その7(最終階)
「タカシ…そんな…いやあああああああああああああああああああ!!」
そこからは怒涛の出来事だった。
ほどなくして救急車が迎えにきて、救急病院に搬送された。
それから、友子先輩がやってきた。
「梓!タカシ君は…」
「………」
「しっかりしなさいよ!梓!」
「………」
「友子先輩!」
山田も…
「タカシ、今どこにいるお!?」
「手術中よ…」
「タカシ…」
「綾部さん、山田君!」
「かなみ先生!」
かなみ先生も…
みんなかタカシを奪ったのは…ボク…
ボクなんだ…
ボクが早く気持ちを伝えないから…
ちょっとしばらく、とか…そこらへん歩いたりしたから…
「タカシ………」
「ちょっと梓!何するつもり!?」
「遅くなりました!タカシ先輩は!?」
「舞ちゃん!梓を止めて!」
夢中で駆け出しそうになって、舞ちゃんに止められる。
そうだ、この子も…タカシに大好きって言ってたっけ…
「舞ちゃん…ごめ」
「何を謝ってるんですか!私は、タカシ先輩のことをこれっぱかしも好きだなんて!思ってないんですよ!」
「え…」
「タカシ先輩を応援してたんです!それを勘違いして、先輩は!」
「そんなこと…ボクは…それより今はタカシをっ!」
「先輩のことも応援していました…今は!タカシ先輩のことをもっと信じてあげてください!」
舞ちゃんの言葉ではっと目が覚める。
後ろから柔らかいものにそっと包まれる感触があった。
「梓さん、私は…あなたに似ていると思うの」
「かなみ先生…」
「私も梓ちゃんくらいの頃、恋をしたの」
かなみ先生の恋…
誰でも恋をするんだな、場違いな状況で…そんなことをうっすらと思った。
「そいつは…とってもいい奴だったの…でね、ある時…そいつがふっと消えてしまうような事件があったの。
すごく心配して、素直になれなかった自分を恥じたわ。でも、そいつはヒーローみたいにまた私の前に現れたの。
何事もなかったかのように、追いかけてきたんだよ…ってね…
タカシ君もそういう子だと私は信じてる。だから…もう一人のタカシのこと、信じてあげてくれないかな」
「もう一人の…タカシ?」
「今話したそいつ、別府タカシっていうの。頭良かったから、そのまま猛勉強して、今じゃ28歳のスーパードクターなんだから。驚いた?」
驚いたも何も、今…タカシの手術をしているのは…
「うん、もう一人のタカシのほうよ」
「…」
「ね、だから両方のタカシ…信じてあげて。あなたが素直にならないと、タカシ君に会えないわよ?」
その時、手術中のランプが消え、中から先生が出てきた。
「タカシは…タカシは!」
「俺も別府タカシだから、なんだかねって思うけど。…手術は、成功…命に別状はなし、だよ」
気づいたら、ボクの頬を温かいものが伝っていた。
それが涙だと分かるまで、時間はかからなかった。
「ボク…ボク…うわああああああああああああ」
「よしよし、今まで我慢してたんだね…」
「ただ、気になることがあるんだ」
ふっといやな予感がボクの背筋を伝った。
どうしようもなく嫌なことが目の前か迫っている、そんな気がする。
「ずっと、目を覚まさないんだよ…彼…」
「どういうことですか!?」
「眠っている…と言ったらいいのかな、麻酔は切れてもいい時間なのに、なかなか目を覚まさないんだ」
眠っている?
「脳への酸素の供給はうまくいってるみたいだし、記憶障害とかは大丈夫だと思うんだけど…」
「そう…ですか…」

次の日になっても、タカシは目を覚まさなかった。
「ねぼすけタカシ、早く起きろよ…もう…」
その次の日になっても、タカシは目を覚まさなかった。
「タカシのバカ、早く起きないとだめなんだよ?」
タカシの看病でもう三日ほとんど寝ていない。
そろそろ体が限界かも…
そう思って立ち上がろうとした瞬間、ボクのからだがぐらっと傾き、ボクはその場に倒れた。
「あず…どう………ね…しっか………あず…!」
友子先輩の声だ…でも、もう限界…で…

目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
誰が気を利かせたのか、二人のベッドはくっついている。
「タカシ…」
ギュッと手を握る。
暖かな、手のぬくもり。
「起きなよ…」
隣のベッドに移動する。
そのまま体をごろんと転がして、タカシの上に馬乗りになる。
「起きないと、こうしちゃうぞ…」
ボクは黙って、タカシの唇にキスをした。

「お前な…人が寝てるからっていきなりキスはないだろうが」

「ふぇ?」
「…ごめんな、心配掛けちまったみたいで」
タカシが目を覚ましてこちらをじっと見つめていた。
「タカシ…目が覚め…て…えぐっ…」
涙を必死にこらえる。
今ここで泣いたら、泣き虫みたいでカッコ悪い。
「…タカシなんか、永遠に起きなきゃよかったのに!」
「何気にひでえ、でも…倒れるまで看病、お疲れさん」
「な、なんで分かったの!?」
「点滴。それから、そこに梓の生活用品、まるまま置いてあるから」
「くっ…別に、心配してたわけじゃないもん!タカシ、ボクのせいで怪我したんだし…」
ダメだ、また涙が出そうになる。
大体せっかくタカシが目を覚ましたのに、自分ときたら結局変わっていない。
「こっちは死にかけたっちゅうに、よく言うぜ」
「タカシはこれくらいで死なないもんね」
「バーカ、女顔だぞ?ちょっとは優しくしろよ」
「こっちは本当に女だもん」
「はは、そうだな」
ダメだ、こんなんじゃ…
しかし、すぐに気づく。
タカシがボクを抱きしめているのに。
「タカシ?」
「ごめんな…俺が心配掛けたせいで…梓倒れさしちゃって…」
「バカシは…ボクを守ってくれたのはタカシだよ…ボクのほうがごめんなのに、何でタカシが…」
「だって…俺、梓のことが…………好き…だから」
ベッドの上で、それも病院のベッドの上での告白はかなり変だと思う。
でも、今のボクとタカシはそんなのもうどうでもよくなっていた。
「ボク…も…タカシのことが…す、好きなんだよ……////////////」
「梓…」
ボクたちはずっと、ずっといつまでも、そこで抱き合っていた。
しばらくすると、タカシがあのクッキーを見つけた。
タカシはそれをぽいっと口に放り込むとにかっと笑って言った。
「うん、うまい!」
「…ありがと…」


「おい、知ってるか?別府ドクターの弟子の話」
「すごい天才なんだってな、しかも…」
「名前が…別府タカシ…」

俺は、あのあと別府先生にお願いして、医者を目指して猛勉強した。
念願かない、VIP病院には二人の別府ドクターが誕生した。
そして…
「タカシ!たまには早く帰ってきてよ!」
「仕方ないだろ…今日もオペだったんだ…別府君と…」
「ったく、私のことも考えなさいよね!」
「ごめんな…ほら、ただいまのキス」
「…まぁ…許してあげなくもないけど…」
「…お父さんとお母さん……………またキスしてる……不潔、死ね…」
「おい、ちなみ…お父さん、傷ついたぞ」
「ほら、早く晩御飯食べなさいよ!」
「はーい…」

「タカシー」
「おお、うまくできてるじゃないか」
「へっへーん、もう料理でタカシには負けないもんね!」
「裁縫と掃除はまだまだ俺のほうが上だがな」
「むきー!ムカツク!タカシのバカ!」
「まあまあ、ほら…こっち来てみ?」
「ん、なに?」
「ご褒美のなでなでー」
「ふぁ…//////ふにゃぁ……………////////////」
「ぎゅー」
「うにゅ…////////タカシ………」
俺たちはいつまでも幸せだろうよ、そう…いつまでも…
「タカシ?」
「なに?」
「もう、一生ボクのそばを離れちゃダメだからね?」
「ああ。梓のそばを一生はなれない。こんな可愛いやつ、世界中のどこ探してもいないからな」
「バカ…………………大好き」
                =完=


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