その11 バースデープリンセス 前編

『はぁ・・・』
ベットの上で寝転がりながら、ため息をする。
今日は私の誕生日。なのに、家には・・・私一人だけ。
時計はすでに、夜の7時を過ぎている。父と母は相変わらず良く分からない仕事で
ずっと泊まりだったりしているので、最初から帰って来てくれないと思ってる。
・・・というか、そもそも私の誕生日を覚えているかの方が疑わしい。
問題は兄。朝ごはんを食べている時に
「誕生日おめでとう。なるべく早く帰って来て、ご馳走作ってやるから楽しみにな?」
と言ったくせに、なんでまだ帰ってこないのだろうか?
社会人だし、急な仕事もあるのだと思うけど・・・。でも、可愛い妹の誕生日なんだよ?
ちょっとくらい無理しても早く帰って来てくれればいいのに・・・。
兄と私の約束事で「誕生日はその人のいう事を何でも聞かないといけない」と言うのがある。
だから早く帰って来て、少しでも私のワガママ聞いて欲しいのに。
考えれば考えるだけ腹立たしいし、何だかちょっと泣けてきた。
折角の誕生日なのに、こんな気分にさせるなんて・・・本気で嫌いになっちゃうんだから。
このままだと気分は暗い方へ行きそうなので、せめて「楽しい誕生日」の思い出にでも浸ろうかな?
引き出しから昔の日記帳を取り出し、ページをめくる。
[ちなのたんじょうび にぃにとゆうえんちいった たのしかった]
10年前の私は、今日という日を楽しんでたんだ・・・。
何か、もっと切なくなりそう気分を押して、目を閉じる。やがて光に包まれた錯覚を覚え
気がつけば、昔の私に戻っていた。

『にぃに・・・おきるです・・・』
「ん〜・・・朝か?・・・って、まだ暗いじゃないか?」
『きょうは・・・なんのひか・・・いってみるです』
「分かってるよ、ちなみの誕生日だろ?」
『たんじょうび・・・だから・・・ちなの・・・いうこと・・・なんでも・・・きかなきゃ・・・めー・・・』
「とりあえず・・・お兄ちゃんは何をすればいいの?」
『んと・・・なにが・・・いいかな・・・』
「考えてから起こせよ」
『い、いっぱいあって・・・どれにしようか・・・まよってるだけ・・・だもん』
「じゃぁ、とありあえず言ってごらん?」
『えっと・・・あの・・・その・・・』
「うん?」
『ち、ちな・・・すこし・・・おねむなの・・・だから・・・おふとん・・・いれて』
「自分のベットで寝たら?」
『も、もどるの・・・めんどう・・・はやく・・・めーれー・・・なの』
「ん・・・はい」
『ふにぃ〜・・・ぬくぬく・・・です』
「・・・」
なでなで
『ん・・・なでなで・・・』
「ちなみの髪の毛、サラサラだよな」
『まいにち・・・しゃんぷー・・・してるもん・・・』
「ほれほれ」
わしわしわしわし
『んにゃぁ・・・ふにゃぁ・・・』
「あはは、猫さんになっちゃったか」
『ねこさん・・・ちがう・・・ちなだにゃー・・・』
「朝ごはんまで、とりあえずこうしてようか?」
『(あさから・・・にぃにとおふとん・・・いっしょ・・・うれしいのです・・・)』

「いただきます」
『いただきます・・・です・・・』
「ちなみ、誕生日おめでとう」
『おめでとう』
『ぱぱ・・・まま・・・ありがと・・・なの』
「えっとなぁ・・・その・・・」
『あのね、ちなみ。パパとママ、今日もお仕事なの・・・』
「すまんな。日曜日なのに、急な仕事が入ってな・・・」
『んに・・・へいき・・・です・・・』
『ちなみちゃん・・・』
『ぱぱ・・・まま・・・ちなのために・・・がんばってる・・・わかってるから・・・うん』
「お兄ちゃんが居るから平気だよな?」
『・・・べつに・・・にぃには・・・いなくても・・・いいけど』
「そうかそうか。タカシ、ちなみをよろしく頼むぞ」
「う、うん・・・分かってるよ」
『ほら、お兄ちゃんなんだからしっかりね?』
『にぃには・・・いつも・・・こんなかんじ・・・ちなのほうが・・・おねえさん・・・です』
「あはは」
『うふふ』
「ちぇー、そうかよ」

「いってらっしゃい」
『いって・・・らっしゃい・・・です・・・』
バタン
『(ふふふ・・・これで・・・にぃにと・・・ふたりきり・・・なのです・・・)』
「さて・・・これからどうする?」
『ちな・・・おでかけしたい・・・です』
「どこへ?」
『ゆうえんち・・・いきたい・・・にぃに・・・つれていけ・・・なの』
「なるほど、デートって訳だな」
『で、でーと・・・ちがう・・・ちなが・・・あそぶ・・・にぃには・・・ついてくるだけ・・・です』
「えー?どうせならさ、デートの方が楽しいぞ?」
『に、にぃには・・・たのしくても・・・ちな・・・たのしくないもん・・・ぷくぅ〜〜』
「わ、悪かったよ。だから機嫌直せよ?」
『(でーとって・・・いわれたら・・・どきどき・・・しすぎて・・・ふわふわ・・・しちゃうもん)』
「じゃ、今日は遊園地で一日遊ぶぞ!」
『おー・・・なのです』

「よ〜し、何から乗る?」
『あ・・・あれがいい・・・です』
「メリーゴーランドか」
『はやく・・・いくです・・・』
「あ、お兄ちゃんはここで見てるから」
『めー・・・です・・・にぃにも・・・いっしょ・・・いくです・・・』
「お兄ちゃんは、父さんと母さんに見せる写真を撮るからさ」
『む〜・・・めー・・・なの・・・いっしょに・・・のるの・・・』
「何で?」
『おうまさん・・・ちな・・・のるの・・・はじめて・・・おちないように・・・ささえるです』
「大丈夫だって」
『めーれー・・・なの・・・いっしょに・・・のるです』
「分かったよ」

『うふふ・・・』
「何か恥ずかしいな」
『ちな・・・おひめさま・・・です』
「じゃぁ、お兄ちゃんは?」
『んと・・・じゅうしゃ?』
「従者って・・・まぁ、いいけど」
『(にぃに・・・はくばの・・・おうじさま・・・ちなを・・・おしろに・・・つれてって・・・なの)』
「姫、乗り心地はいかがですか?」
『ん〜・・・まぁまぁ・・・かな?』
「そろそろ終わりだな。次どこ行くか決めよう?」
『つぎはね・・・つぎはね・・・えへへ・・・』

『んにゃぁ〜〜〜〜』
「うわぁぁ」
『に、にぃに・・・にぃに・・・』
「ちなみの声でビックリするよ。つか、怖いんだろ?」
『こ、こわく・・・ないもん・・・おばけやしき・・・へいきだもん・・・お、おとな・・・だもん』
「じゃぁ、お兄ちゃんの裾を掴んでるこの手は?」
『こ、これは・・・その・・・に、にぃにが・・・まいごに・・・ならないため・・・』
ひゅ〜・・・ドロドロドロドロ
『う〜ら〜め〜し〜や〜』
『にゅぁぁぁ〜〜〜〜〜』
「ほら、抱っこしてやるから。早く抜けちゃおうぜ?」
『こ、ここ・・・つまんない・・・じかん・・・もったいなから・・・だっこ・・・させて・・・あげる』
「おいで」
ぎゅっ・・・
『は、はやく・・・いくです・・・』
「よし、走るぞ?」
『はい・・・なのです』

「はぁ・・・はぁ・・・疲れた・・・」
『これしきで・・・つかれるなんて・・・だらしないです』
「ちなみ抱えて走ったんだぞ?そりゃ疲れるって」
『ふ〜んだ・・・そんなの・・・しらないもん』
「ちなみ、そろそろ昼飯にするか?」
『ふぇ・・・?しょうがないなぁ・・・にぃには・・・ほんとうに・・・いやしんぼ・・・です』
「あはは、腹が減っては戦はできぬって言うだろ?」
『いくさ・・・ちがう・・・あそび・・・だよ?』
「お兄ちゃんにとっては戦なの」
『へんな・・・にぃに・・・よくわからないことばっかり・・・こまったものです』

「最後はやっぱり観覧車だよな」
『・・・』
「どうした?」
『おひさま・・・しずんでる・・・』
「高いところから見るは夕日綺麗だな」
『しずんで・・・くらくなって・・・そしたら・・・ちなの・・・たんじょうび・・・おしまいなの』
「また来年があるだろ?」
『にぃに・・・』
「うん?」
『んと・・・てれびで・・・みた・・・こいびとさん・・・やりたいの』
「恋人さん?」
『に、にぃにが・・・あいては・・・やだけど・・・ほかに・・・いないから・・・しかたなく・・・』
「テレビでは、何をしてたの?」
『かんらんしゃ・・・いちばんうえ・・・いくまで・・・ぎゅって・・・してた・・・』
「ふぅ〜ん」
『にぃにが・・・すきって・・・ことじゃないからね?ただ・・・ちょっと・・・やってみたいだけ』
「分かった分かった。ほら、おいで?」
ぎゅっ・・・
『ん・・・』
「ちなみ」
なでなで
『(てれび・・・こいびとさん・・・ちゅーしてた・・・ちなには・・・まだ・・・はやいかな?)』
ちらっ
「ん?」
『あ、その・・・』
「恋人さんなら・・・キスでもする?」
『ふぇぇ!?ゃ・・・その・・・えっと・・・はぅぅぅ・・・』


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