第1話:『ボクっ子な小悪魔』

何とか頭の粉を払い終えると、タカシは話し始めた。
タ「えっと、先ずは自己紹介しますね。僕の名前は別府タカシ。一応この学校のOBです」
タ「趣味は・・・」だが彼の続きの言葉はさえぎられる事となった。
か「そんな事はどうでもいいです」
か「さっきも言いましたが授業の時間を無駄にしないでいただけませんか?」
そういったのはタカシに一番刺々しい言葉の数々を浴びせた子だった。真面目そうな、気の強そうな子だった。
タ「えっと・・・(教壇の上の座席表を見る)椎水かなみさんか。でも自己紹介だし・・・」
か「名前だけいえばいいんです。誰も先生のプライベートになんか興味持ってませんから」
怒濤の様な毒舌にタカシは黙らざるを得なかった。
タ「わかりました・・・それではこの辺にしておきましょう。でも、1つ聞いておきたい事があります」
タ「この黒板消しを仕掛けたのは誰ですか?」すこし厳しい口調で言ってみる。このまま舐められてはいけないと思ったのだ。
だが、予想とは反し、すぐに犯人はわかった。
梓「僕だよ〜♪」最初にタカシに暴言を吐いた子だった。何処となく子猫を思わせるような、活発な雰囲気のする子だった。
タ「えっと、小久保梓ちゃんか。・・・なんでこんな事をしたんだい?」タカシは怒りを抑え勤めて優しい口調でたずねた。
梓「したかったから。それにお約束だし〜♪」悪びれる様子も泣くいけしゃあしゃあと彼女はのたまった。
タ「・・・そんな理由にもなってない理由で?」タカシは自分の顔が引きつるのがわかった。

梓「何こんな事でそんなに怒ってんのさ〜たかが生徒のカワイイ悪戯じゃん?大人気ないぞ〜♪」
事の元凶のこの物言い。さすがのタカシの額にも青筋が浮かぶ。
タ「キミネェ・・・」タカシが拳を握り締める。僅かだがその手は震えていた。
梓「わ。ぶつ気?そんなことしていいのかな〜PTAか教育委員会に言いつけちゃうぞ〜懲戒免職になっちゃうぞ〜♪」
タ「生徒に暴力は振るいません!でも!少しは反省してください!自分が悪い事をしたってことが理解できないんですか!?」
思わず怒鳴り声になる。それが相手の思う壺だとわかってはいるもののそう言わずにはいられなかった。
梓「うるさいなぁ。そんな大きな声出さなくっても聞こえてるもんね〜」
梓「ハイハイ、謝ればいいんでしょ。すまそんすまそん」
タ「あのねぇ!」さらにタカシは注意しようとしたが、
か「いい加減にしてください!そんな水掛け論してないで、さっさと授業してください!」
というかなみの怒声によって無理やり中断された。
こうして授業は始まったが、案の定スムーズに行くはずが無かった。
梓は授業が始まるや否やいきなり居眠りをしはじめ、
泉はお金を数え始めた。
ちなみは携帯でなにやらしている。メールでも打っているのだろうか?
勝子は窓側の一番後ろの隅の席(いわゆる『不良の特等席』)で足を机の上に投げ出しながら外をぼんやりと見ている。
リナにいたってはネイルアートをし始める始末だ。
かなみ・尊・纏は授業態度こそ真面目だったが教え方に難があったり間違っていたりするとすぐにダメだししてくる。
さらに始末が悪い事に成績は悪くないらしく、問題を答えさせると皆すらすらと解いてみせる。
そんなこんなで、1日が終わる頃にはタカシはほとほと疲れ果てていた。

タ「はぁ・・・今日は疲れた・・・しかしとんだ授業初日だったなぁ・・・」
タカシはそう1人でぼやきながらとぼとぼと帰る途中だった。
彼が疲れていたのは授業の所為だけではなかった。
タ「梓さんだっけか・・・あの子の悪戯だけでも何とかしなきゃ身が持たない・・・!」
そう、あのときのタカシのリアクションに味を占めたか、彼女は授業が終わっても執拗に彼に悪戯を仕掛けてきたのだ。
鞄のなかに虫をいれたり、
椅子にブーブークッションや「へぇ〜」ボタンを仕掛けたり、
すれ違いに足を引っ掛けてきたり、
「僕は馬鹿です」とか「Kick me!」と書かれた紙を背中に貼り付けたり。
とにかく悪戯と名のつくことを全部やろうかという勢いなのだ。
コレにはタカシもかなりまいってしまった。
ふと歩いていると、1つのゲームセンターが目に入った。そこそこ大きく、最新型のゲームも多種取り揃えていた。
ふとタカシは懐かしい気分になった。学生時代は足しげくゲームセンターに通っていたものだった。
腕前はカナリのものだったし、今でもそれは衰えていないという自負もあった。
タ「ゲーセンか・・・ストレス発散に久しぶりにいいかもな」
こうして彼はゲームセンターへと足を踏み入れた。

タ「何をしようかな・・・」プレイするゲームを物色するために店内を歩き回った。すると、1つの筐体の前に人だかりが出来ていた。
それは人気の格闘ゲームだった。数年前に最初の作品が発売されたのが大ブレイクし、シリーズ化されるにいたっている。
これはその最新作らしかった。
タ(どうやらかなりハイレベルなプレイをしてるみたいだな・・・どんな人だろ?)人ごみを掻き分け、プレイヤーを見る。
タ「あ、梓ちゃん!?何してるのこんな時間にゲームセンターで!?」なんとそのプレイヤーは、梓だった。
タカシが驚くのも無理は無かった。もう時間は夜の8時を回っていた。
店によっては彼女の年頃の子は入店を拒否する時間帯だ。
梓「げ・・・タカシ・・・何の用だよ〜」
タ「もう呼び捨てか・・・教師がゲーセンに遊びに来ちゃ悪いかい?」
タ「でも、こんな時間まで外を出歩くなんて良くないな。バイトをしてるとかならともかく」
梓「なんだよ説教臭いなぁ。どうせ親は両方とも海外出張だから家には家政婦しかいないし、ここにいようが家にいようが同じだもん」
タ「そういう問題じゃないだろ・・・とにかく、早く帰りなさい」
梓「やっだね〜♪悔しかったらこのゲームで勝ってみな〜」
タ「何でそうなる・・・」
梓「あれ〜もしかして負けるのが怖いとか〜?タカシの意気地なし〜♪」
タ「そこまで言われちゃ引き下がれないな・・・わかったよ・・・ただし、僕が勝ったら大人しく帰る事」
梓「わかったよ〜ま、ボクが負けるワケないけどね〜♪」
タカシは諦めるようにそういうと彼女の反対側にある乱入用の筐体に100円を投入した。
選ぶキャラクターはゲームの主人公であるオーソドックスなバランス型のキャラクター。
初心者でも簡単に扱えるキャラである。それを見て馬鹿にしたように笑う。
梓「なにそのキャラ〜初心者丸出しじゃない〜こりゃ勝ったようなもんだね〜」
そういう彼女が選んだのは上級者向けのトリッキーな動きをするキャラだった。技も特殊で、扱いずらいものになっている。
タ「扱いが難しいキャラを使えばいいというものではないさ。・・・それじゃ、始めようか」
梓「・・・?」タカシのいつもと違う様子に怪訝な顔をしつつも筐体に向きなおる。
「Round 1 Fight!」ゲームから出る電子音声。その声を合図に、戦いは始まった。

第1ラウンドの展開は、梓が一方的に押していた。
タカシのキャラクターは、防戦一方という風にみえた。
梓「へっへ〜弱い弱〜い♪こりゃ楽勝だね〜♪」その言葉の通り、第1ラウンドは彼女の圧勝だった。
梓「まだやるぅ?結果は見えてる気がするけどな〜」
タ「・・・よし、大体『覚えた』。・・・それじゃ、行こうか」
梓「・・・?」タカシの言葉にまたも怪訝な顔をする梓。
そして第2ラウンドが始まった。
この場にいる誰もが梓の一方的な展開を予想しただろう。だがその予想は裏切られることとなった。
ガガガガガガガガッ!タカシの筐体から聞こえるすさまじいレバーとボタンの操作する音。
ゲーム内では、梓のキャラが牽制の一撃をタカシのキャラがガードキャンセルで返し、
起きようとする梓のキャラにタカシのキャラが起き攻めをかける。
そこからコンボを決め空中に打ち上げるとさらに空中コンボへと繋げ、最後に超必殺技でトドメを刺した。
まさに、圧勝。流れるような綺麗な連続技に一瞬、周りが静まり返る(といってもゲームの音はうるさいままだが)
だが、その直後、歓声がゲーセン内を支配した。
客A「なんだ今の!すげえ!プロみてぇだ!」
客B「梓ちゃんに勝っちまったぞオイ!」
客C「1ラウンドは様子見だったわけか・・・しかしこの戦い方、どっかで見覚えが・・・」
客D「・・・ああ!思い出した!コイツ、別府タカシだ!このゲームの全国大会で準優勝したやつじゃねえか!」
客D「どんな相手でも1ラウンドでわざと負けて見せて相手の行動パターンや癖とかを全部見抜いちまうんだ」
客D「それでついたあだ名が『心眼の繰り手』!」
タ「・・・あはは、よくそんなこと知ってますね。っていうかそんなあだ名ついてたんだ・・・」照れたように頭を掻くタカシ。
タ「それで、どうする?まだやるかい?結果は見えてるきがするけどな」タカシは先ほど言われた言葉をそっくりそのまま言い返した。
その言葉に維持になったか、
梓「もちろんだよ!ギタギタにしてやるから!」こうして第3ラウンドが始まった。
結果は、タカシの圧勝だった。

タ「・・・もういいかい?それじゃ、帰ろうか」そう梓に声をかける。だが彼女は憮然とした顔で、
梓「・・・ずるいよ!得意なゲームだったなんて、こんなのナシだよ!」
タ「でも、小久保さんが挑んできた勝負だろう?」
梓「うう・・・でもでも得意なゲームだって知ってたら挑まなかったもん!」
タ「僕がそれをいう筋合いはないと思うけどね。それも戦術、駆け引きさ」
梓「むぅ〜!」頬を膨らませうなる梓。その顔はちょっと可愛かった。
すると何を思ったか梓はおもむろに勢い良く立ち上がった。
タ「あ、帰る気になったかい?」
梓「・・・だもん」
タ「え?」タカシの中でなにか嫌な予感が走り抜けた。
梓「まだまだだもん!次は別のゲームで勝負だ〜!」
タ「んな!?約束と違うだろう!大人しく帰るんだ!」
梓「うるさいうるさ〜い!勝負ったら勝負なの〜!次はあのゲームで勝負だ!」そういうと指を刺したゲームに向かって走り出した。
タ「お、おい・・・!」
こうしてゲーム対決は繰り広げられた。
梓が負けると次の筐体へ走って行くし、タカシが負けると連れ帰るためにタカシが勝負を挑まねばならなくなった。
気がついたら2時間以上経過していた。

タ「100戦49勝49敗2分・・・もう、いい加減にやめないか?もうカナリ遅い時間なんだけど・・・」
梓「・・・やだね・・・っていいたいとこだけど、どうしてもやめたいって言うんなら、やめてもいいよ・・・」
お互いの意見が一致したところで、ゲーセンのベンチに腰掛ける。
お互いだいぶ疲れていたのでしばらく肩で息をしていたが、おもむろに梓が話しかけてきた。
梓「タカシって他の教師と違って変だよね・・・」
タ「・・・なんだい藪から棒に」
梓「だってさ、他の教師だったら有無を言わさず連れ帰るか家に連絡してるじゃん」
タ「・・・そうだな。すっかり忘れてたよ」
梓「なにそれ、馬鹿じゃん」そういうと梓はからからと笑った。朝のような嘲笑ではなく、それは親しげな笑顔だった。
タ「まあ、忘れてたってのもあるけど、キミに納得した状態で帰ってもらいたかったから」
タ「無理やり連れ帰る事も出来たさ。でもそれじゃ何の解決にもならないだろう?」
梓「へぇ・・・ただの馬鹿じゃないみたいだね。意外と考えてるじゃん」
タ「ひどいな・・・伊達や勢いで教師目指したわけじゃないんだけどな」と苦笑しながらタカシは答えた。
タ「・・・今度は僕から聞いてもいいかい?」
梓「・・・何さ?」
タ「どうして、僕に悪戯するんだい?」
梓「あのとき言ったじゃん」
タ「でもそれなら僕じゃなくてもいいだろ?なんで僕なんだい?」
梓「それは・・・」

タ「お願いだ。聞かせて欲しい。ただ何も分からず悪戯されるのは、納得できないんだ」
タカシのその言葉に、逡巡する梓。だがやがて梓はおずおずと話を切り出した。
梓「先生なんで・・・みんないなくなっちゃえばいいんだ・・・」
梓「先生なんて結局ボクを裏切るんだ・・・」
タ「?どういうことだい?」
梓「昔、先生にボクが女の子らしくないって、言われたことがあったんだ」
梓「その所為で、クラスの皆から苛められた」
梓「自殺未遂だって、したことある。ほら・・・これ・・・」そういうと手首を出す。
そこには古くなっていたが、とても生々しいリストカットの痕があった。
梓「ボクの自殺騒ぎをきっかけに、ボクは転校することになった」
梓「その先生は責任に問われることがなかった。・・・だから許せないんだ」
タ「成る程・・・それで、担任の教師である、僕をその先生に重ねて悪戯してたってワケか」
梓「悪戯じゃない・・・嫌がらせだよ」
タ「どっちも大して変わらないだろ。にしても、そんな事があったなんてね・・・」
梓「ねぇ・・・先生・・・ボクは女の子らしくしなきゃダメなの?このままじゃダメなの?」
梓「自分が自分らしくいたいから、こうしてるだけなのに・・・」
梓「それはしちゃいけないの・・・?」梓はいつしか涙をボロボロと流していた。
タカシはしばらくそんな彼女を見つめていたが、やがて静かに話し出した。

タ「確かに・・・女の子らしい女の子は好きだよ・・・でも」
タ「それ以上に、自分らしく、生き生きとしている子は、もっと好きだな」
梓「え・・・」
タ「気にすることはないさ。人間なら、コンプレックスの1つや2つあるさ。」
タ「でも、人はそれでも自分らしく、精一杯生きるしかないんじゃないかな」
タ「だから、もうそんなことで悩んじゃだめだよ。いいね」
梓「・・・うん。わかった」
タ「よし。それでいいんだ。小久保は良い子だな」(ナデナデ)
梓「わ・・・ちょ・・・いきなり頭撫でるな(//////)」
タ「でもうれしそうな顔しながらそんなこといわれても説得力無いけどな」ニヤニヤしながらタカシが言う。
梓「うるさいうるさい・・・でももうちょっとだけ、このままでもいいけどね・・・」しばらくそうしていたが、いきなり梓が立ち上がった。
タ「またゲーム勝負かい?いい加減に・・・」
梓「違うよ〜ちょっと用事があるだけ。すぐに戻る〜♪」そういうと走っていってしまった。
だが、言うとおり程なく彼女は戻ってきた。その手にはコーラが2本。
梓「はい。ゲーム勝負に付き合ってくれたお礼。飲んでよ」そういうと手に持ってるコーラの1つを差し出した。
タカシは胸がじんとした。
タ(コレだよ・・・これが青春って奴だよなぁ・・・)そう言いながら缶を開ける。
だが、次の瞬間、思い切りコーラが吹き出してきた。どうやら思い切り振ったらしい。
梓「あはは、また引っかかった〜♪ボクがそんな殊勝なことするわけないじゃん〜」
タ「あ〜もう、服がびしょびしょだ・・・キミって子は・・・」
梓「でも、今ので最後。・・・もう、悪戯やめる」
タ「ほんとかい!?」タカシの顔に喜びの表情が浮かぶ。
梓「だって、わざわざ悪戯しなくてもタカシ馬鹿みたいで面白いんだもん。悪戯したって疲れるだけだよ〜♪」
タ「キミって子は・・・まあ、やめるんなら良いか。それじゃ、帰ろう」
梓「うん!」

そして次の日―

梓「センセ〜おっはよ〜♪」
タ「あ、小久保か。お早う」
梓「朝から寝ぼけた馬鹿面さらしてるなよ〜」
タ「眠いのは誰の所為だと思っているのかな・・・」
タ「まあいいや。それじゃ授業始めるから席について」
梓「ちぇ。わかったよ〜」
彼女はぶつくさ言いながらも、素直に席に着いた。
その彼女に話しかける人がいた。勝子だった。席が近くなのである。
勝「・・・なんだ、悪戯やめたのか。どういう風の吹き回しだ?」
梓「・・・いままであった先生なんて、ろくでもなかったから、悪戯してたけどさ」
梓「タカシなら・・・」
勝「なら?」
梓「すこしは信用してもいいかな?っておもったんだ!ただそれだけ!」
勝「ふぅん・・・」
勝子は興味をなくしたのか、また外に目を向けた。
・・・1つの問題は解決したが、どうやらタカシにはまだまだ困難が待ち受けているようである。


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