第6話『セッションプリーズ』

最近、噂になっていた。
夜、無人の音楽室から、歌声が聞こえるらしい。
梓「ってわけなんだよ〜。タカシどう思う〜?」
タ「・・・良くある怪談話じゃないか・・・まあ、ピアノとかの方が多いけど」
梓「とかいって〜ホントはビビッってんだろ〜や〜いタカシのビビリ〜♪」
タ「そんなわけないだろ?まったく、女子高生ってのはなんでそんな噂が好きかな・・・」
梓「でもさでもさ、ホントだったらどうする?」顔を少しばかり険しくして言う。
タ「そうだなぁ・・・コンサートでも開いてもらうとか。儲かるんじゃないか?」
梓「むき〜!ボクが真面目に聞いてるのにその態度、ムッカつく〜」
タ「はいはい、怒らない怒らない・・・頭撫でてあげるから・・・」
梓「あう・・・(/////)こ、こんなことでごまかされてたまるか〜!」
タ「・・・じゃ、撫でるのは止めるか」
梓「え・・・まあ、タカシごときにもっと器用な謝り方も出来ないだろうし・・・もうちょっと・・・そうしてろ・・・(//////)」
タ「はいはい・・・(ナデナデ)」しばらくそうしていると、チャイムの音が。
タ「さてと、そろそろ授業だ。小久保、さっさと席に着きなさい」
梓「ほ〜い」そういうとぽてぽてと可愛らしく席に向かって歩き出して行く。
タ「意識せずにああいう仕草が出来るのは一種の才能だよな・・・」とタカシが1人ごちていると、
泉がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
泉「なあなあ、さっき儲かるとか言うてたやろ?うまい儲け話なら一枚噛ませてくれんか?」猫なで声で人目を憚る様に囁く。
タ「・・・さっさと席に着け」タカシは深いため息とともにそう言った。

授業が終わり、放課後。
自宅に帰ろうと教務室にある自分の机で帰宅の準備をしていると、
高「別府先生」
タ「あ、高瀬先生。・・・なんとなく久しぶりに会う気がしますね・・・」
高「?」
タ「あ、いやなんでも。・・・それより、何ですか?」
高「・・・もう耳に入れてるかもしれないですけど、音楽室の噂。どう思います?」
タ「高瀬先生まで・・・たかが噂話でしょう?」
高「いや実は結構、歌声を聴いている人はいるんですよ」
タ「・・・へぇ。で、それが何か?」なんとなく嫌な予感がしてタカシが問う。
高「誰かがホントに学校に侵入しているなら大変な事だ。誰かにしばらくの間見回りをさせたらどうか?」
高「ってさっき校長先生から指示が来ましてね・・・」嫌な予感がどんどん増してきた。
高「それで、別府先生に見回りをしてもらおうかと」
タ「・・・なんで僕なんですか?」
高「そりゃあ、新人だからじゃないですか?誰だって貧乏くじは引きたくないですし」
タ「・・・解りましたよ・・・やりますよ・・・」タカシは諦めたように言った。

そして、夜。タカシは懐中電灯片手に見回りをしていた。
タ「ったく、新人だからって人使い荒いんだからなもう・・・」誰も居ないとばかりに1人で愚痴をこぼしまくるタカシ。
タ「大体歌声が聞こえたってのは音楽室なんだろ?どうして全部見回らなきゃ行けないんだか・・・」
夜の空は晴れていて満天の星空が窓から拝めた。
月明かりが差し込み、教室の中に行くとき意外明かりがいらないほどだった。
問題の『歌声』はこんな月の出ている明るい晩に聞こえるらしい。
そうこうしているうちに、問題の音楽室の前にたどり着く。
タ「なんだ・・・歌声なんて聞こえないじゃないか・・・やっぱりデマだな・・・」だがその瞬間、
?「〜♪」歌声が、聞こえる。
それは女の人の声で、とても綺麗な歌声だった。
まるで人ならぬものが歌っているのではないかという錯覚を引き起こすほどに。
月明かりに照らされた校舎、という状況も神秘的な雰囲気に拍車をかけていた。
タ「そういえば・・・怪談モノとかホラー映画って大抵バカップルかこういう見回り役が最初の犠牲者なんだよな・・・」
寒気がしてきた。開けるのがためらわれるが、開けぬわけにも行かない。
タ「・・・誰だっ!?」意を決して、タカシは勢い良く音楽室の扉を開けた。
その声に歌声の主はゆっくりと振り向く。
その顔をみて、タカシは驚いた。思わぬ人物だったからだ。
タ「・・・庄田!?」
そう、歌声の主は、庄田 勝子、その人だった。

勝「・・・なんだオマエか・・・なんでこんなとこに居るんだ?」
タ「それはこっちの台詞だよ・・・歌声の主はキミか・・・」
勝「・・・って事は聞いてたのか?今の?」
タ「ああ・・・それがどう・・・」言い終わるより前にタカシは胸倉を掴まれた。
勝「忘れろぉっ!今すぐ記憶の彼方に消し去れェッ!」
タ「ちょ・・・まて・・・庄田・・・締まってるから・・・頚動脈締まってるから・・・」タカシの顔から血の気が引いて行く。
タ「とりあえず・・・落ち着け・・・死ぬ・・・マジで・・・」青色からどんどん土気色になるのを見てさすがに勝子も手を離した。
タ「ゲホッ・・・いきなり何するんだ・・・」喉を押さえながら聞くタカシ。だが勝子は、
勝「チクショー!聞かれたー!一生の恥だ・・・聞かれないようにワザワザこんなトコ来てたのによぉ・・・」そういいつつ身悶えていた。
タ「恥ずかしい?何が?」
勝「だってよ・・・俺のイメージに合わないだろ・・・」
タ「そうか?綺麗な歌声だったじゃないか。上手かったぞ?」
勝「な・・・(/////)ほ、褒めたって何もでねぇからな!」ストレートに褒められるのが苦手なのか勝子の顔が真っ赤に染まる。
タ「いや・・・正直な感想だよ。まあ、正直お前がいたのは以外だったどな」
勝「・・・うるせぇよ。柄じゃねえのは解ってる」
勝「とにかくさっさとこのことは忘れてどっかに消えろ・・・」
タ「・・・そういうわけにもいかないさ」
勝「何でだよ!」
タ「学校でな、結構噂になってるんだよ。無人である音楽室から歌声が聞こえるってな」
タ「僕が来たのも、歌声の正体を突き止めるために上の命令で見回りさせられてるのさ」
タ「僕がここで大人しく引き下がっても他の先生にいずれ見つかるぞ?」
勝「そうだったのか・・・音楽室ってのは防音設備が整ってるから遠慮なく歌えると思ってよ・・・」
タ「・・・扉にまで防音構造が施されてるわけじゃないだろう?」
勝「なるほどな・・・」
タ「で、だ。とにかく事情を聞かせてくれないか?そうでないとロクに判断も出来ない」
タ「夜の学校に不法侵入してるのはいただけないけど、コレといって問題を起こしてるわけじゃない」
タ「それで何らかの処分を受けるのもお前も割りに合わないだろ?」
勝「まあ・・・確かに・・・」
タ「悪いようにはしない。とにかく何でこんな事をするようになったのか、教えてくれないか?」
勝「・・・しょうがねえな・・・内緒にするって約束できるか?」
タ「口は割りと硬い方だと思ってる」
勝「割とかよ」勝子が苦笑する。
勝「まあ、下手に断言されるよりは信用できそうだ。実はな・・・」

勝「俺な・・・歌手になりたいんだよ」
タ「歌手?」思いもがけぬ答えにタカシが目を丸くする。
勝「くそっ、恥ずかしいな・・・やっぱ言うんじゃなかったぜ・・・どうせお前も俺には似合わないと思ってるんだろ?」
タ「いや、確かに以外ではあったから驚いたけど。夢を持つのは良いことじゃないか」
タ「別に笑ったりしないさ」
タ「それで?その事と今のこと、何の関係があるんだ?」
勝「あせるんじゃねえよ・・・今から話す」
勝「でよ、先ずは歌唱力を伸ばそうと思って練習しようと思ったんだが、どうにも良い場所が見つからなくてよ・・・」
タ「それで、ここを選んだのか。明かりをつけてないのはばれないようにするためってワケか」
タ「これほど月が出てる明るい夜なら明かりもいらないしな」
タ「なるほどな〜まさかこんなところで進路相談することになるとは思ってなかったな・・・」
タ「そうなるとな・・・なおさらお前を罰させるのも違うきがするなぁ・・・」
勝「・・・だからって、どうするってんだよ・・・」不安になってきたのか、先ほどまでの勢いは今は無い。
タ「・・・よし、決めた!」
勝「?」
タ「僕が良い練習場所を探してやる。これでも人脈には自信があるんだ」
タ「それまでは何とかここで歌えるよう誤魔化してやる」
勝「・・・ホントか!?」彼女の目が驚きと喜びで見開かれる。
タ「ああ・・・ただし、条件がある」
勝「・・・なんだよ?」
タ「俺をお前の歌の第一番目の観客にしてくれ」
勝「はぁ!?」
勝「ちょ・・・なんでそういう話になるんだ?何でお前が俺の歌を聞きたがるんだよ・・・」
勝「そうか!やっぱりお前面白がってからかってるだけなんだろ!?」
タ「そんなことするもんか。だって、将来お前が歌手になって有名になったとき、」
タ「『僕が彼女の最初の観客だ。彼女の才能は僕が見出したんだ!』っていえるじゃないか。自慢になる」
勝「なんだよそれ」彼女が苦笑する。
勝「まだ歌手として成功するって決まったわけでもねぇだろ・・・」
タ「いいや、断言しても良いね。お前は成功するさ。だってあんなに良い歌声をしてるんだからな」
勝「そ、そんなことねぇよ・・・(//////)」
タ「次に」
タ「親に今の事を、まあ、学校で練習してることは内緒で良いけど、歌手云々ってのをいって、相談しなさい」
タ「音大に進むにしろ、フリーターやってオーディション通いやストリートミュージシャンやってスカウト待つにしろ」
タ「親の協力無しにやるのはかなり困難だぞ?悪い事は言わないからそうしろ」
勝「解ったよ・・・今度、相談してみる」
タ「最後に」
勝「まだあんのかよ!?」
タ「僕の授業を真面目に受けろ。お前ときたらいっつも外をぼーっとみててろくに話も聞いてないだろ」
勝「テストで悪い点とってるわけじゃねえし別にいいだろうがよ・・・」
タ「そういう問題じゃないだろ。言っとくが受験には内申点ってのがあるんだぞ?」
勝「うっ・・・解ったよ・・・やれば良いんだろ・・・」
タ「良く言った。それじゃ、これから毎日来るからな。僕が見回りしている間は誰もこないだろうし」
勝「わかった・・・あ、あのよ・・・」
勝「俺の歌を褒めてくれたの・・・お前が初めてなんだ・・・ちょっと、嬉しかったぜ」頬を赤らめて、彼女は呟いた。
タ「え?今なんて?」
勝「な、何でもねえよ!(//////)と、とにかく今日はもう遅いし、帰ろうぜ」
タ「それは僕の台詞であるようなきもするけど・・・まあいいや。それじゃ、帰ろう」こうして2人は帰途についた。
そして翌日の夜。
タ「さあ、練習を始めてくれ」
勝「・・・じっと見るんじゃねえよ・・・歌いづらいだろうがよ・・・」
タ「あのな。歌手になったら何千何万っていう観客の目に晒されるんだぞ?そんな事でどうする・・・」
勝「お前に見つめられるのが問題なんだろうがよ・・・(ボソッ)」
タ「なんか言ったか?」
勝「別に。それじゃ、始めるぜ」
タ「ああ」
勝「〜♪」歌声が音楽室内に響く。月明かりに照らされながら歌う彼女は、とても綺麗だった。
思わず見惚れてしまうほどに。

数日の間、音楽室での練習は続いた。
そして練習にタカシが付き添うようになって、一週間がたったある日の夜。
タ「お、勝子、もう来てるんだな」
勝「おう。それじゃ・・・」
タ「ちょっと待ってくれ。良いニュースを持ってきたんだ」
勝「ニュース?」
タ「ああ。練習場所が見つかったぞ」
勝「ホントか!?」
タ「ああ。知り合いがライブハウス経営しててな。閉店後なら自由に使ってくれて良いらしい」
タ「音響設備は充実してるから、結構良いと思うぞ」。
勝「サンキュな・・・でもよ」
タ「何だい?」
勝「何でそんなに協力してくれるんだよ?」
勝「親に相談したけど、『お前なんかに出来るはず無い。それよりももっと真面目に勉強しろ』の一点張りだし」
勝「実は他のヤツにも話したことがあるんだが・・・」
勝「鼻で笑ったやつもいた。親みてぇに出来るわけないって決め付けるやつも居た。似合わねぇって馬鹿にするやつも居た」
勝「まあ、例外なくボコボコにしてやったけどよ」
勝「なんでこんなことを真面目に受け止めて付き合ってくれるんだよ?」
タ「なんだ、そういうことか・・・それはな?」
タ「僕が先生になって、初めての進路相談だぞ?そりゃあ張り切りたくもなるじゃないか」
タ「嬉しかったぞぉ。コレこそ先生らしい仕事だってな」
勝「成る程な・・・先生だから・・・か」何処となく落ち込んだ様子で答える勝子。
タ「あと」
タ「僕もずっと教師になりたいと思ってた。僕はその夢を叶えた」
タ「夢を見ることの素晴らしさと、夢を叶えることが出来たときの嬉しさをさ。お前にも味わってもらいたいんだよ」
タ「さっき親に反対されたっていったな?」
勝「ああ・・・」
タ「でもな。それで諦めちゃ駄目だ。根気良く説得するんだ」
タ「確かに、さっきはああいったが成功するかどうかなんてわからない道なのかもしれない」
タ「こっからは『ある人』の受け売りなんだが・・・」
タ「夢ってのはな。困難であればあるほど、信念以外の要素は介入しなくなって来るんだよ」
タ「だからな。気持ちが折れたらそこで終わりだ。それは嫌だろ?」
勝「ああ・・・俺は歌うのが好きだ。それを仕事にしていきたい。本気でそう思ってる」
タ「ならさ、頑張れよ。状況が許す限り」
勝「ああ、わかった・・・ありがとな」
勝「あ、それじゃ、コレがここでの最後の練習だな・・・結構、気に入ってたんだぜ。ここ」
タ「ああ・・・なんとなく、解るよ」タカシは心からそう言った。
勝「それじゃ、タカシ。なんか楽器もってこいよ」
タ「何で?キミずっとアカペラで歌ってたじゃないか」
勝「バーカ。お前が演奏するんだよ。何か1つくらい出来るのあんだろ?つべこべ言わず持って来いよ」
タ「まあ、ないことはないけど・・・」そういうと音楽室の向こうにある楽器倉庫に歩いていった。
そして数分後、タカシが安堵の笑みを浮かべつつ戻ってきた。
タ「よかった。あったよ。コレで良いかい?」タカシの手には、ウクレレがあった。
勝「・・・なんでウクレレなんだ?」
タ「大学時代飲み会での宴会芸で使ってね。一通り弾けるようにはなったのさ」
勝「・・・どんな宴会芸だよ?」
タ「・・・聞くな・・・僕の学生時代の汚点の1つなんだ・・・」苦虫を噛み潰すような顔でタカシは言った。
勝「まあ・・・そこまで言うなら無理には聞かねぇけどよ・・・他にないのか?なんかこう、しまらねえな」
タ「後は小学校で習ったリコーダーとピアニカくらいしかないぞ?」
勝「・・・ウクレレでいいや」
勝「さてと・・・それじゃやるか・・・言っとくけどな?」
タ「?」
勝「別に・・・お前と一緒に歌いたいってワケじゃないんだからな!」
勝「ただ・・・伴奏があると歌いやすいかな・・・って思っただけなんだからな!勘違いするなよ?」
タ「了解。で、曲は何にするんだい?」
勝「ああ、それはな―」彼女の言った曲は、一昔前の外国のポップスだった。
タ「なるほど。それならテンポも割りとゆっくりだし、ウクレレでも出来そうだ」
勝「だろ?・・・それじゃ、Session please?」
タ「OK。それじゃ、行こうか」
タカシが奏でるウクレレのメロディに合わせて、勝子が朗々と歌い上げる。
月夜の演奏会が始まった。
観客は、自分自身―

そして、次の日。
勝「タカシ。お前の言うとおり根気良く説得したら、やっと折れてくれたぜ」満面の笑みで勝子はそういった。
タ「良かったじゃないか」タカシも破顔一笑して答える。
勝「・・・また、昨日みたいにお前と一緒にセッションしてみたいな」
タ「ああ。なかなか楽しかったな」
タ「頑張れよ。庄田勝子の歌手デビュー、心待ちにしてるぞ?」
勝「ああ。俺も頑張って、夢を叶えてみせる。・・・まあ、夢はもう1つ出来たけどな」
タ「なんだ?」
勝「それはだな・・・お前と・・・けけ・・けっ・・・」
タ「け?」
勝「・・・あーもう、やっぱ言うの止めた!歌手になれたら言ってやる」
タ「なんだよ。気になるじゃないか」
勝「うるっせえよ、馬鹿野郎!・・・それじゃ、授業だからもう行くぞ」
タ「了解。それじゃ、もう1つの夢を聞けるのを、楽しみにしてるぞ」
勝「その言葉・・・忘れんなよ?」
タ「?どういうことだ?」
勝「何でもねえよ。じゃあな」そういうと勝子は立ち去った。廊下を歩きながら勝子は思う。
勝(あーもう、何を言おうとしてたんだ俺は・・・アイツと結婚するだなんて・・・)
勝(でも・・・『楽しみにしてる』って言ったよな・・・へへ、こりゃもっと頑張らないとな・・・(//////))
こうして彼女は新たに決意を固めるのだった。
彼女の夢は叶うのか否か?
それはまた、別のお話―


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