その5

「夏休みのイベント…これだけじゃ…なかったのかよ…」
「つ…疲れるお…」
周りを山に囲まれて、緑がまぶしい。
「そんなこと言ってるけどタカシ、ノリノリだお」
「いや、だってな…住環境整備…腕がなる…」
「た、タカシ…目が怖いお…」
華奢な体だが流石は男2人。
あっという間にテントとタープを組み上げていく。
「女子チームはあれだもんな…」
そこには水着を着て駆け回る女子たちの姿が。
「待ってくださいよ、梓先輩ー!」
「捕まえてみろー!」
「…はぁ、若い子は元気でいいわね…男ども、テントはまだなの!?」
いきなり無茶というものだ。
まだ組み立て始めてから15分と立っていない。
「…先テントだけを組み上げちまうか」
友子先輩は早くテントでゆっくりしたいようだ。
女子用テント6人用…収容3人
男子用テント2人用…収容2人
…女尊男卑反対。男子にも人権を。
組み立てやすいドームテントなので、6人用でも2人で組み立てられる。
「ふひー、極楽だわー!」
出来上がったテントに入り、さっそく昼寝をしだす。
ここはキャンプ場。
それほど町から離れていないので、買出しにも行ける。
「5泊6日キャンプよ!」
友子先輩の提案でこんなところにきたわけだが…
「野外でも清潔な住空間、快適な環境にできる限り近づけるための努力は必須!」
とか言ってる女顔変人野郎と、
「キャンプとかだるいお…家でゆっくりしたいお…」
とか言ってるインドア野郎と、
「遊びたいよー!」
という理由だけで来た一人称ボク女と、
「私は面白くなりそうなことならなんでも…」
とか言っちゃってる何考えてんのかわからん後輩と、
「男に働かせてりゃいいのよ」
という考えが根本にある独裁者が5人一緒にキャンプとなれば当然カオスを極め、
「ぐー…」
「すぴー」
「むにゃ…」
16時現在、3人寝落ち。
残った舞ちゃんとタカシはというと…
「あの…そろそろ夕食の準備を…」
「待ってくれ!晩飯は俺が作るから、しかも今作りはじめると木材のかけらが食材に交る!」
タカシはサイト作りに奔走していた。
「よし…これで完璧だ…完璧な石カマドだ…こっちの薪も燃えやすいようにささくれ立たせておいた…」
「あの…」
「テーブルはできたが…椅子はそこらへんの岩で我慢してもらおう…水穴も完璧…テント周りの側溝も抜かりなし…」
「タカシ先輩?」
「抜けそうなペグはなし…タープのたるみもなし…ポリタンクの水は満杯…サイト内に落ちてるゴミもなし…」
「タカシ先輩!?」
「よし、じゃあ晩飯作るから…えーと…手伝ってもらえるかな?」
舞ちゃんはこういうことはできそうなので頼んでみる。
「はい!」
晩飯はカレー。
しかし、作るからにはとことんおいしいカレーを作らねば…
俺の家事本能に火が付く。
「じゃ…そっちのじゃがいもの皮をむいてくれるかな」
舞ちゃんの腕は普通の女の子といったところだ。
こちらの仕事もはかどるというもの。
「ふあぁ〜…おはよー」
大あくびをしながらボクッ娘がテントから出てくる。
「…あ、舞ちゃん料理?よし、このボクに貸すのだ〜」
「おいおい梓、料理できるのか?」
「らいじょうぶらいじょうぶ!このボクに任せなさい〜」
まだ寝ぼけているようだ。このまま包丁を持たせては危ない。
しかしその心配をそよに、梓は調理を開始してしまう。
「…ん〜…できないわけでもないようだが…」
その手つきは見ていて非常に危なっかしい。
まあいいか、好きにやらせておいてやろう…
そう思った矢先。
「痛っ!」
あ〜あ…やっちまった…
指を少しだけ切って痛そうにしている梓。
「大丈夫か?」
「…大丈夫大丈夫!ほら、ボクちゃんとできるからさ…」
「まー傷は浅いし…こうしときゃ治るだろ」
そう言って、梓の人差し指を咥える。
「にゅ!?な、なにするんだよー!」
ちょっと驚いたかもしれんが、唾液には殺菌作用があるんだぞ?野外ではいちいち消毒液使うの面倒だからな。
そう説明したかったのだが、梓の指をくわえているため…
「むぐ…」
としか声を発せなかった。無念。
梓の顔を見ると真っ赤に染まっている。そこまで恥ずかしがることじゃないだろ、と思うのだが。
「…よし、これで大丈夫、梓はテントでゆっくりしとけ、な?舞ちゃんも」
「わかりました」
「…うにゅ…」
何の生物かわからない鳴き声を小さくあげ、梓はテントへ向かっていった。
しばらく料理をしていると、
「梓先輩、人差し指なんか咥えてどうしたんですか?」
「違う!ボク何にもしてないよ!」
「あ、さては………ですね?」
「……っ///////////////////////」
という会話が聞こえた。
舞ちゃん、肝心のところを耳打ちでしゃべるとは…気になる…
おっと、玉ねぎに火が通ってきた、次の食材を入れないと。

「いただきまーす!」
「いただきまーすだお!」
「…/////////////」
「いただきます」
俺自慢のカレーは大好評だった。
お母さん嬉しいよ。
食器洗いをしていると、梓が声をかけてきた。
「タカシ、ここ座っていい?」
なんだ、元気そうじゃないか。
晩御飯のときは赤い顔でずっとうなだれてたのに。
「おう、いいぞ」
座って何をしゃべるのかと思いきや、何もしゃべらない。
うーん…元気なのか元気じゃないのか、どっちなんだ?
「なあ梓…お前、元気なさそうだけど…なんかあったのか?」
「…なんでもない」
「あーずさー」
にゅーっと梓の顔の前に俺の顔を持って行ってみる。
「!」
梓は驚いたように体をビクッとさせ、ぷいと違うほうを向いた。
「…?」
にゅーっ。
ぷいっ。
にゅーっ。
ぷいっ。
「…梓…お前…おれのこと嫌いなのか?」
「嫌いじゃない…けど…タカシは馬鹿だから」
「俺がバカってことか…?意味がわからん」
「そうだよ!タカシは馬鹿だよ?バーカバーカ大バカタカシ!」
そう言って梓はにかっと笑った。
「じゃ、ボク…テントに戻るから」
「あ、ああ…」
落ち込んだり、急に俺のことバカにしたり…いったいどうなっちまったんだ?
考え込む俺。
だから梓が小さく、
「ほんと馬鹿だよ、ボクの気持ちに気がつかないなんてさ」
と言ったのは聞こえなかった。

ボクがテントに戻ると、舞ちゃんと友子先輩が目を輝かせて待っていた。
「どう?月夜の中で告白作戦、成功した!?」
「こ、告白なんてボクがするわけないよ!タカシからひれ伏して付き合ってください梓様〜!って拝んでくるもん!」
「…そ、それは…」
舞ちゃんはうろたえている。分かってるよ、このままじゃ駄目なことくらい…
「それはよろしくないわね、タカシ君可愛いから、他の女子にも人気あるでしょ?うかうかしてると取られちゃうよ?」
確かにボク以外にもタカシのこと好きな子はいると思う。
ボクに告白する勇気があれば、タカシに気持ちを伝えることくらいはできるだろうけど。
「ボク…やっぱり告白する勇気がでないよ…」
「でもまだキャンプはあるじゃないですか!梓先輩、ファイトです!」
「うん…ボク、もうちょっとがんばってみるよ!」

食器洗いを終えてテントに戻ろうとすると、山田がいた。
「どうした?テントに戻らないのか?」
「いや、ちょっと話があるんだ」
山田が語尾に「お」をつけていない!?
…って、まあそれが普通の人間なんだが。
こんなに真面目な山田久しぶりに見た。いつもこうしてればイケメンなのに…
「俺、友子先輩のこと好きになっちゃったんだ」
「…マジか!?」
「ああ、で…舞ちゃんにも好きな人がいる」
「知ってるよ、浩二君だろ?」
「なんだ、知ってのか…で、お前は誰が好きなんだ?」
唐突に投げかけられる一つの疑問。
今までそんなこと考えてもみなかった。いや、一度だけ考えたっけ。
『タカシ先輩は梓先輩のこと、どう思いますか?』
舞ちゃんも同じこと言ってたっけ。
俺は…
「俺はまだよくわからん」
「そうか…」
「でも、俺はお前のこと応援するから。頑張れよ」
山田は本気なんだ。
友子先輩は高3、もうすぐ大学に行ってしまう。
大学に行ったらもう会えなくなってしまうかもしれない。
俺は、そんな人のことを真剣に好きになった親友を応援する。
「ありがとうだお、タカシも頑張るお」
「口調戻ったな…でも、頑張るって何を?」
「好きな人は案外身近にいるかもしれないってことだお」
「?」
「じゃ、タカシ。さっさと寝ようだお」
「待て!まだ食器を完全に拭き終わってない!それからサイト内点検も終わってない!」
「…タカシ…家事好きもいいけど、それじゃなんか怖い人だお…」
そう言って、スタスタとテントへ戻って行ってしまった。
「好きな人は案外身近に…か」
俺の頭には一人の女の子が浮かんでいた。
一人称がボクで、意地っ張りで可愛い、一人の女の子。
あいつとはなれるのが想像できない、幼馴染。
離れても、あいつのことばかり考えてしまう。
今までは、世話好きの俺が単に気にかけてるだけだと思っていた。
でも、今は…
唐突に、その感情は俺の中に入り込んできた。
まるで前からあったかのように。
俺はアイツが好きなんだ…
梓のことが。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system