その18 私の師匠

『ちーなみ、帰りにカラオケいこ?』
帰り支度をする私の前に、千佳ちゃん、望ちゃん、霞ちゃんが駆け寄ってくる。
3人は私がカラオケに行きたがらないという事を知っているので、近寄るや否や
散開し『逃がさないぞ』とばかりに取り囲む。
左腕を望みちゃんに掴まれ、右腕を霞ちゃんに掴まれ、そして鞄を千佳ちゃんが持つというVIP待遇。
そして、まだ返事をする前にずるずると引きずられる。
『ちょっと・・・待って・・・私・・・まだ・・・何も・・・』
『良いのよ、返事聞く気ないから』
千佳ちゃんの言葉に、残りの二人も笑顔で頷く。
『んとね・・・今日・・・用事あるの・・・だから・・・』
『はーいはい。じゃ、その用事が終わるまで付き合ったげるから、こっちにも付き合ってよね?』
はぁ・・・また断れなかった。
歌う事自体は嫌いじゃない・・・むしろ好きなくらいかも。でも、それは一人でお風呂場とか
帰り道に歌ったりする鼻歌みたいなのであって、人に聞かせたりするのは絶対嫌。
だからカラオケはあんまり好きじゃない。
でも、兄と二人きりで行くのは割と好き。兄の歌声が聴けるし、二人とも上手じゃないから
私も気兼ねなく歌えるし、何より狭い所で密着できるから・・・えへへ。
などと妄想に耽ってる間、すでに校門を出るところまで引きずられてた。

『んで、ちなみん。用事って何?』
ようやく自力で歩かせてもらえるようになり、私を先頭に商店街へ差し掛かった頃
千佳ちゃんが聞いてきた。
『えっと・・・買物・・・だよ』
『ふぅ〜ん、何買うの?』
『けい・・・』
答えようとしたとき、ふと思う。何を買うのか言ったら、それって誰に上げるの?という話になる。
自分で使うとか言っても信じてくれなさそうだしな・・・。どうしよう?
『けい・・・何?』
追求を緩めない千佳ちゃん。
『あ、あのね・・・さ、先に行って・・・場所・・・決めておいて・・・買物終わったら・・・行くから』
このまま何を買うのかうやむやにして、そしらぬ振りしてよう。それが一番良さそう。
『そうね、満員で入れなくなったら困るしね』
意外なまでにあっさり引き下り、千佳ちゃんは残りの二人と頷きあう。
望ちゃんが思いっきりニヤニヤしてるし霞ちゃんは何かをサトラレまいと、必死で私と目を
合わせないようにしている。怪しい・・・怪し過ぎる。
『んじゃ、ちなみん。いつもの所だから、早めに来てね?』
そう言うと、3人は足早にカラオケ屋の方向へ歩いて行った。
残された私は腑に落ちないままだけど、とりあえず目的地へ向かう事に。
『花巻手芸店』、ここが今日の買物をする場所。ドアをあけると、カランコロンと鈴の音が店内に響く。
程なくして、店の奥からこちらに向かってくる足音が聞こえた。
『いらっしゃいませ。あら、ちなみちゃん?久しぶりね』
出てきたのは、お店の店主の京香さん。
『お久しぶりです』
『あと・・・後ろの方々はお友達?』
その言葉で振り返ると、さっき別れたはずの3人が立っている。
『えへへ・・・来ちゃった』
『ごめんね、ちなみ』
私は『はぁ・・・』と重いため息をついた。

『毎年ね、この時期になると買いにくるのよ』
そう言いながら、京香さんは目の前に色とりどりの毛糸並べる。
『これ・・・毛糸ですよね?』
『ちなみ、編み物できるの?』
『そう、私の最初の弟子なのよ?』
『へぇ〜、そうなんですか』
私を一人取り残し、4人は楽しげに会話をしていた。
『で・・・ちなみ。誰に上げるの?』
望ちゃんの言葉で、残りの3人が一斉にこっちを見つめる。
『え?あ・・・別に・・・全部・・・自分用だから・・・』
『あれ?今年はお兄ちゃんにあげないの?』
ぼふっと体の体温が急に上がる。京香さんは昔から私のこと知ってるからしょうがないけど
残りの3人には兄の事が大好きだという事を知られるのは恥ずかしい。
『バカ兄に・・・なんか・・・作る訳ない・・・そんなの・・・時間と資源の無駄・・・だもん』
本当は毎年作ってる。マフラーから始まり手袋、帽子、セーターと冬場兄が身につける殆どの物は
私が作ってあげたもの。今年は私とペアルックのセーターなんか良いかなと思ってる。
『そうなの?てっきりお兄ちゃん用だとばっかり思って、男性が好きそうな色の毛糸だしたんだけど』
京香さんが残念そうな顔で自分の出した毛糸を見つめる。なんだか凄い罪悪感が・・・。
『あ、いや・・・その・・・毛糸余って・・・時間も余ったら・・・作る・・・かも・・・です』
そう言うと、ニッコリ笑う京香さん。
『そういえば、昔から素直じゃなかったものね。忘れてたわ』
チョロっと舌を出して、自分の頭をゴチンとする。昔からやる『失敗しちゃった』のポーズ。
『京香さんも・・・昔と・・・変わりませんね』
『そう?あはは、そう言ってもらえると嬉しいわ。じゃ、今日はサービスしちゃおうかな?』
そして、乗せられるとすぐにサービスちゃうのも変わってないな。

結局カラオケには行かずに、編み物をやった事のない千佳ちゃん、望ちゃんの為の
編み物教室が開かれる事となった。
実際に京香さんは月1くらいで、小学校とか老人ホームとかを回り編み物を教えてる。
『ちなみちゃんに教えてから、教える楽しみに目覚めちゃってね』
そんな事を言いながら、楽しそうに二人を指導していた。
霞ちゃんはというと・・・
『ちなみはさ、やっぱりお兄ちゃんラブだから毎年手編みしてあげてるんでしょ?』
『だ、だから・・・違う・・・バカ兄なんて・・・大嫌いだし・・・』
『またまたぁ〜。うちらは「禁断の愛」同盟じゃない?隠し事はなしにしよう?』
『そ、それは・・・霞ちゃんだけ・・・私は・・・違うから・・・』
などと言いながら、手馴れた手つきで編み始めた。弟君と二人で巻くマフラーを作るとか何とか。
そんなこんなで夜になり、みんなそれぞれに編み掛けの物や毛糸を手に解散する運びとなった。

『ただいま・・・』
ふと見ると、兄の靴があることに気が付く。私が後になるなんて遅くまでやってたんだな・・・。
パタパタとスリッパを鳴らし、エプロン姿の兄が出てくる。
「お帰り。風呂?飯?それとも俺?」
思わず『もちろん、お兄ちゃ〜〜〜ん』と抱きつきたい衝動を抑えつつ、睨みつける。
「最後のは冗談だって。そう睨むなよ」
『バカ兄の・・・冗談は・・・笑えないし・・・私を・・・不快にさせる』
「悪かったってば」
言葉こそ悪いけど、今のは本心。冗談ではなくて本気で言って欲しかったし、言われたとしても
素直に選べないであろう自分自身が恨めしく思って良い気分がしない。
『先に・・・ご飯』
そう言いつつ、荷物を置くため自室へ戻る。
鞄と買って来た毛糸を置いて、ベットへ寝そべる。さっきの「お帰り。風呂?飯?それとも俺?」を
思い出すと、嬉しい気持ちで堪らなくなりゴロゴロしてしまう。
2度3度と寝返りを打ったところで、コツンと頭に何かが当たる。
手に取ると昔の日記。ペラペラとめくり、初めて京香さんに会った日が書かれてるページを開く。

[きょうかおねーたんに あみものおしえてもらった にぃにのまふらーつくる]

『こうえんで・・・あそぶです・・・』
とてとて
『んに・・・あのひと・・・なにしてるんだろ・・・?』
『・・・』
『・・・』じー
『ん?なーに?』
『ふぇ!?あ・・・えっと・・・なんだろ・・・って・・・おもって・・・』
『あ、これ?これはね、編み物って言って、マフラー作ったりセーター作ったりできるのよ?』
『まふらー・・・せーたー・・・すごいです』
『やってみる?』
『はい・・・なのです』

『えっと・・・つぎは、糸をそこに通して』
『・・・』
『あ、違うよ。こっちかな?』
『んに・・・でも・・・さっき・・・こうって・・・いってた』
『え?あ・・・そっか。あはは、ゴメンね?失敗失敗・・・えへへ』
『これ・・・あと・・・どのくらいで・・・できるの?』
『そうね・・・いまこの位の長さでしょ?普通なら、この位は欲しいかな?』
『んにぃ〜〜・・・もう・・・かえるじかん・・・です』
『あ、続きはさお家でやる?針も糸はそのまま使っていいから』
『え・・・でも・・・まだ・・・わからない・・・とか・・・あるかも・・・です』
『私の家はね、商店街にある花巻手芸店ってところなの。今度遊びに着てよ?続きはその時教えるから』
『いいの・・・?』
『うん、いいよ』
『えへへ・・・ありがとなの』
『ところで、随分熱心に作ってたけど、誰かにあげるの?』
『ん・・・にぃにに・・・あげる・・・』
『へぇ〜、お兄ちゃん大好きなんだ』
『ち、ちがうもん・・・きらいだもん・・・』
『じゃぁ何であげるの?』
『さ、さむがり・・・だから・・・あったかくして・・・いっぱい・・・ちなに・・・つくさせるの』
『ふぅ〜ん、そっか』
『う、うそじゃ・・・ないよ・・・ほんとうだよ・・・かんちがい・・・めー・・・だよ?』
『うふふ、分かった分かった』
『そのかお・・・しんじてない・・・ぷっくぅ〜・・・です』
『あはは、ほっぺ膨らませて可愛いなぁ。そういえば、名前聞いてなかったね。私、花巻京香』
『ちなは・・・べっぷ・・・ちなみ・・・なの』
『ちなみちゃんか、いい名前ね』
『ところで・・・きょうかおねーたんは・・・だれかに・・・あげるの?』
『私・・・貰ってくれるような人、そばに居ないから。家族とかはお母さんが作っちゃうしね』
『・・・』
『あ、じゃぁさ。ちなみちゃんの為に作ったら・・・貰ってくれる?』
『ち、ちなに・・・くれるの?』
『うん。私、誰かの為に作った事ないから、ちなみちゃんが貰ってくれると凄く嬉しいな』
『ほしーです・・・きょうかおねーたんの・・・ほしーです』
『あは、じゃぁ頑張って作るね。ちなみちゃんも、頑張ろうね?』
『はい・・・なのです』

あの後、張り切りすぎた京香さんが持ってきた帽子、マフラー、セーター、腹巻、靴下
パンツで全身毛糸尽くめのモコモコにされたんだっけ・・・。
良く考えれば、私が毎年兄に作ってあげたものも全部着たらモコモコになっちゃうかな?
そう考えると、案外京香さんと私ってば似てるのかも。
「ちなみ、飯冷めるぞー」
台所から呼ばれる声に促され立ち上がる。
はてさて、今年はどんな言い訳をしてセーター用に採寸させてもらうかな?とぼんやり考える。
そしてペアルックセーターを着て二人で買物とか行ったら恥ずかしいよな・・・などと妄想しながら
今年も頑張って作ろうと思う私でした。


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