのがちょっと嬉しい。
靴を履き終えて、回答を教えてあげるとなっとくの表情。やっぱり不安になってきちゃうな。
一緒に並んで校庭を横切ると、そんな不安もどこへやら。今朝のドキドキがまた戻ってくる。
あの別府君と二人でこうやって歩くなんて・・・夢みた。ずっとずっと・・・こうして一緒に帰りたいな。
でも、そのためには合格しないといけない。
はぁ・・・とため息を一つつく。ちゃんと勉強方法を考えないといけないな。
別府君にはどんな方法が合うのかな?やっぱり遊びが好きそうだから・・・例えば1問間違えたら
罰ゲームを課すなんてどうかな?案外真面目にやってくれるかもしれない。

「あちゃ〜、1問間違えちゃった」
『では罰ゲームです』
「はいはい、分かったよ。で、何をすればいい?」
『その・・・わ、私に・・・ちゅーしてください』

イケナイ妄想が膨らむ。そうだ、こうすれば自然と距離も縮まって・・・。って、私ってば何考えてるん
だろう。
だいたい、罰ゲームなんだから嫌がる事じゃないと効果ないわけで、私とのキスが罰ゲームって事は
別府君は私となんかキスしたくないって事になっちゃう。そんなの・・・悲しすぎる。

「いいのか?俺は委員長とキスしたいから、罰ゲームにならないよ?」
『そ、それって・・・どういう意味ですか?』
「キスしたいって事だよ」
『別府君のエッチ!最低です』

あ、ダメダメ。妄想の中でもそんな態度してどうするのよ。
でも、誰とでもキスするような人じゃないだろうから・・・つまり・・・つまり・・・。

「俺、委員長の事好きだから。だからキスしたい」
『ふぇ・・・あ、あの・・・』
「目を閉じて?」
『あ、あの・・・私、初めてだから・・・』
「俺も初めてだよ。お互いファーストキスだなんて、素敵だね」

ふっと我に帰ると、別府君が目の前に。これって現実?それとも妄想の続き?
こんな風に抱きしめられるなんてありえないから、妄想の続きだよね。
そう思って目を閉じて、口付けを待つ。もうドキドキしすぎてどうかなっちゃいそうだけど、妄想の中くらい
好き勝手にさせてもらってもいいよね。
そういえば私、どこで何をしてたんだっけ?確か・・・学校の帰り道で・・・
「ぐわっ」
別府君のうめき声で目を開けると、少し離れた距離で倒れている。
そして目の前には、自転車に乗ったちなみちゃんがいた。
『にぃに・・・なにしてるですか!』
その言葉が止めとなったのか、別府君はぐったりとして動かなくなってしまった。

別府君の話しによると、私は妄想することに熱中して倒れそうになった事にも気が付かなかったらしい。
それで慌てて支えてくれたところ、勘違いして目を閉じて・・・思いだすだけで体が熱くなる。
もしも・・・もしも、ちなみちゃんがもう少し後に来たら・・・キスされちゃったのかな?
『にぃにが・・・いいんちょに・・・ちゅーしようとしてた・・・あぶないあぶない・・・』
『ちなみちゃんがいなかったら、今頃どうなっていたか・・・』
その言葉に相槌を打つ形で言ってしまったが、本当にどうなってたんだろう。
受験を前に付き合っちゃったりして・・・なんて、なんて。
ふと別府君の顔を見ると、すごく不機嫌そう。確かに、私を助けてくれたのに、こんな事言われれば
誰だって怒るよね。ちゃんとお礼言わなくちゃ。
そう思った瞬間、別府君はすくっと立ち上がると無言で私の横をするりと抜けて、ちなみちゃんと
私の制止を聞かずに歩いて行ってしまった。
妄想にばっかり気を取られて、肝心な現実の方をおろそかにしちゃうなんてどうかしてる。
慌てて追いかけてなんとか追いつくと、むっとした表情でこう言われた。
「まだ俺を悪者にして何か言いたいのか?」
思わずちなみちゃんと顔を見合わせる。やっぱり・・・怒ってるよね。
お礼の前に謝らないと。
しかし先に動いたのはちなみちゃん。自転車を降りると、別府君にぴとっとくっついてしまった。
胸の奥に痛みが走る。大丈夫、大丈夫だから・・・これから何度も二人きりになるチャンスはあるんだ。
だから、このくらい大目にみてあげなきゃ。
痛みを堪えて何度もごめんなさいって言おうと思った。・・・けど言えなかった。
やっぱり私には辛すぎる。好きな人に他の女の子が抱きついてるなんて・・・絶対に嫌。
「委員長、ごめん。いくら助けるためとはいえ、あんな事になっちゃって」
ふいに別府君から声が掛かった。
その一言が・・・ごめんって言葉がすごく嬉しかった。こっちから言い出せないのを察して
代わりに言ってくれたみたい。
でも、甘えちゃダメ。こんどは私の番、ちゃんと言わなきゃ。
『わ、私のほうこそ・・・その・・・ご、ごめんなさい・・・』
やった、言えた。ちなみちゃんも続けて謝ったけど、今度は私のほうが早かった。
ふふん、負けないんだからね?
「そういえば委員長さ、下駄箱から出てからどうしたの?考え事でも?」
ちょっぴりの優越感も、その一言で一気に覚めてしまった。
どうしよう・・・なんて答えよう。まさか、別府君を相手にイケナイ妄想してましたなんて言えないし。
そう・・・そうだ、勉強方法を考えてことにしよう。
『べ、別に・・・なにもやましい事なんて考えてませんからね?ただ、今後の勉強の進め方を―』
「すっごくニヤニヤしてたけど、そんなに楽しい勉強方法を思いついたんだ」
そんな・・・顔に出てたなんて。窮地に追い込まれた気分。
もう頭の中は真っ白、何を言って良いのか分からなくなってしまった。
『その・・・テストで1問間違えるごとに・・・な、何か罰ゲームをって』
「へぇ・・・。で、どんな面白い罰ゲームを思いついたの?」
『そ、そんなの・・・内緒です』
もうこれ以上は聞かないで欲しい。こんな状態なら、絶対・・・ちゅ、ちゅーして・・・って言っちゃいそう。
そしたら私、すごく変な奴って思われちゃうよね。
『ばつげーむ・・・ちなに・・・おかしかってなの』
ちなみちゃんからは、お菓子だけに可笑しな罰ゲームが提案された。
って、上手い事言ってる場合じゃないよね。
「はぁ・・・何だか分からないけど、1問も間違えないように頑張るよ」
そんな事されたら、ちゅーできなくなっちゃう。それはいくらなんでもダメって思ったら口から出てしまった。
あぁ・・・何で私は会話が下手なんだろう。会話以前に、ちゃんと言いたい事を言って、言わなくても
良い事は心に秘めておくっていう基本ができてない。
でも、それは別府君を・・・好きな人を目の前にしてるから。ドキドキして、それで頭に血が上っちゃう
んだよね、きっと。
別府君の追撃に、さらなる窮地に立たされる。どうしよう・・・もう私が変な事考えてたのが
ばれちゃうよぉ・・・。
不意に遠くで5時を知らせる鐘がなる。その音で、逆転の秘策―とりあえず今日は帰ろう、という事を
思い立った。
『今日は遅いので、帰りましょう?ね?』
『にぃに・・・ちな・・・おなかへったおー』
ちなみちゃんからの心強い支援もあり、作戦は成功。うやむやにすることができた。
ほっと一安心。あとは・・・今後、こんなことが無いように気を引き締めないと。
でも・・・今日は・・・今日だけは・・・家に帰ったら、妄想の続きを考えちゃおうかなって思ったりした。

☆その14の物語☆

昨日は色々と遅くまで考え事・・・というか・・・別府君の事を思ってたので寝不足気味。
妄想の中ではもう恋人同士。昨日はデートして、その後の事も色々したりして。
思い出しただけでも、ニヤけちゃう。
でも結局はただの妄想。それを現実にするためにも、頑張らなくっちゃ。
家を出て、いつもの通りの道を歩く。角を曲がって、信号を渡れば別府君と同じ通学路に出る。
もしかしたら逢えるかもって思ってたら、前の方で別府君を見つけた。そして、ちなみちゃんも。
手を繋いで楽しそうにお話してる姿に、胸がズキッと痛む。本当は声をかけて、二人の間に割って
入りたいけど、邪魔して嫌われたくないし、ちなみちゃんの気持ちを思うと凄く悪い気がする。
恋愛だって競争だし、相手の事を考えてたらいつまでたっても恋人なんかになれない。
だけど、別府君が妹として大事にしてるのなら、私だってそのつもりで接しないと。
好きな人・・・恋人の妹なら、私にとっても妹になるわけだし。
やがて小学校の前。ちなみちゃんは別府君とお別れする直前にこっちを見てニッコリ笑った。
私がいる事に気がついてたみたい。気持ち、届いていればいいのだけど。

別府君が一人になったので、やっと声をかける事ができる。
考えてみれば、昔の自分なら声すらかけられなかったのに進歩したもの。
この調子で、素直に好きって言えるようになればいいのに。
『別府君』
振り返る別府君はちょっとビックリした感じ。いつも私の方が早かったから驚いてるのかな?
「あ、おはよう」
『おはようございます』
「俺より後になるなんて、今日は寝坊でもしたの?」
『い、いけませんか?私だって、たまには寝ていたい時もあるんです』
寝坊という言葉でついついムキになってしまった。遅刻してる訳でもないのに、寝坊だなんて
言って欲しくない。それに、原因は他ならぬ別府君にあるわけだし。
そう思ったら、昨日の妄想がふっと蘇る。まずい、ここでまた妄想に耽ったら昨日と同じ事になって
しまう。それに・・・またニヤニヤしたり顔が赤くなってるところなんて見られたら恥ずかしい。
顔の辺りが少し火照ってきたのを感じたので、慌てて教室に向かう。
「ま、待ってよ委員長」
『知りません』
本当はゆっくりお話しながら教室にいきたいけど、少し落ち着くまでは絶対に顔をあわせられない。
だから追いつかれないように駆け足。朝からちょっと疲れてしまった。
朝の仕事が終わり、昨日あげた問題集を広げる別府君の横から進み具合を見る。
一つも手をつけてないって事に一安心。ちゃんと家でもやってくれそう。
ぼやく別府君に渇を入れつつ朝の勉強会が始まった。が、すぐに他のクラスメートの登校によって中断。
もともと本を読むにしても、回りが騒がしいと集中できないと言ってたし、こればっかりは性格的な事も
あるのだし、しかたないのかもしれない。

放課後になり、待ちに待った二人きりの勉強会の時間。
その前に、別府君には大事なお仕事―ちなみちゃんを送り届けるのがある。鞄を預かり、走り出す後姿に
やっぱり面白くない気持ちが沸いてしまう。
いつか・・・私も別府君と二人で一緒に帰れる日がくるんだよね。手を繋いで、下らない話をしながら。
家の前について、また明日って言う時に軽くちゅーしてくれたりして。
って、いけないいけない。また一人で妄想にのめり込んでしまった。
とはいえ別府君が戻ってくるまでは時間があるのだし、のんびりでもいいよね。
そんな事を思いつつ、図書室への長い渡り廊下を渡っていると不意に声をかけられた。
振り返ると居るはずもない別府君の姿が。ちなみちゃんはどうしたのだろう?
「今日は先に帰ったみたい」
『でも、まだ着てないとかって可能性も』
「大丈夫だよ。ちゃんと帰りましたっていう印があったからさ」
そう言って見せてくれた赤いリボン。きっと二人の間で決めた約束があるのだんだろうな。
ちょっとだけ羨ましく思う。
でも、ちょっと意外だった。別府君にベッタリのちなみちゃんが一人で帰るなんて。
窓から帰りの通学路を眺めつつ、きっとちなみちゃんに私の気持ちが通じたのだな、と改めて思う。
ちなみちゃんの気持ちに報いる為にも、二人で合格しなくちゃね。

昨日と同じ席にすわり、勉強会が始まる。
そういえば、勉強も大事だけど、別府君との距離を縮める努力もしないといけないよね。
例えば分からない所を教える時に・・・密着してみるとか。
別府君だって男の子だし、私みたいな魅力の無い女の子からでもくっつかれたら意識するはずだよね?
後ろから抱きつくみたいに・・・肩にあごをのせたり、胸を押し付けてみたりしながら『こうやるんですよ?』
とか言うのはどうかな?
同じクラスの女の子よりは若干発育が遅れてる胸だけど、少しは膨らんでるし。
密着すれば、ちょっとは感触が伝わるはず。男の子はみんなそういうのが好きだって、誰か言ってたから
別府君にだって効果あるよね。
そんな事を思ってたら、早速の質問が来てしまった。
ど、どうしよう・・・まだ実行する勇気が沸いてないのに。別府君と問題集を交互に見ながら
悩んでしまう。
「もしかして、いきなり委員長も分からない所?」
『ふぇ?あ・・・ち、違います!この辺ならもう完璧ですから』
ついつい普通に解説してしまった。これじゃいつまで経っても距離は縮まらないのに。
はぁ・・・とため息をついて自分の問題集に取り組む。問題を解きながら・・・次は、次こそは
実行するぞと決意を固めてみる。
とはいえ、私の事。ありったけの勇気で固めた決意も、あっさり壊れてしまいそうだけど。
「あのさ・・・ここも聞いていいかな?」
『どこですか?』
決意を試される時が来てしまった。まだ固まりかけ、プリンみたいにプルプルの決意では密着なんて
出来るはずが無い。
でも・・・少しだけ。肩と肩がギリギリ触れ合う寸前の距離までは近づく事ができた。
いきなりは無理だけど、ちょっとづつこの距離を縮めて・・・いずれは密着できればいいな。
そう、気持ちと本当の距離を縮めていければ。
解説を終わって別府君の顔を見ると、どこかぼーっとしている表情。
『別府君、聞いてますか?』
「あ、ゴメン・・・ちょっとぼーっとしてた」
もう・・・せっかく私が勇気をだして頑張ったのに。肝心な別府君が気にしてくれなくちゃ
何にもならないのに。
『ちゃんと集中してください。でないと、まったく意味がないですから』
「分かってる。次からは気をつけるから」
『本当ですか?もし同じことがあったら、罰ゲームですからね?』
少しきつく言ってしまったけど、次からはちゃんと勉強も私の事にも集中してもらわないと困る。
しかし、意外な反撃をされてしまった。
「その罰ゲームって何?」
『そ、それは・・・その・・・』
昨日考えた罰ゲームを思い出す。1問間違える度に私にちゅーをしないといけない、というもの。
良く考えてみれば、いきなりちゅーはやりすぎだよね。私はそれでも全然良い・・・むしろ大歓迎だけど。
やっぱりちゃんとした手順を踏まないと。まずは、二人でどこかに遊びに行ったりして。
あ・・・そうだ、デートに誘おう。でも普通に言ったら罰ゲームにならないし。
『えっと・・・わ、私がお買物に行く時の・・・荷物持ちとか・・・です』
散々考えた結果、ようやく言えたのがこんな事とは我ながら情けない。もっと罰ゲームっぽい言い方が
あったのに。
「そのくらいなら、罰ゲームにならないんじゃないか?言ってくれれば―」
やっぱり罰ゲームに思ってくれてないみたい。これじゃ集中してもらえないかな・・・?
『すっごい重たいのとか、持ちにくいものとか持ってもらいますから。もう、すごく大変なんです!』
とりあえずそう取り繕って自分の勉強をすることにした。
はぁ・・・もっとお喋りが上手だったらいいのに。そしたら、冗談っぽくでもデートにだって誘えるし
あの時告白だってできたかもしれない。つくづく自分の性格が嫌になってくる。
それでも私は戦わなきゃいけない。別府君と自分自身を相手に。
いつか・・・別府君も自分の嫌な性格も征服しちゃうんだから。

夕日が照らす校庭に出ると、遠くにちなみちゃんが居るのが見えた。
やっぱり我慢できなかったのかな?二人だけの時間もここまで。
『ちなみちゃん、ちょっといいかな?』
『なーに?』
別府君と少し離れた距離に招いて二人だけのお話。
『今日はありがとね』
『べつに・・・いいんちょのためじゃないもん・・・にぃにが・・・てすと・・・うからすため』
もちろんそうだろう。ちなみちゃんにしたって、別府君が私と二人きりになるのは面白くないはず。
でも、できればこれからもこうして欲しいな。
『私ね、ちなみちゃんと仲良くしたいな。だって、別府君の妹なんだもん』
『ちなだって・・・いいんちょと・・・なかよくしたい・・・にぃにの・・・おともだち・・・だから』
今はお友達。でも、そのうち恋人になる。ちなみちゃんにだって負けないんだらね?


☆その15の物語☆

今日から期末試験。入試に向けての勉強会の成果を試す絶好のチャンス。
ここで良い点数取れれば、少しは自信を持ってくれるはず。
そんな事を思ってたのに・・・別府君はテストが終わるなり、寝ちゃったみたい。
結局、終了時間までずっとそのまま。見直しくらいすればいいのに・・・まったく緊張感がないっていうのか。
ここはちゃんと叱って、態度を改めてもらわないとダメです。
「大丈夫だって、入試試験ではちゃんと見直しするから」
『普段からそういうクセをつけてないと、いざ本番になってもなかなかできないものですよ』
「わ、分かったよ。次はちゃんとやるようにする。これでいいだろ?」
はぁ・・・なんか無理やり納得って感じ。勉強もだけど、自分からやるぞって気持ちにならなきゃ見につかない
のに。こんな事じゃ、私も心配になるじゃないですか・・・。
「委員長、ゴメン。機嫌直してよ」
『知りません。これで点数低かったら、もう勉強見てあげませんからね?』
ついつい、また酷い事言ってしまった。じゃぁもう良いよってなったら、私の願望はここで終わってしまう。
どうしようって思ったけど、別府君はちゃんとやってくれた。
良かった・・・。

「そういえばさ、今日は居残りできないんだよね。勉強会はどうしようか?」
ちなみちゃんを待つ間、勉強会の話しをしていた。テスト期間中はいつもみたいに図書室は使えない。
それだけでなく、居残りも許されてないので、勉強会の場所がない。
『そうですね・・・図書館でやりましょうか?』
「図書館か・・・荷物もって行くのはメンドクサイな」
『他にどこか良い場所ありますか?』
荷物を持って行くのがメンドクサイだなんて、別府君らしい。けど、他に場所がないなら仕方ないですよ
って言おうと思ったら、別府君から意外な提案があった。
「じゃぁ、ウチに来る?」
『わ、私が!?べ、別府君の部屋に・・・ですか?』
体温がすごい勢いで上昇するのが分かる。べ、別府の部屋で二人きりって・・・まるで恋人みたい。
しかも、明日って保健体育のテストもあるはず。
普通にやっててもちょっと恥ずかしいのに、よりにもよって別府君と二人きりで保健体育の勉強とか・・・。

『えっと、男女の体の違いについてですが』
「教科書だとイマイチ分かりづらいな。あ、そうだ。見せあうなんてどう?」
『な・・・何を考えてるんですか!?』
「勉強だよ。こうやって、実体験を通した方が身に付くじゃない?」
『そ、それもそうですが・・・』
「じゃぁまずは委員長の見せてもらってもいいかな?」
『あ、あの・・・は、恥ずかしいです。でも、勉強だし・・・し、仕方なくですからね?』

なんて事になったらどうしよう。それでそれで・・・見せ合うだけじゃ済まなくなっちゃったりして。
で、でも・・・それはそれで・・・うぅん、ダメダメ。やっぱり順序は守りたいもの。
まずは告白して・・・き、キスとかして・・・それでいっぱい仲良くなって・・・そしたら・・・だもん。
「そういえば、明日のテスト科目って何だっけ?社会と音楽と・・・?」
一人妄想に耽っていると、意外な質問が。別府君は明日保健体育があることを忘れてたみたい。
保健体育ですよ、というと別府君も恥ずかしいなって。なんだ、やっぱりみんな思ってる事なんだ。
でも勉強はしないといけない。いくら入試に関係なくても、ちょっとでも点数を取って自信をつけてもらわ
なきゃだし。
だから、恥ずかしいけど・・・別府君の部屋でやる事にした。すごく嫌々って感じに思われちゃったけど。
万が一って事もあるかもしれないし・・・って何考えてるんだろう、私って。
話がまとまったタイミングでちなみちゃんが来た。今の話しを他の人に聞かれるのは、ちょっとマズイ気が
したので調度良かったかな。
ちなみちゃんは私の態度でケンカしてるのと思ったみたい。恥ずかしさもあって、ついつい二人で別府君に
悪口言っちゃった。はぁ・・・これじゃそういう雰囲気になんてとてもならないよね・・・。

一旦家に帰って、お昼ご飯を済ませる。
制服のままでも良かったけど、せっかくの別府君の部屋に行くんだし、ちょっとくらいオシャレして行こう。
下着はどうしようかなって考えて無難なものを選んでしまった。
気持ちはもう初デートとかそんな感じ。勉強しに行くだけなのに、舞い上がりすぎだよね。
でも・・・好きな人の部屋に行くんだもん、そのくらいしょうがないよ。
いつもの交差点を今日は学校と違う方向へ曲がる。もうかなり見慣れた風景。
この方向へ用事があるときは何度も別府君の家の前は通っていたから道はわかる。その時は、まさか
部屋に行く事になるだなんて思いもしなかったけど。
やがて家の前に到着。震える指でインターホンを鳴らすと、女性が出てきた。
別府君のお母さんかな?
『私、タカシ君のクラスメイトで、音無といいます』
『あぁ、話は聞いてるわ。ささ、中に入って。』
『お邪魔します』
家の中へと入ると、心臓の鼓動がまた少し早まる。いよいよ・・・別府君の・・・大好きな人の部屋だ。
案内された階段を登り、右手のドアがその場所。
2、3度深呼吸。それでもドキドキは一向に収まらない。落ち着かなきゃ・・・そう、ただ勉強しにきただけ。
ただそれだけなんだから・・・。
学校でも別府君の部屋でも一緒。私は別府君の先生代わりなんだから、その先生がおろおろしてちゃ
示しがつかないもん。そう自分を奮い立たせ、ドアをノック。すぐに「どうぞ」と返事。
ここでまたアレコレと考えちゃうとドアが開けられなくなっちゃう。だからなるべく何も考えないで
ドアを開けた。

お邪魔します、と挨拶しつつ部屋を見渡す。まず目に入ったのが本。小説からマンガから雑誌も。
私の天使様はやっぱり読書が好きなようで。
そしてテレビゲームかな?CDのケースみたいなのがきちんと棚に並べてある。
男の子の部屋って散らかってるものだと思ってたけど意外や意外。私が来るから慌てて片付けたの
かもしれないけど。
ここでやっと別府君の顔を見れた。私の様子がおかしいのか、ニヤニヤとしている。
それに釣られて、つい頬が緩んでしまう。
指差された座布団に腰掛けると別府君と同じ目線。一層恥ずかしくなってしまう。
ついに私はここまで来たんだな、という不思議な達成感。でも、あくまでも勉強しにきただけ。
いつかは遊びに・・・そう、恋人として・・・来たいなって思う。

勉強は音楽からスタート。テストで出題される問題の傾向を教えつつ、教科書を読んでいく。
音楽は暗記が殆どなので、質問されたりされないのが少し残念だけどしょうがない。
別府君がそこそこ覚えたって言ったので軽いテストをすることにした。
どうせ別府君の事、またうろ覚えなんだろうな、と思いつつ問題を出していると視界に隅に
何かが映る。
窓の外に人影のようなもの。そして、徐々に開いていく窓ガラス。
ど、どうしよう・・・泥棒かな?それとも変質者とか何かかな?
別府君にも言わないといけないのに、怖くて声がでない。私の様子に気がついたのか、別府君が振り向く。
「あぁ、ちなみだよ」
何を言われたのか良く分からなかった。ちなみ・・・ちなみちゃん?お隣に住んでるちなみちゃんの事?
その声に反応するように窓ガラスが全部開き、ひょっこりちなみちゃんが顔を覗かせた。
ちなみちゃんもまた、私が居たのが意外だったのか驚きの表情。
やや間があって、やっと事態を把握できた。できたけど、疑問は尽きない。
というか、そもそも・・・そんな気安い仲だったの?勝手に部屋に入ってくるような?
わ、私でさえ部屋入るのに10年くらい掛かったのに、ちなみちゃんはこんなに簡単に入ってくるの?
『にぃに・・・いいんちょと・・・へやで・・・ふたりきり・・・なにしてるですか!』
『べ、別府君、何でちなみちゃんが窓から入ってくるんですか!』
ほぼ同時に罵声にも似た疑問を浴びせる。当の本人はいたって普通、さも当たり前のような表情。
全然悪びれる様子もなく、逆に何で怒ってるの?とか聞いてくるし。
そのままじっと見詰めていると、やっと観念したのか答えてくれた。
「分かったよ。委員長と二人で勉強してる。ちなみは窓から入ってくるのが好き。これでいいか?」
ちなみちゃんの方を見ると目が合った。窓から入ってくるのが好きってだけじゃ納得できない。
でも・・・妹みたいな感じなら、それで別府君が許してあげてるなら・・・私も許してあげないと
いけないのかな?
そんな事を思っていると、ちなみちゃんが部屋に入ってきた。てっきり遊ぼうって言うのかと思ったけど
大人しく隅っこにいってマンガを読んでいる。
邪魔しちゃいけないって事は分かってくれてるんだ。それなら・・・私も許してあげないとだよね。
『では、次の問題を出しますよ』
「え?あ・・・うん」
心の中はちょっと複雑な気持ち。ちなみちゃんが来てしまっては、もうさっきまで考えていた保健体育の
勉強はできないよね。安心したような、ガッカリしたような。

音楽、社会とテスト対策は終わり、残すところは保健体育のみ。
いまは二人きりって訳でもないけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。
「なぁ、休憩しないか?」
その言葉で時計を見ると、かなり長い時間やっていたみたい。私も少し疲れてしまった。
『まぁ・・・しょうがないですね。少し休憩しましょうか』
『にぃに・・・おかし・・・たべたいです』
「じゃぁ、何か持ってくるよ。適当にくつろいでおいて」
そう言い残すと別府君は部屋を出て行った。
やっと一息。勉強で疲れたんじゃなくて、別府君の部屋にいたから緊張して疲れてたんだ。
そういう意味ではちなみちゃんが来てくれて良かったのかもしれない。ずっと二人きりだったら
きっともっともっと疲れてたに違いないし。
ふと見ると、ちなみちゃんはゲームを始める準備。私はやった事ないけど、ちなみちゃんができる位だし
私もできるのがあるのかもしれない。
『ちなみちゃん、それってどうやって遊ぶの?』
『いいんちょ・・・げーむしたこと・・・ないの?』
『え?うん・・・ないよ』
答えるとちなみちゃんはニッコリ笑った。もしかしたら、勝ったとか思われてたのかな?
こんな事で勝ち負けも無いと思うけど、でも別府君をかけた勝負の延長線上なら負けるわけにも行かない。
『しょーがない・・・ちなが・・・おしえてあげるの』
『うん、ありがとうね』
すぐに覚えて見返してあげる、と我ながら大人気ないことを思いつつライバル同士の勝負は始まったのだ。

しかし・・・思ったより凄く難しい。そもそも、これが何をするゲームなのかも良く分からないので
こっちも何をすればいいのか分からない。
敵に何かされてるみたいだけど、それにどう対処して良いのかも分からないし。
説明書とかあるなら読ませて欲しいんだけど・・・。
そう思っていると、ちなみちゃんが戻ってきた別府君にも参加するように言った。
『いいんちょ・・・へたっぴ・・・ちなひとりじゃ・・・たいへんだから・・・しかたない』
『ちなみちゃん、酷いです。それに別府君と一緒だなんて・・・』
下手なのはバレバレだけど、そこまで言わなくてもいいのに。ついつい恥ずかしくなって、別府君に
当たってしまうような事を言ってしまった。
それでも気にせず、私とちなみちゃんの間に入って一緒に遊んでくれる。
やっぱり別府君は・・・優しいな。そんな気持ちでなんとなく・・・ごく自然に・・・別府君に寄り添う
事が出来た。私にしては凄い進歩だと思う。
「なぁ、やりづらいんだが」
『へや・・・せまい・・・しょーがないの』
『正面からじゃないと、西日でテレビが見づらいんです。別府君にくっつきたい訳じゃないですからね?』
それでも口からでるのは照れ隠しの言葉。こっちも早く進歩しないといけないな。
まぁ、ちなみちゃんも素直になれないみたいだし、今日は引き分け・・・かな?


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