その3

「タカシ先輩♪」
「バカシ♪」
「タカシ君♪」
「たかs」
「山田は言わんでいい!気持ち悪い!」
6月初旬。
梅雨まっただ中の文化研究部部室。
換気能力の低いそこは絶えずじめじめしていて気分が悪い。
と、言うわけで今日は図書室での活動となったわけだが…
「なんで場所が変わってもすること同じなんですか!」
ええいめんどくさい、と俺は首を振った。
四人の手に握られているのはおなじみのトランプ。
「タカシ先輩、大富豪しないんd」
「今日の活動は読書なんだろ?なら一冊くらいは本読もうぜ…」
俺の手の中にある本のタイトルを見る。
『楽しく出来る簡単お料理100+余りもので作れる20のお料理レシピ!』
我ながら女の子っぽいと思ったのだが、まあ本でなんでもいいならこんなのだろう。
山田の横に置かれている本を見る。
『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』
…次だ、次。
舞ちゃんのはどうだ?
『西の魔女が死んだ』
普通だな、おい。次!梓のは…
『スイミー』
バカ野郎!絵本じゃねえか!まあ名作には違いないが…次!
友子先輩は…
『孫子の兵法がわかる本』
『30日間で企業を成功に導く!』
『肩こりが治る本』
…もう何も言うまい…
「バカシ、大富豪しよーよー!」
「ああ、仕方ねえ…一回だけだぞ?」
こうやって、また活動時間が終わるまで遊び倒す羽目になる。
「あの、タカシ先輩…」
「ん、何?」
大富豪をしていると、舞ちゃんが話しかけてきた。
「あの…部活終わったら、ちょっと話があるんですけどいいですか?」
「…いいけど?」
「ありがとうございます!」
話ってなんだろうか?
まあ、このあいだの…その…き…キスの一件もあるし油断はできんな。
「はい、これで私の勝ち」
「友子先輩強すぎだよ!これじゃボクの勝ち目ないじゃんかー!」
ぶーぶーとボクッ娘が文句を言っていた。

放課後。
「タカシ先輩」
人目を避けて渡り廊下まで来た。
しかしその真面目な表情に一瞬たじろぐ。
「なに?」
「タカシ先輩は梓先輩のこと、どう思いますか?」
どきり。
また微妙な質問をしてくる。
「…あー、梓か…好きだよ、友達として」
「本当にそれだけですか?」
やたらと食いついてくる。
「うーん、どうなんだろうな…よくわからん」
「そうですか…タカシ先輩」
いっそう真面目な顔になる舞ちゃん。これはまずい。
「好きなんです」
ぐああああああああ来やがったああああああああああああああ!
「隣のクラスの浩二君のことが」
浩二君かあああああああって…え?
「ちょ、ちょっと待った!冷静に話を整理しよう」
「はい」
「舞ちゃんが好きなのは、俺じゃなくて…浩二君?」
「はい」
「で、俺にはなんでそんなこと言ったの?」
「相談に乗ってもらおうと思って」
「ほう、で。なんで俺と梓の関係のこときいたわけ?」
「なんとなく」
なんとなくかよ!
「あ、もしかしてタカシ先輩…私のこと…?」
「遅い!いや、好きだったわけじゃないけど、ほら…この間だってほ、ほっぺに…とかさ!」
俺が男の純情丸出しで顔を真っ赤にしながら言い訳する。
我ながら情けない。
それとは対照的に邪悪な笑みを浮かべている舞ちゃん。
この笑顔…どこかで…
そうだ…この笑顔は…友子先輩だ…
「私と友子先輩、グルだったんです」
「ああ、気づいてたよ!気づいてた!もちろんさHAHAHA☆」
もう口はカラカラに乾いている。
「うそですよね」
「…やっぱり?」
「それにしてもやっぱりタカシ先輩可愛いですよね」
「ほっとけ!」
「さっきだってほっぺにチュぐらいで顔真っ赤にして!可愛すぎます!」
誉められてるのはうれしいんだが…
「でも、タカシ先輩には相談できそうもありませんね、この調子じゃ」
「恋愛経験がないんだ、一緒さ…」
それにしても山田に続いて舞ちゃんまで友子先輩の手先だったとは…
「じゃ、話はそれだけです!頑張ってくださいね!い ろ い ろ と ♪」
最後に意味深な言葉を残して去っていく舞ちゃん。
…結局俺のことカッコいいっていってくれる奴なんて誰もいねぇのか…
とぼとぼと肩を落として家に帰ろうとする。
「家に…?」
しまった!梓を待たせっぱなしだ!
くそぉ…怒られるだろうなぁ…
そう思いながら校門の前までダッシュでいくと、梓がいない。
「あれ、おかしいな…先に帰ったかな?」
いや、それはありえない。
あいつは人を放って先に帰るような奴じゃない。
だとしたら…
「梓!」
そう言った瞬間、学校の裏の公園から悲鳴が聞こえた。
「…くそっ!」

「ちょっとくらいいいじゃんか?な?写真撮るだけだって」
「ほらほら、お兄さんと一緒に遊ぼうぜ?」
「いや…ボク…いやあああああああああああ!」
くそっ!俺一人であいつらに向かっていって倒せるのか?
やっぱり携帯で通報…
ダメだ!電池が切れてやがる…
こうなったら…
「ほら、無理やり脱がしちまうぜ?」
「きゃぁ!やめ…てよ…助けて…タカシぃ…」
「あ、そうですはい、ニューソック町二丁目の公園で、はい」
そういって電源の入っていない電話を耳に押し当て、わざわざ電話を切るふりをする。
「なんだ?邪魔する気か?」
「いや、邪魔も何も…もう警察に通報しちゃったんで。それからその子俺の幼馴染なんで」
そう言った瞬間、絡んでいた男たちの顔が一瞬曇ったが、すぐに勢いを取り戻した。
「警察が来る前にこいつら二人とも連れて行こうぜ、ほら…そっちの活きのイイお譲ちゃんも…」
ぷち。
俺の中で何かが砕けた。
「俺は男だああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そっから後は何をしたかも覚えていない。
気づいたら男たちは逃げ去っていて、俺は公園に無様に腰を抜かしていた。
「は、はは…」
やればできるもんだ。
さて、梓を連れて帰るとするか…
「立てるか、ボクッ娘」
「…タカシ、何やってんのー?なんか必死だったけど」
「何ってお前をほら…なんつーか…助けてだな…」
「ぷっ…はははははは!バカシ最高!夢でも見たんじゃないの!?」
「だってお前!襲われて!」
「タカシがあんな奴らに勝てるわけないじゃん!ボクはタカシがケンカ弱いの知ってるんだから!」
ぐっ…やっぱりまぐれだったのかな?
それにしても梓、こんな時まで口が減らない。
「ちっ!もーいいよ!ったく、さっさと帰るぞ?」
「分かってるよ!」
二人で並んで帰ろうとすると、梓が立ち止まった。
「なんだよ、わかってるんじゃなかったのか?」
「……………ありがと」
不意に発せられた言葉に思わず目を見開く。
…なんだよ、素直じゃねーなあ…
「分かったから、さっさと帰るぞ!」
「バカシに言われたくないねー!」
「言ったな!この!」
「あー、ぼーりょくはんたい!だんそんじょひ!じぇんだーふりーだよ!」
「お前それ、意味分かって言ってんのか!?」
ひとしきり暴れた後他愛もなく笑いあう。
ボクッ娘梓はやっと絶好調なようだ。笑っていたほうがお前、可愛いぞ?

今日ボクは、知らない人に襲われかけた。
でも、ヒーローみたいにあらわれて、助けてくれた奴がいたんだ。
別府タカシ。
普段は女の子みたいな顔してて、料理とか掃除とか大好きな変なやつだけど。
時々カッコいいんだ。
今日みたいに。
今日は「俺の梓に手を出すな!」って言ってくれたし。
たぶん本人は覚えてないだろうけど。
すごく嬉しかった。
最近タカシのことばかり考えるようになった。
ボクがタカシのこと考えるなんてすごく癪だけど。
タカシのこと考えると胸がきゅんってなるんだ。
それに苦しい。
だけど、あったかい。
舞ちゃんに聞いたら、「梓先輩、それはきっと恋ですよ」って言ってた。
どうやらボクは、タカシに恋をしてしまった…らしい。


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