最終話『再会、そして―』

―6年後。
タカシは再びVIP高校の校門に立っていた。
しばらく、ロンドンで教鞭をとっていたが、再びこのVIP高校へと転勤する事と相成ったのだ。
「僕は…戻ってきたんだなぁ…」
校舎を見上げながら感慨深げに呟く。
「初めて教師としてここを訪れたときも、同じようにこの校舎を見上げたっけな…」
あれから6年。当時居た生徒はもう既に居ないし、教師たちも大分入れ替わっている事だろう。
だが、それでもタカシの胸には懐かしさと言うか、郷愁の念が胸を満たす。
ふと、校舎の時計を見る。あまり時間が無かった。
「…まずい、もうこんな時間か。早く行かないと」タカシはそう言うと、校舎に小走りで向かった。
(まったく、初めてここに来た時と同じミスをするとは…僕もまだまだだなぁ)
と心の中で自嘲気味に1人ごちるのだった。
校舎に入り、教務室へと向かう。
教務室にはいると、1人の教師がタカシを迎えた。
「別府先生、お久しぶりですね」
そう言いながらタカシに向かって歩いてきたのは、高瀬だった。
「お久しぶりです」タカシは微笑を浮かべつつ挨拶を返す。
「いきなりですが、仕事の説明に入ってもいいですか?」
「あ、はい。すいません、もう少し早く来てれば余裕もあったのに…」
タカシは恐縮するしかなかった。
「まあいいですよ。それで、先生には…」
「はい」
「今度新任の教師がクラスを受け持つ事になったんですが」
「先生には副担任になってもらって、サポートしてもらいたいんです」
「なるほど、僕が始めてここに来た時の高瀬先生が副担任になっていただきましたけど、」
「今度は僕がその立場になるわけですか」タカシが得心顔で言う。
「そういうことです。頑張ってください」
「分かりました。で、その先生はどちらに…?」
タカシが周りを見渡す。だが、それらしい人が居ない。
「おかしいわね…遅刻かしら…?」高瀬が怪訝な顔で首をかしげたその時だった。
ガララッ!勢い良く扉を開ける音がする。
「すいませんっ!寝坊してしまいました!緊張して眠れなくて…」
扉を開けた人影は、教務室に入るなり、謝罪と弁解の言葉を口にした。
よほど急いでいたのだろう、肩で息をしていた。
「大丈夫ですよ。ギリギリだけど間に合ったし、僕も今来たばかり…」
タカシはそう言いながら声の主に向かって振り向き、驚いた。
タカシにとって、とてもなじみのある、見知った顔だったから。
「…椎水じゃないか!」タカシはようやくそれだけを口にする。
声の主の正体は、かなみだった。ワインレッドのビジネススーツ。
丈が短かめのタイトスカートが学生時代には無い色気を醸し出していた。
「タカシ先生!?」タカシの存在に気づき、かなみも驚いたように彼の名を口にした。
全て知っていたのだろう。高瀬が口元に手をやり、必死に笑いを堪えていた。

放課後、授業を終えたかなみとタカシは帰宅の準備を進めていた。
「さてと、教師生活1日目の感想はどうだ?『椎水先生』?」タカシがかなみにそう聞いた。
「正直、シンドイですね。先生も最初は大変でしたか?」
「大変って言うか、胃が痛かったぞ。教室に入るなり黒板消しトラップに遭うわ、授業中に容赦なくダメ出しされるわ」
「あ、あれは、その…すいませんでした」
青菜に塩とばかりに、シュンとなり素直に謝るかなみ。
「まあ、いいさ。違う立場の人間の気持ちなんか、自分が体験しない限りわかるわけないしな」
「僕だって、学生時代は先生に対して好き勝手な愚痴や文句を言ってたさ」
「最初は、ままならないかもしれないけど」
「生徒と正面からぶつかって行けば、そのうちうまくやれるようになるさ」
「そんなものですかね?」不安げに聞くかなみ。
「そんなものさ。僕がそうだったのは椎水が良く知ってる事だろ?」
「…そうですね、先生が出来たんですもん、何とかなりますよね」
「地味に傷つくなオイ」
「あはは、スイマセン」といいつつも、顔が笑っていた。
「頑張れ。僕も出来る限りサポートするから」
「まあ、期待しないでおきます。そのほうが万が一助けになった時、嬉しいですから」悪戯っぽく笑いながらいうかなみ。
「ひどいな」タカシが苦笑しながらそれだけ言った。
「このクラスの副担任になるのは、最初は高瀬先生のはずだったらしいんですよ」
「そうだったのか。でもそれじゃなんで僕が副担任に?」
「先生、来週から産休採るらしいんです。結婚式も来月だそうですよ」その言葉にタカシは少なからず驚いた。
「初耳だなぁ…で、相手は誰?」
「先生も御存知の人ですよ」
「?誰かな…心当たりがまったくないけど…」
「実は…山田さんらしいんですよ」
「( Д ) ゜ ゜」
「面白い顔芸ですね」かなみがクスクスと笑う。
「ここ数年で一番驚いた…あの2人が…ヤクザと教師のカップリングか…すごいな…」
「まあ、とにかく、今日はもう帰るよ。お疲れ様」帰る準備を終えたタカシは帰ろうとドアへと向かう。
「あ、先生、待ってください!」かなみはタカシを呼び止める。
「ん?どうした椎水?」
「今夜、元1−Bの皆で同窓会するんです。高瀬先生も一緒に」
「本来なら1年にも満たない期間でいなくなっちゃった先生は、来るのはどうかと思うんですけど」
「どうしても来たいって言うなら、来ても…いいですよ?(//////)」
「いや、キミたちに無理強いしたくないし…別に行かなくても」
「来 た い で す よ ね !?」
「…ハイゼヒトモゴドウセキネガイタイデス」あまりの迫力に何故か外人言葉になるタカシ。
「決まりですねっ!それじゃ皆に連絡しますから」そう言いながら携帯電話を取り出すかなみ。とても嬉しそうだった。
「でも、そういうのって事前に予約しとくもんだろ?いいのか?急に人数増えても」
「大丈夫ですよ。リナちゃんの企業が経営してる居酒屋ですから。貸しきりですし、融通はばっちり利きます」
「そうかい。それじゃ、遠慮なくお言葉に甘えさせてもらおう」こうして、タカシは同窓会に出席する事になった。

そして夜になり、同窓会が行われる居酒屋『魚人』に到着した。
店内に入ると、そこにはかなみがいた。
「あ、先生。今案内しますね」
かなみに案内され、広めの座敷のような部屋に着く。おそらくは団体用の部屋なのだろう。
御丁寧にカラオケセットもついていた。
「ここか…しかし、『刺身のツマから宇宙ロケットまで』って言われるくらい手広くやってるのは知ってたけど」
「こんな居酒屋も経営してるとはね…つくづく凄いな、神野カンパニーは」
「お褒めに預かり光栄ですわ、とでも言っておこうかしら」後ろから声がかけられる。振り向くと、リナが居た。
「久しぶりに会えて嬉しいですわ、タカシ。貴方も当然嬉しいですわよね?」
「あ、ああ勿論。電話では聞いたけど、神野カンパニーを継ぐんだって?」
「継いだ、のマチガイですわ。跡目争いもこの前叔父様を始末してようやくカタがつきましたの」
「…つくづく僕たちとは違う世界を生きてるんだなぁ…大事が無い様で何よりだけどさ」
「その様な心配、余計なお世話と言うものですわ…気持ちは有難いですけれど」
「さてと、他の人たちが来るまで、座って待ってるか…」そういった瞬間、
「カックン」その声とともにタカシの膝が後ろから膝で押される。俗に言うヒザカックンだ。
「うわぁっ!?」タカシは思わず転び、尻餅をついてしまった。
「あはははは♪間抜けなのは相変わらずだねタカシ〜♪」
「その声は…小久保か」
「そーゆーこと♪も〜日本に戻ってきたならソッコー連絡入れろっての〜」
「コレはその報いなワケさ。良く味わえダメ教師♪」
梓はそういうとタカシを見下ろしながら満面の笑みを浮かべた。
その顔を見ると、タカシも怒る気にはなれず、ただ苦笑するしかなかった。
「小久保は、今何をしてるんだ?」立ち上がりながら、タカシは梓に聞いた。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないぞ」
「ふっふっふ、聞いて驚くな〜♪」
「勿体つけずに早く言え」
「ハイハイ、がっつかな〜い♪実は、このたびアイドルデビューすることになったのですよ!」
『な、なんだってー!』コレにはタカシだけではなく、他の面子も驚いた。
「私、ショーちゃんの(勝子のことです。念の為)デビューライブ見に言ったんだけどさ」
「そこには芸能プロダクションの関係者もいっぱい来ててね」
「なんと、スカウトされちゃったわけですよ!」
「そりゃ凄いな…」タカシは感嘆の言葉を漏らす。
「スゴいだろ〜♪ちなみにユニット名は『NEETS』デビュー曲は『定職なんてノーサンキュー!』」
「うわもう何処からツッコんでいいかわかんねぇ」
「ふふふ、ボクのあまりのすごさに言葉もでないか♪」
「…まあ、そういうことにしとこう。しかし、芸能界ってつくづくワケわかんないなぁ…」
「…ったく、その通りだな。苦労して歌手デビューした俺がアホみてぇじゃねえか…」
そう言いながら入ってきたのは、勝子だった。
「よ、先生。久しぶりに会えて嬉しいぜ」そういった勝子は、サングラスをかけ、黒いキャスケットをかぶっていた。
「僕もだよ。庄田…にしても、もしかしてそれ変装のつもりか?」
「ああ。シンガーソングライターとして、大分売れてきたしな。一応人の目を気にしないといけねえじゃねえか」
「でもなぁ…いかにも『私、顔売れてます!』って感じでかえって逆効果だと思うが」
「僕と一緒のところを誰かに撮られて、『熱愛発覚!?』とか雑誌に載ったら困るだろ?」
「俺は…別に…タカシとなら…(//////)」頬を赤く染め、呟く勝子。
「ん?何だって?」
「…何でもねぇよッ」それだけ言うと、勝子はプイ、とそっぽをむいてしまった。顔はまだ赤いままだったが。

しばらくすると、他の面子も続々と集まってきた。その中には纏、尊、泉、ちなみもいた。
「…なるほど。纏は親が経営していた花火工場を再建しようとしてるのか」
「ああ。今は昔の社員たちを集めたり、経営の勉強をしたりと、大忙しじゃよ」
「幸い、資金繰りは神野カンパニーがスポンサー件株主になってくれるから、その心配がないだけマシじゃがな」
「しかし、幾ら日本で五指、世界でも十指に入る神野カンパニーとはいえ、良く資金を提供する気になったな」
そういいつつ、タカシはリナの方を見やる。
「あら、旧友が困っているんですもの、手を貸すのは当たり前ではなくて?」
「それに、神野カンパニーは、遊園地も経営してますの」
「そこで夜、花火を上げられれば、いい客寄せになると思いませんこと?」
「…なるほど、納得」タカシは苦笑しつつそういった。友情も利益も取る。実に彼女らしい。
「頑張れよ、纏」
「…安っぽい応援じゃなぁ…まあ、気の利かないお主にしてはマシかの」
「そういうなよ。確かに僕は応援する事しか出来ないけど」
「キミたちの事を想わなかった日はないぞ」
「は、歯の浮くようなことを言うでない!(//////)…まあ、悪い気はせんがの」
「相変わらずじゃなお主は…まあ、そこがお前の数少ない美点じゃがな」
纏とタカシを見やり、尊が微笑しながらそう言う。
「それはどうも…御剣、お前は何をしてるんだ?」
「警察官をやっている。といっても捜査第二課、いわゆる所轄だがな」
「市民の為に正義の力を振るうというのも、中々にやり甲斐がある」
「あと、剣のウデが見込まれてな。全国警察剣道選手権に代表として出場する事になった。今は修練の毎日だ」
「なるほど、お前らしいな」
「…お前のことだ。どうせ可愛げのない奴だとでも思っているんだろう?」
尊はどこか拗ねた様子でそう言った。
「別にそんな事は思っちゃいないよ」タカシはやんわりと、しかしキッパリと否定した。
「別に韜晦しなくてもいい。私とて分かっている」
「もっと女の子らしい華やかな仕事や趣味を持つべきだとは思う」
「…だが、今更に自分の生き方は変えられんのだ」
「だから、前も言ったが人の価値観なんて十人十色だ。お前の生き様は立派だと思うぞ?」
「ストイックなところはお前の良い所だ。自慢していいんじゃないか?それに…」
「それに…何だ?」タカシの言葉に心打たれたのか、僅かに瞳を潤ませて、尊が聞く。
「あの日、僕の胸で泣いたお前は、とても可愛かったと思うぞ?」ニヤリと笑いながら、そうタカシは言った。
「……………………」何も言わず、肩をわなわなと震わせる尊。
端から見れば泣いているように見えたかもしれない。
だが、その後の尊の行動を読んでいたかなみたちはいち早くその場から避難していた。そして、次の瞬間。
「…それは言わぬ約束だろうがぁっ!」
激昂した尊は、長い布製の袋から木刀を取り出し、振りかぶる。
「うわぁっ!すまん御剣!っていうか何でこんなトコにまで木刀持ち込んでるんだ!?」
「問答無用!チェストォォォォォォォォーーーーー!」裂帛の気合とともに木刀の一撃がタカシに炸裂する。
「モルスァ」タカシは緩やかな放物線を描きつつ、吹っ飛んでいった。
その様子を見ていた泉とちなみが、
「アホなとこは今でも変わってへんなぁ〜センセは」
「…ばか」
とそれぞれ口にしたのだった。

「あいてて…急所外れてなかったら死んでたぞ…まったく」起き上がったタカシが尊に抗議した。
「約束を破ったお前が悪い。それに、もう大分前のことでもあるから…手加減はしておいた」
「有難くて涙が出るな…難波、同窓会が始まってもいないのに料理をタッパーに入れるのは止めろ」
「だって、勿体無いやん。どうせ、ケッコ残るんやし」
「とにかく止めろ。…しかし、お前も変わらないなぁ…今は何をしてるんだ?」
「ん?ウチか?山田さんとこが表向きの顔として使ってた金融業をまかされてな」
「事務所に住み込みつつ、取立てする毎日や」
「…実に予想を裏切らないな、お前は。…一応聞いておくが、法に触れる事はしてないだろうな?」
「まあ、山田さんがそんな事カタギの人間にさせるわけもないだろうけど」
「安心せえや。利率から取立ての手段まで、法に触れないようやっとるわ。まあ、法に触れるギリギリやけど」
「…まあ、ほどほどにな」タカシはゲンナリとした顔でそれだけ言うのだった。
「あれ?そういえば事務所に住み込みで働いてるって言ったな。お母さん1人にして大丈夫なのか?」
「正確には事務所の上の階に住居スペースがあってそこで暮らしてるんやけどな」
「それで、おかんのことやけど、それがな…」
「あの大阪の一件以来、何回かおかんとあのクソオヤジが度々会うようになってな」
「挙句の果てに、1年前、再婚してもうた」
「それはおめでとう」
「ちっともオメデタないわ。それからというもの、すっかりバカップルになってしもた」
「それで居場所無くてな。1人暮らしすることになったっちゅうわけや」
「気を使ったってワケか。孝行娘だな」
「やかましい、そんな訳あるか。…まあ、おかんが幸せそうで何よりやけどな」
「ほら、やっぱり孝行娘じゃないか」我が意を得たり、といった顔でタカシはそう言った。
「うるさい!このアホ、ボケ、カス!ウチかてセンセと…あれくらいイチャイチャしたいわ…(//////)」
後半はとても小さい声になって、タカシには聞き取れなかった。

「さて…皆集まったみたいだし、椎水、お前幹事だろ?同窓会、始めたほうが…」
タカシはかなみに会の進行を促そうとした。だがその時、
「私には…聞かないんですか…?」ちなみがどこか寂しそうに言う。
「ああ、ゴメン!別にそういうつもりじゃ…ちょっと失念してただけで…」
「…所詮私への関心はその程度ですか…見損ないました…」
「うう…何をしたら機嫌直してくれるかな?」
「…土下座して謝って下さい」
「それでキミの気が済むのなら…悪かった。七瀬」言うとおりタカシは土下座して謝った。
「…そしたら跪いて私の足を舐めて3回回ってワンと泣いた後私にキスしてください」
妙に饒舌になるちなみ。なにやら彼女から邪悪なオーラが出ているような気がするのは気のせいだろうか?
「いい加減にしなさい」
かなみがちなみの後頭部をスリッパではたきつつ突っ込んだ。
「…何…するの?かなみちゃん…」
「先生だって悪気があった訳じゃないんだから、その辺で許してあげなよ」
「そりゃ先生はデリカシーがないダメ男一歩手前な男ではあるけど」
「…椎水、フォローしてるのかトドメを刺してるのかどっちなんだ…?」半目でタカシが呟く。
かなみたちは当然のごとくその言葉を無視した。
「っていうかね?ドサクサ紛れになに言ってるのよ。キスしてください、なんて…」
「…いやん」
「いやん、じゃないわよまったく…」
「…実は締め切り近くて…精神的に参ってて…」
「…ちょっとからかってみただけです」
「…キミって奴は…ん?締め切り?」
「はい…実は、私…小説家になったんです…」
「ほぉ。すごいじゃないか、七瀬」タカシが感嘆した様子でそう言う。
「そんなこと…ないです…小説家なんて…名乗ったもん勝ちですし…」
「謙虚だなぁ、七瀬は…誰かさんとは大違いだ」
「何でこっちを見ながらいうかな〜?」半目で梓がぼやく。タカシはその言葉を無視して話を続けた。
「で、どんな話を書いてるんだ?」
「…ティーンズ向けのライトノベルです…まだオフレコの段階ですけど…アニメ化の話も出てます…」
「へぇ、すごいやんか。なぁなぁ、どれくらい売れてるんや?」
「難波…そういういやらしい質問は止めろ」タカシが泉を制止する。
「別に…いいですよ…言って減るものでもないし…」
「まあ、七瀬がそういうならなぁ…で、どれくらい売れてるんだ?」
そうタカシが聞く。ああは言ったものの、やはり少し気になる。
「シリーズ化して何冊か出てますけど…累計で…」
「ざっと…230万部くらい…」
「( Д ) ゜ ゜」
「2度ネタは寒いですよ?先生。まあ私も驚きましたけど」かなみがタカシにそう言った。
「印税が一冊あたり10%としても…うわ、すごい儲かってるやん…」
「…収入は安定しないけどね…それに…勝子ちゃんのほうが儲かってると思う…」
「しかし、本当にすごいな。大成功じゃないか、七瀬」
「先生が…傍に居なきゃ…どんなに成功したって…意味ないです…」ちなみはとても小さな声で呟く。
「ん?今なんて言ったんだ?」
「先生によりは…マシな人生を送れてるな…って言ったんです」
「…泣きたくなって来た」タカシはガクリと肩を落として、力なくそういった。
まあ、冗談だというのはタカシにも分かっていたが。

一通り挨拶を終えた後、同窓会が始まった。といっても単なる飲み会だが。
昔の思い出や、先ほどのタカシ達の様に、互いの近況を話す者達。
盛り上がり異性を口説き始めたりくだらないゲームをするなど、合コン会場と化しているグループもあった。
一方その頃タカシは、高瀬の相手をしていた。
「でね〜山田さんったらね〜?」とても楽しそうに山田との思い出を語る高瀬。
その顔は真っ赤になっていて、あからさまに泥酔していた。
「いい加減惚気るのは止めてくださいよもう…」疲れた顔でタカシが懇願する。
無論、酔っ払いにそんなことを言っても聞き入れてもらえるわけも無く。
「何〜後輩の癖にナマイキ言うのね〜大体貴方はね〜?」
「うわぁ今度は絡み酒だぁ」タカシの顔が絶望の色に染まる。
「…まったく、こっちだって一生懸命やってたのよ?それなのに椎水さんたちと来たら…」
「授業態度は真面目そのもので、不満とかは一切言わないけどね?」
「口を開くと貴方の話ば〜っかり」
「照れ隠しに愚痴とか文句を交えるけど、とても楽しそうで、でもどこか寂しそうで」
「貴方がどれだけ慕われてるのがそりゃあもう思い知ったわよ」
「貴方の倍の時間、彼女達と接してたけど。彼女たちは私なんか見てなかった」
「私を通して、ここには居ない、遠い空の下に居る先生を見てた」
タカシは高瀬の愚痴に辟易しながらも、胸が熱くなっていた。
自分が居なくなった後、かなみたちがそんな風にしてたなんて。
(教師やってて、本当に良かったなぁ…)
タカシはしばし感慨に浸っていたが、高瀬がそれを許さなかった。
「ちょっと〜先生〜?聞いてる〜?」
「あ、ああスイマセン…」思わず謝るタカシ。なんだかんだいってお世話になった職場の先輩だ。
「まったく、貴方って人は〜!…うっ!?」
「どうしました!?」
「…気持ち悪い…」呑み過ぎたのだろう。顔色が悪くなっている。
「今すぐトイレに連れて行きますから。我慢してくださいね!?」
そういうとタカシはぐったりとした高瀬に肩を貸すと、部屋を出てトイレに向かった。
トイレの前に着く。トイレは同窓会の会場とは少し離れたところにあり、人気も無かった。
「…もういいわ」高瀬がタカシにそういうと、タカシから離れる。
「あ、具合よくなりましたか。それは良かった」タカシは顔に安堵の笑みを浮かべそう言った。
だが、タカシは高瀬に対して強烈な違和感を感じた。
彼女はしっかりと立っている。顔色もいい。
幾ら具合がよくなったといっても、泥酔状態からそう簡単に酔いがさめるだろうか?
だが、それ以上に、雰囲気というか、気配が明らかにいつもの高瀬と異なるのである。
まるで、別人の様に。
「酔った人を率先して介抱しようとするとはね…今も、お人よしなのは変わらないのね…」
「…高瀬先生?」
「…まだ分からないのかしら…私よ…タカシ」
それを聞いて、タカシは直感的に今の彼女が何であるのかが分かった。
別に確固たる証拠があるわけではない。というかとても非現実的な結論だ。
だが、分かる。それなら違和感の説明もつく。
今の高瀬は、高瀬ではない。今の彼女は―
「…しず…か?」
タカシはおずおずと、そう呼びかけた。
「気づくのが遅いのよ…馬鹿」高瀬―の中の静はそう言いながら微笑んだ。

「まさか…キミに会えるなんて…」タカシは未だ信じられないといった様子でそう言う。
「いい具合に意識を失ってる人が居たから。ちょっと憑かせてもらったわ。貴方と話がしたくて」
「そうか…夢じゃないよな?コレは」
「夢じゃないわよ。安心しなさい」
「まさか…生きてるうちにまた静と話せるなんて…思ってなかった…嬉しいよ。とても」
「そう…私も、嬉しいわ」
それから、タカシと静は、しばらく他愛もない話に興じた。まるで学生の頃に戻ったかの様だった。
「…タカシ、1つ聞いてもいい?」
「なんだい?」
「あの子達の中に、好きな人は、居る?」
「な、急に何を言い出すんだよ!?」その静の問いに、タカシは顔を赤らめ、困惑したようにそう言った。
その反応が、全てを物語っていた。
「どうやら、私の予想は大当たりの様ね…」タカシはそのまま黙り込む。やはり図星のようだ。
「それは…私よりも?」静のその問いに、タカシはしばし逡巡していたが、キッパリと答えた。
「ああ。君よりも、その子のことが好きだ」
「君は、僕にとって『愛した人』ではあるけど『愛している人』ではないんだ」
「…振られちゃったわね。まあ、私のことを吹っ切ってくれたのは、嬉しいけど」
「でも、ちょっぴり寂しいし、妬けるわ」
「僕は、謝らないよ。それが僕の偽らざる気持ちだから」
「当たり前よ。もし謝ったら、殴り倒してやるわ」
「…はは、それは命拾いしたな」タカシは苦笑した。

「それじゃ、そろそろお別れね…タカシ」
「ああ…」
「タカシ、貴方はもうすぐ決断を迫られるわ。人生を左右するほどの大きな決断を」
「何だって…?決断って、なんなんだ?」
「ふふ…教えてあげない。せいぜい困りなさい」静は悪戯っぽく微笑みながらそういった。
「まいったな…まあ、せいぜい覚悟しておくよ」
「ねえタカシ…最後に1つ、お願いしていい?」
「なんだい、静?」
「私を、思い切り抱きしめて…」
「…分かった」
タカシは微笑みながらそういうと、静を力強く、それでいて優しく、包み込むように抱きしめた。
「ああ…私、今とても幸せよ…タカシ…」静は満面の笑みを浮かべながらそう言った。
その瞳から涙が一筋、流れて落ちた。
事実、それはとても幸せそうな笑顔だった。
「タカシ…大好き…そして…サヨナラ………………」
その言葉を聞いたあと、急にタカシに高瀬の全体重が圧し掛かる。
静は、居なくなったのだ。おそらく、この世から。
彼女のタカシを見守る日々は、ここに幕を閉じたのだ。
タカシはよろめきつつも、
「サヨナラ…静」今は遥か遠い彼方へ逝ってしまった初恋の人に、別れの言葉を継げた。
その言葉は、吐いた息とともに、虚空にとけ、消えていった。

タカシは、店内のソファーに高瀬を優しく寝かせると、同窓会の会場に戻る。
戻ると、纏から追求の声が。
「嫌に時間が掛かったのう…お主、なにか不埒な行為に及んでたのではあるまいな」
「天地神明に誓ってそれは無いと断言しよう」
「そうか…それならいいんじゃがの…」
「それより!先生、私たち、先生に言わなきゃいけないことがあるんです!」
かなみがタカシ歩み寄り、そう言った。。何かを思いつめているような顔をしている。
そんなかなみに、尊が不安げに、
「ほ、本当に言うのか…?何も今日でなくても良いのではないか?」
「だめだよ〜皆が集まるなんて、そうないんだから。コレなら誰も文句なしでしょ?」
「そういうこっちゃ、今更なに言うとんのや、みーちゃん」
「往生際が悪いぜ尊…」
「うう…ドキドキしてきましたわ…」
「…もし、先生がどういう結論を出しても…恨みっこ無し…だからね」
「それじゃ、言うとするかの…」
「そうだね。皆一斉に言うよ!?いいね?」かなみがちなみたちに声をかける。
『分かった』ちなみたちは、声をそろえてかなみの声に応えた。
「???????」タカシはまったく話が読めず、困惑するばかりだった。
それに構わず、かなみたちはタカシに想いを告げようとしていた。そして―
『せーのっ!』

かなみたちはその掛け声の後、一斉に想いを告げた。
タカシは、静の言葉の通り、大きな決断を迫られる事となった。
果たしてタカシは誰を選ぶのか?
選択肢は、8つ―


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