その17 デート日和

『疲れたぁ・・・』
帰ってくるなり、倒れこむようにベットに転げ込む。
この時期は授業を減らして体育祭の準備と練習ばかり。運動や大声を出すのが苦手なのですごく憂鬱。
私の気も知らないで、兄はすっかり見に来る気満々で、当日のお弁当は何が良いかとか聞いてくるし。
どうせ、本番でも走ればビリ決定だし何してもみんなの足引っ張るだけ。しかも、そんなかっこ悪い
姿を誰よりも兄に見せたくない。
雨が降って、ずっと延期すればいいのに・・・と本気で思う。
折角の金曜日なのに、すごく重たい気分。やだやだ、何かで気を紛らわせないと。
顔を上げると、仕舞い忘れた昔の日記と携帯ゲーム機が視界に入る。
うーん、としばらく悩んだ後・・・日記を手にとる私。

[にぃにとでーと えいがみてごはんたべた]

文章を読んだだけで、思わずニンマリ。兄とデート・・・どんなだったんだろう?
目を閉じて鼓動の音に耳を傾ける。一呼吸ごとに昔の自分へ戻っていく・・・。

「んに・・・ぱぱ・・・まま・・・おはようなの」
「おはよう、ちなみ」
『おはよう』
「俺には挨拶無しかよ?」
『にぃに・・・いたんだ・・・きづかなかった・・・』
「オイ」
『ふぁ・・・ごはん・・・いいにおい・・・おいしそう・・・です』
「無視かよ」
『はいはい、喧嘩しないの』
「そうだ、ちなみ」
『はい・・・なの』
「取引先から、映画の親子招待券もらったんだ。見に行くか?」
『いきたい・・・です・・・えいが・・・みたい・・・』
「じゃ、パパと一緒に行こうな?」
『ん・・・ぱぱ・・・やすまなくて・・・へーき・・・?』
「そりゃ、ちなみとお出かけできるんだもん。平気だよ」
『ん〜・・・めー・・・です』
「え?」
『せっかくの・・・おやすみ・・・ちゃんと・・・やすまないと・・・めー・・・なの』
「映画、見たくないのか?」
『えいが・・・にぃにと・・・いくです・・・どーせ・・・にぃには・・・ひまひま・・・だから』
「お、俺!?」
『にぃに・・・ぱぱの・・・おやくにたつ・・・ちゃんす・・・むだめしぐらい・・・はたらくです』
『ちなみ、気を使わなくてもいいのよ?パパはちなみと一緒に行きたいんだから』
「そうだよ、一緒に行こうよ?」
『もう・・・きめた・・・です・・・ぱぱ・・・まま・・・ゆっくり・・・してるです』
「確かに、あんまり休み取ってないだろ?父さんも母さんも」
「まぁ・・・そうだが」
『パパ、ちなみの優しさに甘えたら?』
「うむぅ・・・」
『ね?』
「分かったよ・・・。タカシ、ちゃっと面倒見てやれよ?」
「はーい」

「いってきます」
『いってきます・・・なの・・・』
「ちなみ、考え直さないか?パパと行かないか?」
『パパ!いつまでもウジウジしてんじゃないわよ!』
「タカシ・・・お前、来月の小遣い半分な」
「ちょ、そりゃねーよ」
『もう・・・パパにはきつく言い聞かせておくから、行ってらっしゃい?』
『ぱぱ・・・』
「うん?」
『かえったら・・・おかた・・・とんとん・・・したげるの・・・だから・・・がまん』
「うん、我慢する」
『はぁ・・・どっちが大人か分からないわね。情けない・・・』
「あ、いや・・・すまん」
『罰として、今日は掃除、買物、キッチリ付き合ってもらいますからね!』
「そりゃないよ」
「あ、あのさ・・・夫婦水入らずで仲良くね?」

「どうしても俺と行きたかったの?」
『べ、べつに・・・にぃにと・・・いっしょに・・・いきたいわけじゃ・・・ない』
「父さんを休ませるためだろ?」
『ほんとうは・・・にぃにと・・・おでかけ・・・やだけど・・・ぱぱのため・・・だもん』
「でもさ―」
『にぃには・・・ちなと・・・えいが・・・やー・・・なの?』
「ん?そんな事はないけよ。ただ、父さんもちなみと出かけたがってたみたいだったから」
『・・・ぱぱ・・・おこってる・・・かな?』
「ちなみを怒ったりはしないよ」
『なら・・・いいけど』
「ちなみは親思いだな」
なでなで
『ふ、ふつー・・・だもん・・・にぃにが・・・だめだめ・・・な・・・だけだもん』
「あはは、そっかそっか」
『(ぱぱ・・・ごめんなの・・・にぃにと・・・おでかけ・・・したかったから・・・)』

「不覚だ、アニメ映画で感動して泣くとは」
『ぐしゅぐしゅ・・・にぃに・・・おとこのくせに・・・ないてる・・・かっこわるい・・・』
「ちなみだって泣いてるだろ?」
『な、ないて・・・ないもん・・・これは・・・めから・・・あせ・・・でてるだけ』
「涙は出るときは一杯出した方が良いんだぞ?大人になったら、泣きたくても泣けなくなるから」
『にぃに・・・だっこ・・・』
ぎゅ・・・
「ほれ、たんとお泣き」
『ほ、ほかのひとに・・・みられたくないから・・・だからね?』
「分かってるって」
なでなで
『ぐすっ・・・にぃに・・・にぃに・・・ふぇぇぇぇん・・・』
「ちなみ・・・」
『んに・・・もう・・・へいき・・・なの』
「もういいの?」
『お、おなか・・・すいた・・・から・・・ごはん・・・たべたい』
「あはは、もうお昼もんな。何がいい?」
『んと・・・おむらいす・・・』
「じゃ、駅前に美味しい洋食屋があるからそこ行こう?」
『はい・・・なのです』
「でもさ、映画みてご飯食べに行くって・・・まるでデートじゃない?」
『ふぇ・・・ち、ちがうもん・・・でーと・・・じゃないもん』
「どこが違うの?」
『んと・・・んと・・・と、とにかく・・・ちがうったら・・・ちがうの・・・ばかぁ』
「ちょ、ちょっと待てよ!置いて行くなって」
『しらないったら・・・しらないもん・・・ふ〜んだ』
「待てってば」
『やだもん・・・べーだ』
「よっと」
ぎゅ・・・
「捕まえた」
『んにゃ・・・つかまえられた・・・・』
「なんかさ・・・今のやり取りって、恋人同士みたいだな」
『こ、こんなの・・・こいびと・・・ちがうもん・・・にぃに・・・かんちがい・・・いくないよ』
「そうか?でもさ、せっかくなら、恋人気分の方が楽しいんじゃない?」
『そ、そんなの・・・いやすぎ・・・たのしくないもん・・・』
「そうか?まぁ、無理にとは言わないけど」
『ち、ちな・・・おなかへったの・・・はやく・・・つれていくの!』
「はいはい、分かりましたよ。じゃ、手を繋いで行こうか?」
『しょうがないな・・・にぃには・・・あまえんぼさんです・・・』
「しょうがないって割には嬉しそうだな?」
『そんなこと・・・ないもん・・・えへへ・・・』

ほんのりと香って来た匂いでふと我に返る。今何時だろう・・・?
台所へ行くと、兄が夕飯の支度をしていた。
「ただいま、ちなみ」
『おかえり・・・バカ兄』
苦笑いする兄をよそに、席に座る。晩御飯は麻婆豆腐らしい。
『私・・・オムライス食べたい・・・』
さっきの記憶をふと思い出し、ワガママを言って見る。
さすがに兄も困り顔。でも、食べたくなったからしょうがないもん。
『明日・・・暇でしょ?』
そう言うと、兄はニコリと笑った。
「じゃ、駅前の洋食屋で良いか?」
お皿に盛り付けをしながら、答える。
『じゃ・・・午前中・・・映画・・・ね』
「あはは、デートだな」
『勝手に・・・言ってろ・・・バカ』
口には出せない『もちろん、恋人気分で・・・ね?』を思いながら、熱々の麻婆豆腐を口に運ぶ。
あんまり熱いのも辛いのも苦手だけど、顔が赤くなっているのを誤魔化すにはちょうどいい。
味はどう?と聞く兄をひと睨み。コップの水を飲みながら心の中で呟く。
・・・今度は辛さを抑えてつくってよね、お兄ちゃん、って。


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