第8話『守るモノ、貫く思い』

タ「・・・かなみちゃんが帰ってない!?」
ち「・・・ええ。昨日学校を出てった後・・・家に帰ってないらしくて・・・」
タ「困ったな・・・まさかこんな事になるなんて・・・」
ち「すいません・・・まさかかなみちゃんがここまで頑なだったなんて・・・」
タ「いや、君が気に病むことじゃないさ。とにかく、今日の授業が終わったら、探しに行こうと思う」
ち「お願い・・・かなみちゃんを助けてあげて下さい・・・もし彼女に何かあったら・・・承知・・・しませんから・・・」
タ「確約はできない。でもベストは尽くすつもりだ。でももう授業の時間だ。席に着きなさい」
ち「わかりました・・・」そういうとちなみは席に戻って行く。
授業がはじまったが、タカシは今すぐにでも飛び出したいくらいだった。
そんなことを考えていたせいか、その感情が外に出てしまっていたらしい。
タカシがそわそわしていると、1人の生徒が手を上げた。
ちなみだった。
タ「ど、どうした、ちなみ?」
ち「先生・・・ホントは今すぐかなみちゃんを探しに行きたいんでしょう・・・?」
タ「それは・・・」
ち「行ってあげて下さい。別に先生の授業なら1日自習になったくらいで大して変わりはしません」
タ「う・・・でもな。僕は椎水さんだけに目を向けてるわけにも行かないし・・・」
だが、ちなみの言葉を援護するように、他の生徒もタカシにかなみを探す事を促し始めた。
梓「何迷ってんのさ〜こういうときはさっさと行く!ボクとゲーム勝負したときの元気は何処言ったのさ!」
尊「そうやってウジウジしているなど・・・貴様らしくもない」
纏「お前の良いところは、他の人が躊躇してやらない事でも生徒のためなら迷わず行動に移すとこじゃろうが」
リ「私のような高貴な生まれの者と違って貴方は庶民なんですのよ?失うものなどないというのに・・・?何を迷う事があるのかしら?」
勝「頼む・・・俺たちの力になったときみてぇにアイツの力になってやってくれ」
泉「ウチラはウチラで何とかやっとくわ。心配すんなや。放課後になったらウチラも行くさかい」
タ「皆・・・すまない!僕・・・行って来るよ。泉、山田さんのトコに連絡しといてくれ。何かの役に立つかもしれない」
泉「任せとき!安心していって来いっちゅーねん!」そういうと泉は親指を立てて見せた。
高「話は聞きましたよ」
タ「あ、高瀬先生!」
高「副担任として先生が居ない間私がここの面倒を見ます。だから、行ってあげて下さい」
高「他の先生たちへの説明なら、私が何とかしておきますから」
タ「解りました!それじゃ、皆・・・必ず彼女をここに戻して見せる!」そういうとタカシは教室から出て行った。

タカシは学校から出た後、街中を見て回ったが、中々彼女を見つけることは出来なかった。
心当たりのあるトコを方々まわったが、彼女の痕跡すら見つけることが出来なかった。
タ「くそ・・・椎水・・・何処に居るんだ!」タカシの中で焦燥感だけが膨れ上がる。既に日は暮れ真っ暗になっていた。
タ(頭でも冷やして冷静に考え直そう・・・)タカシはレストランの中に入った。
だが、レストランは予想に反し、混雑していた。
ウェイトレス「すいません。混雑につき相席よろしいでしょうか?」
タカシは「いややっぱ止めて帰ります」とも言えず、
タ「は、はァ・・・」と間の抜けた返事をする事しか出来なかった。
タカシは窓際の席に案内された。
ウ「お客様、相席させてもらいますがよろしいでしょうか?」既に席に座っていた客に何事か聞いているようだった。
タカシには背もたれのせいでその客の顔が見えなかった。
?「ええ、構いませんよ?」その声には聞き覚えがあった。
その答えを聞いたウェイトレスが、タカシをその席まで連れて行く。
タカシは向かいの席に座っている人をみて、愕然とした。
タ「・・・椎水!お前ここで何をしているんだ!」タカシのその言葉にかなみはあからさまに険悪な目つきと口調で、
か「・・・誰かと思ったら。何の用ですか?私は学校でもない限り貴方に会いたくなんてないんですけど」
タ「何の用って・・・お前な・・・お前を探しに来たに決まってるだろ!御家族から電話が来たんだぞ!」
タ「七瀬(ちなみの名字です)も心配してたぞ!早く戻るんだ!」
か「・・・あなたがこの学校から居なくなるんだったら戻ってあげなくもないですけど?」
タ「どうしてそんな解らない事を言うんだ!君は何でそんなに教師って言う人種を憎む!?」
か「・・・先生なんて皆一緒。最初は甘い言葉で手なずけておいて、都合が悪くなったらすぐに裏切って保身に入るくせに!」
タ「僕はそんな事はしない!他の生徒にも僕は純粋に助けたいと思っただけだ!」
か「嘘よ!教師なんてみんなみんな・・・アイツと一緒なのよ!」
タ「椎水・・・お前に何があったって言うんだ!」
か「ふん・・・まあ、話してあげるわよ・・・このままじゃ引き下がらないって顔してるしね・・・」
彼女の話は端々に恨み言や愚痴が混じったり、感情的になってうまく話せなくなったりした。
タカシはその話を根気良く噛み砕き、真剣な態度で聞いた。
話の内容は、以下の通りである。

その当時、彼女のクラスを担当していた教師はは、問題児たち(当時の梓たち)の言動にタカシ同様、悩まされていた。
その教師に懐き、数少ない味方だったのが、かなみだった。
だが、そんな折、事件がおきた。かなみが他の生徒を殴ったのだ。
かなみはその生徒が隠れて喫煙をしていたので、注意したが聞き入れなかったので、無理やりタバコを奪い取ったのだ。
殴ったのは、その生徒が強行に抵抗したためで、寧ろ正当防衛的な色合いが強かった。
だが、殴った相手が悪かった。
その生徒の親は、当時PTA会長をしており、学校に多額の寄付をしたり親族に地元の代議士が居る名士だった。
当然、生徒の親は猛抗議にやって来た。
だが、かなみは当然のことながら、自分には非がないことを主張した。
先生も、自分の味方をしてくれるはず。私を庇ってくれるはず。かなみはそう信じていた。
だが、その想いはあっさりと裏切られる事になる。
自分の立場が危うくなる事を恐れたその教師は、あろうことが殴られた生徒とその親を弁護し始めた。
そして、かなみを非難し始めたのだ。その瞬間、かなみの信じていたもの、かなみの世界を形作っていた『何か』が崩れた。
結果的に、彼女は数日間の自宅謹慎で済んだ。だが、彼女の心には大きな傷痕が残される事となった。
そして、彼女は今後、教師と言う人種を信じることがなくなり、憎悪の対象とするようになった。
その教師は、その後問題児たちに次々と辞めさせられた最初の教師となった。

か「・・・と言うわけよ。わかった?もう話すことなんてないわ。サヨナラ」そういうと、かなみは席を立って、レストランを後にした。
タ「・・・椎水!」
そう叫ぶとタカシは彼女を追いかけようとしたが、代金を払っていなかったため、ウェイターに呼び止められた。
タカシは急いで代金を払うと、レストランを飛び出した。
既に姿は見えなくなっていたが、しばらく探し回る事数分、公園に入る彼女の姿が見えた。
タ「椎水!」
か「なによ!もう放っといてよ!私の気持ちなんかわからないくせに!」彼女は叫ぶ。
だが、タカシにはまるでそれが助けを求める悲鳴のように聞こえた。タカシは思わず叫び返していた。
タ「放っとけるわけないだろう!それにな・・・!」
タ「お前の気持ちなんて、わかる訳ないだろう!他人なんだから!」そう叫んだ。その怒声にかなみがひるむ。
そして、タカシはうって変わって穏やかに、諭すように話し始めた。
タ「・・・だけどな。理解しあおうとする事は出来る。たとえ完璧に出来ないとしても・・・いいや、そんな事出来っこないんだけどな」
タ「互いに分かり合おうとする。理解しあってより良い関係を築こうとする・・・」
タ「それこそが、信頼するって事なんじゃないのか?絆を深めるって事なんじゃないのか?」
タ「確かに、僕はキミの気持ちなんて理解していない。だって、僕たちはまだ仲良くなってさえいないんだぞ?」
タ「人を疑うなら、まずその人と仲良くなってみろよ。でなきゃお前はずっと、一人ぼっちだぞ?」
タカシの言葉に、かなみは揺り動かされたようだ。何かを堪えるような、辛そうな顔で搾り出すように話し始めた。
か「・・・で、・・・・・・・を・・・・よ・・・」
タ「何だって?」
か「・・・なんで・・・そんな事言うのよ・・・信じないって決めたのに・・・先生なんて・・・ロクデナシばっかりのはずなのに・・・」
タ「まあ、今でも僕はあの娘たちにはボロクソ言われてるからな、ロクデナシかもしれないかな?」
タ「この間なんて、悪人とかヘンタイ呼ばわりだぞ?」タカシは苦笑しながら言う。
か「・・・なによ・・・それ」かなみが、初めてタカシの前で笑った。
タ「それでも・・・僕は椎水の力になりたい・・・お前が僕を信じられないとしても・・・」
タ「僕は椎水を信じる。今は信じられなくても、いずれ・・・そうなってくれれば良い」
タ「まずは仲直りの握手をしないか?まずは0から、何でもない教師と生徒として」そういうとタカシは手を差し出す。
か「私・・・私は・・・」かなみは躊躇いつつも、やがてゆっくりとタカシの手へと手を伸ばす。
その時だった。
「おいおいおい、痴話喧嘩かよ〜こんな公園で。いっけねぇな〜」
「お、ヤローはどうでも良いけど、女は中々可愛い顔してんじゃねえか。こりゃこんな男には勿体無いぜ」
「そーそー。そんな男放っといて、俺らとイイコトしようぜぇ〜?」
男の3人組が、下卑た声で話しかけながら2人に近づこうとしていた。
頭を茶や金に染めており、柄の悪そうな顔。その顔には金箔ほどの厚さも感じられない軽薄な笑みが張り付いていた。
タ「・・・相手にしないでさっさと逃げたほうが良いな・・・」そうかなみに言おうとしたが、もう遅かった。
か「・・・とっととどこかに消えなさい!ったく・・・貴方たちの品性の程がしれるってものだわ」
か「あんたたちみたいに頭悪そうで軽薄な奴らは同じように頭悪くて尻の軽い馬鹿女の相手してりゃあ良いのよ!」
すさまじい暴言と啖呵。その言葉に当然のごとく男たちは激昂した。
「んだとぉ!こっちが下手にでてりゃあ付け上がりやがってこのアマぁ!」
「っ殺すぞぉ!このバカメス!」
「俺らにそんなクチをきくとどうなるか体に解らせてやる!」
そういうと、彼らはかなみを取り囲む。だが、その時男の1人が背後から衝撃を受け、転んだ。
見ると、タカシがその男にタックルをかけたのだ。
タ「椎水!今だ!早く逃げろ!」
か「で・・・でも・・・」
タ「いいから、早く!」
かなみは隙を突いて男たちの中から抜け出した。
「この野郎!舐めたまねしやがって!コイツからやっちまえ!」
タカシに仮借ない暴力が降り注ぐ。たちまち傷だらけになっていくタカシ。口が切れたのか、既に口の端から血が流れ出していた。
か「う・・・あ・・・」かなみは目の前で繰り広げられる光景に、足がすくんで動けなかった。
「ったくよぉ・・・手間かけさせやがって・・・」ひとしきり暴力を振るうのを終えると、かなみにむかって歩き出そうとする。
だが、アレだけ痛めつけられたというのに、タカシは驚くほど早い動きで、かなみの前に立ちふさがった。
「何だァ!邪魔すんじゃねえよ!」いつの間にか男の手に握られていた金属製の特殊警棒が、タカシの頭に打ち下ろされる。
タ「ぐあっ・・・」思わず、足がぐらつく。だがタカシは踏ん張って、言葉を紡ぐ・・・
タ「椎水は・・・僕が護る・・・彼女は・・・僕の生徒だ・・・」
タ「この体がどうなっても・・・僕には護るべきものがあるんだ・・・」
タ「貫くべき思いがあるんだ・・・!」血泡を吐きながら、タカシが叫ぶ。
か「先生・・・」彼女の顔は恐怖と涙でクシャクシャになっていた。
「なにワケのワカンネェこといってんだよ!とっとと死ねよ!」そういってもう一度警棒を振り下ろそうとした。
だが、その手が振り下ろされる事はなかった。振り上げた瞬間、何者かの手によって押さえられていたからだ。
山「・・・お前、俺の命の恩人に向かって何してる」手を押さえていたのは山田だった。気がつけば3人組は強面の男たちに囲まれている。
「ひっ・・・!」異様な迫力に、男が気圧される。山田は手の力を強める。男が激痛にうめき声を上げると、警棒を取り落とす。
山「・・・やれ」そう一言山田がつけると、3人組は周りの男たちによって袋叩きにされた。
タ「山田・・・さん・・・」
山「泉ってガキに電話でアンタを手伝ってやってくれっていわれてな。まさかこんな事になってるとは思わなかったが」
タ「ああ・・・僕が頼んだんですよ・・・助かりましたけど・・・もうちょっと早く来てくれたら良かったかも・・・」
山「そりゃ悪かったな。まあ、無事で何よりだ・・・まあ、医者にでもよって、さっさと代えるんだな。そこの嬢ちゃん連れて」
タ「そうですね・・・行こう・・・椎水・・・」そういってタカシが手を伸ばした、そのときだった。
パン。思ったより軽い音だったが、それはまさしく銃声だった。タカシの服に赤黒い染みがどんどん広がって行く。
銃声の先を見ると、暴力をうけ、ボロ雑巾のようになっていた男たちの1人が上半身だけを起こし、銃をこちらに向けていた。
「へ・・・へへ・・・」虚ろに笑う男。
か「先生ぇ・・・いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
山「クソがぁっ!」山田はその男を思い切り蹴りつける。男は吹っ飛んで、それきりピクリとも動かなくなった。
タ「山田・・・さん・・・椎水を・・・たの・・・」
バタリ。タカシは地面へと崩れ折るように倒れた。
救急車がすぐに呼ばれ、タカシの治療が開始された。
かなりの重症で、事は一刻を争う事態だった。タカシの命は、風前の灯火だった。

気がつくと、タカシは、どこかの部屋に居た。
どうやら船室の一室らしい。微かに揺れを感じる。
―あら、なんでタカシがこんなところに居るの?
向かいに、女性が座っていた。
タ「キミは・・・!」
それは、昔、離別したはずの女性。忘れえぬ、思い出の人。
タ「僕は・・・確か銃で撃たれて・・・そうか・・・だから君の居るここに居るのか・・・」
―ここは、川の間を行ったりきたりする船。何の川かは、わかるわね?
タ「三途の川って、ワケか・・・僕は、死んだのか・・・」
タ「なあ、僕はキミとの約束を果たせただろうか?僕は・・・立派な教師になれただろうか?」
―うぬぼれないで。貴方はまだまだよ。約束の半分も満たせてはいない。
―だから、戻りなさい。貴方は、まだ引き返せる。いいえ、引き返すべきなのよ。
タ「でも・・・そうしたら、僕はまたキミと・・・」
―甘えないで。貴方は私の分も頑張って、幸せになる義務があるのよ。
―遠い未来、貴方が人生を全うして、約束を果たしたとき、また貴方に遭えるわ。
―だから、行きなさい。貴方を待っている人が、居るでしょう?
タ「・・・そうだったな・・・僕はこんなトコで止まってちゃ、いけないんだ・・・!」
―それじゃ、またお別れね。少しの間だったけれど、楽しかったわ。
タ「ああ、僕もだ」
―今、出口を作るわ。そう『彼女』がいうと、船室の壁にいきなり扉が出来上がる。
タ「!君は何を!?」
―私は10年近くもの間、貴方を待ちながらこの船に居るのよ?コレくらいの融通は利くのよ。
―船の縁から飛び降りれば、今ならまだ『戻れる』わ。
タ「ああ・・・解った」そういうと、タカシは船の縁に立つ。
―また遭いましょう。私の、愛した人」
タ「ああ、また遭おう・・・僕の、愛した人」
そういうと、タカシは船から飛び降りた。着水しても、不思議と飛沫1つ立たない。タカシの意識は闇に包まれ・・・そして―

タカシが目を覚ますと、そこは病院の一室だった。明るめの照明に、タカシは目をしかめる。
その様子を見て、回りの人間が歓喜の声を上げる。
梓「タカシぃ・・・気づいたんだね・・・タカシが死んだら、ボクどうしようかと思っちゃったよ・・・」
尊「まったく・・・心配かけおって・・・無茶しすぎなのだ。貴様は」
纏「生徒を残して死にそうになるなど・・・教師としてあるまじき事じゃ・・・2度とこのようなことにはなるのではないぞ・・・」
リ「庶民であるあなたが私を心配させ、悲しませるなど・・・あってはならないことですわ!反省なさい!」
勝「ったくよぉ・・・まだ俺の夢を話してないだろうが・・・勝手に逝こうとするんじゃねえよ・・・」
ち「・・・ばか・・・」
皆の顔は、一様に憔悴し、泣き腫らしていた。
タ「皆・・・すまない・・・」
か「馬鹿・・・あんな事言うだけ言って死んじゃうなんて・・・許さないんですから・・・」
か「別に・・・心配したわけじゃないですから・・・ただ、文句も言えないまま、死んじゃうなんて嫌だっただけですから・・・」
か「大嫌いです・・・先生なんて・・・!」だが、彼女の涙が、その言葉が好意の裏返しである事を意味していた。
タカシの体は満身創痍だった・・・だが、彼の心には心地よい満足感と幸福感が満ち溢れていた。


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