その2 思い出の味

「いい匂いだな」
休みの台所で腕を振る私の背後から兄が覗き込む。
『邪魔・・・あっち・・・いけ・・・』
耳にかかった息のこそばゆい感じにドキッとしながら、照れ隠しに軽く肘打ちをする。
「出来上がりを楽しみにしてるよ」
『ふん・・・勝手に・・・言ってろ・・・』
背後でテレビをつける音が聞こえ・・・続いて、ゲーム機の起動音。
陽気な音楽にあわせて、私も鼻歌を歌いながら焼き上がりを待つ。

昨日も昔の日記を読みふけっていた。
今と違って文章ではなく単語や絵で構成されているそれは、不思議とあの頃の記憶を
鮮明に呼び起こす。
記憶の海に身を委ね・・・目を閉じると、日記を書いた頃の自分と重なる。
今日も今日で、また兄にワガママを言って困らせる私に・・・。

『にぃに・・・ちな・・・おなか・・・すいた・・・おやつ・・・たべたい』
「今日はね・・・はい、バナナ」
『・・・』
「どうしたの?」
『へんな・・・いろ・・・ちな・・・ほかの・・・たべたい』
「そう言わないでさ。今食べないと、本当に食べれなくなっちゃうから」
『じゃ・・・にぃに・・・たべれば?』
「いや、さすがに2本は・・・」
『ちな・・・ほっとけーき・・・たべたい・・・つくれ・・・なの』
「えー?今日はバナナで我慢しよう?」
『やー・・・です・・・ちな・・・にぃにの・・・ほっとけーき・・・たべたい・・・です』
「そんなに俺の作ったホットケーキが食べたいの?」
『ち、ちがう・・・にぃにしか・・・つくるひと・・・いないから・・・それだけ・・・だから』
「そっか」
『ほ、ほんとうに・・・ちがうの・・・かんちがい・・・めー・・・だよ?』
「分かった分かった」
なでなで
『うみゅぅ・・・』
「あはは、可愛いな」
わしわし
『ふぇ・・・んにゃ・・・にゃぁ・・・くしゅぐったい・・・めー・・・だよぉ』
「しょうがない、可愛いちなみに免じてホットケーキ作ってやろう」
『ほ、ほんとう・・・?』
「あぁ、本当だ。ゲームでもして待ってな?」
『しょうがない・・・まってて・・・あげなくも・・・ない・・・』

『ふに・・・いいにおい・・・です・・・』
「わっ、ちなみ!?足元にいると危ないぞ?」
『にぃに・・・まーだー・・・?』
「もうすぐ焼きあがるからな?」
『はーやーくぅー・・・にぃに・・・おそい・・・ちな・・・おなか・・・ぐー・・・なの』
「はい、完成」
『しろっぷ・・・ばたー・・・はやく・・・はやく・・・』
「あ、今日のはそのまま食べてみてよ」
『ふぇ・・・なんで・・・?』
「いいから、いいから」
『・・・』
「どうした?」
『ちな・・・て・・・うごかない・・・こまった・・・こまった・・・』
「え?」
『にぃにが・・・たべさせて・・・くれるなら・・・たべて・・・あげても・・・いいよ?』
「まったく・・・ほら、あーん」
『あ、あーん・・・』
ぱくっ
『もぐ・・・もぐ・・・』
「どう?」
『・・・ふしぎ・・・むにむに・・・あまいの・・・』
「ふふふ、今日はね、バナナホットケーキにしたんだよ」
『ばなな・・・ほっと・・・けーき・・・?』
「潰したバナナとホットケーキミックス、卵、牛乳を混ぜて焼くんだよ。薄めに焼くのポイントだな」
『むぅ〜・・・これは・・・なかなか・・・』
「美味しい?」
『う・・・ま、まぁまぁ・・・ほめて・・・あげなくも・・・ない・・・かな?』
「そかそか」
『も、もっと・・・たべないと・・・あじ・・・わからない・・・つぎ・・・あ、あーん・・・』
「分かったよ、あーん」

[にぃにのばななほとけーき あーんしてもらった おいしかった
つぶしたばなな みっくす たまご ぎうにう うすめにやく]

焦げるか焦げないかの微妙な線で火を消し、お皿に開ける。
我ながら良い出来。あの日、兄が作ってくれたのに引けを取らない・・・と思う。
ゲームをやっている兄の隣に座り、傑作を口に運ぶ。ん〜・・・何か足りないな。
「お、出来たんだ。俺の分は?」
『私の・・・分しか・・・作ってない・・・』
「何だよ・・・」
『・・・食べたい?』
「ん?あぁ、ちなみの手料理食べたいな」
『ふん・・・ほら・・・口開けろ・・・』
「食べさせてくれるんだ?」
『フォーク・・・もう1本出したら・・・洗い物増えるから・・・仕方なく・・・だぞ?』
「あはは、ありがとうな。あーん」
ぱくっ
「もぐもぐ・・・お、バナナ入ってるのか?懐かしいな」
『・・・どう?』
「すごく美味しいよ。ご褒美だ」
なでなで
『うみゅぅ・・・』
「あはは、子供の頃のまんまだな」
『う、うるさい・・・次・・・私に・・・食べさせろ・・・』
「はいはい・・・ほれ、あーん」
『あ、あーん・・・』
ぱくっ
『もぐ・・・もぐ・・・』
あ・・・何か足りないと感じたのは、コレだ。
こうやって・・・兄から食べさせてもらって、美味しいのと嬉しいので、体全体が幸せになる。
順番に食べさせあって、すっかり綺麗片付いたお皿を見ながら、作り方をメモしておいた
昔の自分に感謝する私でした。


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