その8 変わらぬ約束

お昼休みは、学校での数少ない楽しみの時間の一つ。いつもの面々である千佳ちゃん、望ちゃん、霞ちゃん
と机を寄せ合ってお弁当を食べたわいも無い話に花を咲かせる。
私はあまり話すのが得意ではないので、殆ど聞いてるだけだけど。
鞄からお弁当を取り出して、包みを解き、ドキドキしながら蓋を開ける。
今日のおかずは・・・魚の照り焼き、玉子焼き、野菜炒め、きんぴらごぼう。
『ちなみのお弁当、なんか熟年夫婦の愛妻弁当みたいだね』
『ふ、夫婦とか・・・言われても・・・困る・・・作ったの・・・バカ兄だし』
望ちゃんの言葉がちょっと恥ずかしい。兄と夫婦なんて・・・そんな事言われたら照れちゃう。
それに・・・愛妻じゃなくて、愛夫だし。愛夫・・・何て読むんだろう?あいふ?あいおっと?
玉子焼きを頬張ると一杯に広がる甘みに、おもわずニンマリ。私の好みどおりに作ってくれたんだ。
『おーおー、幸せそうな顔して。そんなに美味しいか』
『そ、そんな事・・・ない・・・美味しくないけど・・・捨てるの・・・勿体無いから・・・食べてるだけ』
『嘘付け!』
3人が一斉に笑い出す。私・・・そんなに幸せそうな顔してたのかな?

「あの・・・別府さん」
お弁当を食べ終わり、帰りに新しく出来た雑貨屋に行ってみようか?と話をしている所で
ふいに声を掛けられる。振り向くと・・・知らない男子が立っていた。
「僕は隣のクラスの小和田っていいます」
そう言いながら、胸に着けている名前が刻まれたバッチを見せる。
『私に・・・用事?』
「はい」
何かを言い出せないような感じで俯いたまま。やがて、何かを決意したのか顔を上げて口を開いた。
「こ、今度の土曜日の・・・花火大会。僕と一緒に行きませんか?」
もうそんな時期だっけ。毎年、夏の終わりに・・・過ぎ行く夏を惜しむように行われる花火大会。
私が覚えてる限りずっと前から続いてる。確か今年で23回目とか・・・だったかな?
「も、もしかして・・・誰かともう約束しちゃった・・・とか?」
その言葉でふと我に返る。
『約束・・・あるよ』
私の言葉で驚いた顔になるが、気を取り直したのか身を乗り出してさらに質問を重ねてきた。
「それなら、僕もクラスの奴連れて行くから。みんなで行かない?人数多い方が楽しいよ」
正直、大人数で何かするのは好きじゃない。ただでさえ会場は人が多いのに、そんな人数で行っても
楽しめる訳無いし。
『ごめん・・・好きじゃないから・・・』
そう言うと、彼は絶望に満ちた顔になり、くるりと背を向けトボトボとドアの方へ歩いていった。
完全に姿が見えなくなるや否や、千佳ちゃんと望ちゃんがニヤニヤしながら口を開いた。
『ちなみさん、ちなみさん、モテますねぇ』
『しかも、フッちゃうなんて・・・小和田、おわったって感じ?』
『モテる・・・?ふる・・・?何のこと?』
互いに顔を見合わせて、驚きの表情。
『ちょ、それ本気で言ってるの?』
『うん』
『花火大会に一緒に行こうなんて、告白されてるのと同じよ!常考よ、常考!!』
『え・・・そうなの?』
『じゃ、好きじゃないって何?小和田が好きじゃないって事じゃないの?』
『大人数で・・・何かする事・・・あと・・・知らない人と・・・話したり・・・する事』
口々に『鈍感』とか『にぶちん』とか『にぶちんのちなみ、略してにぶちなみんよ!』とか言われた。
なんか凄く失礼・・・。あと、にぶちなみんは略になって無いと思う。
『そういえば、約束って何?もしかして、うちらに隠して彼氏いたりする訳じゃないでしょうね?』
『花火大会は・・・毎年・・・バカ兄と・・・一緒に・・・行ってる』
『またお兄ちゃんか』
はぁ・・・と深いため息をつく二人。ずっと黙って霞ちゃんが小声でささやく。
『ちなみちゃんって・・・怪しいって思ってたけど、もしかしてお兄ちゃんラヴ?』
その言葉でボッと体が熱くなる。図星だけど、世間的には変な人なので、慌てて否定する。
『ち、違う・・・バカ兄は・・・一緒に行く相手も居ない・・・可愛そうな奴だし・・・それに・・・
 すぐ迷子になるし・・・だ、だから・・・毎回・・・私が・・・犠牲・・・ボランティアとして』
クスクスと笑いながら、手を振る。
『そうやって、ムキになって否定すると余計怪しまれるよ?』
『だ、だって・・・違うもん・・・本当だもん・・・』
『別に隠さなくてもいいじゃない?私は弟大好き星人だし』
どうやら霞ちゃんは、地球人じゃなかったようだ。
『アイツもねぇ、お姉ちゃん、お姉ちゃんってさ・・・鬱陶しいんだけど、可愛くて可愛くて。
 だから、ついつい苛めちゃってね?それでも大好きって言われると、もうとろけちゃいそうなの』
心だけ自分の星にご帰還なさった霞ちゃんを一人残し、示し合わせたように私達3人は席を立つのであった。
『この前、朝起こしに行ったら、違う方が起きててね?それを足・・・って、あれ?みんなどこ行ったの?』

家に帰り、引き出しから昔の日記を取り出す。いつから一緒に花火大会行くようになったんだっけ?
ぱらぱらっとページをめくる。あ、あった・・・これだ。

[にぃにとはなびたいかい これからずっといく わすれたらだめ]

「ちなみ、今日花火大会あるけど・・・行く?」
『はなび・・・たいかい・・・?』
「すっごい大きな花火がいっぱい上がるんだよ。屋台もでるし」
『おおきい・・・はなび・・・にぃにより・・・おおきい?』
「そりゃもう、お家よりおおきんじゃないかな?」
『ふ〜ん・・・すごいね・・・』
「あれ?あんまり興味なし?」
『にぃにが・・・どーしても・・・いっしょに・・・いってほしいって・・・いうなら・・・かんがえる』
「ん〜・・・人多いしな。止めとこうか?」
『め、めー・・・それは・・・めー・・・です』
「行きたくないのに、無理しても楽しく無いだろう?」
『その・・・えっと・・・』
「お兄ちゃんは、ちなみがどうしても行きたいって言うなら連れて行ってもって思ったんだけどな」
『に、にぃにと・・・いっしょなんて・・・いやすぎ・・・いきたい・・・わけ・・・ない・・・』
「じゃ、お家でゲームでもしてようか」
『む〜〜・・・めー・・・なの!』
「何が?」
『にぃには・・・どうしても・・・いきたいって・・・いわなきゃ・・・めー・・・なの』
「いや、俺さ、人ごみ苦手だから」
『ぐすっ・・・はなび・・・みたいの・・・だから・・・ふぇぇ・・・・ふぇぇぇぇん・・・』
「ほら、素直に言わないと、連れてってあげないぞ?」
『ちな・・・ぐすっ・・・おっきな・・・はなび・・・ひっく・・・みちゃい・・・れす・・・』
「良く言えました。偉いぞ?」
なでなで
『うみゅ・・・えへへ・・・』
「それじゃ、浴衣に着替えようか?」
『あ、あの・・・えっと・・・』
「分かってるよ、お着替え手伝えって言うんだろ?」
『ひ、ひとりじゃ・・・きれないから・・・しょうがなく・・・だから・・・ね?』


「いやぁ、すっげー綺麗だったな」
『ひゅ〜・・・どん・・・ぱらぱら・・・なのです』
「人ごみも、ちょっと場所変えれば気にならなかったし。行ってよかった」
『ふん・・・ちなに・・・かんしゃ・・・しろ・・・です』
「はいはい」
『む〜・・・てきとう・・・いくない・・・』
「え?」
『さっきの・・・しかえし・・・ちゃんと・・・いわなきゃ・・・にぃに・・・おいていく・・・です』
「ったく・・・。ちなみ、ありがとうな」
『そ、それだけじゃ・・・めー・・・です・・・からだでも・・・あらわさないと・・・ゆるさない』
「ったく・・・これでどうだ?」
ふわっ
『ふぇ・・・ぁ・・・お・・・お・・・』
「お姫様抱っこ」
『お、おろす・・・です・・・は、はずかし・・・』
「だーめ。つか、普通の抱っこは良くて、お姫様抱っこは嫌なの?」
『だ、だって・・・だって・・・』
「どうした?顔真っ赤にして、目潤ませて」
『めー・・・かお・・・みちゃ・・・めー・・・なの!だから・・・やー・・・なの・・・』
「あはは、そうかそうか、顔見られるの嫌なんだ。じゃ、見ないようにするから・・・良いだろ?」
『そ、そこまで・・・いうなら・・・だっこ・・・させて・・・あげなくもない・・・かも』
「では、お姫様。お城までお送りしましょう」
『うむ・・・くるしゅーない・・・よきに・・・はからえ・・・です』
「ノリノリだな」
『・・・にぃに』
「何だ?」
『また・・・いっしょに・・・いこう?』
「そうだな。来年もまた来ような」
『らいねん・・・だけじゃ・・・めー・・・つぎも・・・そのつぎも・・・ずっと・・・だよ?』
「ちなみは、お友達とかとは行きたくないの?」
『んと・・・にぃにが・・・ひとり・・・かわいそう・・・だから・・・ちなが・・・つきあってあげる』
「そっか。じゃぁ・・・約束、だな」
『やくそく・・・やぶったら・・・・はり・・・せん・・・ぼん・・・ぷくぅ・・・くぅ・・・』
「・・・寝ちゃったか。まったく世話の焼けるお姫様だな」

日記をパタンと閉じて、天井を仰ぎ見る。そっか、もう10年も一緒に行ってたんだ。
兄も、よく約束守って付き合ってくれてるもんだ。そう考えると、もっと兄の事が好きになっちゃう。
ふと、玄関のドアが開く音―兄が帰ってきたようだ。部屋を出て、階段の上で待ち構える。
何も知らずに登りきったところで、思いっきり抱きつく。
「うわぁっ・・・ちなみ?何してるんだよ?」
『強いて言えば・・・突き落として・・・保険金・・・ゲット・・・計画・・・』
「笑えない冗談言わないの」
2度3度と頭をなでなでした後、私を引きずったまま部屋へ歩きだす。
「そういえばさ、今度の土曜日は?」
そう聞く兄に、満面の笑みで答える私。
『バカ兄が・・・一人で・・・可愛そうだから・・・付き合ってやる・・・感謝しろ?』


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