第16話『終わりの足音(後編)』

しばらくかなみ達が話しているのを見ていたタカシだったが、腕時計を見てあることに気づき、声をかけた。
「そろそろ神楽舞の時間じゃないのか?」
「そうですね。尊ちゃん、行かなくていいの?」タカシの言葉を聞いたかなみが尊に問う。その問いに、
「そうだな。私も準備があるから、そろそろ行かせてもらう。それではな」
尊はそういい残すとそそくさとその場を立ち去っていった。
他の参拝客も、神楽舞が行われる場所に向かって移動を始めている。
「…まずいな。皆、急がないと場所が無くなる。早く行こう!」それを見たタカシはそういうと、早足で歩き出した。
その言葉にかなみたちは慌てて後に続くが、それと同時に1つの疑問を覚えた。
タカシが、急いでいる。焦っている、といってもいい。
確かにここの神楽舞は人気があり、毎年多くの人が訪れる。
場所を確保するために早めに移動しておいたほうが良いと言う理屈も分かる。
だが、明らかにタカシの様子は『ちょっと急がなきゃな』という感じではなかった。
まるで、何かに急き立てられるような顔をしていた。
それを見たちなみがタカシに尋ねる。
「…どうしたんですか…?そんなに急がなくても…大丈夫だと思いますけど…」
「そんな事言って、見れなかったらどうするんだ!?」
いつもと違う、タカシの感情的な物言い。ちなみは少なからず面食らった。
「そんなの、来年もあるんだから、その時見れば良いじゃん」梓があっけらかんとした顔で言う。
だがその言葉に対して、タカシは何も返事を返さなかった。ただ、とても悲しげな顔をして、
「…急ごう」とだけ言って再び早足で歩き出した。
そんなタカシの様子に、かなみたちは胸騒ぎを覚えた。

しばらく歩くと、舞台のような場所にたどり着いた。
人がちらほらと集まっていた。ここで神楽舞が行われるらしい。
急いだお陰で、タカシ達は絶好のポジションを確保することが出来た。
「ふぅ、よかった」安堵のため息をつくタカシ。
「そんなに見たかったんですか?にしても急ぎすぎですよ…ああ、疲れた…」かなみは肩で息をしていた。
歩幅の差があるため、早足であるく彼に追いつくためには小走りしなければいけなかったからである。
「まったく、そんなに巫女さんの舞が見たいなんて、マニアックというか、ムッツリスケベだねタカシは」
梓がニヤニヤ笑いながらタカシに言う。だがタカシは、
「別にそういうわけじゃないんだけどな…」と言葉を濁す。
妙に歯切れの悪い言葉。だが、梓がそれについて聞こうとしたその時、あたりが静まり返る。
舞台に尊と勝子を含む数人の巫女が上がる。神楽舞が始まった。
巫女たちの優雅な舞は、派手さは無いものの、見る人を圧倒し、魅了した。
「すごいなぁ…」梓がぽつりと呟く。タカシ達も同感だった。
やがて、神楽舞も終わり、タカシ達の下に勝子がやって来た。
「よう、タカシ。あけおめって奴だな」
「あけましておめでとう。しかし、中々見事な神楽舞だったじゃないか」
「そんなことねえよ。あんなのやるの初めてだったから動きも硬かっただろうし」
「そんなに自分を過小評価するな。とてもじゃないが初めてとは思えなかったぞ」
「僕は今年、コレを見れて、良かった。本当に…良かった」
感慨深げに、噛みしめるように言うタカシ。
「お、大袈裟なんだっての…ま、悪い気はしねぇけどよ(//////)」
勝子は照れくさそうに頭を掻くのだった。

しばらくして、尊も戻ってきた。尊は巫女装束ではなく、私服にコートを羽織っていた。
「遅れてすまない。着替えるのに手間取ってな」
「別にいいさ。さて、お参りにでも…」
「お待ちなさい!誰か重要な人物を忘れてるのではないかしら?」
人ごみをかき分け、上等な毛皮のコートを身にまとった金髪の少女が現れる。
「神野か。あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、ですわ。新年早々私から直々に祝福の言葉が聞けるなんて、とても幸運ね。感謝なさい」
「ああ、そうだな」
「う…そう素直になられるのも調子が狂いますわね…いつもならツッコミの1つもありそうなものですのに」
「それにしても嫌に時間掛かったな。家に小銭を取りに行くだけなんだろ?」
「ふっ…苦労しましたわ。何せ、私の家族や親類たちは皆千円より細かいお金を持っていなかったものですから」
「何て一族だオイ」勝子が半目でツッコむ。リナは聞かなかったフリをした。
「そのお陰であちこち駆けずり回るハメに…もうクタクタですわ」
「クタクタなのはそこの鳥居にもたれかかってぐったりとしてるセバスチャンさんだと思うけどな…」
「燃え尽きた…真っ白に燃え尽きたぜ…」セバスチャンは虚ろな目で呟いている。
「ああまたキャラが変わってるし」
「…ここでこうしてても仕方ないと思うんですけど」かなみが至極最もな意見を口にした。
「そうだな、行こうか」
タカシ達はお参りするために舞台を後にした。

混雑の中、並び続け、ようやく賽銭箱の前にたどり着く。
かなみたちはお賽銭を入れ、それぞれ思い思いの願い事をする。
といっても、願い事は皆ほぼ共通していたが。
梓は、
「今年こそタカシにゲームで勝てますよ〜に!あと…もっとタカシと仲良くなれたらいいな…」
泉は、
「何かいい儲け話が舞い込んで来ますように。それとセンセがウチに振り向いてくれますように!」
尊は、
「神頼みと言うのは努力の足りないものがする事で、私はそういうことはしないと考えているのですが…出来れば、タカシともっと深い仲になるために御力を貸していただけると…コレばかりは努力や精神論だけではどうにもなりそうにないので…」
勝子は、
「歌手に、なれますように。いや…やっぱいい。歌手は俺の力でなってやる。まあ…タカシと恋人同士になれたらサイコーかな」
リナは、
「私は欲しいものは大抵手に入るから願い事なんてあまりしないのですけど…強いて言うならタカシにいい加減私の魅力に気づかせてやっ てはくれないかしら?」
纏は、
「無病息災、家内安全…それと、恋愛成就、かの…」
ちなみは、
「先生と…ずっと一緒に、居られますように…」
かなみは、
「タカシ先生に、自分の素直な気持ちを伝えられますように」
祈るのを終えたかなみたちはタカシのほうを見た。

タカシは、未だ祈り続けていた。
その真剣そのものといった様子に、かなみ達は声をかけることが躊躇われた。
しばらくして、タカシはゆっくりと目を開け、合わせていた手を下ろす。
「…何を、お願いしていたんですか…?」ちなみが皆を代表しておずおずとタカシに聞いた。
「…お前たちがちゃんと卒業して、しっかりと自分の道を歩んでいけますように、ってお願いしてたのさ」
「何をお願いしてたかと思えば…それがお主の仕事じゃろう?」
「そうだよ〜そういうことは神頼みするもんじゃないだろ〜?」
纏と梓がそれぞれにタカシに言う。
「2人の言うとおりですよ、先生にはこれからもっと頑張ってもらわないと。もちろん、私たちも頑張りますけどね」
かなみも微笑みながらそう言った。まあ、自分たちのためにお願いしてくれたのである。悪い気はしない。
その言葉に対して、タカシは、
「ひどいな、まあこれからも頑張らせてもらうよ」
と、いつものように苦笑交じりにそう言うと思っていたのに、今回は、違った。
タカシは、ひどく悲しそうな顔で首を横に振り、
「それは、出来ないんだ…」と言った。
「そりゃ…どういうこっちゃ?」泉がタカシに問う。
その問いにタカシは、
「僕は…この学校から居なくなるから」と答えた。
その言葉に、かなみたちは硬直した。

「…んな、どういうことだよテメェ!」
硬直から一足早く立ち直った勝子がタカシの胸倉を掴んで問いただす。だが、タカシはあくまで冷静に、
「他の参拝客も居るんだ。話は別のところにしよう」
「…近くに24時間営業のレストランがあったな。そこにしよう」
と言うと勝子の手を優しく振り解き、境内を後にした。
「ちょ、待てよっ!」勝子が追いかける。
かなみたちはしばらく呆然としていたが、慌ててタカシ達を追いかけ始めた。
レストランに到着し、席に着く。
かなみ達の視線がタカシに集中する。
「そう睨まないでくれ…僕は今度、別の学校に転勤する事になったんだよ」
「学校から居なくなるってのは、そういうことさ」
「…それで、何処に転勤するんですか?」
そうかなみは聞いた。
近くなら会いに行くことくらいなら出来るかもしれない…そんなかすかな望みをもって。
だが、彼の口から出た答えは、そんなちっぽけな希望すら粉々にした。
「…ロンドンの日本人学校だよ。しばらく、日本には帰って来れない」
「近い遠いとかいう領域をとうに超えてるのう…」絶望的な表情で纏が呟いた。
「…いつ日本を発つんですか?」かなみはなおも聞く。目が潤み、今にも感情があふれ出しそうな顔で。
「いろいろ準備があるから出来るだけ早くに行かなくちゃ行けないんだ…この冬休みが終わったら、すぐに日本を発つ」
「会えなくなるどころか、別れを惜しむ暇すらないとは…」尊が言う苦渋に満ちた顔で言う。
それはあまりにも理不尽な現実だった。

しばらく、タカシを含め、皆押し黙っていた。
だが、唐突に梓が喋り始めた。
「でも、悪い事ばっかじゃないじゃん」
「コレでやっとマトモな授業が受けられるよ。むしろ、せいせいしたって感じ?」
「電話とかで話すことも出来るんだしさ、べっつに会えないくらいどうだって…」そこまで言ったところで、
「…梓っ!!!」纏の一喝が梓の言葉を遮る。
「…このうつけ者が…泣くときくらい、素直に、声を上げて泣かぬか…!」
その言葉の通り、梓の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「へ…?な。なに言ってんのさ…泣いてなんか、ないもんね!泣いて…なんか…」
強がる梓。だが、堪えきれず、顔がくしゃくしゃになる。次の瞬間、堰を切った様に彼女の感情が爆発した。
「なんで…なんで居なくなるのさ…!まだ、話したいこと、一緒にやりたい事、いっぱいあるのにさ…!」
「そんな急に…卑怯じゃんかぁ…」それだけ言うと、梓はあとはただひたすら嗚咽しながら泣き崩れる。
梓の言葉は、まさにかなみ達の心情を代弁するものだった。
皆、何も言う事が出来ず、目に涙を浮かべ、俯く事しか出来なかった。
ただ1人、ちなみを除いて。
彼女は、目に力強い光を宿し、タカシ達に語り始めた。
「……かなみちゃん…皆…大丈夫だよ…きっと…また…会える」
「…先生、いつか、言いましたよね…」
「『―どんな事にも終わりはある。誰にでも、別れは等しくやってくる』『その時、奇跡なんて起きない』って」
「ああ…確かに、そう言ったな」タカシが力の無い声で答える。その言葉に、ちなみは頷き、さらに話を続ける。
「私…思うんです」
「別れの時に、奇跡が起きないのは…出会えた事が…奇跡だからだと…思うんです」
「先生は…覚えてないでしょうけど…」
「昔…雨にうたれて立ち往生してた私に…先生は…私に傘を差し出してくれました」
「…自分が…雨に打たれる事も…厭わずに」
「それ以来…ずっと、会いたいと思ってました…あってお礼がしたいって…」
ちなみはタカシが好きだということは、あえて伏せた。
(だって…今ここで…それを言うのは…フェアじゃないもの…)そう思いつつ、さらにちなみは話を続ける。
「そして、会えました…奇跡は、起こるんです…起こせる…ものなんです…」
「だから…きっと、また…会えます。」
「奇跡は…起きます」
「そうだな…ちなみの言うとおりだ。お前は…強いな」
ちなみの言葉に、尊が簡単の言葉を漏らした。
「七瀬…ごめんな…そして、ありがとう」
「僕が間違ってた…そうだよな。想っていれば、必ず、会えるんだよな」
「死に別れるわけじゃない。ただ、ちょっと離れるだけなんだから」
タカシの後半の言葉は、誰かにというよりは、自分に言い聞かせているようだった。
「それじゃ…そろそろ僕は行くよ」
「でも、もう、サヨナラは言わない」タカシは立ち上がりながらそう言った。
「皆…また、会おうな」タカシは笑顔でそう告げた。
かなみたちも、
「先生。また、会いましょう。約束ですよ?…破ったら、承知しませんから」
「電話、絶対するわ!でも、出来ればそっちからかけてくれると嬉しいんやけどな。国際電話は高いし」
「今度会うまでにゲームの腕前上げて、いつかギャフンと言わせてやるからな〜覚悟しとけよ♪」
「…またな」
「ごきげんよう。また会う日を楽しみにしていますわ」
「しばしの別れじゃ。なあに、きっとすぐに会えるじゃじゃろうて」
「今度会う時には、もう少し鍛えて立派な男になっていることを期待しているぞ」
「…先生…またね」
そう、それぞれ笑顔で告げた。
それを聞いた後、タカシはレストランを後にした。
こうして、VIP高校から1人の教師が姿を消した。


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