第2話「Money! Money! Money!」

その日もタカシは授業をしていた。
この学校に赴任してから既に2週間が経とうとしていた。
だが問題児たちの口撃は衰える事を知らなかった。
か「先生!そこはもう前に勉強しました!しっかりしてくれませんか!?」
ち「・・・それで・・・授業の・・・つもり?」
尊「何だその汚い字は・・・ノートに写すのも一苦労だな・・・成績が下がったらどうしてくれる?」
纏「それよりそこの漢字、間違っておるぞ。漢字ドリルで1から勉強しなおしたらどうじゃ?」
リ「まったく、庶民の行う授業はやはり庶民らしく平凡なんですのね。もっと品性を磨いたらいかが?」
勝「・・・ふん、つまらねぇな」
泉「こんな授業じゃ、家で勉強してた方がマシやな〜授業料のムダやわ」
と、毎日こんな感じなのである。
タ「うう・・・胃がキリキリするなぁ・・・」
タカシは授業のたびに精神が磨り減って行くような感覚を覚えていた。
キーンコーンカーンコーン・・・
チャイムの音。タカシはこの音を待ちわびるようになってしまった。
先生が生徒よりチャイムを喜ぶというのはどうかとも思うのだが、
その音をきっかけに重圧とストレスから開放されるため彼には素晴らしい福音に聞こえるのだった。

だが、事態がまったく好転していなかったわけではなかった。
先日のゲーセンの一件以来、梓がタカシに懐くようになったのだ。
梓「タ〜カシ〜♪」そういうと彼女はタカシへタックルをかける。
タ「おわぁっ!?小久保か。何だい?」
梓「休み時間だしゲーム勝負だ〜!」そういうと彼女は鞄から2つ携帯ゲーム機を取り出す。御丁寧に通信ケーブルで繋がっていた。
タ「ハイ没収」タカシはそういうと梓からひょい、とゲームを取り上げた。
梓「あ〜何すんだよ〜タカシの鬼〜悪魔〜碇ゲンドウ〜!」
タ「・・・最後の意味が良くわからないんだけどな。学校にゲーム持ち込んじゃダメじゃないか。」
タ「放課後に返してあげるから、ね?そのときにゆっくり遊ぼう」
梓「むぅ〜・・・まあ、どうしてもっていうんなら、預けといてやるから」
タ「はは。まあ、素直なことは良いことだよ。今日の梓は良い子だな」(ナデナデ)
梓「だから頭をなでるな〜」
タ「じゃ、今度から撫でるの止めようか?」そういうとタカシは撫でていた手を止める。
梓「あっ・・・まあ、すこしくらいだったら・・・してもいいけど?」
タ「わかった(苦笑)。でももう昼食だし、学食行かなきゃ行けないからまた今度ね」
梓「お〜う!放課後、忘れるんじゃないぞ〜」
タ「はいはい」こうしてタカシは学食へと向かった。
タカシが同僚に聞いた話だと、ここの学食は美味しいらしく、校外からも客が来る。(学食だけは部外者も立ち入れるのだ)
そのため、タカシはいつも自分で作っている弁当を今日は作らず、学食に赴こうとしていたのだ。
だが、その道すがら、2人の生徒がなにやら口論をしているのを見つけた。
タカシはそれを仲裁しようと2人に近づいた。その生徒の片方はとても見覚えのある子だった。
丸くて大きいフレームレスのトンボ眼鏡にショートボブ。関西弁で何事かもう片方の男子生徒に話している。
タ「アレは・・・えっと、難波 泉・・・だったよな・・・いったい何を話しているんだ?」
先生として生徒のケンカなんて放って置けない。ともかくタカシは2人へと歩み寄った。
タ「ちょっとキミたち。何を話してるんだい?」タカシは近づくと2人に話しかけた。

タ「ケンカは、良くないと思うけどな。よかったら事情を話してくれないか?」
泉「なんや、タカシかいな・・・別にケンカとちゃうわ」
タ「キミも呼び捨てにするのか・・・いやでも、穏やかじゃない様子だったからさ」
泉「まあ、そうかもしれんなぁ。でも、コレはあくまでも正当な行為や。邪魔せんといてくれるか?」
タ「正当な行為?いったい何をしていたんだい?」
泉「別に。コイツから貸した金を取り立ててただけや。な?な〜んもおかしなトコあらへんやろ?」
それを聞いた相手の生徒が抗議を始めた。先生であるタカシが来た事で気が大きくなっていたのかもしれない。
男子生徒「どこが正当だ!どこがおかしなトコはないだよ!先生!聞いてくださいよ!」
タ「ん?どうしたんだい?」
男子生徒「こいつ、貸した金に法外な利子つけてきたんですよ!お陰で1ヵ月で返済額が倍近くになってた!」
タ「1ヵ月で倍近く・・・っておい!それトサンじゃないか!闇金融かキミは!?」コレにはタカシも驚いた。
ちなみにトサンとは金融業界(特に闇金融)での用語で10日で3割の利子がつくことを意味する。
だが、泉はそんな2人の様子などどこ吹く風といった様子で、淡々と言うだけだった。

泉「その条件で承知したのはあんたや。それに借りてすぐ返さへんお前がアホなんや」
男子生徒「ぐっ・・・」悔しそうな面持ちで歯をギリギリと食いしばる。
タ「お、おい、難波。せめて利子分だけでもまけてやったらどうだ?」その様子にタカシはいたたまれなくなり、助け舟を出すが、
泉「アホぬかさんでくれるか?借りた金は耳をそろえてきっちり返す。コレ常識やろ。タカシ先生は黙っといてくれるか」
キッ!という音が聞こえてきそうなほど鋭くタカシを睨みつける。彼女の有無を言わさぬ迫力に、タカシは黙らざるを得なかった。
泉「さ、はよ返しぃ」そういうと泉は男子生徒に詰め寄る。
男子生徒「うう・・・わかったよ!払うよ!払えば良いんだろ!ほら!」半ば自棄になりながら一万円札を取り出して泉に突き出す。
泉「最初から素直にそうすればええねん。ま、確かに返してもらったで。ほな、またの御利用をお待ちしてます〜なんてな」
泉はそう言うと、歩き去っていく。
男子生徒「もう2度と借りるか!この守銭奴!」彼は歩き去る泉の背中に吐き捨てるように怒鳴りつけた。
その言葉に一瞬、ビクン。と泉の体が震えたような気がしたが、また何事もなかったかのように歩き出した。
タ「彼の言い方はあんまりにしても・・・確かにコレはちょっとまずいかもな・・・でもどうすればいいのか・・・」
その事で頭がいっぱいになり、結局肝心の学食の味は良くわからなかった。

だが、考えてもいい案が思い浮かばず、残るところ6時限目の授業を残すのみとなった。
その休み時間に声をかけてくる男がいた。
荒「よ〜う、別府先生。調子はどうだい?あの『1-B』の担任になってさぞ苦労してるんじゃないか?」
タ「あ、荒巻先生・・・ええ、そりゃもう。とてもとても大変です」タカシは『とても』の部分を必要以上に強調して言った。
タカシはそう答えたものの、彼のことがどこか苦手というか、どうも好きになれずにいた。
薄っぺらい性格と、ホスト顔といってしまえば聞こえは良いが用は量産型の「イケメン(半ば死語)」風の顔。
まさに、「軽薄」という言葉が服を着たような男だった。
何よりタカシが嫌だったのは、不遜で傲慢な、濁り澱んだ目だった。
無論、相手は職場の先輩。そんな心中などおくびにもださず、タカシは話を続ける。
タ「で?荒巻先生?僕に何の用です?」
荒「ん〜?いや、大変な生徒を受け持って大変だろうと思ってなぁ〜」
荒「『臨時収入』も入った事だし、キャバクラで酒でも奢ってやろうかと思ってな。感謝しろよ〜?」
タ「・・・臨時収入?公務員はバイトできないし・・・あ、宝くじかなんかですか?」
荒「ちょっと違うな。まあ、詳しくは話せないが、ちょっとした収入源があってな。で、一緒に行くよな?」
タ「はぁ・・・それはありがたいですが・・・でも今日はちょっと・・・」梓との約束を思い出し、やんわりと断ろうとするタカシだったが、
荒「何〜先輩のせっかくの誘いを断ろうってのか〜?」
タ「いえ、そういうわけじゃ・・・でも今日は予定がありまして」
荒「いいから一緒に来ればいいんだよ!そんな予定なんぞ後にしちまえ!それじゃ、決まりだな」
タ「いやあのちょっと!?」タカシの静止の声もむなしく、荒巻はそのまま行ってしまった。
タ「困ったなぁ・・・小久保になんて弁解すれば良いんだ・・・」途方にくれるタカシ。
だが、そのキャバクラで思わぬ展開が待ち受けてることなど、神ならぬタカシには知る由もなかった。

そしてその夜、キャバクラ前に、ペコペコと頭を下げながら必死に携帯電話で梓に謝るタカシが居た。
梓『コラ〜話と違うじゃんかぁ〜この嘘つき〜!』
タ「ごめん、ほんっとに、ごめん!先輩に呑みに誘われちゃってさ。僕下っ端だから断れなかったんだよ」
正確には断ろうとしたが強引に押し切られてしまったのだが。
梓『ひっど〜い!タカシはボクと先輩の先生、どっちが大切なのさ〜!』
タ「どこでそんな言葉を覚えてくるんだい・・・」
タ「とにかく、ゲームはまた今度ってことで、ゴメン!ゲームはキミの机の上に置いておいたから!」
梓「む〜・・・まあ、その代わり、今度は今日の分もまとめて相手してもらうからね!」
タ「わかったよ。約束する」
梓「今度約束破ったら絶交だからね!」
タ「了解。それじゃあね」
タ「ふぅ・・・」タカシは携帯を切ってポケットにしまうと、ため息をついた。
荒「なんだ?恋人か?お前も隅に置けない奴だな」ニヤニヤと笑いながら荒巻が聞いてくる。
タ「違いますよ・・・僕のクラスの生徒です。ゲー・・・じゃない、勉強を教える約束をしてましてね」
荒「ホントかぁ?声からすると女子生徒だったみたいだし・・・イケナイ課外授業でもする気だったんじゃないのか?」
なおもニヤニヤ笑いをしながら聞いてくる荒巻にタカシは内心あきれ返っていた。
タ(きっとこの人の脳みその中は桃色一色なんだろうな・・・聖職者として、どうなんだろ。あ、脳みそはもともとピンク色か)
だが、その思いを何とか己のうちに留めると、勤めて冷静に荒巻に答える。
タ「そんなどこぞのAVじゃあるまいし・・・そんな事はしませんよ。僕は教師ですから」
荒「本気でそういってんのか・・・?馬鹿だなぁ、お前。もういい、なんかシラけたし早く中に入ろうぜ」
そういうと荒巻はキャバクラの中へ入っていった。
タ(シラけたのは僕のほうだよまったく・・・)
そう心の中で毒つきながら、タカシもその後に続いた。

店内に入ると、ウェイターに1つの席に案内される。そこはそこそこに豪華な席らしかった。
どうやら荒巻はここの常連らしい。席に着くなりそれなりに容姿のととのったホステスが何人か、呼んでもいないのにこちらに来た。
荒巻はそんな状況を当然のように見ていたが、タカシは平静ではいられなかった。
何せ、タカシは学生時代、教師になるためひたすら勉学に励んできたのだ。
余暇の時間も、男友達と馬鹿騒ぎするか、1人でゲームか漫画でも読むのが常で、女遊びなど彼には縁遠いものだったからだ。
タカシはいたたまれなくなって、とりあえず一旦この場を離れる事に決めた。
タ「すいません・・・ちょっとトイレに行ってきますね」
荒「いきなりテンション下げるような事言うなよなお前。まあいい。早く言ってこいよ」
タ「わかりました。行って来ます」そういうとタカシはトイレに向かおうとした。
タ「といってもな・・・トイレ、何処にあるんだ?」
店内はムードを出すためか、少し薄暗くなっている上、複雑な構造になっているので、トイレが何処にあるのかまったく解らなかった。
タ「どうしようかな・・・あ、あのホステスさんに聞いてみよう」
そう1人ごちると、彼はこちらに背を向けているホステスに声をかけた。
タ「すいません。トイレは何処にありますかね?」
?「なんやのん?そんなことウェイターに聞きぃや・・・」そう言いながら彼女は振り向いた。その顔を見て、タカシは仰天した。
そのホステスは、化粧やアクセサリでだいぶ大人びた印象になっていたが、それは間違いなく泉だった。
61
タ「難波!?こんな所で何してるんだ!」
泉「うぇえ!?タカシなんでこんなトコにおんねん!?っていうか本名で呼ばんといて!ここではウチはみなみや!」
タ「源氏名!?ってことはここで働いているのか!?難波お前高校生だろ!こんなトコでバイトして良いと思ってるのか!?」
泉「あ〜もう!こんなトコでそんな事話さんといて!とりあえず控え室行こ!店長〜!」
店長「なんだいみなみちゃん・・・このお客様が何か?」店長は髪を後ろに結んだ浅黒く屈強な体つきをした男の人だった。
泉「ウチのクラスのセンセやねん。とりあえず控え室に連れていこ思て」
店長「何だって!えっと・・・」
タ「タカシです。別府タカシ」
店長「別府さん。ここでは何ですから、奥の控え室で話しませんか?」
タ「そうですね・・・行きましょう・・・」
そういうと、3人は『STAFF ONLY』と書かれたドアを通り、控え室に向かった。

ドアをくぐると、さほど時間もかからず控え室にたどり着く。そこはタカシの教室の半分くらいの広さの空間だった。
おそらくはそこでホステスが化粧をするのだろう。大きな鏡が置かれた化粧台がいくつもすえつけられ、姿見もあった。
ロッカーもあったので、どうやら更衣室の役割も果たしているのだろう。
また、部屋の入り口を通ってすぐに段差があり、そこで靴を脱ぐようになっており、その上は畳張りになっていた。
そこには何枚かの座布団と、足の低い木製の古びた四角いテーブルがあった。その上には茶菓子のはいったお盆が1つ。
タカシは店の表側と裏側のあまりのギャップに、しばしの間異世界に来てしまったような感覚になった。
3人はおもむろに座布団の上に腰掛けた。
話を切り出したのは、タカシだった。
タ「・・・で?難波、店長さん。いったいどんな理由でどんな事情でどんな経緯でここで働く事になったのかな?」
タカシの顔と言葉は表面上はやわらかいものだったが、彼から、
『どんな理由だろうと許しては置けない。さて、なんと言ってくれようかな・・・』という怒りのオーラが滲み出ていた。
店長「ええとですね・・・なんと言ったら良いのやら・・・」彼は額の汗をしきりに拭きながらしどろもどろになって言葉を紡ぐ。
どうやら見た目と反して気弱で繊細らしい。その様子にタカシは幾分か毒気をぬかれた。
店長「あのですね・・・」なおも言おうとする店長をみなみ・・・ではなく、泉が手で制し、代わりに答えた。

泉「店長、もういい。ウチが答える。そんなの簡単なことや。金のために決まってるやろ。ここいい稼ぎになるねん」
タ「だからといって・・・ここがどういう店かわかっているのか!?」
泉「アホなこと聞くなや。解ってるに決まってるやないの」
タ「わかってるなら今すぐほかのバイトに代えるんだ!こんな事学校にばれたら大騒ぎだぞ!」
泉「嫌や!こんな稼ぎの良いバイト先、そう簡単に止められるわけないやろ!アホいわんといてくれる!?」
タ「どうしてそう頑固なんだ!?そりゃあ収入は減るだろうけど、他のバイトだって問題ないだろう?」
タ「そんなに金のかかる趣味でもしてるのか!?」
泉「ウチの事情も知らんくせに勝手な事ぬかすな!ウチは他の生徒と違って自分のためだけに金を稼いでるわけちゃうねん!」
タ「何・・・?そりゃ、どういうことなんだ?」
店長「みなみ・・・いや、泉ちゃん。それにタカシさんも、少し落ち着いてください」
その店長の言葉が、冷や水代わりとなった。

タ「悪かった。僕も熱くなりすぎてたみたいだ」
タカシは2人に向かって軽くではあるが謝罪する。
一方、泉はというと、うつむいて黙ってしまった。
その姿にタカシは激昂した自分に密かに自己嫌悪した。
店長「泉ちゃん。彼はキミのクラスの先生なんだろう?話しづらいかもしれないけどさ」
店長「事情をちゃんと説明しないと先生も納得できないと思うよ」
泉「店長・・・でも、またあの時みたいになるかもしれへん・・・」
タ(あの時・・・?難波の『事情』とやらに関係があるのか・・・?)
店長「そうかな?私はそうは思わない。信頼できそうな人じゃないか」
泉「まあ、店長がそこまで言うんなら・・・」
泉「タカシセンセ。これから話す事は一切他言無用にできるか?」
タ「もちろんだ。教師生命をかけて、誓う」
生徒の信頼を裏切る先生など、教師失格だ。
それはタカシの教師としての自分に課した最低限のルールだった。
そのタカシの顔をみて、意を決したのか、泉がおずおずと話し始めた。

泉「ウチの家な・・・母子家庭やねん・・・」
泉「オカンは体が弱いし家事もあるからロクに稼げへん。だからウチが働くしかないんや・・・」
そう話す彼女は、とても16の少女には見えない。きっと言葉では言い表せないほどの苦労をこの年でしてきたのだろう。
タ「そうなのか・・・すまん、難波。確かに俺は馬鹿だった。お前の事情も知らないくせに怒鳴ったりして・・・」
泉「わかってくれれば、ええんよ」
タ「だけど、バイトの件はまた別だ・・・どうしても続けるというなら、僕にも考えがある」
泉「な、なんやねん・・・言っとくけど、なんと言われようがこのバイトは辞めへんからな!」泉が体を強張らせ身構える。
タ「そうだな・・・まず、まあ、業務内容上早くには帰れないだろうけど、せめて10時には仕事を終えること」
泉「え・・・それいったいどういう・・・」その言葉に答えず、タカシは話を続ける。
タ「それと・・・同僚に近くに住んでいる人とかはいるかい?」
泉「2人ほどおるけど・・・それがなんやねん?」
タ「そうか、ならできるだけその人たちと一緒に帰ること。夜の一人歩きは危険だからね」
泉「ってことは、バイトしてもええのん!?」
タ「条件さえ呑めば、だけどね。ここで無理やり辞めさせたらまるで僕が悪者みたいじゃないか」
タ「勿論、学校には黙っておくよ。それで良いだろう?」
泉「うんうん、守る守る!ホントよかった・・・これで路頭に迷わずに済む・・・それにしても、梓が懐くのもわかるわ」
泉「アンタ他の教師とは違う。と〜っても、お人よしや。事情聞いたかて、普通こんなバイト許可せえへんよ」
タ「悪かったな・・・変わり者のお人よしで・・・」とむくれながらタカシが言う。
泉「むくれるなや、褒めてるんやから」
タ「どんな褒め方だよ・・・ハハハ・・・」
泉「ええやないの別に・・・はは・・・」
そして、どちらともなく2人は大笑いしていた。それを店長は暖かい眼差しで見ていた。
そのときだった。タカシの携帯が鳴る。液晶画面を見ると『荒巻』の文字。
タ「・・・やばい!」タカシはあわてて電話に出た。

電話に出るや否や、荒巻の怒声が聞こえてきた。
荒「何やってんだよタカシぃ!お前いつまでトイレに言ってるつもりだぁ?ベンピでもしてんのかぁ?」
その言葉にウケたのか、彼の周りから笑い声が聞こえた。
タ「ええとですね・・・ウチのクラスの生徒が問題を起こしましてその・・・いまその生徒のところにいるんです」
嘘は言っていない。現役女子高生がホステスやっている事なんで問題以外の何者でもないし、
今彼は泉(と店長)と一緒に控え室にいるのだから。
タ「今日はその・・・多分戻れないと思います」
荒「なんだよ・・・付き合いわりぃな・・・まあいいや。こっちは勝手に楽しんでおくからよ。それじゃな!」
そう一方的に言うと、荒巻は電話を切った。
泉「今の電話、誰からやの?」
タ「荒巻先生だよ・・・無理やりここに呑みに連れられてね・・・まあ、その面から言えば難波には助けられたかな」
だが、その言葉を聞いた瞬間、2人は顔を曇らせた。
タ(どうしたんだ急に・・・まさか・・・)
タ「さっき言ってた『あの時』っていうのと荒巻先生は何か関係しているのか?」タカシは軽くカマをかけてみた。
その言葉に2人は驚いたようにこちらを見る。どうやらビンゴだったらしい。
2人はしばし固まっていたが店長が泉に話しかけた。
店長「泉ちゃん・・・ここまで来たんだ。『あの事』も相談してみたらどうかな。どの道、もうそろそろ限界だ」
泉「そうやね・・・タカシセンセになら、相談してもええかもしれん・・・」
タ「『あの事』ってのは、どういうことだい?難波たちと荒巻先生の間に何があったんだい?」
泉「それはな・・・」

泉「荒巻も、ウチがそのバイトしてること、知ってるねん」
タ「何!?それなら荒巻先生もここに呼ばなきゃ!」タカシは携帯電話を取り出そうとする。
だが、その手を、泉が押さえ込んだ。その手は、はっきりとわかるほど、震えていた。
タ「どうしたんだ難波!?」
泉「アカン・・・荒巻にここにこられたら・・・荒巻だけはアカンねん・・・!」
タ「難波・・・どういうことなんだ?」
店長「それは私から説明します」
店長「荒巻先生は、この事実を知ると、私たちを強請ったのですよ」
タ「何だって!?」
信じられなかった。確かに泉のバイトは非常識だし、無論校則に反している。
だからといって、教師が生徒を強請るなどとは・・・!
店長「はじめはたいした額ではなく、何とかなっていたのですが、味を占めたのか次第に金額を吊り上げてきまして・・・」
泉「アイツ、ウチらが何もいえないとわかって、足元見てるんや・・・」泉の顔は苦渋と怒りに満ちていた。
泉「ウチは確かにイケナイことしてるから仕方あらへん。でも店長は悪くないんや!」
泉「このバイトの件はウチが無理やり頼み込んだようなものなんや!なのに・・・店長は金額を半分負担してくれて・・」
店長「私にも責任はある。泉ちゃん。気にしなくて良い。ですがタカシさん。そろそろ金額が大きくなりすぎて、限界が近いんです」
泉「センセにこんなこと聞くなんて、筋違いなのかも知れへん。でもどうしたらええか分からへんねん!」
泉「これからどうしたらええんやろ・・・センセ、助けて!」
タ「そんな・・・!でもだとしたら荒巻先生・・・いや荒巻は許せない!」
タ「どうにかして懲らしめられないもんかな・・・」タカシはそういった後ブツブツと何かを呟きながら考え込んでいたが、
何か思いついたらしい。とたんに何かを企んでる様な怪しげな笑顔を顔面に浮かべると、
タ「難波。それに店長さん。良いことを思いついたんだ。ちょっと聞いてくれるかな」
泉「何やのん?」店長「なんですか?」
タ「まあ、ちょっと聞いてくれ」タカシはそういうと、『計画』を語り出した。語りながらタカシは、
タ(ああ・・・俺は今多分悪戯を思いついた小久保と同じ顔してるんだろうなぁ・・・)なんてことをぼんやりと考えていた。

そして次の日―

放課後、荒巻が帰ろうとすると、タカシが声をかけてきた。
タ「荒巻先生。昨日はスイマセンでした」
内心タカシははらわたが煮えくり返るような気分だったのだが、それを何とか堪え、笑顔を取り繕った。
荒「あーもういいよ。俺は昨日十分に楽しませてもらったし、お前こそ残念だったな」
タ(そのお金は難波と店長が必死に稼いだもののくせに・・・いかんいかん、ここは冷静に冷静に)
タ「それでですね?お詫びがしたいのでまたあのキャバクラに行きませんか?勿論奢りますよ」
荒「ホントか?そりゃいいな。早速お言葉に甘えさせてもらうかな」
そして夜―
タカシと荒巻は昨日と同じように特等席に座った。
すると、店長がドンペリをもって来た。既に栓は抜かれていた。
荒「おい、こんな高い酒頼んでないぞ!?」
店長「荒巻様はここの御常連ですので。今日はサービスです」
荒「何!今日は奢られるわサービス受けられるわツイてるなぁ!」大喜びする荒巻。
だが後に彼は今日が人生最悪の日だと思い知らされる事になる。
荒巻は勧められるがままにドンペリを呑む。すると急に猛烈な睡魔が彼を襲った。
荒「何だ・・・俺は酒には強いはずなんだけどな・・・なんで今日に・・・かぎ・・・って・・・」
程なく、彼の意識は闇に包まれた。
彼が目を覚ますと、そこは暗い広い空間に転がされていた。
荒「何だ・・・閉店時間なのか・・・?それにしちゃ変だな・・・」そういって、彼は立ち上がろうとしたが、できなかった。
彼は足と両手を縛られ、身動きが取れないようにされていたのだ。
なぜか上着も脱がされ、パンツ一丁になっていた。
荒「な、なんなんだコレは・・・!」そういった直後、倉庫にいっせいに明かりがつけられた。
急に明るくなり、目を細める荒巻。明るさに目が慣れ、周りを見渡すと、
黒スーツに身を包んだコワモテの男たちに囲まれていた。それはいわゆる「ヤ」のつく自由業の人間たちだった。
荒「なんなんだ・・・なんなんだよこれはいったい!」
彼の叫びに、黒スーツの男のリーダー角であるらしき男が荒巻に歩み寄る。
サングラスでよく分からないが、年は40〜50くらいであろうか。上等なスーツに身を包んでいる。
男は荒巻の近くまで歩み寄ると、おもむろに荒巻のわき腹を蹴りつけた。
荒「グォ・・・」彼は苦悶の声を吐瀉物と一緒にはきだした。
男「キタネエ声でギャアギャア喚くな。少なくともここではお前に自由なんてねぇ」
荒「ゲホッ・・・俺がいったい何したっていうんだ!」叫ぶ荒巻。だが男は再び荒巻を蹴りつけた。
荒「グォッ・・・」
男「喚くなっつってんだろが糞が。お前、あのキャバクラの店長を強請ってたんだってな?」
荒「そ・・・それがどうかしたって・・・」
男「あそこはウチのシマでな。あの店はウチの組の割と重要な収入源なんだよ」
男「つまりは、だ。お前は間接的に俺たちの組にケンカを売ったんだよ」
その言葉に荒巻はようやく事を理解したのが顔面を蒼白にしてガクガクと震え上がる。
荒「し、知らなかったんだ・・・お、お金は全部返すから・・・ゆゆ、許してくださ・・・」
男「駄目だ。お前は踏み込んじゃ行けない領域に足を踏み込んだんだよ・・・おい、お前ら!」
組員達「ハイ!組長!」
男「コイツを思いっきり痛めつけてやれ・・・お?」
そのとき男の携帯に電話が入る。
男「おう・・・アンタか・・・ん?なるほど。分かった」
男「それだけか?まあいい。また何かあったらいってくれ。アンタは命の恩人だ。力になる」
そういうと、男は携帯を切った。
男「ある奴からのリクエストでな、『絶対死なないようにしてくれ。ただし死なないなら何やっても良い』だとさ」
男「命拾いしたな。だが覚悟しとけよ・・・すぐに死んだほうがマシだって思うようになるからよ・・・」
荒巻の顔はすでに涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、失禁までしていた。
男「そういうことだ・・・お前ら、やれ」その言葉を合図に組員達が荒巻に殺到する。
荒巻の悲鳴は、すぐに仮借ない暴力の音にかき消された。

―キャバクラ・控え室にて―

タ「あ、山田さん?彼は絶対死なないようにしてくださいよ?ただし死なないなら何やっても良いですが」
タ「あ、はい。それだけです。力になるって・・・もう十分に恩は・・・切れちゃった」
タカシはいそいそと携帯をしまう。そこに店長と泉が話しかけた。
店長「タカシさんにあんな交友関係が会ったなんて・・・その。以外です」
そう、男の話は真っ赤な嘘。この店はヤクザとは何の関係もない。
泉「アンタいったい何者なんや・・・?なんでヤクザもんにタダで言う事聞いてもらえんねん?」
タ「僕はただの教師さ。まあ、ゲームの腕前と教育への熱意と人脈には自信あるけど」
タ「あの人は山田 風雲っていって、若き山田組の組長でね」
タ「敵対している組の鉄砲玉にやられて危うく死に掛けてたんだけど」
タ「僕が応急処置して病院に連れて行ったんだ」
タ「そのお陰で一命を取り留めたのは良いんだけど・・・律儀で義理堅い人でさ」
タ「恩返ししたいって言って聞かなくて。といってもヤクザ屋さんにしてもらう事なんて思いつかなかったから今まで困ってたんだよ」
タ「まさかこんなことに役立てられるとはおもってなかったけどね」
タ「ま、そういうわけだ。もう二度と荒巻はキミたちを強請ろうなんて考えないはずだ」
タ「それじゃ難波、また学校でな。店長さん、難波を宜しく」
そういうと、タカシはキャバクラを後にした。
後には呆然とした店長と泉が残された。

そして次の日、学校の食堂にて―

タ(よし・・・今日こそは学食を良く味わって食べるぞ!)そう決意し食堂に足を踏み入れた。
食券の販売機に近づくと、泉に出くわした。

タ「あ、難波・・・食券先に良いぞ。あれから、どうだ?」
泉「バイトは順調や。それもコレもセンセのお陰や。ほんま、おおきにな!」
タ「そりゃよかった」
泉「あ、今から食券買うとこなんか?」
タ「ああ、そうだけど・・・」
泉「なら、好きなメニュー言いや。奢ったるわ」
タ「何ぃっ!お前、熱でも出たのか?」
泉「なんやそれ。ウチかて人にメシ奢る事くらいあるがな」苦笑しながら泉が言う。
泉「・・・っていうか、それくらいしか感謝の気持ちをどうあらわしたらいいか、わからへんねん」
タ「気にしなくていいのに・・・まあ、ここはお言葉に甘えとくかな。安月給だし」
泉「ごっつう高いメニューでもええで?なんでも奢ったるわ」
タ「・・・・・・じゃ、このA定食で」
泉「A定食て・・・一番やっすいメニューやないの!?遠慮しなくてええんやで?」
タ「なに言ってんだ。他の人に聞いたが、このA定食、カナリ美味しいらしいじゃないか」
タ「それに安いし出来るのも早いって聞いた」
タ「はやい・安い・ウマい。この3つを全部満たしてるんだぞ?最高のメニューじゃないか」
泉「はは・・・確かにそうやな・・・ウチら、結構気が合うかもな」
タ「そうかな」
泉「そうに決まってる!きっとごっつええ関係、築けるわ。・・・勘違いすんなや?あくまでも生徒と教師として、やからな」
タ「分かってるよ」タカシは苦笑しながらそう答えた。
泉「・・・今はな(//////)」(ボソッ)
幸か不幸か、タカシは泉のその呟きが聞こえる事はなかった。
泉のかすかに赤く染まった顔も、背中を向けていたので、タカシに見えることはなかった。
余談だが、この日からタカシは「学校一番の守銭奴に飯を奢らせた人」として学校中からある意味一目置かれる存在になった。


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