その1

「母上よ…もう少し働く気はないのかね」
きりっとした顔立ちをしていながらその顔はどこか幼く見える。
女の子のような感じの顔と言えばいいのだろうか。
エプロンを身にまとい、母の破れたババシャツを裁縫しつつ、声をかける。
「タカシが全部やってくれるからいいよー」
「そういう問題かよ…」
別府タカシ、それがこの少年の名前だ。
趣味は料理、裁縫、読書…とまたまた女の子のようなものが並ぶ。
「タカシぃ…ご飯まだー?」
「ちょっと待てって、もうちょっと煮込むから」
明日はもう始業式。
高校二年生になる。
「タカシぃ…ご飯まだー?」
「もうちょい」
そう言って、その小柄な少年は鍋を見つめた。
同じ頃、もう一人鍋を見つめている男がいた。
名前は別府タカシ。先ほどの少年と同姓同名である。
「もう…ちょい…」
「ただいまー…いい匂いー」
玄関のドアが開いて、一人の女性が入ってきた。
「おう、かなみお帰り」
「今日の晩ごはん、なにー?」
「カレーだ、カレー」
「やった!」
そう言ってその女性、別府かなみは子供のように部屋の中を跳ねまわった。
「そうだ、ほら…なんかすることない?」
「なにが?」
「バカ!いつもしてる…その…」
かなみの言おうとしていることを悟ったのか、タカシはいたずらっぽく微笑んだ。
「ちゃんと言わないとしてあげない」
「む…その…お帰りの…なでなで…とか…ちゅー……とか…」
かなみは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にさせて言う。
タカシはあまりにウブな自分の妻の告白に顔をほころばせ、
「なでなで〜」
と声に出しつつかなみの頭をなでた。
「ん…あむ……」
続いてお帰りの甘いキス。
すっかりノックアウトされてへろへろになった妻を優しく椅子に座らせ、キッチンへと戻る。
クリスマスの告白…あれから11年、ただいま結婚3年目。
まだまだアツアツの夫婦である。

翌日。
16歳タカシの朝はテンションだだ下がりのうちに幕を開けた。
桜舞い散る春、春、春…
始業式である。
「また、人気が出ちまうのか…」
そう、タカシは女子にモテモテなのだ。
モテモテで何が悪い!とほかの男子は言う。しかし、違うのだ。
まだ寝ている母と、遅い出勤の父の弁当と御飯を作り終え、
「行ってきまーす…」
返事の期待できない家に向かってそう告げ、タカシは出発する。
その瞬間。
「たーかしー!」
聞きなれた声が飛んできた。
「よう、ボクッ娘。」
「む、またそういう!ボクには梓っていうちゃんとした名前があるんだ、そう呼べ!」
「はいはい」
ボクッ娘の言うことを軽く聞き流す。
梓は家が近所の幼馴染である。
もう一人、山田を加えて、この三人は小学校時分からつるんできた。
「いつまでも俺に絡んでくるなんて、お前も暇だなー…そろそろ彼氏でも見つけろよ」
「暇って言うな!ま、言われなくても彼氏くらい見つけるけどねー」
「お、言ったな?なら賭けるか?ん?」
「むー!ボクを挑発した罪、万死に値する!とりゃー!」
ゲシゲシ
「蹴るな蹴るな!痛い!」
こうやって何かにつけて迫害されている。
身長が162cmと小柄なこともあるのだろうが…
「ボクッ娘って身長幾つぐらいなんだ?」
「ボク?ボクはねー、154cmくらいかな」
「結構ちっちゃいな」
「ばーか!タカシに言われたくないねー!」
そう言って梓は走りだした。
「待ちやがれー!」
…っと…もう学校に着いたか…
気づけばもう学校の前。
ああいやだいやだ…
「ねえ、あのかわいい娘、誰?」
「可愛いー!」
「新入生かな?」
「顔真っ赤になっちゃってる!可愛いー!」
ほーらきやがった。
「でも、男の子の制服着てるよね…?」
「間違えたんじゃないの?」
おいおい、さすがの俺でも間違えるか、と思いながらタカシはずんずん進む。
クラス替えは…まーたボクッ娘と一緒か。
教室に到着。
「あの男の子、可愛くない?」
「うん、可愛い…」
くそ…どいつもこいつも…
「モテモテですな、タカシきゅん?」
「梓ぁ〜?」
こんな時になにを言ってくるんだこいつは…
思わずタカシは立ち上がって怒るそぶりを見せる。
そう、俺は可愛い…と言われてることはあってもカッコいいと言われたことはほとんど…いや、覚えがない。
「ま、今年も頑張るんですな、ははははは!」
「あいつめ…」
授業開始のチャイムがなる。
今回の担任は初担任の別府先生らしい。
ガラガラとドアが開いて先生が入ってきた。
見た目は三白眼で怖いが、可愛いところもある、とてもいい先生だと思う。
「それでははじめに自己紹介をしてもらいたいと思います、じゃ、新居君から」
ぼーっとしている間に自己紹介かよ…次はもう俺か…
「別府タカシです、えーと趣味は…料理と裁縫と…」
「「「「きゃあああああああああああ!」」」」
「えと、部活は文化研究部…でその…」
「よ、よろしくお願いします…」
「可愛いーーーーーーーー!」
これだよ、俺の悩みの種は。
ああ、なぜこんな顔に生まれたもうものかな、この世界に神はいない。
始業式が終わると、別府先生に呼び止められた。
「別府タカシ君っていうの、君?」
「別府先生?なんだよ、いきなり」
「いや、私のダーリンがね、全く同じ名前で…」
「ふーん、そうなんだ…」
ちょっと感心していると、文化研究部の部室に向かう梓に呼ばれた。
「タカシー、先行くよー」
「お、おい!待ってくれよ梓ー!じゃ、別府先生…僕はこれで」
「じゃあね」
タカシたちの部活、文化研究部はその名の通り、文化を学ぶ部活である。
しかしまあ、あまりにフリーダムで多岐にわたる活動のため、ひとくくりにすることはできないが。
ただいま部員は4人。
部長の綾部友子先輩。
そして1年生がタカシ、山田、そして梓だ。
「新入部員の勧誘もしないといけないわけだが…正直こんな何をしているか分からない文化部など見向きもされないわけで…」
「今、よくないことを考えたわね?」
「ひい!友子先輩!」
ほんとに神出鬼没である、この人は…
「誰でもいいから一人!一人連れてきなさい!一人来たら解散でいいから!」
一人って…ま、それくらいならいいか…とタカシが重い腰をあげたその時、
バタンとドアが開いて、一人の女の子が入ってきた。
「わ…わたし、1年生の緒方舞といいます!えと、別府先輩は…」
「僕だお」
「ボクだよ」
「私だけど?」
「みんな!?本当の別府は俺だけど!?ってか山田、どっから出てきた!?」
舞は少し戸惑ったような表情を見せたが、すぐにまたしゃべり始めた。
「あの…その…別府先輩、先日、すごくカッコいいとこ見て…その、文化研究部に入りたいと思ったんですけど…」
「俺が…カッコいいこと?そんなことしたっけな…」
思い当たる節がない。
「だって、一昨日!おばあさんの荷物持ってあげた後、財布を拾って交番に届けて、それから泣いている男の子を家まで送ってたじゃないですか」
「おおー、タカシ君もやるときゃやるんだねー」
「や、やめてくださいよ友子先輩!それに、あれはカッコいいんじゃなくてただこう…なんていうか…いい人的っていうんじゃ…」
それでも舞は引き下がらない。
目をキラキラとさせながら、とどめの一撃。
「いや、十分カッコいいです!」
ぐは、死んだ。俺死んだ。
「おk、じゃ、入部手続きしようかー」
屍となったタカシをよそに、友子は勝手に入部手続きを始めている。
そして何かしら思いつくと、ふっと席を立って梓のところへ向かった。
「ライバル現れちゃったねー?」
「へ?ライバルって何?」
「早くしないと取られちゃうよ?」
「タカシなんか別に取られてもいいっていうか、ボクがそんなにタカシ好きなように見える?」
梓は落ち着き払って言ったつもりなのだろうが、
「タカシなんて一言も言ってないんだけど」
「え?ああ、うん…あれ…おかしいな…なんでボク、タカシなんていったんだろ…」
「まだ気付かないか、この朴念仁さんはwww」
友子だけが一人微笑んでいた。
「うはwww俺空気www」
「心配するな、もう復活だ。いや、久しぶりにカッコいいとか言われたから精神崩壊しそうだった…」
「たーかしっ!あそぼー!」
いつものようにタカシにじゃれつく。
「いい年こいて、何があそぼーっだ!ほら、さっさと作業しろよ」
そういって、模造紙を丁寧に広げはじめるタカシ。
いつもの光景が、そこに広がっていた。
しかし、なにかが確実に変わり始めていた。


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