その7 虹の向こうへ

突然降り出した雨に追われて、走って家に帰る。天気予報の降水確率20%を甘く見て
傘を持って行けと言ってくれた兄をバカにした過去の自分が恨めしく思う。
ようやく家に帰り着いた頃にはすでに全身ずぶ濡れ。制服を脱ぎながら、バスタオルを取りに行く。
『はぁ・・・下着まで・・・ぐっしょり・・・最低』
誰も居ない家でぼそりと呟くと、何故だかより一層寒く感じる。早く着替えて暖まらないと。
濡れた制服をハンガーに掛け、シャツや下着を洗濯籠へ投げ込む。後でお風呂に入るから、とりあえず
下着だけ新しいのを着て布団に潜り込む。
裸のままでも良かったけど、ちょっとだけ乙女の恥じらい。下着だけってのもあんまり変わらないけど。
枕元に置きっ放しだった、昔の日記帳から今日と同じ日付を探す。

[にぃにと にじのむこうへ だいぼうけん]

今回は冒険活劇らしい。
目を閉じて耳を澄ます。時計が時を刻む毎に、1年、また1年と過去へ遡り、あの頃の私に戻っていく―

「おい、ちなみ。窓の外を見てみろよ?」
『む・・・わぁ・・・』
「綺麗な虹だな」
『きれー・・・あ・・・そうだ・・・にぃに・・・』
「うん?」
『ぼうけんに・・・いくです・・・』
「冒険って・・・どこへ?」
『にじを・・・わたって・・・むこうがわへ・・・』
「い、いや、虹は渡れないから」
『きょう・・・せんせいが・・・よんでくれた・・・ほん・・・にじ・・・わたってた・・・』
「それはお話の世界だから」
『そうやって・・・ちなに・・・うそいう・・・にぃに・・・きらい・・・』
「わ、分かったよ。じゃぁ、ちなみの気が済むまで付き合うから」
『さいしょから・・・そういえば・・・いいです・・・まったく・・・にぃには・・・おとこらしくない』
「どこでそういう言い方覚えてくるかな?はぁ・・・まぁ、いいけどさ」

『それでは・・・しゅっぱつ・・・なのです・・・』
「おー」
『えっと・・・にぃには・・・ゆうしゃ・・・ね』
「え?俺が勇者でいいの?」
『ちなは・・・そうりょ・・・』
「それ、俺がさっきまでやってたドラ○エ3じゃねーか。あとの2人はどうするの?」
『せんしの・・・ぱぱと・・・まほうつかいの・・・ままは・・・ふたりとも・・・おしごと・・・』
「そこはリアルだな」
『だから・・・しょうがない・・・ふたりで・・・ぼうけん・・・なのです・・・』
「じゃ、早速虹に向かって行くか」
ぎゅっ
『ふぇ!?・・・て・・・つないじゃ・・・めー・・・なの・・・』
「え?途中で迷子になったら困るだろ?」
『そうりょは・・・ゆうしゃの・・・うしろ・・・あるくの・・・だから・・・めー・・・』
「そこはゲームに忠実なのか」
『で、でも・・・にぃにが・・・どうしても・・・って・・・いうなら・・・がまんして・・・あげる』
「じゃぁ・・・どうしても?」
『ふん・・・あまえんぼうの・・・ゆうしゃには・・・こまたものです・・・しょうがないなぁ・・・』
「じゃ、改めに出発って事で」
『はい・・・なのです』

「折角だから、川辺を歩こうか?」
『にぃに・・・てき・・・でてこないよ・・・?』
「敵?いや・・・それは・・・あ、そうだ。まだ町の中だからだよ」
『つーまーんーなーいー・・・にぃに・・・てき・・・よぶです・・・』
「何で?平和でいいじゃん」
『めー・・・です・・・にぃにが・・・けがして・・・ちなが・・・かいふく・・・する・・・』
「・・・さっき敵がでなくなる魔法かけたんだよ。早く虹の向うへ行きたいじゃない?」
『む・・・たしかに・・・まだ・・・まじっくぽいんと・・・おんぞん・・・するべき・・・です』
「虹の向こうにどんな敵がいるか分からないからな?」

『む・・・てき・・・いた・・・』
「え?どこ!?」
『あれ・・・まどはんど・・・ほっとくと・・・なかまよぶ・・・はやく・・・たおすです』
「・・・いや、あれは単なるゴム手袋だな」
『にぃに・・・はやく・・・こうげき・・・こうげき・・・』
「わ、分かった。じゃ・・・蹴って道路の隅っこに寄せておくか」
べしっ
「これで良いか?」
『ぷぷっ・・・てぶくろ・・・けってる・・・にぃに・・・へんなひと・・・』
「お、お前!攻撃させておいて、そう言うか」
『あはは・・・にっげろー・・・です・・・』
「こ、こら!待てーーー!!」

「・・・」
『ふに・・・はぁ・・・はぁ・・・』
「大丈夫か?」
『らいじょうぶ・・・ぼうけん・・・つづける・・・です・・・』
「まだ歩けるか?」
『・・・にぃに・・・ちゅかれた・・・きゅーけー・・・するです』
ぺたん
「んじゃ、ちょっと休もうか」
『にじ・・・ぜんぜん・・・ちかくならない・・・』
「虹の向こうにさ、何で行きたいの?」
『んと・・・にじの・・・むこうに・・・ねがいの・・・かなう・・・ほうせき・・・あるです』
「あ〜、何か俺もその本読んだ事あるかも。たしか、病気の母親治す話だっけ?」
『そうです・・・ちなも・・・おねがい・・・かなえてほしい・・・です』
「どんなお願い?」
『えっと・・・な、ないしょ・・・なのです』
「えー?」
『(にぃにと・・・ずっと・・・いっしょに・・・いたいって・・・はずかしくて・・・いえない・・・)』

「ん〜・・・まぁどんなお願いかしらないけどね、それはその宝石じゃなくても叶うんじゃない?」
『ふぇ?』
「神様って意地悪だからさ。自分で叶えられるお願いの時は、虹に近づかせてくれないんだよ」
『・・・』
「俺達がたどり着けないって事は、自分で頑張って叶えろって事じゃないかな?」
『ふ、ふん・・・そんなの・・・いわれなくても・・・わかってるもん』
「ちはみは頭良いから分かってたよな?でも、ちょびっと楽したいって思っただけだもんな?」
『・・・ほうせき・・・さがすの・・・やめ・・・じぶんで・・・かなえる・・・』
「そっちの方が何倍も面白いよ」
『にぃに・・・』
「うん?」
『かっこわるいくせに・・・かっこつけ・・・いくないよ?』
「まぁ・・・自分で言ってて恥ずかしかったよ」
『おうちへ・・・かえるです・・・ぼうけん・・・おしまい・・・』
「よし、帰る・・・って、何で服の裾を掴む?」
『にぃには・・・ゆうしゃから・・・たくはいびんに・・・てんしょく・・・』
「ちょ、まさか・・・」
『たくはいびん・・・ちなを・・・べっとまで・・・はこぶです・・・これが・・・しごと・・・』
「素直に抱っこって言えばいいのに・・・ほら」
『これも・・・おねがい・・・かなえる・・・ため・・・しょうがなく・・・だよ?』
「どんなお願いなんだよ?」
『な・い・しょ・・・なのです』

目を開けると布団の中でにぃに抱きしめられていた。ちゃんと運んでくれたんだ・・・偉い偉い。
こっちからも、ぎゅっと抱きしめて、頬擦り。・・・大好きなにぃにの匂いがする。
『にぃに・・・』
そう呟くと、髪を梳かれるように優しく撫でられる。その気持ちよさで、自分でもわかる位
思わず顔がほころぶ。ずっとこうしてて欲しいなぁ。
『えへへ・・・ちな・・・にぃにの・・・なでなで・・・大好き』
「そうか・・・」

顔を上げて、にぃにを見ると・・・あ、あれ?
「おはよ。やっと起きたか?」
さっきまでのにぃにとは違って、兄がそこに。
冷静に今の状況を考えると・・・えぇぇ!?
『ば、バカ兄・・・なんで・・・こ、ここに!?』
「いや、さっきからご飯出来たって呼んでるのに、全然こないから。様子を見に来たんだよ」
『だ、だからって・・・布団の・・・中に・・・入ってくるなんて・・・』
「何か寒そうに震えてたからさ。風邪でも引かれたら困るから、暖めてやろうかと」
そう言われて、体の芯が急激に熱くなるを感じた。つまり・・・つまり、ずっと兄に抱きしめらて
それとは気がつかずに、こっちから抱きしめたり、頬擦りしたり・・・にぃにとか言っちゃたり!?
『ぅ・・・ぁ・・・へ、変態・・・痴漢・・・バカ!・・・で、出て行け・・・・』
あまりの恥ずかしさに、思いつく限りの言葉で罵倒。思わず投げた枕は兄の顔面を綺麗に捉えた。
「いてて・・・悪かったよ。め、飯できてるから・・・風呂先でもいいけど・・・早めにな?」
バタンとドアを閉める音と共に、部屋には再び静寂が訪れる。
思い返すだけで・・・凄く恥ずかしい。でも、普段では出来ないから・・・ちょびっと嬉しいかも。
とりあえず、冷めないうちに兄の料理を食べようかと布団の外へ出て再度驚きの声を上げる。
だって・・・私、下着姿のまま。この格好で兄と・・・?
再び布団に潜り込み、嬉し恥ずかしでゴロゴロする。

その後しばらく、兄の顔を直視できなかったんだから・・・。


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