おまけ エピローグ 

桜のつぼみが膨らみ始めた3月上旬。教室内はいつになくざわめいていた。
それもそのはず、今日は卒業式。待ちに待った卒業式。
穏やかな日差しを浴び、私は名残惜しむクラスメイトを横目に帰り支度をする。
そんな私の周りを、結局3年間ずっと一緒だったいつものメンバーが取り囲む。
『ちなみん、写真とか撮らないの?』
『ん・・・私・・・これから用事があるから・・・』
『うわ、つれないなぁ。もう会えない人もいるかもだよ?』
『ちょ〜っと、私達よりも大切な用事があるって訳?』
『えっと・・・ゴメン・・・』
ふぅ、とため息をつく3人。
『そういえばさ、ちなみん。進路って決めたの?』
『だよね?どこも受験しなかったんでしょ?』
『わ、私・・・就職・・・するから・・・これから・・・手続きに・・・行くの』
『え?そんな話聞いてないよ?どこの会社?』
『会社じゃなくて・・・その・・・何て言うか・・・』
『ん?やけに歯切れが悪いわね・・・もしかして、人に言えないような仕事?』
『大丈夫だよ!うちらの仲じゃない?正直に話してごらん?』
『・・・』
追求されると・・・やっぱり恥ずかしい。
でも・・・この3人になら話しても良いかな、と思った。何だかんだ言いつつも、ずっと一緒だったから。
『えっとね・・・私の進路は・・・』
『進路は?』
真剣な表情で見つめる3人。そんな真剣になられても困るんですけど。
『実は・・・お嫁さん・・・旦那の・・・元に・・・永久就職・・・です』
ぽかーんとする3人。
いち早く気を取り直した霞ちゃんが、私の両肩を掴んで問い詰める。
『相手は!お兄ちゃんでしょ!』
『も、元・・・お兄ちゃん・・・です・・・』
『あ〜、羨ましい!実は養女だったなんて、お話みたいじゃないの!私だって血が繋がってなったら』
そう言って、自分の世界に突入してブツブツと何かを言い始めた。
その様子を尻目に、望ちゃんはニヤニヤしていた。
『そうね・・・男に興味なさそうだから怪しいと思ってたんだけど・・・ねぇ、千佳?』
『まぁ、いっつもバカ兄がバカ兄がって・・・あ、2年の時からはバカタカシだっけ?』
クリスマスの後、離縁の手続きをして私は晴れて別府ちなみから元の柊ちなみに戻った。
まぁ・・・住む所は変わらなかったし、またこうして別府ちなみに戻る訳だし
自分としては何も変わるつもりもなかったが、クラスのみんな―特に霞ちゃんは驚いていた。
『ずるい!つまり法的にも結婚して、こ、子供作れるって事じゃないの!』
『べ、別に・・・あんなのと・・・結婚とか・・・ましてや・・・こ、子作りなんて・・・』
『私も家に帰って確認しなきゃ。アイツと本当に姉弟なのか』
そんなやり取りも、今となっては懐かしい。
時計を見ると、言っていた時間より大分過ぎていた。
『ゴメン・・・もう・・・行かなきゃ・・・だから』
親友に見送られ教室を後にする。

正門前でタカシさんと落ち合う。
「随分時間掛かったな」
『卒業式・・・別れを惜しむのに・・・時間が掛かって・・・当然・・・』
「ま、そうだな」
そう言って歩き出す。
「でもさ」
タカシさんが振り返って話始めた。
「本当にいいのか?もう少し待っても変わらないと思うけど?」
『それは・・・何度も・・・話し合った・・・今更・・・何を言ってる?』
「でもさ、進学とか」
『しつこい・・・そんなに・・・嫌なの?』
「だから、違うって」
私の進路については、ずっともめていた。
離縁の手続きが完了した時点で結婚したかった私と、ちゃんと大人になるまで待てと言うタカシさん。
私は就職も進学もする気はなかった。早く二人だけの新婚生活を始めたかったから。
ずっと一緒に暮らしていたから、新婚と呼べるかは疑問だけど。
タカシさんは別の考えで、結婚しても仕事も学校へも行ける訳だから、そっちをまず決めろと。
勉強は好きじゃないし、仕事なんかして一緒にいられる時間を減らすのも嫌だった。
だから二人の妥協点―卒業するまで待つ、という事で話がついた。
『もう・・・知らない』
ちょっと怒った振りをしてみる。大抵はこうするとタカシさんから折れてくれる。
「わ、悪かったよ。もう言わないから・・・な?」
ほらやっぱり。内心嬉しくてしょうがない。
だからもっと意地悪してやりたくなる。
『じゃ・・・ここで・・・キスして?』
「え?」
『できなないの・・・?それなら・・・許して・・・あげない・・・から』
「分かったよ」
そう言って・・・ずっと毎日のようにしてくれてるキスをする。
甘い痺れに酔いしれていると、後ろの方から声が聞こえた。
『ちなみ〜ん!惚気てるんじゃないわよ!』
『お幸せにね〜〜〜!!』
『結婚式には呼んでよね〜〜!!』
千佳ちゃん、望ちゃん、霞ちゃんが大声で手を振る。
ちょっと恥ずかしくなりながらも、タカシさんと一緒に手を振る。
そして見つめあいながら
「んじゃ、行こうか」
『書類・・・忘れてない・・・よね?』
「当たり前・・・あ、あれ?」
『嘘・・・信じられない・・・』
「な〜んてな、ちゃんと持ってきたよ。婚姻届」
『う・・・騙したな・・・』
「あはは、仕返しだよ」
『この・・・本当に・・・バカなんだから・・・』
そんなやり取りをしつつ、役所へ向かうのでした。

呼ばれて現実の世界に引き戻される。
振り返ると、ドア口に女の子が立っていた。
『ママ、パパから連絡はないの?』
ぼ〜っとしている頭を整理する。
夕食の支度を済ませて、帰りを待つ暇つぶしに昔の日記を読み始めたんだっけ?
携帯電話を見ると、メールの着信を示す緑色のランプが点滅していた。
『あ・・・パパから・・・連絡あったみたい・・・ちょっと待ってね』
携帯電話を操作して、メールを見る。
『パパ、何だって?』
『うん・・・もうすぐ・・・帰ってくるって』
そう言うと、ぱっと顔が明るくなる。
『そ、そうなんだ。もっと遅くなればママと二人で食事できたんだけどな〜、残念』
口ではそういいつつ、そわそわする我が娘。
まったく、似なくていい所まで似ちゃうから・・・困ったもの。
ガチャと玄関のドアが開く音がした。
その音を聞くや否や、娘は凄い勢いで走っていった。
『パパ!遅いじゃないの!』
「ゴメンゴメン、仕事が長引いちゃって」
『そう言って言い訳して・・・本当にダメなパパね』

私も遅れて玄関に向かう。
「あ、ちなみ。ただいま」
『遅い・・・ご飯冷めた・・・』
「いや、悪かったよ」
『早く・・・着替えろ・・・まったく・・・』
内心帰って来て嬉しい私もまた、素直にお帰りが言えないのは変わらない。
部屋で着替えを手伝っている私の手をタカシさんがとる。
『何・・・?』
ニコリと昔と変わらない笑顔で指輪をはめた。
「今日、結婚10周年だろ?感謝とこれからもよろしくの気持ち」
『ふん・・・この位・・・当然・・・』
白く光る指輪を眺め、嬉しさとは逆の言葉が出る。
「ちなみ・・・」
『ん・・・』
私が素直になれないときには、決まってしてくれるキスは結婚してからずっと続けている。
『ばか・・・いきなりなんて・・・』
「ゴメン。でもちなみだって・・・」
『指輪・・・ありがとう・・・嬉しい』
『あのさ・・・私、お腹ぺこぺこなんだけど?』
冷ややかな娘の視線で恥ずかしさがこみ上げてきて体の芯から熱くなる。
『い、今のは・・・パパが・・・無理やり・・・』
「あはは、ゴメンね?かなみにもちゅーしてあげようか?」
『だ、誰がパパとなんて!』
「じょ、冗談だって。怒るなよ」
『冗談で言ったの!?何よ・・・パパのばかぁ!』
『はいはい・・・早く・・・ご飯・・・食べましょ?』
二人を促して台所へ向かわせる。
私からは指輪は無理だけど、腕によりをかけて精一杯のご馳走に『感謝とこれからもよろしくの気持ち』
を込めて用意したんだもの。
ちゃ〜んと味わってもらわないとね。

結婚記念日の宴も終わり夜も更けた頃、私は今日の事を日記に綴っていた。
この日記も、10年後、20年後の自分が読む事になるのだろう。
その頃の自分はどんなだろう・・・かなみはもう大学生かな?
タカシさんは病気せずに、元気にしてるかな?
その時の自分の為に、今できる事は精一杯やろうと改めて思う。

とりあえず・・・少しでも素直になれるように。
まずは『おかえりなさい』が言えるようにならないと・・・かな?


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