その22 黄色い幸せ

「じゃ、もう1回頭からやるぞ?」
兄は私の手をとり、腰に手を回す。手と手が触れているだけでもドキドキなのに
こんなに密着されたら、もう頭がぼーっとしてしまう。
『あ、あんまり・・・くっつくな・・・動きづらい』
こちらからも控えめに腕を回しつつ、照れ隠しの一言を言う。
部屋にクラシカルなリズムが流れ、兄と共にステップを踏む。
曲が進むにつれだんだんと不揃いになり、何度となく足を踏んづけてしまう。
そのたびに、顔を上げると兄は微笑みながら
「焦らなくてもいいよ、大丈夫」
と言ってくれる。
兄の優しさと自分の不甲斐なさで目に涙が浮かべながら、二人だけの舞踏会は続く。

今年の文化祭で、ウチのクラスは演劇をやる事になった。
演劇部の霞ちゃんが総指揮をとる事になり、危うく私が主役にされるところだったけど
強く反対し、なんとかセリフのない役を貰った。
声を出したりするのが苦手な私が、主役なんて務まるわけがない。
ましてや・・・好きでもない人と、演技とはいえ愛を語り合うなんて嫌。
そんな私の役どころは、舞踏会のシーンで主役の後ろで踊る貴族の女性Aという役。
お相手は、男装した千佳ちゃん。
『やっぱりさ、お兄ちゃん以外の男の人に触られたくないわよね?』
霞ちゃんからそう言われるのを否定しつつ、練習開始。
しかし―
『ちなみん・・・下手すぎだよ。私、足痛い』
動きについていけず、千佳ちゃんの足を踏みまくってしまった。
その日の帰り、霞ちゃんから男性側、女性側両方のステップを書いた紙と、曲のCDを渡される。
『それじゃ、お家でお兄ちゃんと練習してきて?』
いつもなら、誰がバカ兄となんて、とか言っておもいっきり突っぱる所だったけど、さすがに
あの後では何も言い返せず素直に受け取った。
そして、今に至る。

曲が変わり、ステップもスローなものに。
ここは、ヒロインが王子様から愛を告白されるシーン。
私は単なる背景なので、特に何もないけれど・・・頭の中では私の王子様である
兄から告白される事をついつい妄想してしまう。
「ちなみ」
名前を呼ばれてドキッとする。ま、まさか・・・本当に告白してくれるの?
「さっきから、動きが止まってるけどどうした?」
どうやら妄想に気をとられ、動けてなかったらしい。
『何でもない・・・ちょっと・・・考え事してただけ・・・』
すると、兄は繋いでいた手を離し音楽を止める。
状況を把握できない私に向かって休憩しようかと言ってリビングから出て行ってしまった。
私の練習に付き合ってくれてるのに、本人が別の事を考えてたら、さすがに気分も悪くなるだろう。
ちゃんと謝らないと・・・と思って兄の部屋のドアをノックしようとしてふと思う。
私の事だ、謝るつもりがついつい悪口を言ってしまい、余計に怒らせてしまう可能性がある。
そう考えたら余計に会いづらくなり、結局その場から立ち去り自分の部屋へと戻ってしまった。

椅子に腰掛け、昔の日記を手に取る。
このどうしようもない気持ちでは、何をしても上手く行く気がしない。
だから、兄との思い出に浸り、兄の笑顔を見れれば・・・何か行動を起こせる勇気がでそうと思う。
今日と同じ日付を探し、目を閉じる。10年前の今日という日を笑顔で過ごせたという事を願って。

「さて、行くか」
『む・・・にぃに・・・おでかけ?』
「おう、買物頼まれてさ。ちなみも行くか?」
『にぃにと・・・なんて・・・いやすぎ・・・ひとりで・・・いってこい・・・です』
「そっか。じゃぁ、行ってきます」
ガチャ バタン
『また・・・わるくち・・・いっちゃったです・・・ちなの・・・ばかばか・・・ぐすっ』
ガチャ
「買物行くのに、財布忘れ・・・ん、どうした?」
『ぐしゅぐしゅ・・・な、なんでも・・・ないです・・・はやく・・・いっちゃえ・・・なの』
「・・・」
なでなで
『ふぇ・・・?』
「ちなみ」
『・・・うん・・・ちなも・・・いっしょに・・・いくです』
「どうして急に行く気になったのかな?」
『えっと・・・その・・・お、おかし・・・かってほしい・・・から』
「じゃ、早く支度してきな?」
『こ、このままでも・・・だいじょうぶ・・・はやく・・・いくです』

「うわっ、寒っ。夕方になると急に冷えるな」
『このくらい・・・へーき・・・にぃに・・・さむがり・・・すぎです』
「ほら・・・はぁ〜〜〜ってやると息白いぞ?」
『はぁ〜〜〜・・・ほんとだ・・・』
「な?」
『でも・・・こにょくりゃい・・・ふぇ・・・・んにゃ・・・くちん』
「そんな薄着じゃ寒いだろ?」
『に、にぃにが・・・いそがすから・・・だもん・・・ぷっくぅ〜・・・』
「しゃーねーな・・・ほら、これを着ろ」
ふさっ
『ん・・・にぃに・・・うわぎ・・・?』
「これで寒くないだろ。感謝しろよ?」
『ふん・・・おんなのこに・・・かけてあげるの・・・あたりまえ・・・だもん』
「気が利かなくて悪かったな」
『んと・・・でも・・・これで・・・さむくないから・・・あ、ありがと・・・なの・・・』
「どういたしまして」
『ちな・・・れいぎただしいから・・・おれい・・・いっただけだよ?ほんしんじゃ・・・ないからね?』
「はいはい。さて、早く買物済ませて帰ろう」

[ありがとうございました〜]
「うわ、真っ暗だ。日が落ちるの早いな」
『にぃに・・・ちな・・・おなか・・・すいたおー』
「ん〜、さっき買ったお菓子食べる?」
『んー・・・あれは・・・こうちゃと・・・いっしょが・・・いいです』
「じゃぁ・・・自販でコーンスープでも買う?」
『おでんの・・・たまご・・・たべたいな・・・』
「ん〜・・・おでんなら、肉まんかな?」
『くれーぷも・・・いいなぁ・・・』
「クレープなら・・・焼き芋?」
『・・・やきいも』
「焼き芋」
『やきいも・・・やきいも・・・やーきーいーもー・・・』
「確か、この時間なら公園に焼き芋屋がいるはずだから、寄っていこうか?」
『はい・・・なのです』

「お、いたいた。すいません、一つください」
[あいよ]
『んに・・・ひとつ?』
「一人で一つ食べると晩御飯食べれなくなるよ?」
『む〜・・・にぃにと・・・ひとつなんて・・・やー・・・です』
「皮剥いてあげるから・・・な?」
『そんなの・・・とうぜん・・・しょうがない・・・はやく・・・するです』
「ほい、どうぞ」
『はむ・・・はふはふ・・・んん〜・・・おいひぃ・・・れす』
「飲み込んでから喋れよ」
『ごくん・・・はぁ・・・もっと・・・たべるから・・・かわ・・・むくです』
「お兄ちゃんにも少しは食べさせてよ」
『ん〜・・・しょーがないなぁ・・・ちょっとだけ・・・だよ?』
「もぐもぐ・・・うん、ちなみ味」
『ち、ちな・・・あじ・・・しないもん・・・へんなこと・・・いっちゃ・・・めー・・・なの』
「冗談だって。ほい、ちなみの番」
『ん・・・』
「いらないの?」
『も、もちろん・・・たべるです・・・はむはむ・・・』
「しかし、もう焼き芋の美味しい季節かぁ」
『(えへへ・・・にぃにあじ・・・です)』
「あ、そうだ」
『ふぇ?』
「これって間接キスだよな?」
『んぐ・・・むぐぐぐ・・・』
「お、おい、大丈夫か?」
とんとん
『けほけほ・・・に、にぃにが・・・へんなこと・・・いうから・・・ちな・・・しぬとこだった・・・』
「悪かったよ、まさか喉詰まらすとは思わなかったから」
『にぃにだって・・・ちな・・・かんせつ・・・きす・・・だよ?』
「俺は全然構わないけど」
『ち、ちなは・・・やー・・・なの!ふ〜んだ・・・』
「もぐもぐ・・・そっか・・・嫌か」
『ちなのぶん・・・たべちゃ・・・めー・・・なの』
「でも、間接キスは嫌だろ?」
『やー・・・だけど・・・おいも・・・たべたい・・・』
「どうする?」
『・・・たべる』
「はい、どうぞ」
『はむはむ・・・』
「何?上目遣いして・・・」
『な、なんでも・・・ないです・・・べーだ』
「しかし、食べてる時はいいけど、食べ終わると寒いなぁ」
『(にぃにと・・・いっぱい・・・かんせつ・・・きす・・・うれしいです・・・)』
「あ、ここにいいのがあった」
ひょい
『ふぇ・・・?に、にぃに・・・だっこしちゃ・・・めー・・・です』
「だってさ、ほっぺとか真っ赤にして暖かそうなんだもん」
『だ、だからって・・・これは・・・その・・・』
「ん〜、温かいなぁ」
『にゃぁ・・・ほっぺ・・・すりすりしちゃ・・・めー・・・なの』
「だーめ。上着貸してるだろ?だから、ちなみはお兄ちゃんを温かくするの」
『むぅ〜・・・そ、それなら・・・しょうがない・・・がまん・・・するです』
「ん〜、ちなみぃ」
『にゃぁぁぁ・・・だ、だから・・・ほっぺ・・・すりすり・・・めー・・・だよぉ』

ドアをノックする音で現実に引き戻される。渋々ドアを開けると、笑顔の兄が。
「焼き芋買って来たから、一緒に食べようぜ?」
新聞紙を開けると、ふわっと独特の匂いが広がる。
「これが最後の1つでさ、二人分買えなかったから半分ずつな」
そう言って手際よく皮を剥いて、私に差し出した。
さっきの思い出がふと蘇りちょっと恥ずかし気持ちになりながら、焼き芋を口にする。
続いて兄も食べ、お互い顔を見合わせる。
「美味いな」
『うん・・・美味しい・・・』
気がつけば、私も笑っていた。
美味しいものって、幸せな気持ちになるんだなって改めて実感。
『続き・・・付き合って・・・くれる?』
自然に出た言葉。兄はそれに大きく頷いてくれた。

再び部屋にクラシカルなリズムが流れる。
お互いの顔を見つめながら刻むステップは、今までのが何だったのかと思うくらいピタリとあった。
多分、私が緊張しまくってただけだったのだろう。学校でも、さっきも。
初めて通しでちゃんと踊れた私に、ご褒美と言って頭を撫でてくれたのが何より嬉しかった。


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