その6

今日は兄と二人きりでお出かけ。携帯のカメラで取った地図とにらめっこする私と
スコップを片手に心配そうに見守る兄。
「ちなみ、本当にさ・・・どこへ連れて行く気だ?」
『うるさい・・・黙ってろ・・・』
たどたどしい線と「たばこ」「あおいおうち」などと書かれた目印を町並みと重ねる。
はてさて、昔の私は一体どこへ私を連れて行きたいのだろうか・・・?

すっかり昔の自分の日記を読む事にはまった私。兄が日記を書くように薦めた時に言った
「素敵な物語」の意味がだんだん分かってきた。
でも、一気に読んでしまうのは勿体無いので、10年前の今日と同じ日付のを読む事に決めた。
いつもは数行の文章と絵で構成されている日記だが、めずらしく1ページ丸々使っていた。
そこには地図と思われる絵。そして、ページの上のほうにでかでかと記された黒い丸と
「たからもの」の文字。
本文は[にぃにとたからも]とだけ。宝物・・・一体なんだろう?
これはきっと、過去の私が今の私に仕掛けた挑戦。ならば、いつものように思い出に浸らず
正々堂々探し出し、掘り当ててあげないと。
日記を持ち歩く訳には行かないので、携帯のカメラで地図の写真を撮り、兄の部屋のドアを開けた。

そう意気込んではや1時間。最初の目印である「たばこ」が見つからない。
このままで見ればタバコ屋さんだろうけど、その場所と思われるところには普通のお家しかない。
『う〜ん・・・困った・・・』
「困った事があるのか?お兄ちゃんが相談に乗るぞ?」
しまった、ついつい声が出てしまった。兄をひと睨みして黙らせる。子供じゃあるまいし
道が分からないなんて、かっこ悪くて言えるはずないもん。
「ちなみぃ・・・喉渇いた。喫茶店にでも行って、パフェでもどう?」
『バカ兄は・・・公園にでも行って・・・水道水でも・・・飲んでろ』
「酷いな。折角奢ってやろうと思ったのに」
『こ、こんな・・・家の近くで・・・バカ兄とパフェなんて・・・いい笑いもの・・・』
「そうか?いつまでも仲良しだねって、むしろ好印象じゃね?」
『そ、そっちの方が・・・嫌過ぎる・・・ばかぁ』

もう高校生なのに、兄にべったりしてるなんて知られたら恥ずかしすぎる。
実の兄妹じゃないって分かってからは、意識しすぎちゃって余計に周りの目が気になってるのに。
たぶん、ご近所の人達はずっと前から知ってたのかな?
だったら・・・いずれ、兄と結婚しても「あぁ、やっぱりね」って思われる位で済むのかな?
け、結婚!?わ、私ってば何を考えて・・・で、でも・・・ずっと一緒に居たいっていうか・・・。
「おい、ちなみ?顔赤いけど大丈夫か?」
『ふぇ!?あ・・・あの・・・その・・・ち、違っ・・・そ、そういう意味じゃないから・・・』
「何が?」
『あ・・・な、何でもない・・・話しかけるな・・・』
「・・・分かったよ」
兄に心の中で5回くらい謝りながら、目印を探す。たばこ・・・たばこ・・・なんだろう?
画面を凝視していると、後ろからぬっと手が伸びて携帯が奪われる。
『こ、こら・・・勝手に・・・触るな』
「ったく、何見てるんだよ・・・地図か?」
『か、返せ・・・プライバシーの・・・侵害・・・訴えるぞ・・・』
「随分汚い字だけど・・・いつのだよ?」
『な、内緒・・・言う必要・・・ない・・・』
周囲と画面を交互に見渡し、ツカツカと歩いていく。慌てて後姿を追いかけると、急に立ち止まった
兄の背中に衝突した。
『ふぇぇ・・・バカ兄・・・痛い・・・』
「衝突された俺の方が痛いってーの。ほれ、たばこってあそこだろ?」
指差す先をみると、普通の家が建っていた。
「あそこ、昔タバコ屋だったんだよ。お婆ちゃんが亡くなって、建直す時に普通の家になったけどな」
『そ、そうなんだ・・・』
「お前、そのお婆ちゃん怖がってなぁ・・・よく走って通り抜けてたもんだぞ?」
『ふん・・・そんな昔・・・覚えてるはず・・・・ない・・・』
言われて見れば、そんなお婆ちゃんが居た気がしないでもない。でも、そういう嫌な記憶は
忘れる主義なので、覚えてなくて当然。えっへん。
そんなこんなで、1つ目の目印が分かった。地図の通り、そこを右に曲がる。
さて、次は「あおいおうち」だ。

携帯を奪い返して、町並みを見る。「あおいうち」だから、青い家。つまり、屋根が青い家なのかな?
『えっと・・・』
その通りには、青い屋根の家がちらほらとある。う〜ん・・・10年の間に増えたのだろうか?
「ほれほれ、次の目印は何だ?」
得意げに言う兄に甘えたい気持ちをぐっと抑えて、またひと睨み。私の、私による、私のための
宝の地図なんだから、自分で解かないとと意味無いんだもん。
しばらくふらふら歩くと、所々に錆びが浮いている青いトタンの倉庫が目に入る。
『バカ兄・・・これって・・・昔からあった?』
「ん・・・あぁ、そうだな。ちなみより年上かもな」
じゃ、ここを左に曲がる、と。自力で謎が解けた私は、その後も次々と目印を発見する。
「ぽすと」「さかや」「あかとあおのしましま」「でっかいおうち」「はし」
そうこうするうちに、やがて木々の鬱蒼とする山へ入る。
ここの頂上がどうやら目指す「たからもの」らしい。

頂上に到着して、眼下の風景を眺める。沈み行く夕日に照らされた町並みが、1枚の絵画のように
とても美しく思えた。
「おい、こっち来いよ。もっと良く見えるぞ?」
声の方を見ると、兄が高い木の太い枝の上に座っていた。
『ふん・・・何とかと・・・煙は・・・高いところ・・・が好きとは・・・よく言ったもの』
この年で木登りなんて・・・ましてや、登ろうとして滑ったり、途中で降りられなくなったら
それこそ恥ずかしい。でも・・・あの枝で兄と二人座り、夕日を眺めるなんて、まるで漫画に
でてくる恋人同士。いいかも・・・って思った瞬間には、いそいそと木登りを始める私がいた。

『もっと・・・そっち行け・・・狭い』
ようやく登り終え、兄の横に座る。大人が二人も座っているので、枝は動くたびにミシミシと
音が鳴った。このシチュエーションは嬉しいけど、やっぱり怖い。
その時、急に強い風が吹いた。私は慌てて近くの物を掴み、強く目を瞑る。
やがて風が収まり、目を開けると・・・えぇ!?
「ちなみ、大丈夫か?」

慌てて掴んだのは、兄の腕。顔を上げると、私を心配そうに見つめていた。
『だ、大丈夫に・・・決まってる・・・これしき・・・なんとも無い・・・』
今の格好が急に恥ずかしく思えて、思わず照れ隠し。でも、このままで居たいので
ちょっとだけ・・・素直になってみようかな?
『また・・・風が吹くと・・・危ないから・・・しばらく・・・このまま・・・ね?』
頭を兄の肩の上に乗せて、二人で町並みを眺める。とても幸せな気分に包まれていく。
宝物って・・・この事か。

夕日が沈みきったのを二人で確認した後、木から下りた。
帰ろうとする私の後ろで、土を掘り返す音がする。振り返ると、兄がスコップを振るっていた。
『何・・・してるの・・・?』
「宝物を回収しにきたんじゃないのか?」
『な、何で・・・分かった・・・?』
発掘作業をしながら、兄が答える。
「そりゃお前・・・一緒に埋めたからに決まってるだろ?」
その言葉の直後、金属同士のぶつかる音。急いで駆け寄ると、薄汚れた銀色の箱が埋まっていた。
箱を丁寧に取り出し、ふっと息を掛ける。蓋にはマジックで「ちなとにぃにのたからもの」と書かれていた。
「開けるぞ?俺も何入れたか忘れちまったからな。ドキドキだよ」

お風呂に入り発掘作業の疲れと汚れを落とすと、ベットに寝っ転がりながら宝物を見つめる。
『どうりで・・・見つからない・・・訳だ』
私が入れたお宝は、指輪。兄がお祭りの時に、結婚指輪だぞって左手の薬指にはめてくれたもの。
指輪を握り締め、そっと目を閉じ、当時の私と同化する――

「俺は、100点の答案を埋めるか。将来掘り出したら、自慢できるしな」
『じゃ・・・ちなは・・・これ・・・』
「それ入れちゃうの?」
『だって・・・ちな・・・まだ・・・けっこん・・・できる・・・としじゃない・・・』
「てことは、その指輪を買ってあげた俺と結婚したいの?」

『ち、ちがう・・・そんなわけ・・・ない・・・にぃにと・・・なんて・・・いやすぎ・・・』
「じゃぁさ、将来お兄ちゃんに彼女がいなかったら頼むよ?」
『にぃに・・・かのじょ・・・できるわけ・・・ない・・・もう・・・けってい・・・と・・・おなじ』
「酷いな。ちなみに迷惑掛けないように頑張るからさ?」
『・・・』
「どした?」
『あ、あんまり・・・がんばらなくて・・・いいよ?』
「どういう意味?」
『が、がんばっても・・・むだな・・・どりょく・・・だから・・・それだけ・・・だからね?』

私は飛び起きて、お風呂上りの兄を捕まえ、尋ねてみる。
『バカ兄・・・今・・・彼女・・・いる?』
ちょっと驚いた顔をした後、満面の笑顔で答える。
「居ないよ。無駄な努力はしたくないから・・・ね?」
そう言いながら私の頭をわしわしと撫でる兄を、ただただ睨む事しかできなかった。
多分・・・今の私は、お風呂上りの兄よりも顔が真っ赤なんだろうな。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system