その5 ドキドキ看病

目が覚めるとお昼をちょっと過ぎた頃だった。お腹もすいてないので、もう1度
寝ようと目を閉じる・・・けど、全然眠りが訪れる気配がない。
それもそのはず、朝からずっと寝たり起きたりを繰り返したからだ。
風邪で学校を休んだ私は、誰も居ない家で一人きり。なんだか、ちょっぴり寂しい気が
したので、ふらつく体で机の引き出しを開けて、昔の日記を取り出す。
暇つぶしと気分を紛らわせるために、思い出に浸ろうと適当なページを開く。

[かぜでおねんね おきがえどきどきなの]

偶然にも今の私と同じく、風邪を引いた日に書いたページ。
目を閉じて、深呼吸。1回、2回とするうちに、だんだんと10年前の私になっていく――

『・・・どーお?』
「37度か。大分熱が下がったね」
『じゃ・・・げーむ・・・やる・・・です』
「ダーメ。大人しく寝てないと治らないぞ?」
『む〜・・・もう・・・ねむくないもん・・・ひま・・・ひま・・・やー・・・です』
「それなら、ご飯食べよう?」
『・・・おなか・・・へってない・・・』
「じゃ、ゲームもダメ」
『ひどいです・・・にぃには・・・おに・・・あくま・・・へんたい・・』
「何とでも呼ぶがいい。お兄ちゃんはちなみが元気になるなら、何だってやるからな」
『ふ、ふ〜んだ・・・』
「そんな顔すんなって。ちなみが好きな事してやるから」
『すきな・・・こと・・・?・・・それ・・・なーに・・・?』
「こうする」
なでなで
『ふぇ・・・』
「どうだ?」
『べ、べつに・・・なでなで・・・す、すきじゃ・・・ないもん・・・』
「ダメか?」
『で、でも・・・にぃにが・・・なでなで・・・すきなら・・・させてあげなくも・・・ない・・・よ?』
「うん、お兄ちゃんはちなみを撫でるのが大好き」
『しょーがないな・・・まったく・・・にぃには・・・ふふふ』
「嬉しそうだな?」
『しょんなこと・・・ないもん・・・かんちがい・・・めー・・・です』
「あ、そうだ。汗かいただろ、お着替えするか?シーツも新しいのと交換してやるよ」
『ん〜・・・うん・・・おきがえ・・・するです』
「じゃ、シーツ持ってくるから。着替えておけよ」

ガチャ
「あれ・・・?着替えてなかったのか?」
『えっと・・・その・・・』
「どうした?」
『うごくの・・・たいへん・・・だから・・・にぃにに・・・おきがえ・・・させて・・・あげる』
「ったく、甘えん坊さんなんだから」
『か、かぜ・・・ひいてるから・・・しょうがなくだもん・・・あまえんぼう・・・ちがうもん』
「先にシーツ交換するから、布団から出て」
『・・・』
「ほら、早く」
『うごくの・・・たいへんなの・・・だから・・・』
「はいはい、じゃ抱っこしてやるよ」
『(ふふふ・・・おひめさま・・・だっこ・・・なのです・・・)』
「シーツを取り替えて・・・っと。着替えはそこの引き出しだよな」
『んと・・・はちみつ・・・くまさんの・・・ぱじゃまが・・・いいです』
「はいはい・・・これか」
『はやく・・・するです・・・にぃには・・・のろまさん・・・です』
「じゃ、脱がすぞ?」
『ドキドキ・・・』
「なぁ、何か顔赤いけど、熱上がったんじゃないか?」
『(にぃにに・・・はだか・・・みられる・・・から・・・どきどき・・・だから・・・かな?)』
「下手に着替えさせると余計に悪くなるのかな?」
『そ、そんなこと・・・ない・・・きのせい・・・』
「いやだって・・・ほっぺも熱いぞ?」
『む〜・・・それなら・・・はやく・・・おきがえ・・・させろ・・・です』
「分かったよ」
しゅる・・・しゅる・・・ぱさっ
『あ、あんまり・・・みちゃ・・・めーです・・・にぃにの・・・えっち』
「ちょ、この場合は不可抗力だって!それとも一人で着替えるか?」
『ひとりで・・・できないもん』
「じゃ、文句言わないの」
『にぃに・・・えっと・・・ぱんちゅ・・・も・・・お、おきがえ・・・したい・・・の・・・』
「え?いや、それはいくらなんでも・・・」
『やー・・・あせで・・・ぺたぺた・・・やー・・・なの・・・』
「しょうがないな・・・」
しゅるる・・・ぱさっ
『(ふぇぇ・・・はずかしい・・・にぃにの・・・まえで・・・はだか・・・どきどき・・・すぎ・・・)』
バタッ
「替えのパンツこれで・・・って、ちなみ?おい、ちなみ?しっかりしろ!」

『んに・・・あれ・・・?』
「やっと起きたか。急にぶっ倒れたから心配したぞ?」
『おきがえ・・・おわってる・・・』
「さすがに裸のままで寝せられないからな」
『なーんだ・・・がっかり・・・』
「何か言ったか?」
『な、なんでも・・・ない・・・きのせい・・・』
「そうか。あ、お腹減ってない?桃缶冷やしておいたんだけど」
『もも・・・もも・・・たべりゅ・・・』
「はい、あーん」
『あーん・・・もぐ・・・もぐ・・・』
「美味しい?」
『ちゅめたくて・・・あまあま・・・です・・・』
「そかそか」
『にぃに・・・』
「うん?」
『もも・・・たべおわったら・・・いっしょに・・・ねよ?』
「何で?」
『んと・・・にぃにだけ・・・げーむ・・・するの・・・ずるい・・・だから・・・いっしょに』
「そんな事言わないで、素直に側に居て欲しいとか言えばいいじゃない?」
『そ、そんなこと・・・ないもん・・・ただ・・・ずる・・・いくない・・・だけ・・・だもん・・・』
「はいはい、分かったよ。ほら、あーん?」
『あーん・・・』


玄関が開けられる音でふと気がつく。あれ・・・こんな時間に誰だろう?
日記を布団の下へ隠して、寝た振りをする。
ドアがノックされ、しばらくの間があって開く。
「ちなみ、大丈夫か?」
兄がひょっこり顔を見せる。まだ仕事の時間だと思うけど、どうしたんだろう?
今起きたとばかりの表情を作って、布団から顔を出し聞いてみる。
『ん・・・バカ兄?どうしたの・・・?』
「お前が気になってな、早退してきた。仕事も調度区切りが良かったし」
『え・・・?』
「父さんも母さんも忙しいみたいで、すぐに帰れなさそうって言ってたから。じゃ、俺がって」
『子供じゃないし・・・一人でも・・・平気・・・バカ兄は・・・やっぱり・・・大バカ・・・』
「そんだけ喋れれば十分元気になったって事だな」
『ふん・・・』
私の身を案じて早退してくるなんて、嬉しくてどうかなっちゃいそう。
でも、仕事の方が心配なんだけどな。私のせいでクビにでもなったら大変。
「そうだ、桃缶買って来たんだけど食べるか?」
私の心配をよそに、鞄から取り出した桃缶を見せて笑う兄。
はぁ・・・とため息をついて頷くと、台所の方へパタパタと歩いていった。
きっと兄の事だ、「あーん」とか言って食べさせてくれるのだろう。
想像しただけでもニヤけちゃう。
ついでに着替え手伝えって言ったらどんな顔するかな?
私だって、あの時と違ってそれなりの体つきになったし、生まれたままの姿を
見せたらどういう反応するかな?
その先のイケナイ展開をアレコレと妄想していると、やだ・・・凄くドキドキしてきちゃう。
再びドアが開き、ガラスの器に盛られた桃と共に兄が部屋へ入って来る頃、私の意識は
遠い所へ行ってしまったようです。
「なんだ・・・寝ちまったのか」
意識が完全に飛ぶ寸前、兄のそんな声が聞こえたような・・・。

目が覚めたら次の日の朝で、風邪はすっかりよくなっていました。はぁ・・・ガッカリです。


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