その4

7月。
夏の声が聞こえている。
木々は青々と茂り、若者の季節!
…の、はずなのだが。
「おーい」
「おーい?」
「おーい!」
「…ふぇ?」
梓がぼーっとしているので心配になって声をかけてみたが、本当に気が抜けている。
今夏休みにどこに遊びに行くかを検討中の文化研究部メンバー。
今日は終業式、成績表授与という名の一部生徒にとっては憂鬱な儀式を終え、部活に直行した。
これから始まる夏休み、エンジョイサマーライフ!
本来ならこんな時の梓は極端に元気になるはずなのだが。
「どうした?ふぇ、とか気の抜けた声出して。熱あるんじゃないか?」
そう言って、手をおでこにぴとっと当ててやる。
その瞬間、梓の顔が真っ赤になり、あわてて手を振りほどいた。
「な…なにすんだよバカシ!熱なんかないって!ほら、こんなに元気!」
「どうだかな…顔も赤いし熱も持ってるし…しかもすぐ離したからよくわからないな…」
そう言って再び熱を確かめるべく、今度は自分のおでこを梓のおでこにあててみる。
ゴチン。
脳天に稲妻が走った。
「痛っ…梓!なにすんだよ!」
しかし頭突きをした本人も痛かったのか、床に涙目でへたり込んでいる。
「きゅぅ〜〜〜〜、タカシに意地悪された…」
「タカシ君って女の子みたいで意外に強いのね」
「タカシ、いくら梓だからって女の子に頭突きはよくないお」
「タカシ先輩…暴力はダメですよ?」
ううう…ひどい。ひどいよみんな…
梓を見てみると三人の後ろでアッカンベーをしている。
やっぱりいつもの梓…なのかな?
「ではでは、夏休みイベントの第一回目はこれだー!」
「友子先輩、第一回目とかないお…スケジュール的にこれ一回だお…」
「うるさいわねー!で、これに行きたいわけよ、みんなで!」
そう言って友子先輩が取り出したポスターは、『ニューソック市花火大会 夏祭り』というものだった。
「ああ、コレ今年もやるんですか」
この夏祭りは毎年結構な人出だ。
「ふっふっふ…今年も、と言ったね、タカシ君」
「えーと…言いましたけど…」
確かに。
この夏祭りは友子先輩の提案で去年も行ったことがある。
この中で初めてなのは一年生の舞ちゃんだけだ。
「友子先輩、なにかあるお?」
「大ありよ!去年は四人で行動したけど人が多すぎて思うように回れなかったでしょうが!」
ううむ、そう言えばそんなことがあったような。

「次はあっち!たこ焼きよ!たこ焼き!」
「わたあめがいいですお!」
「あ、ボク金魚すくいー!」
「ちょ、梓!こら!一人で行くなー!」

…なんかいやな記憶がよみがえってきた…
「というわけで、今回は3人2人のチームに分けたいと思います!」
「というわけでチーム発表!」
「はやいよ!」
あまりに唐突なので思わず突っ込んでしまう。
「だってー!話し合いとかすると長くなるじゃん!」
「まあそうかもしれませんけど…」
「で、チームなんだけど…私、山田、梓チームと、タカシ、舞ちゃんチームにしたんだけど」
「えー!?」
梓があまりに素っ頓狂な声をあげたので、驚いてそっちを見る。
「なーに、あずあず…何かご不満な点でも?」
「だって………なんでこんなチーム編成?」
「舞ちゃんタカシ君のこと好きそうだから!」
おいおい…
「だって舞ちゃんが好きなのはこうz」
「大好きです!タカシ先輩!」
な、なんだ!?
だって前は浩二君が好きだって言ってたんじゃ…
そのことを言おうとすると、友子先輩が何かを訴えかけるような目線をしてきたのであわてて口をつぐむ。
しかも梓を見てみると赤い顔をしてもじもじしてるぞ。
なんだこの状況は?
「ボク…ボク…」
友子先輩は笑いをこらえたような顔をしているが…いったい何がそんなにおかしいんだ?
その瞬間、舞ちゃんが口を開いた。
「あ…その日私用事があります…途中からなら参加できますけど…」
「あー、それはまずいお…どうするお?」
「仕方ないわね、じゃ、梓をタカシチームに編成しなおしってことで。舞ちゃんは途中で私たちのチームに合流しておいで」
「はい」
梓の顔が見る間に晴れやかになったのは気のせいか?
「えー、タカシと一緒に回るのかよー!仕方ないな…」
ニヤニヤしながら言われても気持ち悪いんだが。
しかしわからない。なんであんなに梓が上機嫌なんだ?…ん、待てよ…
「そうか!梓、お前なんかたくらんでるだろ!吾輩と一緒に回って吾輩を罠にかけるつもりだな、お主!」
梓はちょっと動揺したようなそぶりを見せたが、
「くっ…気付かれては仕方がない…」
と乗ってきた。
そこからいつものバカ会話になったのだが、
舞ちゃんと友子先輩の白い目が向けられていると思うのは俺だけか?
鈍感…とか聞こえた気がするのだが…
なんか俺悪いことしたかな?
分からん…

祭り当日。
チームに分かれた俺たちは、早速祭りを楽しむべく屋台にくりだした。
「次、綿飴ー!」
「次、射的ー!」
次々にねだってくる梓。
どこまでもこいつは子供だなあと思ったが、心底祭りを楽しんでいるようだからまあいい。
その時、ふと梓の足が止まった。
「…可愛い…」
射的の屋台の前にあったのは何でもないクマのぬいぐるみだった。
屋台に置いてあるというだけで欲しくなってしまう典型のようなものだが、
「…」
梓は熱心にそれに見とれている。
「おっちゃん、一回やらせて」
「ああいいよ、なんだい?お友達にプレゼントかい、お譲ちゃん?」
「…男です」
さすがにここで切れるわけにも行かなかったので、すべての怒りを輪ゴム鉄砲にこめる。
こういうのは昔から得意だったのでしっかりいただいた。
「ほい」
「…いいの?」
梓がちょっと驚いたような顔で俺のことを見ている。
「ああ」
「ボク………別に欲しかったわけじゃないけど、まぁ…タカシがそんなに言うなら」
100円返せ、と言いたいところだが…
ま、梓がそんなに笑顔なんだから嬉しいことには違いないんだろう。
それに、結構女の子な部分があって驚いた。
…ぬいぐるみを欲しがるようじゃ、まだまだ子供か。
「そろそろ花火が始まる時間だな」
「うん、去年見つけた場所で見よーよ」
去年、金魚すくいの屋台目指して猛進した梓を追いかけた挙句、友子先輩達とはぐれた時、偶然見つけたのだ。
通りを通っている人は誰も気づかない、ひっそりとした場所にあるベンチ。
花火もばっちり見える、俺と梓だけが知っている特等席だ。
そこに腰掛け、花火が上がるのを待つ。
「来年も来れたらいいな」
「うん…そうだね…」
梓の様子がちょっとおかしいが、眠いのかな?
「タカシ…ボク、タカシに言いたいことがあるんだ」
「ん?なんだ、お兄さんなんでも聞いちゃうぞ?」
「タカシ……ボク……ボク…タカシのこと…」
ちょうどその時、花火が上がる。
「お、花火だ。きれいだな…」
「あ…うん…」
「なんだ梓、続き聞くぞ?」
「いや、いい…」
いつもより無口になってしまってるが、本当に大丈夫かな?
そう思いつつ、しばし無言で花火に見とれることにした。
花火がクラマックスに差し掛かったころ、俺の肩にぽふん、と小さい頭が落ちてきた。
「なんだよ、寝ちゃったのかよ…」
俺の肩の上で、すうすう寝息を立てている梓。
「可愛いじゃねえか…」
小柄な俺よりさらに一回り小さい体。
寝顔は月に照らされて、可愛くて…
「な、何考えてんだ俺!落ちつけ!」
そう言えばこいつも女の子なんだな。
おぼろげながらそう思った。
「送っていくか」
そんなに力のない俺だが、梓くらいならおんぶできる。
起こさないようにそっとその体を持ち上げ、背中におぶった。

帰り道。
背中に感じる感触。
「なんだよ…」
揺れるたびに若干当たる程度しかないが、確かに感じるその柔らかい感触。
「…ちょっとはあんだな、な?ボクッ娘?」
そういたずらっぽくしゃべりかけると、起きているのか起きていないのか、
「…………タカシ…………馬鹿にすんなよぉ………」
という声が返ってきた。
幼馴染の控えめな成長に、少しどきりとした。

「次!たこ焼き!」
「焼きそばだろJK」
「かき氷!先輩達、かき氷行きましょ!」
3人の祭りはまだまだ続く。


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