第3話「 涙 」

ピピピピッ、ピピピピッ・・・目覚まし時計のベルが鳴り、その音でタカシは目を覚ました。
タ「う・・・ふぁあ・・・もう朝か・・・にしちゃちょっと暗いな・・・」
そういうとタカシはベルを止めるために目覚まし時計を手に取る。時計の表示を見てタカシは愕然とした。
タ「・・・5時30分!?・・・時間設定を間違えたのか・・・」
タ「寝直すか・・・・・・」こうしてタカシはもう一度布団に潜り込んだが、
タ「・・・ああもう!目が冴えて眠れない!」タカシはそう叫ぶと勢い良く身を起こす。
寝不足か極度の疲労状態でもない限り、一度目が覚めた後もう一度眠るのはなかなかに困難である。
タ「・・・ご飯食べて学校行く準備するか・・・」
朝食を作り、着替えをして、忘れ物がないかチェック。これらの作業を全て終えたが、
タ「・・・まだ6時30分を少し過ぎたところか・・・カナリ早いけど、もう学校に行くかな・・・」
こうして学校に着いたが、さすがにこの時間では誰も居ない。
朝連をしている生徒すらいなかった。後に知った事だが、この学校では部活単位での朝連を禁止しているのだとか。
タ「・・・あ、鍵閉まってる・・・まあ、こんな時間だしなぁ・・・」教員用の玄関にたどり着いたものの、中に入れない。
タ(このままここに立ってても仕方ないな。どこか入れるところを探すか・・・)
しかし学校をぐるりと回ったが、裏口すら空いてなかった。
タ「どうしようかな・・・ん?」タカシが途方にくれていると、かすかに物音がした。
物音がした方向を見る。そこは武道場だった。
武道館は3つの棟に分かれており、1つを柔道部が、もう1つは武道館が使用していた。
残りの棟は広く、観戦用のギャラリーも設置されていて、校内大会などに使用される。
物音がしたのは、剣道部が使用している棟だった。
タ(誰ががあそこを使ってるなら鍵が開いてるはずだ・・・)
タ(武道館は学校に繋がっている・・・しめた!入れるぞ!)
タカシは武道館へと向かった。

タカシが武道場に近づくと、物音が大きくなる。ブンッ!ブンッ!何かを振る音。
タ(まあ、ここは剣道部員が使用してるとこだし・・・素振りでもしてるんだろうな・・・)
タ(ってことは剣道部員か・・・にしても、誰だ?)タカシは武道館の勝手口から中を覗き見る。
中に居たのは・・・尊1人だった。
タ(えっとあの子は・・・御剣 尊、だっけか・・・こんな朝早くから練習してるのか・・・)
タカシがそんな事を考える。タカシ体勢を変えようと体を動かそうとしたときだった。
カラン。足元に合ったジュースの缶を蹴ってしまった。周りが静かなこともあって。思いのほか周囲に響き渡る。
尊「・・・誰だ!?」鋭い声。思わずタカシは身をすくめる。
尊「・・・誰だといっている!貴様、何者だ!」尊はさらに語気を強める。
このままでは何をされるかわからないとばかりに、タカシはあわてて勝手口から中に入る。
タ「あわわ、ちょっと待って待って!僕だよ!君のクラスの担任の別府タカシ!」
尊「・・・なんだ、貴様か・・・」
タ「もう名前ですら呼んでもらえないのか・・・はぁ・・・」尊はタカシの抗議など聞きもせず、
尊「所で、こんな時間に何の用だ。てっきり学校荒らしか何かかと思ったぞ」
タ「まあ、ちょっとね・・・」タカシが言葉を濁す。
さすがに「目覚まし時計の設定時間間違えましたー」などとは教師のプライドが言うのを許さなかったらしい。
尊「まあ、大方貴様の事だ。目覚まし時計のタイマーの設定を間違えた、と言うところだろうな」
タ「ううっ・・・」図星を突かれ、うめき声を上げるタカシ。
タ「と、ところで、御剣こそなんでこんな朝早くから練習を?」
ごまかすためにタカシが尋ねた。
尊「簡単なことだ。そろそろ大会が近くてな。追い込み練習と言うわけだ」
タ「でも、こんな時間によく中には入れたなぁ。鍵掛かってなかったのか?」
尊「もっともな疑問だな。実は私の祖父がここの校長と親族でな。多少の我侭は聞いてもらえるのだ」
尊「家でやってもいいのだがな。家族に迷惑をかけてしまうかもしれん」
尊「それに、ここなら静かでいい精神統一の場になる」
タ「なるほどなぁ・・・」
タ「まあ、スポーツに汗を流し、大会のために臥薪嘗胆。イイコトじゃないか!」
タ「僕に何か出来る事があったら言ってくれ。応援するぞ!」
尊「ふん・・・私にもご機嫌とりか?」
タ「は・・・?」
尊「大方梓や泉にはそうやって取り入ったのだろうが・・・私にその手は通じんぞ」
タ「人聞きが悪いな・・・僕はそんな卑屈なまねをした覚えは無いよ」
タ「今のだって担任として、当然のことを言ったまでだろう?」
尊「ふん・・・どうだかな・・・まあ、応援したいと言うのなら、勝手にするが良い。私は知らん」
尊「ただし、邪魔だけはするなよ。そのときは容赦なく切り捨てる」
タ「竹刀でどうやって切り捨てるのかな・・・」
尊「人の揚げ足を取るな・・・!」
タ「わかった、ごめん、ゴメンってば!竹刀を振り回さないで!」
尊「ふん・・・わかれば良いのだ」
タ「まあ、そういうことなら、わかった。勝手に応援させてもらうよ。それじゃ練習頑張れよ!」
そう言い残すと、タカシは武道館を出て、校内へと歩いていった。後には尊1人が残された。
尊「確かに・・・変わり者だな・・・アイツは」尊は遠い目をしながらそう呟いたのだった。

それからというもの、タカシは毎朝足しげく武道館に向かった。
応援とはいっても、タカシに出来ることなどほぼなく、ただ見てるだけだったのだが。
しばらくの間は、尊はそんなタカシを無視していたが、そのうち一言二言話すようになり、軽い会話をする用にまで打ち解けた。
そんなある日。
タ「今日はもう修練は終わりかい?ご苦労様」そういうとタカシはタオルを尊に渡す。
尊「ふん・・・一応礼を言っておく」
タオルを受け取り、汗を拭う。 v タ「あと、ハイ」タカシはそういうとペットボトルを差し出す。それはスポーツドリンクだった。
尊「助かる。ちょうど喉が渇いていたところだったんだ」
タ「応援すると言っておきながら何もしないってのも気が引けてきてさ。まあ、こんな差し入れくらいしか出来ないけどさ」
尊「まあ、貴様にしては気が利いているほうだな」そういうと尊はボトルのふたを開け、飲み始めた。
思った以上に喉が渇いていたらしく、喉を鳴らし勢い良く飲んで行く。半分ほど飲んだところでいったん飲むのを中断した。
尊「貴様も、飲むか?」
タ「いいのかい?」
尊「良いも何も、貴様が買ってきたのだろう。貸しを作ったままというのも何だしな」
タ「それじゃ、喜んで・・・」タカシはジュースに口をつける。ただし喉を湿らす程度だったが。
尊「それだけで良いのか?」そういいつつ尊はジュースを受け取り、飲み始めた。何だかんだいって、まだ喉が渇いているのだろう。
タ「差し入れを僕が沢山飲んじゃ意味ないだろう?」タカシは苦笑しながらそう答える。
タ「あ・・・そういえばこれって、間接キスだよな?」
尊「何を言っている・・・馬鹿者が」そういうと、尊はタカシから顔を背けた。
タカシは尊の頬が微かに赤く染まっているように見えたが、朝日に照らされていた所為で、よく分からなかった。

尊「しかし、お前も変わった奴だ。何故毎日早起きしてまでここに来る?」ジュースを飲み終え、尊がタカシに問いかける。
タ「前も言ったろ?生徒を応援するのは先生として当然の事だよ」
尊「そんな先生はお前だけだ」
タ「そんなことはないだろう?他の先生や顧問の先生だって応援してくれるだろう?」
尊「他の先生・・・か」彼女は遠い目をしながら話し出した。
尊「他の先生はお前ほど親身にはならんよ」
尊「大抵は無責任に応援したり期待の言葉をかけて行くだけでな」
尊「そんな事を言われればプレッシャーになるだけなのだがな・・・」
タ「へぇ・・・尊でもプレッシャーを感じるのか・・・まあ、そりゃ尊だって1人の人間だもんな」
尊「別に・・・私のことではない!ただ単に一般論を述べただけだ・・・」
タ「別にそんな事で意地張らなくても良いだろ」
尊「だから、違うといっている・・・!」
タ「わかったよ。でも、さ。今はそうでなくても、これからもっとプレッシャーは強くなると思う」
タ「だから、あんまり気負うなよ。僕でよかったら、愚痴を聞くことくらいは出来るからさ」
尊「・・・・・・な」
タ「ん?」
尊「あんまり優しい言葉をかけるな・・・引き締めていた気持ちが緩む・・・甘えてしまいたくなってしまうではないか・・・」
タ「いいじゃないか、たまには甘えても」
尊「駄目だ・・・そんな事では大会に勝てん・・・皆の期待にも、答えられんのだ・・・」
タ「そうか・・・でも忘れるなよ。僕はお前たちクラスの生徒を支え、導くのが仕事なんだ」
タ「頼りたくなったら、いつでも言ってくれ。それじゃ、また明日」そういうと、タカシは武道館を後にした。
尊「タカシ・・・貴様は卑怯だ・・・そんな事を言われたら、何もいえなくなってしまうではないか・・・」
その呟きは、誰かに聞かれることなく、吐く息とともに、虚空に吸い込まれ、消えていった。

そして、大会当日。尊は順調に勝ち進み、準決勝へとコマを進めていた。
尊が選手控え室で精神統一をしていると、携帯電話のベルが鳴った。液晶画面を見ると、タカシの番号だった。
尊「ハイ、もしもし・・・なんだ、貴様か・・・いま精神統一の途中だったのだがな・・・」思わず不機嫌な声になる。
タ『ごめんごめん、応援に行きたいところだけど、授業があるからさ。こうして電話ででも激励できればと思って』
尊「用件はそれだけか?それなら切るぞ」
タ『あ、じゃ、最後に言って良いか?』
尊「何だ?」
タ『・・・といっても、良い言葉が思いつかないな・・・まあ、御剣。気楽にな」
尊「余計なお世話だ。それじゃ、時間だ。切るぞ」
タ「ああ。それじゃあな」
尊は携帯を切ると、控え室を後にした。会場には予想以上に大勢の客がいた。
(負けるなよ。キミは我が高校の期待の星なんだからな)という校長先生の言葉。
(お前は他の奴とは違う。強いんだ。負けは許されんぞ)という顧問の先生の言葉。
(尊見たいな子を持って俺たちは鼻が高いよ。これからも頑張れ!)という両親の言葉。
数々の無責任な期待の言葉の数々が重圧となって、彼女の心に重くのしかかる。
相手と向き合い、礼をする。だが今の尊は精神的な重圧によって、心ここにあらずだった。
そのせいか、試合開始の合図に、反応が遅れた。
コンマ数秒の差。だがそれが決定打となった。
尊がとっさに竹刀を構えるも、時遅し。
相手の鋭い面打ちが、彼女の頭の防具の真芯を捕らえていた。
判定は一本。全審判一致の判定だった。
尊は、負けてしまった。
3位決定戦にも、敗退した。

尊は、会場を後にし、とぼとぼと歩いていた。
試合の後、周りの人たちから浴びせられる、上辺だけの慰めの言葉。
(御剣さんは良く頑張ったよ。今度があるさ)
(今日のはたまたまだ。気にするんじゃないぞ)
(準決勝まで言っただけでも大したものだよ)
だが、その言葉の裏に、負けた事による失望の感情がにじみ出ていた。
それだけに、なおさら彼女の心の中で寒々しく響き渡る。
尊「くそ・・・くそくそくそぉっ!」やり場の無い怒りが彼女を苛む。
だが、その怒りも、やがて諦念に変わり、心に穴が空いたような状態になった。
気がつくと、そこは武道館の前だった。どうやら無意識のうちに足を向けていたらしい。
尊(ばかばかしい・・・もう授業は終わったし、アイツがこんなところにいるはずがないのに・・・私は・・・)
尊「せっかくここに来た事だ。素振りでもして、気を紛らわすか・・・」
そう1人ごちると、彼女は武道館内に足を踏み入れる。
尊は驚いた。
そこには、タカシがいた。

タ「御剣。大会、ご苦労さん」
尊「タカシ・・・何故ここに?」
タ「いや・・・なんとなく、御剣がここに来るような気がしてさ・・・」
彼は気まずそうに頭を掻く。どうやら結果を耳にしたらしい。
尊「ふ・・・私を笑いに来たのか?」彼女が自嘲気味に笑い、言った。
タ「あ、いや・・・そういうわけじゃなくて・・・」
尊「隠さなくてもいい。あんな偉そうな事を言ってこのザマだ。笑いたければ笑えば良いだろう・・・」
タ「だから・・・そうじゃないって。一言、言いたいことがあってさ」
尊「・・・同情など・・・慰めの言葉など、聞きたくないそれとも、こんな私を罵りに来たか?」
タ「いや・・・そうじゃないよ。御剣」
尊「何だ?」
タ「おかえり」
たった一言、それだけ。だがタカシはその言葉に幾万の思いを込めたつもりだった。
尊「・・・!」
予想外の言葉。だが、一番親身になってくれた男の、そのたった4文字の言葉が、
それまでにかけられた幾つもの慰めの言葉よりも、彼女の心に染み渡った。
胸が熱くなる。今まで押さえつけていた感情が、涙となって彼女からあふれ出す。
尊「うう・・・ヒック・・・タカシ・・・うわぁぁぁぁぁっ!」
尊は、タカシの胸に顔をうずめ、子供のように泣きじゃくった。
タカシは何も言わず、僅かに微笑むと、優しく彼女を抱きしめた。

―次の日―

タ「おう、御剣。おはよう」
尊「ああ。お早う・・・それより、タカシ」
タ「名前で呼ばれるようになっただけマシにはなったのか・・・ところで、何だい?」
尊「昨日の・・・ことだが・・・その・・・皆には・・・内緒にしてくれないか?(//////)」
タ「ああ、昨日お前が泣い」
尊「わーーーーっ!」尊は叫ぶと、タカシの口を塞いだ。
タ「ぷはっ。尊、いきなり何をするんだ。別にそのくらいの事、良いじゃないか」
尊「良くない。あんな無様な醜態を晒したなどと・・・言えるものか」
タ「良くまあそこまで自分を悪し様にいえるな・・・でもさ、無様じゃ、ないと思うぞ」
尊「何故だ」
タ「確かに泣いてばかりの人間は確かに無様だろうさ。だけどな」
タ「頑張って、頑張って頑張って。その結果流す涙って言うのは、とても綺麗なものだと思うんだよ」
尊「そういうものなのか・・・」
タ「それにな、泣き顔が似合うなんてのはお前みたいな可愛い女の子だけに許された特権だぞ?」
尊「・・・何を言っている!馬鹿者が!(//////)」
尊の顔が真っ赤に染まった。

タ「まあ、今の言葉はともかく、泣いた事を恥じるな。悔やむな」
タ「ただ忘れず、明日の糧にすれば良い。解ったか?」
尊「ああ・・・だが、やはり私は出来るだけ泣くまいと思う」
タ「お前も中々頑固だな・・まあ、それはいいことかもな」
尊「だが・・・」
タ「ん?」
尊「もし私が泣きたくなったときは・・・また・・・お前の胸を・・・貸してくれないか?(//////)」
彼女の精一杯の告白。だが一方のタカシは、
梓「タカシ〜おっはよ〜」
泉「タカシセンセ、おはよ〜さん」
タ「おう、お早う。・・・すまん、御剣。挨拶してて聞いてなかった。何ていったんだ?」
尊「・・・もう良い!この馬鹿者が!」そういうと、タカシの脛を蹴り飛ばし、席へと歩いていった。
タ「ぐあっ!?・・・いったい急にどうしたんだ・・・」
梓「うわ、タカシ大丈夫?」
泉「こりゃいったそ〜タカシ尊に何したんや?心当たりとかないんか〜?」
タ「いや、まったくないけどな?」
救いようもないことに、タカシは本心からそう答えた。


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