第12話:『トラブル・トラベル―大阪編―』

―それは過去の思い出。幼き頃に置いて来た筈の胸の痛み…
その『痛み』が生まれた時の事を、泉は見ていた。
アパートの1室。その中に、女性がいた。部屋の中央で座っている。
それは泉の母親だった。今よりも体は元気そうではあるが、心労のためか、憔悴している。
彼女に傍らに立つ幼い少女。それは昔の自分だった。
少女はアパートの入り口に立ち、外に出ようとしている男に駆け寄り、問いかける。
―おとん、なんででていくのん?おかん泣いてるやないの。
が、男―泉の父親―は、その問いに答えず、ドアを開けて、アパートから出て行く。
泉の呼びかけに最後まで答えることなく、父は歩き去っていった。振り返ることすら、なかった。
諦めたように泉が部屋に戻り、今だ力なく座っている母に寄り添う。
しばらくそうしていたが、不意に母が小さい声でボソボソと泉に向かって呟いた。
その言葉に、泉は言葉を紡ぐ。黙っていたら、母がどうにかなってしまいそうで…
―なんで謝るねんな。べつにおかんが悪いわけちゃうやろ。
―もうええ、もうええよ。今更何ゆーても、何しても遅いて…
―な、なして泣くねや!泣いたらおとんが帰ってくるんか?
静かに嗚咽し、泣き崩れる母親。自分は何もする事が出来ず、ただ傍に寄り添う事しか出来なかった。
そんな母の様子が見るに耐えなくて、泉は祈り続けた。届く事の無い、悲痛な祈りを…
―おとん…なしてでていったんや…
―おかん…泣いてるやないの…
―おとん…もどってきてや…おとん…おとん…

泉「…はっ!?」そこで夢が終わり、泉は目を覚ました。
泉「…なんであんなことを夢でみたんやろ…」しばし黙考していたが、合点がいったのか、小さいため息を漏らす。
泉「そうや…ここ、大阪やもんな…」窓の外を見る。朝もやに包まれた大阪の町並みが眼下に広がっている。
アレから。京都観光を終えた後、大阪に移動して、ホテルに泊まったのだった。
泉「あのアホ、いま何してんのやろ…」彼女は遠い目をしながら、ポツリと呟くのだった―
それからしばらく後、タカシたち1−Bの面々を含む、修学旅行のメンバーは、ホテルのレストランで朝食をとっていた。
だが、タカシが1つの異変に気づく。
泉の様子がおかしい。
ぼんやりと外の景色をみながら、しきりにため息をついている。よく見れば、料理にまったく手が付けられていない。
タ「…難波、どうした?元気ないようだけど、何かあったのか?」その言葉に、
泉「え!?な、なんでもあらへんよ!?」
タ「でも、まだ料理を一口も食べてないじゃないか」
泉「た、旅の疲れや!ちょっと食欲がないねん」
タ「嘘だな。だって昨日夕食のバイキングを『元とったるでー!』って言いながら猛然と食べてたじゃないか」
タ「あまった料理をタッパーにまで詰めて。一体いつ用意したんだあんなもの…」
泉「そ、そうや!ウチダイエット中やねん!」
タ「…旅行に行く前の日、『旅行のために食費節約してたお陰でやせたわ!一石二鳥、得した気分や』っていってたよな?」
泉「う…うるさいわ!このアホ!なんでもないったら何でもないねん!もう部屋に戻るわ!」
タ「まあ、そこまで言うなら、深くは聞かないさ…でも」
タ「何か相談したい事があったら言ってくれよ?いつでも俺は力になるぞ」
泉「…おおきにな。でも…」
タ「でも?」
泉「別に。なんでもないわ」そういうと、泉はレストランを出て行った。
泉(こればっかはセンセに聞いてどうにかなることちゃうねん…)
泉は部屋に向かいながら心の中で1人ごちた。

残されたタカシたちは、朝食を食べながら、泉のことについて話していた。
タ「いったいどうしたんだ…?昨日は普通だったよな?確か」
纏「そうじゃな。いたってごく普通の様子だった気がするが」
梓「どうしたんだろうね〜?まあ、ボクはゴハン2人分食べられて嬉しいけど♪」
タ「まあ、もったいないと思う精神はよしとしよう…だが不謹慎って言葉を知ってるか小久保?」
梓「うっさいよばーか。不謹慎だろうがなんだろうがお腹は減るんだも〜ん♪」そういいつつ料理をパクパクと食べる梓。
タ「うわスゲェムカツクおい御剣今すぐコイツをその木刀でしばいてくれないか?」
尊「怒る気持ちはわからんでもないが、とりあえず言葉に句読点くらい入れろ馬鹿者」
か「なにを生徒相手にムキになってるんですか、大人気ない」
ち「…どっちが子供なんだか…」
タ「うう…皆して僕を苛める…」
勝「いい年した大の男が床にのの字なんて書くな馬鹿野郎」
タ「馬鹿っていうなぁ!結構傷つくんだからな!?っていうか僕は教師だぞ?ちょっとは敬ってくれよ!」
リ「少なくとも、今の貴方を見て敬おうと言う気持ちは欠片も湧いてはきませんわよ?」
その言葉にタカシはしばし沈黙していたが、おもむろに立ち上がると窓に向かって歩き出した。その様子を見たかなみが、
か「窓に足かけて『死のう…』の二番煎じネタはしないでくださいよ?っていうかその窓開かないし」
タカシはその言葉を聞いて硬直した。どうやら図星だったらしい。しばらく固まっていたが、おもむろに椅子に戻ると、
タ「さあ、話の続きをしようか?」ごまかすように話を切り出すタカシ。それを見たかなみたちは、
(何でこんな人を好きになっちゃったかな…)と思いながら深い深いため息をついた。
か「…まあ、ここが大阪だって言うのは少なからず関係してるんじゃないですかね?」
タ「どういうことだ?」
か「泉って、小さい頃は大阪に住んでたらしいんですよ。今でも大阪弁で話してるのはそのためです」
か「なんでも父親が蒸発して、生活が苦しくなったから母親の実家がある私たちがいる町に越してきたんだそうで」
タ「成る程な…あれ?でも今泉ってアパートに母親と二人暮しのはずじゃ?」
ち「…ここからは私が…何でも実家は既に姉夫婦が暮らしてて居場所がなかったそうで…」
ち「…それで最低限の生活費を仕送りしてもらいながらアパートで暮らすようになったそうです…」
タ「そうなのか。話してくれて感謝するよ…嫌に説明口調なのはつっこまないでおくよ」
梓「っふぇふぉふぉはふぁ、ふふぁいをおふぉいふぁふぃふぇふぉふぃふぉんふぇふぁっふぇふぉふぉ?」
タ「…口の中の物を飲み込め」
梓「(ごくんっ!)だからさ、ってことは昔を思い出して落ち込んでたってこと?」
纏「おそらくは、そうじゃろうな…さもなくば」
タ「いなくなった父親のことを考えてるか…そうだろ?纏」
纏「そうじゃな。まあどちらにしろ、その問題は儂らが口出しできる事じゃなさそうじゃな」
リ「そういうことなら、湿っぽい話題はコレまでにしましょう。今日は1日自由行動なんでしたわよね?」
タ「ああ。そうだな」
リ「でしたら、今後の予定でも考えましょう?確かに気にはなりますけど、これ以上話し合っても詮無いことでしょう?」
タ「そうだな…コレばっかりはどうしようもないかな」
タ「そうだ、今日はお前らと一緒に行動させてもらおうと思うんだが、いいか?」
尊「私は、構わんぞ…寧ろその方が…あ、いやなんでもない(//////)」
纏「でも何故じゃ?」
タ「いや、実は僕も今日何するか考えてなくてさ。君たちに便乗させてもらおうと思って」
か「別に、いいんじゃないですか?私はなんとも、思わないですから…ホントですよ?」
ち「…で、何処に行く…?」
纏「河豚が食べたいのう。ここのてっちりは美味しいらしいからな」
タ「行っておくが僕は奢らないぞ」
纏「ちっ…ケチなやつめ…」
タ「昨日君たちに奢ったせいで懐が若干寂しいんだよ。余裕がまったくないわけじゃないけど。さすがにカンベンしてくれ」
梓「はいはいは〜い!そゆことならボクUSJに行きたい〜♪」
か「1日しかないのよ?ロクに回れないわ」
勝「確かにな…でもそれならどうするよ?」
リ「ラチがあきませんわね…」
タ「そういうことなら、僕ちょっと行きたいところがあるんだ。いいかな?」
タカシの言葉に怪訝な表情を見せながらも、かなみたちは同意の頷きを返した。

そして、目的地に到着した。そこは…
泉「なんばグランド花月か。ま、ええんちゃうか?」いつもの調子で泉が答える。
タ「そういうことさ。一回、プロの芸人さんを生で見たくてさ」その様子に安堵を覚えながら、タカシは言葉を返した。
梓「ってことは芸能人に会えるんだよね?楽しみだな〜サインもらえるかな〜♪」
か「確かに、割といい選択かもですね。」
勝「そういえば他の修学旅行の生徒とかウチの制服もちらほら見るな」
ち「…確かに、有名だしね…」
タ「とりあえず、中に入ろう。ここでこうしてても仕方ないし」
タカシたちは建物の中に足を踏み入れた。客席について程なく、劇が始まった。
客席からは笑い声が絶えず、タカシたちも存分に楽しんでいた。
だから、気づかなかった。
ただ1人、泉だけが笑顔を浮かべてなかったことを。
舞台にいる芸人の1人を怒っているような、それでいて悲しそうな、複雑な感情の入り混じった瞳で見つめていた事を。

劇が終わり、他の観客がちらほらと帰り始める。
だがタカシは他の観客とは異なった方向へ歩き出した。
か「ちょっと先生、どこにいくんですか?そっちは出口じゃないですよ?」
その言葉にタカシは『良くぞ聞いてくれた』といわんばかりにニヤリと笑って、
タ「実はここの関係者の中に僕の知り合いがいてさ。楽屋に行く許可を取ってあるのさ」
纏「なんと…ということはさっき舞台に出てた芸人さんたちに直接会えるのか…楽しみじゃのう」
梓「タカシもたまにはやるじゃ〜ん♪」
タ「『たまに』は余計だ」
泉「へぇ…そらええこと聞いたわ。…みーちゃん?」
尊「何だ?というかそのあだ名はどうかと思うのだが…」
泉「まあええやないの。それはともかく、頼みがあるねん」
尊「頼み?」
泉「そや。その木刀、貸してくれへんか?」
尊「まあ、別に良いが…何に使うのだ?」木刀を泉に渡しながら尊が聞いた。
泉「ちょっと芸人さんの1人にどうしてもプレゼントを渡したくてな。それに必要なんや」
尊「…その木刀をプレゼントすると言う事か?」
泉「ちゃうって。…まあ、後のお楽しみってやつや。センセ、はよ行こ」
タ「あ、ああ…」その言葉にタカシは引っかかるものを感じたが、そのまま楽屋へと向かう事にした。

しばらく歩き、ある部屋のドアの前で止まった。そのドアの前には『奈良原 コージ様』とあった。
泉「ここなん?」
タ「ああ、お前の会いたがっている芸人さんの楽屋だ」
泉「そうか…なら早速入ろうやないの」
タ「そうだな」そういうとノックをする。
コ「なんや?」
タ「先ほどの劇がとても面白かったので。ぜひとも直接お会いしたいと思いまして。あ、許可は取ってあります」
コ「嬉しい事言うてくれるな。よっしゃ、入りや」
その言葉にタカシ達はドアを開けた。楽屋には男が1人で腰掛けていた。中年の男性だった。年はおよそ40くらいだろうか。
コ「で、ワイは何をしたらええんや?質問にでも答えようか?それともサインしよか?」
タ「あ、それなら…」サインでも、と言おうとしたタカシの言葉は泉の言葉によって遮られた。
泉「ああ、何もせんでええよ。ちっと贈り物を受けとってもらえへんかな?」
コ「なんや?プレゼントなんて、嬉しいなぁ。で、なにをくれるんや?」
泉「ああ、今から渡すわ…地獄への片道切符ってやつをなぁ!」そういうと木刀を振りかぶる。
タ「な…やめろ難波!」タカシはあわてて泉を羽交い絞めにした。
泉「センセ、止めんといて!」
タ「そういうわけに行くかぁ!」
コ「ひ…ワイが何したっていうんや!?」
泉「何したァ?自分の胸にきいてみろやぁ!アンタの所為でウチとおかんがどれだけ苦労したか分かってんの!?」
コ「…な、まさかお前…」
泉「やっと思い出したか?ウチの名前は難波泉!アンタが出て行くまでは奈良原泉って名前やったけどな!」
その言葉に、コージだけでなく、タカシたちも驚きのあまり、絶句してしまった。

タ「…どういうことなんだ?難波…話してくれないか?」
泉「ええけどその前に離してくれへん?とりあえず殴るのはやめとくわ」
泉「考えてみたら友達からの借りもんをコイツなんかの血で汚すわけには行かんわ」
タ「…わかった」そういうとタカシは泉を離す。
泉「コイツは9年前、おかんをウチを置いて出て行ったんや」
泉「おかんに『やるべきことが出来た。離婚届には判を押しておいた』って一方的に言ってな!」
梓「え?え!?ちょっとまって!…ってことはこの人梓ちゃんのお父さんだってこと!?」
泉「まあ、一応生物学上父親ってことになるわな…もう父親でも何でもあらへんけどな」
タ「そうだったのか…」
泉「まあ、聞きたいことがあるねん。アンタが出て行ったのは芸人になるためか?」
コ「…そうや。ワイは芸人になることを志して、サラリーマンを辞めた」
コ「成功するかどうかわからん道や。迷惑かけたらアカンと思て、離婚したっちゅうわけや」
泉「…成る程、まあ確かに父親が脱サラして売れない芸人やってたら果てしなく嫌やわ」
泉「でもな?残されたウチらがこの不景気の中生活に苦労するとはおもわへんかったのか?」
コ「…あ…いや、それは…」顔を曇らせるコージ。目が泳いでいる。
泉「それは?」
コ「その事をすっかり失念してたっちゅうか、なんちゅうか…その…つまり…」
泉「つまり?」
コ「…考えてなかった。スマン」
泉「…なんやて?アンタっちゅうやつは…」その言葉を言おうとする前に、
『アホかーーーーーーーー!!!!』かなみたちは声をハモらせコージにツッコミを入れた。
いや、それはツッコミというより折檻を言ったほうが近かった。
コ「ぐはぁっ…ええツッコミするやないか…」それだけ言うと、コージは悶絶した。
か「…まったく!いったい何考えてるんですか!」
ち「…泉ちゃんが可哀想…」
勝「…あきれて言葉もでねぇな」
リ「…まったく、なんてこと!」
纏「親が子を守らず誰が守るというのじゃ…けしからんやつめ…」
尊「ふざけた奴だ。コレならまだタカシの方がマシだ」
梓「ほんと、信じられないよ〜馬鹿じゃないの?」
かなみたちは憤懣やるかたなし、といった様子でコージを見つめる。
タ「皆ひどいな…まあ、僕も同感だけど。…大丈夫ですか?」そういうとコージを起こす。
コ「泉…」
泉「ったく…おかんの言ったとおりやな…1つの事にとらわれると周りの事が見えへんようになりよって…」
泉「…なんかアンタ見てたらあほらしゅうなってきたわ」
泉「…でも、おかんにはきちんと会って謝りや。ウチを育てるためにがむしゃらに働いた所為で体壊してるんやから」
コ「…それは出来ん」
泉「何でや!?」
コ「事情は分かった。でもそれならなおさら会えへん。どの面下げて会えばええねん」
泉「なに言うてんねや!おかんはいつもいつもアンタのこと話してた。幸せそうな顔でな!」
泉「おかんは今でもアンタのことがめっちゃ好きやねん!ムカツクくらいな!」
泉「おかんに会って謝る事の何がアカンねん!?」
コ「…ワイは、それでも自分のしたことが間違っているとは思ってへん」
コ「後悔、したくなかった。思いを残したままゆっくりと朽ちて行くことに耐えられんかった。だから、行動に移したまでや」
コ「だけど、それゆえにワイは自分を許さへん。大切な人を泣かせた自分を」
コ「ワイはそんな人間や。お前らと向き合う資格なんぞあるかい」
泉「あーそうかい!もうエエわ!勝手にしろや!」
そういって乱暴にドアを開けると、泉は部屋を出て行った。
かなみたちが追いかけようとする。だが、タカシがそれを制した。
タ「…僕が行く。いや、行かせてくれ」
か「わかりました。そのかわりいい加減なことしないでくださいよ?」
タ「勿論だ。その代わり、まあ、そっちを頼むよ…ほどほどにな」
か「分かりました…とりあえず死なない程度に留めておけばいいですよね?」その言葉にコージが顔を引きつらせる。
タ「君たちにしては上出来だな。」
そういうと、タカシは楽屋から出て行った。
楽屋の中から悲鳴のような奇声の様な声が聞こえたような気がしたが、気にしないことにした。

タカシが通路に出てしばらく歩いていると、自販機があった。
その近くにある長椅子に、泉が座っていた。
タ「難波…こんなところにいたのか」泉の隣に座りつつ、タカシが言った。
泉「なんや、センセか…何の用や?」
タ「いや…用って言うか…お前はこのままにしていいのか?」
泉「このままも何も…アイツがああいってるんやもん、しゃーないわ。勝手にさせとけばええんや」
泉「おかんには黙ってればエエ話やし」
タ「まあ、確かにそれならいつも通りになるのかもしれないけど…」
泉「せや。だからもうほっといて。もうエエから1人にし…」そこまで言ったところで、
タ「難波」タカシの言葉が遮った。
泉「な、なんやねんな…いきなりそんなマジな顔して。似合わんことするなや(//////)」
泉(くそ…モロに顔みてもうた…こんなときにそんなエエ顔するなんて…)
泉(ずるいわ…何もいえなくなってしまうやないの(//////))
そんな泉の様子に構わず、タカシは話し始めた。
タ「何も問題を解決させないで、自分の胸の中に押し込んで。それでお前は満足なのか?」
泉「それは…」
タ「僕はこの前いったよな?『全てのものに等しく、終わりと別れはやってくる。その時、奇跡なんか起きない』って」 タ「『だから後悔の無い、「これでよかったんだ」って思える選択肢を選んでくれ。誰かを不幸にする事になっても』とも言った」
タ「僕はその思いに準じたからこそ、教師になった。君の父さんだって、そうしたからこそ今こうして芸人をしているんだと思う」
タ「その結果、多くの人が笑い、楽しみ、そして君たちが不幸になった」
タ「僕とコージさんのしたことは、そういう意味では、大して変わらない。だけどお前は、」
タ「後悔と不満足を胸に収めて、なかったことにしようとしている。でも、それでいいのか?」
タ「本当に、お前は『これでよかった』って心から思えるのか?」
タ「言ってみろよ。お前がどうしたいのか。どうすればお前は『これでよかった』と心から笑える?」
泉「ウチは…」
泉「このまま引き下がりたくない。コレまでどおりになんてさせたくない!」
泉「おかんに会わせて土下座の1つでもさせんと、気が済まんわ!」
タ「よく言った難波泉。それでこそお前だ」
タ「じゃあ、行こう。お前が後悔しないために」
泉「そやな。いっちょあの糞親父にガツンと言わな!」
2人は席を立ち、そのまま歩き出した。歩きながら、泉は思う。
泉(まったく…ほんまタカシはおせっかいなんやから…その上、お人よしや)
泉(その上アホで間抜けで先生としてはまだまだで…)
泉(でも、そのくせウチらのことを誰よりも考えてて…)
泉(…そんなトコに、惚れたんやろうな。少なくとも、ウチは)
泉はタカシに見えないように、幸せそうに微笑みながら微かに頬を赤らめた。

ガチャリ。タカシはコージの楽屋のドアを開けた。
コ「なんや、まだなんか用でもあるんか…スイマセンスイマセン言い方が悪かったですだからもうアレはやめてください…」
かなみたちに睨まれ途端に謝りだすコージ。
タ「…一体何したんだお前ら…」タカシが呆れ顔で言った。
か「…聞きたいですか?」
かなみたちは妙にすっきりした様な顔をしている。タカシの背筋に寒気が走った。
タ「いや聞かないでおく。なんかその方がいいような気がしてきた」
ち「…懸命ですね」
タ「とにかく、泉がまだ話したいことがあるらしいですから」その言葉に、泉が一歩前に出た。
泉「アンタを呼ぶ言葉がないからあくまでも、便宜上こう呼ばせてもらうわ…おとん」泉は『あくまでも』を必要以上に強調した。
泉「もっかいだけ言わせてもらう。おかんに会って、謝りや。それはアンタの義務や」
コ「だから、それは…」
泉「あんたの言い分なんてどうでもエエねん。アンタは悔いを残したくないから、自分の夢のために去っていった」
泉「だから、責任取れや。好き勝手やってウチやおかんに辛い思いさせた責任を」
泉「まあ、どうしても会いたくないっちゅうんなら、『別の形』で責任とってもらうしかないなぁ」
コ「別の形…?何をしたらええねや?」
泉「お金やお金。コレまでうち等が味わった精神的苦痛への慰謝料、耳を揃えて払ってもらおか!」
コ「なんやて…?」
泉「だから慰謝料や慰謝料!一方的に離婚して連絡先も告げずにいなくなったんや。アンタのほうに非があるやろ」
泉「まあ、代金にして…」泉が携帯電話の電卓機能を使ってなにやら計算している。
泉「コレくらいやな」
泉がコージに見えるように液晶画面を見せる。それを見てコージは驚愕した。
コ「なんやこの金額!こんなん払えるかぁ!」
泉「払える払えないの問題ちゃうわ。払え」
泉「何なら出るトコでよか?まあ、うち等が勝つけどな」
コ「うっ…」
泉「それと…」
コ「まだなんかあんのかい!?」コージがうんざりした顔で言う。既に涙目になっている。
泉「今まで払わんかったウチの養育費、払ってもらおか?」
泉「9年分の滞納やから…そやな、これくらいか?」泉はまたも液晶画面を見せる。それを見てコージはまたも驚愕した。
コ「無理や!まだやっとこの仕事だけで食えるようになったのに、そんな大金何処にもないわ!」
泉「やかましい。拒否なんぞ許すかアホ」
泉「おかんに会って謝ってゆっくり話し合うか、カネ払うか二つに一つや!さっさと選べ!」
泉の言葉は容赦がない。『VIP高校一の守銭奴』の本領発揮の瞬間だった。
コ「ううう…分かった!もう降参や…今度、休みが取れたら未奈美(泉の母親の名前)に会いに行くわ」
泉「よっしゃ、それで決まりやな。約束やで!?もし約束を破るマネなんかしたら…」
泉「このセンセの知り合いのコワーイ兄ちゃん達が来るからな!覚悟しとき!?」
その言葉にコージは無言で力なく頷くのだった。

話が終わると、泉は楽屋から出て行った。
タカシ達はあわてて泉の後を追う。
タ「もう、いいのか?もっと話すこととかないのか?」
泉「とりあえずはな…それに、おかんに会うって、約束させた。言いたいことができたら、またそん時に言えばええ」
タ「そうか。よかったな、難波」
泉「う、うるさいなぁ。別にウチはしたい事しただけや」
タ「そうだ。まだ自由時間が残ってるんだから、難波が案内してくれないか?」
タ「大阪に住んでたんだから、少なくとも僕たちよりはここに詳しいだろ?」
泉「…しゃーないな。どうせセンセのことや、散々迷って歩き回って時間を無駄にするだけなのは目に見えてるしな〜」
タ「うう…否定できない自分が嫌だ…」
泉「そういうことなら、案内したるわ。その代わり何か奢ってや?」
タ「…分かったよ。ただし高すぎるのはカンベンな。かなみたちにも奢るハメになるんだから」
泉「よっしゃ、そういうことなら早よ行こ!」そういうとタカシの手を掴んで走り出した。
かなみたちもあわてて2人を追いかける。
泉「ちゃきちゃき走れやこのアホ!のろま!時は金なり、や。ぼさっとしてると一日が終わるで?」
だが、そういいつつも泉は、
泉(センセ…めっちゃ、めっちゃ大好きやで)そう、心の中で呟くのだった。


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