その6−1 タカシ視点

さて、困った。
夏休みのキャンプ、あれは無事終了した。
気づけば2学期も始まり、俺たちは普通の生活に戻りつつあった。
あの日、梓が好きだと気付いてしまってからどうにも落ち着かない。
恥ずかしながら梓の夢もよく見る。
…どうしてあんなアホの子を好きになってしまったんだ…
それに…
「タカシ君!」
「タカシくーん!」
夏休みに日焼けして、しかもキャンプでいろいろな場所に擦り傷をして絆創膏を貼ったとなれば、
「「タカシ君、可愛い〜〜〜〜!」」
女顔男の子から日焼けやんちゃボーイ☆に変身である。
全然嬉しくない。
嬉しくないぞ。
「なんだよタカシ、デレデレしちゃってさ…」
梓の機嫌もさっきからこの通り。
誤解だ!俺はお前のことがー…いや、やめておこう。
さすがに今この状況で告白は青春真っ盛りにもほどがある。
「タカシ君!付き合ってください!」
「結婚して〜!」
「弟になってください!」
「いっそ妹に!」
どんどん俺の男としてのプライドが汚されていく…
でも相手も真剣だ(たぶん)。
とりあえず真剣にかえしておこう。
「ごめんね、君たちの気持ちは嬉しいけど…俺、好きな子がいるんだ」
「え〜!ますます可愛い!男の純情ってやつ?」
「萌える!萌える〜〜〜〜!」
「これからも観察させてもらいますね!」
そう言って彼女たちは去って行った。
…もしかして俺、そういう風に見られてない?
恋とか愛とか…そういう対象じゃない相手に…真剣にお返しした?
うん、恥ずかしいよね!そういうのってさ!
萌えられるけど、モテてるんじゃないっていうね。
変に冷静になった俺の前、もうとっくに先に行ったであろう梓が目の前にいた。
「ねえタカシ、今の話って…本当?…ま、別にタカシのこと知りたいわけじゃないけどさ」
「今の話?告白云々か?」
「そうじゃなくて!タカシにその…好きな子ができたっていう…」
どきり。
そりゃお前だよ、と心の中で思ったが、告白する勇気もない。
「ああ、俺にも好きな子の一人や…一人は出来るさ!」
一人や二人、はやめておこう。
そう言うと梓はひどくさびしそうな顔をした。
…いや、たぶん梓のことを好きな気持ちが見せた俺の幻覚か何かだろう。
「そうなんだ、実はボクも…好きなやつがいるんだよね」
ふーん、そりゃよかった。
冷静に考えると梓にも好きな子の一人や二人できてもおかしくないよな。
うん、当たり前。
なんでそんなことに気がつかなかったんだろう。
HAHAHA、俺ってば馬鹿だなあ………

「って好きな人だと!?」

「遅いよ!ボクだってそりゃ…」
梓に好きな人…終わった…
「そいつはね、いつも友達みたいに会話できるやつで、
ボクは恥ずかしがってそいつのことバカにしちゃうんだけど…
でもそいつは笑って許してくれるの。
そいつはすごくいい奴で、カッコ良くてねそれで…それで…」
呆然。
そんな完璧なやつがこの世にいるわけがない。
勝ち目なし、100%勝算なし。
「タカシの好きな人って…どんな人?」
ここでこの話題を振ってくるか、普通。
言っとくがな、俺は間接的に振られたんだぞ?
木っ端みじんに玉砕だ。
なら…
「そいつは、すごく可愛い奴で、俺は今までそいつの大事さに気付かなかったんだ。
でも友達にそいつのこと好きなんじゃないか、って聞かれて気づいたんだよ。
俺は誰よりもそいつのこと分かってるつもりだ。
大好きなんだよ…」
あー恥ずかしい…思いを込めて言ってやったぞ、ざまあみろバカめ。
「そっか…」
「ああ、お互い頑張ろうぜ」
「…うん…そうだね…」
「なんだ?もう恋煩いか?俺でよかったらなんでも相談にのるぜ」
最高に滑稽だ。
自分の好きな女の子の恋愛相談に乗るなんてな。
「うん…じゃあさ…そいつ、今度誕生日なんだ。プレゼント…何あげればいいかな?」
「そうだな…クッキーとかいいんじゃねえか?作り方教えてやるぜ」
「ほんと?いいの!?」
くっそおおおおおおお、なんでこんなに目キラキラさせてやがんだよ!?
そんなにそいつのことが好きか!え?
畜生おおおおおおおお、ヤケだよ!もうよ!ヤケなんだよ!
ああ、もう自分が何言ってんのかわからなくなってきた!盛り上がってきたああああ!
「明日…材料揃えて待ってるからさ!俺の家こいよ」
「うん、ボク頑張ってみる!楽しみにしててね!」
「おうよ!」
楽しみにしててね…?ああ、そうか…そんなにのろけたいのか…
しかも、何が悔しいって…明後日が俺も誕生日だってことなんだけど!

「なんで自分の誕生日前日に…」
梓はクッキーの生地を一生懸命こねくり回している。
「ボク、上手かな?」
「ああ、なかなかじゃないか?」
ふふ、鬱になってきた。
「これから何をすればいいの?」
「後は形よくこの上に並べるんだ、でチョコチップを散らしてだな…」
梓に好かれている幸せ者の誰かさん、俺がすべての憎しみと憎悪の念をこめておいしくクッキーを焼いてやるから覚悟しろ…
「ああっ!」
「どうした?」
と聞くまでもなかった。
クッキー生地を形よく並べるはずだったのだが、一つ目を失敗してしまったようだった。
「どれ、こうやってやるんだ…ほら、右手はこっちに…」
梓の後ろにまわって、両手を持って教えてやる。
「た、タカシ!何触って!」
「いいから黙ってろ、ほら…こうして…」
いつもの憎まれ口が今回ばかりは胸に突き刺さる。
手を握る機会もないだろうよ、今回だけいいよな?
ほどなく、何とかクッキーは焼き上がり、いざ届けにゆかんということになった。
しかし、梓はそこを動かない。
「どした?届けに行かないのか?」
「う…うん…あの…ボク…やっぱり不安だからついてきて」
「なんだ、最後の最後まで手のかかる奴だな」
「うぅ、なんだよバカタカシ!とにかく黙ってついてきたらいいの!」
「ああ、わかったよ…ただし、そいつの家の前までな」
「うん…」
そう言って俺たちは家を出た。
少し歩くと、梓が口を開いた。
「ねえ、タカシってほんと…馬鹿だよね」
「うっせ、ほっとけ」
「ボクが3人組の奴らに絡まれた時も守ってくれたしさ」
「ありゃたまたまだよ」
「ボクがバカなこと言っても笑って許してるじゃん、損な性格だよ、ほんと」
「ああ、そうだな」
それは梓のことが好きだからだよ、心の中でそう思ったが、黙っておいた。
「あのね…タカシ…ボクね…」
その時、目の前に猛然と突っ込んでくる何かが見えた。
「車…?梓!」
とっさに梓を突き飛ばす。
視界が暗転した、と思ったらおれのからだは宙を舞っていた。
なにやってんだろうな、俺。
梓は守れたのだろうか。
どっちにしても、こりゃ死ぬな。
冷静な頭でそれだけ考え、俺のからだはアスファルトに叩きつけられた。

その6−2 あずさ視点

2学期が始まった。
ボクはさっきから機嫌が悪い。なぜって…
「タカシ君!」
「タカシくーん!」
「「タカシ君、可愛い〜〜〜〜!」」
「なんだよタカシ、デレデレしちゃってさ…」
タカシの様相は夏休みでずいぶん変わった。
今までは女の子みたいな顔をしていたが、今ではすっかり日焼けしている。
でも顔はまだまだ童顔の一面を残しているので、やんちゃ坊主、といった仕上がりだ。
カッコいい。
「タカシ君!付き合ってください!」
「結婚して〜!」
「弟になってください!」
「いっそ妹に!」
ボクだってあんな風に素直になれたらいいのに。
今日学校に来てから女子の人気がますます上がり、ボクは何回もその告白現場に居合わせている。
ボクから見たらあれは明らかに冗談の告白なんだけど。
それでもタカシは丁寧に断ろうとしていた。
「ごめんね、君たちの気持ちは嬉しいけど…俺、好きな子がいるんだ」
「え〜!ますます可愛い!男の純情ってやつ?」
「萌える!萌える〜〜〜〜!」
「これからも観察させてもらいますね!」
え?
タカシ…いま…好きな子がいるって言った…?
今までの希望的観測が一気に崩れ去った。
友達のままじゃ駄目だったんだ。
いつか恋人に…なんて甘いことを言ってる場合じゃなかった。
タカシが遠くに行ってしまうような気がした。
「ねえタカシ、今の話って…本当?…ま、別にタカシのこと知りたいわけじゃないけどさ」
こんな時もボクは素直になれない。
後の一言がいつでも多いんだ…
「今の話?告白云々か?」
「そうじゃなくて!タカシにその…好きな子ができたっていう…」
「ああ、俺にも好きな子の一人や…一人は出来るさ!」
一人や一人?
おかしい言い方をするな、タカシ。
でも、このままだったらタカシが遠くに行ってしまう。
タカシが好きな子に取られてしまうような気がして。
だから…遠まわしでも、自分の思いを伝えよう。
「そうなんだ、実はボクも…好きなやつがいるんだよね」
言った。
きっと耳まで真っ赤だ、ボク。
タカシの反応を見てみようと恐る恐る顔をあげてみると、タカシは難しい顔をして考え込んでいた。
そしてしばらくすると…
「って好きな人だと!?」
「遅いよ!ボクだってそりゃ…」
いつものようにギャグに転びそうになるけど、こんなところでふざけてる場合じゃない。
ボクの気持ちを伝えなきゃ。
「そいつはね、いつも友達みたいに会話できるやつで、
ボクは恥ずかしがってそいつのことバカにしちゃうんだけど…
でもそいつは笑って許してくれるの。
そいつはすごくいい奴で、カッコ良くてねそれで…それで…」
思いつく限りのタカシのいいところをあげる。
こんな回り道の言い方しかできない自分が恨めしい。
タカシはしばし呆然としていた。
たぶん僕の気持ちに気が付いていないのだろう。
これはまずい、なにか…なにか、違う話題…
「タカシの好きな人って…どんな人?」
言ってしまってから後悔した。
でも、タカシは何とか自分の気持ちを言葉にして話し始めた。
「そいつは、すごく可愛い奴で、俺は今までそいつの大事さに気付かなかったんだ。
でも友達にそいつのこと好きなんじゃないか、って聞かれて気づいたんだよ。
俺は誰よりもそいつのこと分かってるつもりだ。
大好きなんだよ…」
なにそれ、ボクに勝ち目ないじゃん。
ボクは、意地っ張りで、素直になれなくて、性格も悪くて、いつもバカなことばっかり言って。
そのくせ甘えんぼで、タカシに頼りっぱなしで。
「そっか…」
やっといえた言葉がそれだった。
「ああ、お互い頑張ろうぜ」
「…うん…そうだね…」
タカシが励ましてくれている言葉も耳に入らない。
「なんだ?もう恋煩いか?俺でよかったらなんでも相談にのるぜ」
相談…ボクが好きなタカシの相談を本人にするなんて、なんだか変な感じ。
でもここで相談したらタカシの好きなものとか、ほしいものが分かるかも。
ダメでもともと、聞いてみよう。
「うん…じゃあさ…そいつ、今度誕生日なんだ。プレゼント…何あげればいいかな?」
「そうだな…クッキーとかいいんじゃねえか?作り方教えてやるぜ」
その時、いい考えが浮かんだ。
明日、タカシの家でクッキーを作る。
そして、それを渡すのと同時に付き合ってくださいって告白すればいい。
ボクにしてはなかなかだ。
「ほんと?いいの!?」
「明日…材料揃えて待ってるからさ!俺の家こいよ」
「うん、ボク頑張ってみる!楽しみにしててね!」
楽しみに…しててね…
そう心の中で唱えながら、タカシを見送る。
「おうよ!」
そう返事して、大好きな人は帰って行った。

「なんで自分の誕生日前日に…」
タカシに作り方を教わりながらクッキーを作り始めた。
やっぱりタカシは手際がいい。
「ボク、上手かな?」
「ああ、なかなかじゃないか?」
タカシに褒められた、えへへ////
…っといけない、ボクとしたことが。
「これから何をすればいいの?」
「後は形よくこの上に並べるんだ、でチョコチップを散らしてだな…」
タカシへの愛をいっぱいこめて…
そうだ、一個目はハート型にしよう…慎重に…慎重に…
「ああっ!」
「どうした?」
不器用なボク、バカなボク。
一個目を失敗しちゃうなんて。
そう落ち込んでいると、タカシが後ろに回って手を取ってきた。
「どれ、こうやってやるんだ…ほら、右手はこっちに…」
「た、タカシ!何触って!」
いきなり手を取られてびっくりして、いつもの悪口が口をついて出てしまう。
タカシは真剣な表情でクッキーの形作りに専念している。
「いいから黙ってろ、ほら…こうして…」
握られたタカシの手は、ほんのちょっぴり、温かかった。
「どした?届けに行かないのか?」
でもここで、最大のミスをしてしまった。
ボクが好きなのはタカシのわけで。
タカシの家はここなわけで。
「う…うん…あの…ボク…やっぱり不安だからついてきて」
「なんだ、最後の最後まで手のかかる奴だな」
「うぅ、なんだよバカタカシ!とにかく黙ってついてきたらいいの!」
「ああ、わかったよ…ただし、そいつの家の前までな」
「うん…」
結局口から出まかせを言って、しばらく時間を稼ぐことにした。
適当なことを言って、最後はタカシの家に帰ってこよう。
「ねえ、タカシってほんと…馬鹿だよね」
本当に馬鹿だと思う。
「うっせ、ほっとけ」
「ボクが3人組の奴らに絡まれた時も守ってくれたしさ」
こんなボクを見捨てないで。
「ありゃたまたまだよ」
「ボクがバカなこと言っても笑って許してるじゃん、損な性格だよ、ほんと」
タカシ、いつも僕のそばにいてありがとう。
「ああ、そうだな」
今から、ボクの本当の気持ち…言うよ。
「あのね…タカシ…ボクね…」
そう言いかけた時だった。
「車…?梓!」
タカシに言われてみると、車がまっすぐ歩道にいたボクたちのほうに突っ込んでくる。
視界が揺らいで、ボクは吹っ飛んで尻もちをついた。
タカシがボクをかばったんだとすぐに気づいた。
「タカシ!!」
もう遅かった。
ボクが見たのは、頭から血を流して倒れているタカシと電柱にぶつかって止まった車だけだった。


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