その4 抱きたい背中

『ちなみ、お買物行って来てくれる?』
休みの昼下がり、母親から買物のご指名。まだ暑いし、何よりもお腹一杯食べた後なので動きたくない。
『そんなの・・・バカ兄に・・・』
と言いかけて、あるアイデアを閃く。そうだ、これなら自然だ。
母親から買物リストを受け取ると、兄の部屋へ行き、扉をノックする。

それは昨日読んだ日記の物語

[にぃにとじてんしゃれんしゅう ちなはにぃにのせなかがいい]

「ちなみ、お前の自転車まだ補助輪つけてるのか?」
『うん・・・』
「そろそろ、外しても良いんじゃないか?」
『め、めー・・・そんなの・・・まだ・・・はやい・・・』
「そうか?ちなみ位の子達が普通に乗ってるけど?」
『き、きのせい・・・きっと・・・ちゅうがくせい・・・とか・・・だよ』
「俺は保育園の年長で、すでに補助輪なかったけど?」
『そ、それは・・・にぃにが・・・へんたい・・・だから』
「変態関係ないから」
『と、とにかく・・・まだ・・・いいの・・・』
「ふ〜ん・・・怖いんだ」
『こわく・・・ないもん・・・』
「じゃぁ、練習しよう?」
『う・・・そ、それは・・・その・・・』
「やっぱり怖い?転ぶと痛いしね」
『こわいわけ・・・ない・・・ころばないし・・・いたくないし・・・』
「じゃぁ、見せてよ?」
『こ、これから・・・ぱんぱんまん・・・てれび・・・やるから・・・』
「はいはい、とにかく公園へ行きましょうね〜」
『ふぇ・・・は、はなすです・・・やだ・・・まって・・・にゃ〜〜〜・・・』

「はい、補助輪とれました」
『ふぇ・・・』
「じゃ、乗って見せてよ」
『・・・』
「そっか、やっぱり怖いんだ」
『そ・・・そんなこと・・・な、ないよ・・・』
「声、震えてない?」
『へ、へいき・・・なの・・・にぃに・・・かんちがい・・・めー・・・です』
「はいはい、乗った乗った」
『ぅ〜・・・』
「ほら、漕がないとすすまないぞ?」
『・・・』
「うりうり」
『にゃ、にゃぁ・・・ゆらしちゃ・・・めー・・・なの』
「じゃぁさ、お兄ちゃんが支えてあげるから。ちょっと漕いでみよう?」
『むぅ〜・・・』
「あ〜あ、補助輪取れたら、ちなみと二人で自転車でお出かけできると思ったのにな・・・」
『そ、そこまで・・・いうなら・・・ちょっとだけ・・・やってあげない・・・こともない・・・』
「よし、動かすよ?」
『ぜ、ぜったい・・・はなしちゃ・・・めー・・・だよ?』
「分かってるよ。ほらほら、漕いで」
『う〜・・・』
「スピード出てきたな・・・離すよ」
『やっ・・・め、めー・・・です・・・まって・・・』
「だーめ」
『ふぁ・・・や・・・ふぇぇぇ・・・』
ガシャーン
「お、おい、大丈夫か?」
『うぅ・・・いたいよぉ・・・』
「膝すりむいたか?ちょっと見せてみろ」
『ぐすっ・・・いたい・・・です』
「あちゃぁ・・・結構擦りむいたな。ちょっと待ってろ、いま手当てするから」
『ひっく・・・ふぇ・・・』
「お兄ちゃんが悪かったから、泣かないでよ」
『あふ・・・にぃにのせい・・・いたいの・・・ぜんぶ・・・ぐすっ・・・にぃにの・・・せい・・・』
「ゴメン」
『ふぇ・・・ふぇぇぇん・・・』
「ちなみ・・・」
なでなで
『ごめんなさい・・・なの・・・ぐすっ・・・ちな・・・のれないの・・・』
「いや、謝るのはこっちだから」
『にぃにと・・・じてんしゃで・・・おでかけ・・・できないの・・・ごめんなの・・・ふぇぇぇん・・・』
「いや、大丈夫だよ。お兄ちゃん、いい考えが浮かんだから」
『ぐすっ・・・いい・・・かんがえ・・・?』
「よし、一旦帰ろう?」
『ぐすっ・・・はい・・・なの・・・』

「どうだ?こうやって、ちなみをおんぶすれば、二人で出かけられるな」
『さいしょから・・・きがつけば・・・ちな・・・いたい・・・おもい・・・しなくて・・・すんだ』
「だから何度も謝ったじゃんか・・・ほら、飛ばすぞ?」
ぎゅっ・・・
「どうした?スピード速いか?」
『ん〜ん・・・だいじょうぶ・・・』
「じゃぁ、あの高い台の公園まで行くかぁ」
『はい・・・なのです』

「ぜぇ・・・はぁ・・・ぜぇ・・・はぁ・・・」
『にぃに・・・おそいよ・・・?』
「さ、坂道は・・・厳しい・・・お、降りて・・・歩かない?」
『・・・やだ』
「じゃ、じゃぁ、お兄ちゃんだけ歩くよ」
『(にぃにの・・・おんぶ・・・おりたく・・・ないもん・・・)』

「ふぃぃ・・・到着。み、水・・・」
『わぁ・・・きれい・・・』
「うん・・・?」
『おひさま・・・おれんじ・・・きれーなの』
「おっ、本当だ・・・夕日、綺麗だな」
『にぃに・・・』
「うん?」
『ありがと・・・なの』
「どういたしまして」
わしわし
『んにゃ・・・くしゅぐったいよぉ・・・えへへ・・・』


ノックした後、返事を待たずにドアを開ける。
いつも座っている椅子には姿がなく、代わりにベットの方から寝息が聞こえてきた。
覗き込むと、何とも気持ち良さそうな寝顔。
『お兄ちゃん・・・』
普段では恥ずかしくて言えないその言葉を口にしてみる。兄の顔が一瞬、嬉しそうに笑った気がした。
ずっと見ていたい気持ちを抑えて深呼吸。よし・・・やるぞ!
『バカ兄・・・起きろ・・・』
そう言って布団を剥ぎ取る。続けざまに、両肩を掴んで揺さぶる。
何度か揺さぶっていると、驚いた顔で目を覚ました。
「んぁ・・・ちなみ?晩飯か?」
『違う・・・お母さんが・・・買物・・・行って来いって・・・』
ぼんやりとした顔で言われた言葉の理解を始める兄。そんな顔も、とっても可愛く思えて仕方ない。
何度か瞬きをして、やっと意味が分かったらしい。
「あー・・・そうか。じゃぁ、着替えたら行くよ」

Tシャツ、Gパンのいで立ちで部屋から出てきた兄。
「じゃ、行ってくるよ」
そう言って、外へ出て自転車の準備をする。―――今だ!
兄がサドルに座った瞬間、荷台へ飛び乗る。
「わっ・・・ちなみ!?」
『バカ兄が・・・変なもの・・・買わないように・・・私も・・・ついていってやる・・・』
「それなら、お前が一人で行けよ」
『こんな・・・暑いのに・・・歩いて行けと・・・バカ兄は・・・人でなし・・・』
「はぁ・・・危ないから掴まってろよ」
そう言って漕ぎ出す。
『ちなは・・・にぃにの・・・せなかがいい』
聞こえないようにそっと日記に書いた事を呟く。
「・・・甘えん坊」
・・・あれ?聞こえてた?
照れ隠しに、いつも以上に強く強く兄を抱きしめる私でした。


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