その15 怖い映画もふたりなら

『はぁはぁ・・・』
薄暗い屋敷の狭い通路を右へ左へと曲がり、見つけたドアを開けて中に入る。
鍵を掛けた後、ソファーや机をドアの前にずらし、誰も寄せ付けない要塞を築いく。
ポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛ける。
プルルル プルルル ガチャ
相手が電話に出た直後、携帯電話が床に落ちる。そして、ゆっくりと赤い水―おそらくは
電話の持ち主の血―が落ちた電話の周囲を染めていく。
ガタッという音共に、首を真一文字に切られた女性が倒れこむ。
その後ろには・・・血に染まったナイフを舌なめずりずる狂人者の姿。
電話からは彼女の恋人の問いかける声が響いていた。

時間は夜の0時を回ったところ。雰囲気をだそうと電気を消した部屋で映画を鑑賞中。
友達の千佳ちゃんが『すっごく泣けた純愛映画』という事で借りたDVDのはずだった。
今思えば、白いパッケージなのに、黒地に赤い書き文字のディスクに不自然さを感じていた。
タイトルが表示され、中身が違う事が判った時には、すでに1人目の犠牲者が出た後。
手じかにあったクッションを引き寄せて、消すかどうか真剣に悩んでいる最中に2人目。
私はクッションを抱いたまま、あまりの恐怖に動けずに居た。
そして、次の犠牲者がでないで犯人が捕まる事だけを祈りつつ続きを見る。
見る、というよりはテレビから視線を逸らす行動すら恐怖のあまりできない。
画面では、次の犠牲者になるべく、女性が犯人の恐怖から逃げ惑っている。
書斎に逃げ込み、大きな机の下へ隠れる。
犯人の足音が近づく。心臓の音がうるさいくらい高鳴る。
部屋を一瞥し、姿が見えないとドアを閉めて次の部屋を探すべく遠ざかる。
完全に足音が消え、沈黙が支配する部屋でほっと安堵の表情で立ち上がると―

ガチャ

突然開いたドアの音で、心臓が痛いくらい驚く。そして、画面からの女性の断末魔でさらに驚く。
一瞬、犯人が現実の現れたように錯覚し、開いたドアを涙目で見つめる。
そんな私を、ドアから現れた兄はポカーンとした表情で見ていた。

「あははは・・・」
『そ、そんなに・・・笑わなくても・・・いいじゃない・・・ばか』
「くっ・・・あはは・・・すまん」
DVDを一旦止めて、電気をつけた部屋で兄の笑い声が響いた。
私の様子と、画面の映像で全てを理解したようで、どんな言い訳も通用しそうにない。
『こ、この映画は・・・特別に怖い・・・だから・・・しょうがないんだもん』
パッケージを手にとって、苦笑いをする兄。
「純愛映画の決定版、もし泣けなかったら代金をお返しします・・・か」
『な、中身と・・・パッケージ・・・違う・・・そのくらい・・・判ってるでしょ?』
「だろうな」
そう言って私の横に座ると、置いておいたお菓子に手を伸ばした。
『・・・それ・・・私のポテチ・・・勝手に・・・食べるな』
「良いじゃないか?一緒に見てやるから」
『・・・断る・・・あっち・・・行け・・・』
このまま見続けたら、きっと最後は泣いてしまう。そんなカッコ悪い姿、見せられるわけが無い。
確かに一緒に見てくれれば・・・怖いからって理由で抱きついたりとかできるんだろうけど
それ以上に、泣き顔は見られたくない。
「ふ〜ん・・・二人で見れば、怖さも多少は和らぐと思うけどな」
そういいつつ、再びお菓子に手を伸ばす。
怖さが減れば・・・泣き顔を見られずに済むかもしれない。
しかし、今更『じゃ、怖いから一緒に見て』なんて言えないしなぁ・・・。
どうしようか悩んでいると、急に電気が消えた。つづいて、停止しておいたDVDが動き出す。
『ちょ、ちょっと・・・バカ兄・・・一緒に見て良いなんて』
内心嬉しいくせに、つい憎まれ口を言ってしまう私の唇に兄が人差し指を当てて黙らせる。
「俺が見たい。続きが気になるから」
小声でそう言うと、画面に集中し始める。
『まったく・・・しょうがないな・・・』
私も小声で呟き、兄にピトッとくっつき続きを見始めた。

犯人の巧妙な手口はますますエスカレートした。
会社へ出社した女性が鞄をあけると、首のない鶏の死骸が入っている。その直後、電話が鳴り
「次はお前だ」と機会音声のメッセージを残す。
家に帰ると、部屋はメチャクチャに荒らされ、壁一面にもメッセージが書かれている。
驚いて部屋を出て、タクシーを捕まえ警察へ向かう。しかし、車は人気のない郊外へ。
不思議に思った女性がドライバーを問いただすと、急に車を止める。
振り返ったドライバーは・・・。
「ちなみ、ちょっと・・・痛い」
その声で我に返ると、私は兄の腕にしがみついてた。
「怖いのは判るけど、もう少し優しく掴んでくれるとありがたいんだが」
怖さで寒気を感じていた体が急に熱を持ちはじめる。
『べ、別に・・・怖いわけじゃない・・・ただ・・・寒いから・・・湯たんぽ代わりに』
そのとき、4人目の断末魔が鳴り響く。
「寒い・・・ねぇ」
呆れ顔の兄の腕に、再び強くしがみついていた。

『はぁ・・・』
結局泣くことは無かったものの、あれからずっと腕にしがみつき、映画が終わった後も
しばらくはその状態のまま動けなかった。
兄はというと、特に何も言わずに抱きしめ、頭を撫でてくれた。
心の中が恐怖から安らぎに半分変わったところで、気恥ずかしさが出てしまい、兄を跳ね除けると
そのまま自室へ逃げ帰ってしまった。
ベットに寝転がり目を閉じると、映画の殺人シーンがフラッシュバックしそのたびに不安になる。
どうしよう・・・このままじゃ眠れない。
何かで気を紛らわせないと・・・と、昔の日記を開く。

[にぃにとえいが いっぱいぎゅってしてもらった]

これなら紛らわせそう。ちょっと怖いけど、目を閉じて・・・意識を昔の私に向ける。
日記の文章を強く思い描くと・・・そこには昔の自分が立っていた。

「ポップコーンよし、コーラよし」
『む・・・にぃに・・・ひとりで・・・おやつ・・・ずるい』
「え?いや、これは・・・」
『ちなも・・・たべる・・・です』
「これから映画見るんだよ。友達から借りてきたの」
『てれび・・・みながら・・・おしょくじ・・・ぎょうぎ・・・わるいです』
「映画館では、こういうのが普通なの」
『それなら・・・ちなも・・・みる・・・』
「え?でもさ、これは」
『みるって・・・いったら・・・みるの・・・えいが・・・おやつ・・・ちなも・・・ちなもぉ』
「ったく・・・どうなっても知らないぞ?」
『ふ〜ん・・・どっちも・・・にぃにに・・・ひとりじめ・・・させないもん・・・』

『ぐすっ・・・ふぇぇ・・・にぃに・・・にぃに・・・』
「おいおい・・・こぼすなよ・・・」
『ひぅ・・・ふぇ・・・ひっ・・・ゃ・・・めー・・・』
「だからどうなっても知らないっていっただろ?」
『らって・・・らってぇ・・・ふぇぇぇ・・・』
「ほら、いよいよ大詰めだぞ?」
『ふぇぇぇ・・・やーです・・・ぐすっ・・・もう・・・やー・・・なのぉ』
「だーめ。自分から言い出したんだから・・・最後までな?」
『に、にぃに・・・』
「うん?」
『ぎゅって・・・ぎゅって・・・してて・・・』
「いや、そうしたら・・・」
『そしたら・・・がまん・・・しゅる・・・だ、だから・・・』
「判ったよ・・・ほら」
ぎゅ・・・
『お、おわるまで・・・こ、このまま・・・だからね?・・・はなしちゃ・・・めー・・・だから・・・』
「ったく、怖いなら怖いって言えば許してやるのに・・・」
なでなで
『さいしょに・・・こわい・・・えいがって・・・いわない・・・にぃにが・・・わるい・・・です』
「言っても信じてくれなかっただろ?」
『そ、そんなこと・・・ないです・・・ちな・・・おとな・・・だもん』
「大人は、ホラー映画じゃ泣きません」
『にゃ、にゃいてなんか・・・ないもん・・・これは・・・こーら・・・めに・・・はいっただけ』
「どんだけ盛大にこぼしたんだろうね?」
『う、うるしゃい・・・せきにんとって・・・きょうは・・・いっしょに・・・ねるんだよ?』
「怖くて一人じゃ寝れないんだろ?」
『ちゃーもん・・・しかえし・・・ねてる・・・にぃにに・・・いたずら・・・するんだもん・・・』
「はいはい。それじゃ、ちゃんとおトイレは済ませろよな?夜中起こされるのは勘弁だぞ?」
『む〜〜・・・そんなの・・・だいじょうぶだもん・・・へいきだもん・・・ふ〜んだ』

はぁ・・・とため息が出る。怖さを紛らわすつもりが、昔の自分が見た映画の怖さまで
思い出してしまった。
これじゃ、ますます寝られないよぉ。
コンコン
枕を抱きしめて、はてどうしたものかと悩んでいると、部屋のドアをノックする音。
その音でも、ちょっと驚いてドキッとした。
「ちなみ、起きてるか?」
やや間があってから、ドアを開けずに兄が問いかける。
『・・・何?』
「いや・・・俺の部屋、来るか?」
兄からお誘いなんて珍しい。もしかして・・・今日の映画は、さすがに怖かったのかな?
私と一緒、と思うとちょっと嬉しくなる。
『何で・・・私が・・・バカ兄の部屋に・・・行かなきゃいけない?』
素直に『うん、行くよ』って言えないのが私な訳で。
判っていたけど、言った後凄く後悔した。一緒に寝れれば・・・怖くないのに。
「じゃぁ、俺がそっち行っていいか?」
再びドキッとする。今度のは怖いからじゃなくて、心地よい痛みの方。
兄が私の部屋に来る・・・。まだ返事もしないうちから、部屋を見渡す。
散らかってないよね・・・変なもの、置いてないよね・・・。
一通り確認した後、返事をした。
『怖いんだろ・・・しょうがない・・・ダメ兄め・・・』
そう言うと、ガチャリとドアが開いた。
「悪いな」
そう言いながら、ベットの脇まで歩いてきた。
『はぁ・・・自分から見たいって・・・言ったくせに・・・だらしない・・・』
「あれはちょっと怖かったからな」
あはは、と笑いながら電気を消すと私のベットに滑り込んでくる。
布団の中で目が合う。恥ずかしさで、そっぽを向く私を後ろから優しく包んでくれる兄。
伝わってくる暖かさのせいか、それとも安心したせいか、素直になれそうな気がした。
『お兄ちゃん・・・ありがとう』
向き直って、兄の顔を見る。
「くぅ・・・」
あらら、もう寝ちゃったのか。でも、今言った恥ずかしいセリフが聞かれずに済んだのを
ほっとしている自分が居るのに気が付く。だって・・・まだ恥ずかしいもの。
自分の人差し指を唇に当てて、その後兄の唇に当てる。
『一緒に・・・寝てくれる・・・お礼・・・間接キス・・・だけど・・・いいよね?』
そして、また自分の唇にあてて、ニヤニヤしながら目を閉じると
すぐに睡魔に襲われて、意識は夢の世界へ運ばれていくのでした。


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