その21 秋と言えば

『もうすっかり秋だよね』
いつものメンバーで下校中、千佳ちゃんからこんな言葉が。
そう言われて、見上げる空は高く、街路樹は所々色づき始めている。
秋深し・・・って感じ。
千佳ちゃんはくるりとこっちに向きを変え、ニンマリする。
『そういう事で、諸君。私達で秋を堪能しようと思うのだよ』
望ちゃんと霞ちゃんとで顔を見合わせる。
確かに、少し山の方へ行けば紅葉が見ごろを迎えてそうだし。
『ちかりんのことだから、どうせ食欲の秋でしょ?』
ちょっと皮肉っぽく望ちゃんが言う。
『当たり前でしょ?まさかこの年で紅葉を見に行こうとか思うわけじゃないの?』
ふふんと得意げに言う望みちゃん。
『私・・・思ったけど・・・?』
そういうと、私以外がまるでビデオのストップボタンを押したように固まった。
やや間があって、再び動き出す。
『や、もう、ちなみんったら冗談上手いな』
どうやら冗談にされてしまった。割と本気だったのにな・・・。
『えっとね、コレよコレ』
そう言って、鞄から紙を取り出す。そこには、ケーキバイキングと書かれていた。
『ついにこんなド田舎にもこういう店ができたのよ。しかも開店セールで半額よ?』
霞ちゃんが身を乗り出して覗き込む。
『おぉ、かすみんも興味深々だね』
『え?あ・・・弟がケーキとか好きだからさ。二人で行こうかなって・・・えへへ』
はぁ・・・と千佳ちゃんが大きなため息をつく。
『のぞみんとちなみんはさ、どう?』
望ちゃんはちょっと渋い顔。
『アタシさ、ダイエット中だからなぁ・・・行きたいけどねぇ』
お腹のあたりをさすりながら、恨めしそうにチラシに載っている写真を凝視していた。
後は私が答えるだけ。ケーキは好きだけど、あんまり沢山は食べれないからなぁ。
『バイキングじゃなくて・・・普通に食べに行けば・・・いいかなって・・・思う』
そう言うと、千佳ちゃんはガックリとうな垂れていた。
『何よぉ・・・一人でなんてカッコ悪くて行けるわけないじゃないのぉ』
まぁまぁと望みちゃんがなだめる。
『まぁ、秋は食欲だけじゃなくて、スポーツとか芸術とか読書とかあるでしょ?』
『スポーツなんて余計お腹減るだけじゃない?芸術も読書もお腹の足しにはならないわよ!』
『頭の・・・栄養・・・かな?』
『お、ちなみん、上手い事言うね』
『学校の勉強だけで頭は一杯よ!もうコレ以上はいらないの!』
その後、千佳ちゃんは別れるまでずっと不機嫌そうな顔をしていた。

家に帰り、宿題でもやろうと机に向かう。何となく見た視線の先に、スケッチブックが目に入った。
そうだ・・・私は芸術の秋にしようかな?最近まったく絵を描いてなかったし、テストもまだ先
だし、ちょっと真面目に描いてみよう。
そう思って、手に取り開く。パラパラっとめくり白紙のページを探すが見つからなかった。
もう2冊ほど探してみたが、やはり一杯。そういえば、新しいのを買おうと思って
ずっと忘れていたんだっけ?
ぼんやりと考えながら4冊目を開く。
中を開けると、ずいぶんと昔に描いた絵が一杯詰まっていた。どこかの風景、ゲームの画面、猫や犬
といった動物の絵。ひときわ目を引いたのが、人物画。
何度も消しては書き直した鉛筆書きの線と、その上を慎重に塗った色鉛筆。
一目見て誰を書いたのが解る。もちろんモデルは兄だ。
今よりも下手だし、知らない人が見たら誰の絵を描いたのかすら解らないかもしれない。
でも、不思議と兄の雰囲気を感じる事が出来た。
指でそっと輪郭をなぞると、本人に触れているのと同じような感覚。
思わず、スケッチブックをぎゅっと抱きしめてしまった。
抱きしめてふと・・・この絵を描いた当時の自分に戻ってみるのも良いかと思う。
絵を見直すと、右下の方に描いた日付らしき数字が書いてあった。ついでに、自分の署名も。
きっとプロの絵描き気分だったのかな?と思うとちょっと恥ずかしい。
昔の日記を取り出し、数字の日付を探す。目を瞑り、心に強く絵を思い浮かべると昔の自分へと戻っていく。

『にぃに・・・ちょっと・・・こっち・・・くるです』
「ん?どうした?」
『おうちで・・・かぞくの・・・え・・・かいてきてって・・・せんせーに・・・いわれたです』
「おぉ、宿題か。で、俺を書いてくれるの?」
『だって・・・ぱぱ・・・まま・・・おしごと・・・いそがしだから・・・にぃにで・・・だきょう・・・』
「妥協って・・・俺も家族だろ?」
『・・・』
「そこで黙られると、お兄ちゃん悲しいぞ?」
『まぁ・・・いちおう・・・そうだね・・・』
「こんなに可愛がってるのに、そりゃねーだろ?」
なでなで
『か、かわいがられて・・・ない・・・かわいがらせて・・・あげてる・・・だけ』
「そうなの?」
『も、もちろん・・・にぃにが・・・かわいそうだから・・・しょうがなく・・・』
「まぁ、とりあえず始めようか?」
『はい・・・なのです』

『・・・』
「・・・」
『・・・』
「・・・なぁ?」
『な、なに・・・?』
「いや、さっきからニヤニヤしてるけど・・・まさか変に書いてないよな?」
『ち、ちなは・・・ぷろの・・・えかきさん・・・まじめに・・・しごと・・・してるです』
「本当か?ちょっと見ていい?」
『め、めー・・・です・・・できるまで・・・みせられない・・・です』
「ん〜・・・不安だな」
『も、もでるは・・・じっと・・・してるです・・・』
「はいはい、分かったよ」
『・・・』
「・・・」
『(はふぅ・・・ずっと・・・にぃにと・・・みつめあって・・・どきどき・・・しすぎちゃうです)』
「ちな」
『しゃ、しゃべっちゃ・・・めー・・・くちも・・・うごかしちゃ・・・めー・・・なの』
「んぐ・・・」
『(はずかしい・・・けど・・・うれしい・・・ちなのこと・・・じっと・・・みてくれてる・・・です)』
「・・・ちなみ?」
『えへへ・・・』
「おーい、顔赤いけど大丈夫か?」
『ふぇ!?・・・へ、へいき・・・なの・・・しゃべっちゃ・・・めー・・・って・・・いったですよ?』
「いや、手が動いてないし、顔も赤くなってたから平気かなって?」
『も、もちろん・・・へいきに・・・きまってる・・・げいじゅつは・・・じかんが・・・かかるのです』
「まぁね。でも、もうすぐ晩御飯の準備しないとだから、ちょこっと急いで欲しいかな?」
『ばんごはん・・・なーに?』
「挽肉が安かったからハンバーグ」
『む・・・ちょっと・・・すぴーどあっぷ・・・するです・・・』
「あはは、芸術も食欲には負けるよな」
『う、うるさいです・・・ぷろは・・・しごとも・・・はやいのです』
「そうか?じゃ、頼むよ」

『ふふふ・・・かんせい・・・です』
「ん〜〜〜、やっと動ける。見せてよ?」
『えー・・・どうしようかな?』
「モデルを頑張ったお兄ちゃんにもご褒美頂戴?」
『じゃ・・・ちょっとだけ・・・はい』
「へ〜、良く描け」
『もう・・・おしまい・・・です』
「コメントを最後まで言う位は見せてくれよ?」
『めー・・・なの・・・にぃには・・・さっさと・・・はんばーぐ・・・つくれ・・・です』

『われながら・・・かんぺき・・・にぃに・・・そっくり・・・です』
『う・・・え・・・みてたら・・・へんなきぶん・・・どきどき・・・なの・・・』
『ちょっとだけ・・・ちょっとだけ・・・なら・・・いいよね?』
ちゅっ
『ふにゃぁ・・・にぃにと・・・ちゅー・・・しちゃった・・・です・・・えへへ・・・』
『も、もういっかい・・・しちゃっても・・・いいよね・・・?もういっかいなら・・・』
ちゅっ
『んにゃぁ・・・2かいも・・・しちゃった・・・うれしいです・・・』
『にぃに・・・すきです・・・だいすき・・・ちなを・・・およめさんに・・・してなの・・・』
『うん・・・いいぞ・・・っと・・・これで・・・ふうふ・・・なの・・・やった〜・・・なの・・・』
「ちなみ、ちょっといいか?」
『ふぇぇぇ!?に、にぃに・・・きゅ、きゅうに・・・はいってきちゃ・・・めー・・・です!』
「は?ドア開きっぱなしだったぞ?」
『そ、それでも・・・のっく・・・しなきゃ・・・めー・・・なの!』
「あ、ゴメンゴメン」
『・・・い、いまの・・・みてた?』
「何を?」
『その・・・えっと・・・だから・・・』
「ちなみ、お前さっきより顔赤いけど・・・風邪とか引いてないよな?」
『ふぇ・・・?』
「ほら、ちょっとおでこ出してみろよ。・・・何か熱っぽいぞ?」
『・・・』
「ちょっと寝てな?ご飯の準備できたら起こしてあげるから」
なでなで
『・・・うん』
「じゃ、おやすみ」
バタン
『・・・やっぱり・・・えより・・・ほんとうの・・・にぃにのほうが・・・いいです・・・。
 ちなは・・・ほんとうの・・・にぃにの・・・およめさんに・・・なるです』

目を開けて、再び絵を見る。
絵の中の兄にキスしたり告白したりなんて、我ながら恥ずかしい事してたんだ。
でも、やっぱり本人が一番。それは今も昔も変わらない。

『バカ兄・・・ちょっと・・・』
その日の夜、帰ってきた兄をリビングに呼び寄せる。目的は、勿論兄の絵を描かせてもらうこと。
真新しいスケッチブックの記念すべき最初のページにするつもり。
「どうした?」
『学校の・・・宿題で・・・家族の・・・絵を描いてこいって・・・言われた』
「そっか」
嘘をつくのはちょっと気が引けたけど・・・でも、この位は許して欲しいな。
やさしく微笑む兄をスケッチブックに写し取っていく。
目と目が合うと・・・やっぱり恥ずかしい。でも、堂々と見つめられる機会もそうそうないので
十分満喫しよう。
「そっか・・・秋だな」
『動くな・・・モデルは・・・じっと・・・してろ』
「喋っただけだろ?」
『口を動かすな・・・・あと・・・心臓も・・・動かすな・・・』
「そんな事したら死ぬだろ。つか、心臓の絵を描くのかよ」
『冗談に・・・決まってる・・・そんなことも・・・わからないの?』
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
・・・恥ずかしくて、やっぱり悪口を言ってしまう。それでも、変わらず微笑む兄が・・・好き。
「なぁ・・・今度の休みにさ、紅葉見にいくがてらドライブしようか?」
突然のお誘いに、ちょっとビックリ。急にどうしたのだろう?
困惑する私をお構い無しに、兄は続ける。
「いや、ちなみの顔みてたらさ・・・なんかいいなって思って」
鏡を見ると、顔を紅葉させてた私がいた。もしかして、絵を描き始めたからずっとこうだった・・・?
恥ずかしくて、もう絵どころじゃないけど・・・中途半端も嫌なので何とか描き上げた。
部屋に戻り、ドライブの事を考えながら、出来上がった絵を見る。
分かっていてもドキドキしてしまい、やっぱり昔と同じように口付けしてしまう私がいるのであった。


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