その20 甘くなる魔法

「ちなみ、これな〜んだ?」
『んに・・・はっぱのついた・・・でっかい・・・はむ?』
「何じゃそりゃ。これはね、パイナップルだよ」
『んむ〜・・・にぃに・・・うそ・・・いくないよ?』
「え?」
『ぱいなっぷる・・・まるくて・・・きいろ・・・だもん』
「いや、これは皮向く前の状態だからさ」
『じゃぁ・・・かわ・・・むいて・・・なの』
「よし、ちょっと待っててな」

「ほら、どうよ?綺麗な黄色だろ?」
『やっぱり・・・これ・・・ぱいなっぷる・・・ちがう』
「何で?」
『だって・・・わっかじゃないもん』
「いや、あれは専用の機械を使って、芯をくりぬいてあるんだよ」
『・・・』
「本当だって、食べてみろよ?」
『んじゃ・・・ちがったら・・・にぃに・・・ちなの・・・いうこと・・・なんでもきく?』
「良いぜ。その代り、パイナップルだったら俺のいう事何でも聞けよ?」
『わすれちゃ・・・めー・・・だよ?』
「分かってるよ。はい、どうぞ」
『いただきます・・・なの・・・もぐもぐ・・・』
「どう?」
『うにゅぅ・・・しゅっぱい・・・です』
「ありゃ、まだ熟してなかったか」
『これ・・・ぱいなっぷる・・・ちがう・・・ちなの・・・いうこと・・・なんでも・・・きくです』
「いや、パイナップルだって。甘くないだけだから」
『ん〜・・・もぐもぐ・・・しゅっぱい・・・』
「酸っぱいからダメなの?」
『ぱいなっぷる・・・あまいもん・・・しゅっぱいの・・・ちがうもん』
「よぉし、じゃぁお兄ちゃんが魔法を掛けて甘くしてやる」
『まほう・・・?』
「そうだな、今お昼過ぎだから・・・夜には甘くなってる。そしたらパイナップルって認めるか?」
『ふ〜んだ・・・そんなの・・・むりだもん・・・やれるものなら・・・やってみるです』
「約束だからな?甘くなってたら、お兄ちゃんのいう事何でも聞くんだぞ?」
『もちろん・・・ちな・・・おとな・・・やくそく・・・まもるです』
「その言葉、忘れるなよ?」

『むむむむ・・・』
「どうよ?」
『こ、これ・・・さっきのと・・・ちがう・・・にぃに・・・ずる・・・いくない』
「さっきのと一緒だよ」
『でーもー・・・あまいもん・・・さっきの・・・しゅっぱかったもん・・・』
「だから魔法なんだって。しかも、一杯食べても口の中痛くならないんだぞ?」
『んに〜・・・まほう・・・ずるいもん』
「さ〜って、ちなみ。お兄ちゃんのいう事、何でも聞くんだよな?」
『う・・・そ、そんなこと・・・』
「まさか、大人のちなみさんが、『覚えてない』とか『記憶にございません』とか言わないよね?」
『お、おぼえてるもん・・・ばかにしたら・・・めー・・・だもん』
「さ〜って、何してもらおうかな?」
『あ、あんまり・・・へんなのは・・・めー・・だよ?』
「そうだな・・・あ、あれにしよう」
『あ、あれって・・・なに?』
「素直になってみろよ。今だけでいいから」
『え・・・すなお・・・?・・・ち、ちな・・・いつも・・・すなおだよ?』
「お兄ちゃんの事、好き?」
『そ、そんなわけない・・・きらい・・・』
「それって、本当に素直な気持ち?」
『も、もちろん・・・そうだよ』
「そっか・・・なみに本心から嫌われたなんて、悲しいな・・・」
『ふん・・・にぃになんか・・・すきになるわけ・・・ない・・・です』
「じゃ、もう一緒に遊んだりするのも止めような?嫌いな奴となんか遊んでも楽しくないだろ?」
『ふぇ・・・あ、あの・・・』
「じゃ・・・」
『に、にぃに・・・まつです』
「何?嫌いな奴と話したくないだろ?」
『ぐすっ・・・ごめんなさい・・・なの・・・いまの・・・うそ・・・なの』
「嘘?ちなみは嘘つきなの?」
『そうなの・・・ちな・・・ぐすっ・・・ちな・・・ほんとは・・・ひっく・・・にぃにが・・・』
「俺が?」
『しゅきなの・・・だいしゅきなの!・・・ふぇぇぇぇぇん』
ぎゅ・・・
「知ってたよ」
『しってた・・・の?』
「だから、素直になってみよう?って言ったじゃない」
『うに・・・』
「いつもは『嫌い』でもいいんだよ。でもね、たまには『好き』って言って欲しいから」
『・・・』
「今日は・・・今日だけでいいから・・・素直でいてくれないかな?」
『・・・でも・・・たぶん・・・ちな・・・また・・・きらいって・・・いっちゃう・・・』
「じゃ、ちなみに魔法を掛けた。今日だけ素直になれる魔法」
『ふぇ・・・?』
「パイナップルも甘くなっただろ?だから・・・ちなみも出来るよ」
『・・・できる・・・かな?』
「俺の事好き?」
『ふぇ・・・?・・・あ、あの・・・えっと・・・』
「ちなみ」
『すきじゃない・・・です』
「あれ?」
『だいすき・・なのです・・・』
「良く出来ました」
なでなで
『えへへ・・・』
「お兄ちゃんも、ちなみの事大好きだぞ?」
『ということは・・・そーしそーあい・・・なのです』
「あはは、そうだな」

日記を閉じて、天井を見つめる。
相思相愛・・・私は昔も今も兄の事が好き・・・恋愛の意味で好き。
でも兄は私の事をどういう意味で好きなんだろう?やっぱり妹として・・・なのかな?
もし今、「私の事好きですか?」って聞けたとしても・・・兄の事だから、きっと「好きだよ」って
言ってくれると思う。
でも、その真意までは聞けない。もし「兄妹としての好き」と言われてしまったら・・・私はそのショック
に耐えられないかもしれないから。

翌日になっても、その疑問が心を捉えて離さない。
気がついたら、スーパーから買って来た生のパイナップルをテーブルの上で突付いていた。
熟してないパイナップルは・・・私に似てるのかもしれない。
葉っぱも皮もトゲトゲしてるし、生のまま食べ過ぎると口の中が痛くなる。
私も言動はトゲトゲしてるし、それで大好きな人を傷つけちゃう。
それなら・・・葉っぱを取って、皮をむいて・・・兄の魔法を掛けてもらえば甘くなれるのかな?
そしたら素直に『お兄ちゃん、大好き』って言って・・・『お兄ちゃんは私の事好き?』って聞いて。
もし「兄妹としての好き」って言われても、『恋人として好きって言わせるから覚悟してね?』って
言ってみたりして・・・。
ここまで妄想して、はぁ・・・とため息をつく。現実では、そんなに上手く行くわけない。
だいたい、魔法なんて信じる年でもないしね。
ふと、背後からパタパタとスリッパの音が近づいてくる。
「あれ?どこに行ってたのかと思ったら買物か?」
声の主はもちろん兄だ。
私の買ったパイナップルを手にとって、しげしげと眺める。
「オイオイ、ちょっとこれは熟してなさ過ぎじゃないか?」
そう言うともとあった場所へと置いて、私の隣に座る。
『ねぇ・・・バカ兄』
「何?」
『これもさ・・・バカ兄の・・・魔法で・・・甘くなる?』
「魔法?」
不思議そうな顔して、私の顔を覗き込む。・・・見つめられてドキッとしたので、思わず顔を背ける。
『ず、ずっと前・・・パイナップル・・・甘くしたでしょ?』
しばらく「う〜ん」と唸ってから・・・ポンと手を叩く。
「あぁ、あれか。多分甘くなるよ」
そう言って、熟してないパイナップルを手に台所へ。魔法の正体が気になったので、私も後を追う。
「まず、食べやすいように一口サイズに切る」
そう言うと、手馴れた手つきでザクザクとパイナップルを刻み始める。
「熟してないから、硬いな」
『だから・・・魔法・・・かけるんでしょ?』
「それもそうか」
あはは、と笑いながら順調に一口サイズになっていく。
「これを鍋に入れて、パイナップルの量にもよるけど、大体大さじ1杯の砂糖を入れて弱火に掛ける」
コンロの火を調節して、鍋に蓋をする。
「これで煮えてきた匂いがしたらOKだ」
こちらを振り向き満面の笑み。
『バカ兄・・・水とか・・・入れなくてもいいの?』
「あぁ、砂糖を入れると浸透圧でパイナップル自身から水分がでてくるんだよ」
『料理も・・・化学だね』
「そうだね」
二人して鍋を見つめる。ゆっくりとした時の流れ・・・心の中も甘くなって行く・・・そんな感じがした。

しばらくして、パイナップルの甘い匂いが広がってくる。
蓋を開けると、一層匂いが広がり、より黄色みを増した実が鮮やかに映る。
鍋を2度3度と煽り、再び蓋をして火を止める。
「このまま冷まして、荒熱が取れたら冷蔵庫で冷やせばOKだな。3時のおやつには間に合う」
『魔法って・・・偉そうな事・・・言ってたけど・・・砂糖で煮れば・・・甘くなるよね』
「あ、いや・・・どっちかと言えば、砂糖よりもパイナップル自身の甘みを引き出したというか・・・。
 それに、火を通せば、口が痛くなる元がなくなるし・・・そう言った方がカッコいいかなって」 
そう言いながら照れ笑いをする兄を見て思う。
こういう現実を知っていく事が大人になるという事なのかもしれない、と。

十分冷えた頃、二人でパイナップルを食べる。
昨日の日記を読んだときと同じ、程よい酸味と甘みが口の中一杯に広がる。
兄を見ると「どうよ?」と言わんばかりの顔をしていた。
『ふん・・・こんなの・・・甘くなって・・・当たり前』
そう言うと、ちょっと不機嫌そうな顔をする。
「あ〜あ、ちなみも甘くなる魔法ないかなぁ・・・?」
突然の言葉に驚く。私を甘くして・・・どうするつもりなの!?
『にゃ、にゃにを・・・急に・・・』
「あはは、噛んだ」
悪戯っぽく笑う兄を睨みつける。うぅ・・・こんな事で動揺するなんてかっこ悪い。
そんな事考えてるうちに、兄が席を立ち私の背後へ。そして、急に抱きしめられる。
『え・・・えぇ!?』
「こうやって・・・弱火で暖めたら・・・甘くなるかな?」
恥ずかしさのあまり、急いで振りほどく。
こんな事されたら・・・弱火どころか、私が沸騰しちゃうもん。
兄を見ると、ちょっと困った顔。もしかして、私に嫌われたとか思ってるのかな?
『そんな事ないよ』って言う代わりに体が勝手に動いた。
近寄って、背伸びをして、何かを言いかけた兄の唇に、そっと唇を重ねる。
感触も何も分からない位短い口付け。そして顔を見られまいと自室へ逃げ帰った。
顔も体もあまりの恥ずかしさで、本当に沸騰したのかと思うくらい火照ってる。
我ながら、随分と大胆な行動に出れたものだと感心する。兄が私に掛けた「甘くなる魔法」のせいかな?
なんてニヤニヤしながら、今日の事は日記にどう書こうかと一人悩むのでした。


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