朝。タカシが目を覚ますと、昨日とは違う天井だった。
起きてしばらくして、寝ぼけた頭がようやく回転を始める。
タ(そうだ・・・昨日退院したんだっけな・・・)
そこは、自分の部屋だった。
1ヵ月も入院していただけに、自分の部屋であるはずなのに、妙に新鮮に感じる。
タ(またアイツらとの学校生活か・・・といっても病院でも似たようなものだったけれど)
彼女たちときたら病院にまで遠慮なく押しかけてきたのだ。
毎日足しげく来てくれるのは先生としては嬉しかったが、
何しろ人数が人数だ。全員そろうとまるでお祭り騒ぎのようになる。
別府タカシ一個人としては嬉しくも大いに片身の狭さを感じざるを得なかった。
タ(さて・・・今日も頑張るか!)そう意気込むと、朝の支度を始める。
身だしなみを整え、忘れ物がないか確認。朝食を作り、ニュースを見ながら食べる。
ふと、ニュースをみると天気予報だった。
「○月×日の天気ですが、今日は穏やかな晴れ模様が続くでしょう・・・」
タ「○月×日・・・今日はちょうど10周年になるのか・・・」
タ「あの日も今日みたいな晴天だったな・・・」
タ「キミは今でも・・・僕を想っているのかい?静・・・」
そう遠い目で窓の外を見ながら、タカシはあの時死の淵に立ったときに再開した彼女を思い出していた・・・

幕間『追憶―Mement mori―』

教室に入ると、いきなり火薬の破裂する音と色とりどりのテープが視界を埋め尽くした。
誰かがクラッカーを鳴らしたのだ。
梓「タカシ先生、退院おめでと〜!へっへ〜嬉しいだろ〜感謝しろ〜♪」クラッカーを持った泉が満面の笑みを浮かべてそういった。
泉「入院代もバカにならんのやし、コレに懲りたら無茶するんやないで〜」
尊「まったく、鍛え方が足りんからそうなるのだ・・・まあ、お前が望むならマンツーマンで指導してやっても良いが・・・(//////)」
纏「高瀬先生の授業は中々のものじゃし、もう少し休んでいてもよかったぞ?まあ、お主の授業も大分マシにはなってきたがの・・・」
リ「庶民風情があんな無茶をするからいけないのですわ・・・もう少し節度を持って行動なさい。気が休まりませんわ」
勝「・・・まあ、無事退院できて良かったな。尊の剣道より俺のケンカのほうが実践向きだぜ?いつでも教えてやるよ」
ち「・・・退院できて・・・よかったですね・・・変に逞しいですね・・・ゴキブリみたいに・・・」
か「もうどこも悪くないんでしょうね?・・・別に心配っていうんじゃなくて・・・授業が出来ない事の良いわけにされたら困るだけで・・・」
タ「相変わらず皆手厳しいな・・・でも、ありがとう」タカシが微笑みながら言うと、かなみたちは、
「・・・・・・・・・・・・・・(//////)」頬をほんのり赤くするのだった。
タ「ん?お前らどした?」
か「何でもないです!・・・さっさと授業を始めてください!」
タ「お、おう・・・わかった」タカシは気圧されながらも教壇に向かう。その前にきっちり床に散乱したテープは片付けたが。
タカシが教壇に向かうのを確認すると、
一同は、「鈍感・・・」と異口同音に呟くのだった。

そして、放課後(今日の授業は午前のみ)
タカシが帰りの支度をしていると、かなみたちがタカシの元へやって来た。
か「コレからどこかに食べにでも行きませんか?・・・その、深い意味ではなく、快気祝いってヤツです(//////)」
梓「勿論タカシは払わなくていいよ〜ボク達がワリカンで払うから」
尊「そういうことだ。どうせ彼女も居ないお前のことだ。予定もないだろう?」
纏「決まりじゃな・・・さて、それならどこへ行くかのう・・・料亭なんかどうじゃ?」
泉「ソッコーで予算オーバーするわ。リナが全額出すんなら別やけど、それじゃ祝いにならへんやろ」
リ「私が出しても良いですわよ?タカシ以外に食べさせるわけには行きませんから2人きり・・・という事になりますけど(//////)」
ち「・・・駄目に決まってる・・・抜け駆け厳禁・・・」
勝「俺は魚民とかがいいなぁ。飯も美味いし酒も種類豊富だし」今はまだ昼だとかタカシが教師であるという事はとうに念頭外らしい。
いつの間にかタカシを蚊帳の外においての大論戦が繰り広げられていたが、タカシがその流れを断ち切った。
タ「ちょ、ちょっと待ってくれ!・・・気持ちは嬉しいんだが・・・その、今日は、駄目なんだ・・・またの機会にしてくれるか?」
か「・・・何故です?」
タ「今日は・・・人に会いに行く約束があるのさ・・・大切な人でねまあ、一旦家には帰るけど」
ち「・・・大切な・・・人?」
タ「ああ。僕の初恋の人なんだ。それじゃ、また明日か明後日にでも、な」
『初恋の人』その言葉に固まる一同。タカシはそれに構わず、その場を去っていった。

しばらくして、硬直状態から復帰したかなみたちは、肩を寄せ合って、話し始めた。
梓「なになに?タカシにそんな人が居たなんて初耳だよ!どうしよ〜」
ち「・・・でも・・・初恋の人って・・・どんな人なんでしょう・・・?」
泉「確かに気になるなぁ〜・・・よっしゃ、コレは尾行するしかないな」
リ「そうですわね。幸い一旦家に帰るといってましたし、家の前で張って、そこから後を追えば良いですわ」
尊「賛成だ・・・別にタカシとその人がどうにかなるのが心配というわけではなくてだな・・・」
纏「そう・・・単なる好奇心からじゃ・・・そうじゃろ?みんな?」
その言葉に皆が頷く・・・いや、かなみだけ、反論をした。
か「くだらないわ。そんな事よりも私たちにはやる事がいっぱいあるじゃない。尾行なんて不毛よ」
梓「でもさでもさ〜気にならない?タカシが好きになった人だよ?」
か「・・・別にタカシ先生のことなんてどうでもいいわよ・・・それじゃ、私は用があるからもう帰るわ」
ち「・・・まあ、一理あるかもしれません。私たちも帰りましょう」
梓「え?でも〜」納得できない顔をするかなみ以外のメンバーに、ちなみがヒソヒソと囁く。
何を言ったのか。皆あっさりと帰り支度を始める。
か「・・・嫌に引き際が良いわね」
ち「・・・かなみちゃんの言うとおりだ、明日のために今日は早く休もうって言っただけ・・・」
か「そ・・・そう。それじゃね」
こうして一同は学校を後にした。

しばらく後、場所は変わり、タカシ宅前。
彼の住んでいるアパートの玄関を、路地裏から監視する影があった。人影の正体は、かなみだった。
だが、そのかなみの背後から近寄る影たちがあった。その1人が、彼女の肩に手を置き、話しかけた。
ち「かなみちゃん・・・こんなとこで・・・何・・・してるの?」
か「うわひゃぁっ!・・・ちちちちなみ、それに他の皆も!何でここに!?」仰天するかなみ。
ち「・・・それはこっちの台詞・・・アレだけ尾行に反対してたのに・・・どういうこと?」
か「う・・・そ、そう!先生ががその初恋の人とやらにどんな不埒な行為に及ぶか解らないじゃない!念のための保険ってヤツよ!」
か「それより!ちなみたちこそ帰ったんじゃなかったの!?」
ち「・・・気が変わりました」
か「あーそー。良い性格してるわねアンタ・・・」
勝「それは寧ろお前のほうだろ?ったく抜け駆けなんかしやがって・・・」
尊「お前はもっと正々堂々としたヤツだと思っていたのだがな・・・」
纏「ほんと、油断のならないやつじゃ・・・興味なさげな顔しておいて・・・」
泉「するいやっちゃな〜本来なら罰金モノやで〜?」
口々にかなみを非難する声。だが、梓の一言で、それは終わった。
梓「それどこじゃないよ!タカシがでてきたよ!」
その一言に、皆壁にへばりつく。タカシは今まさに玄関をくぐり、外に出たところだった。
泉「それじゃ・・・尾行、スタートやな」泉が猛禽類を思わせる瞳でニヤリと笑いながら呟いた。

タカシが向かったのは、花屋だった。
梓「花屋の店員さんとか?確かに女の人が多いイメージだけど・・・」
尊「そうではないだろう・・・おそらく、その初恋の人とやらに渡すのだろう・・・まったく・・・うらや・・・ゴホン、芸の細かいヤツだ・・・」
纏「でも、花をもって行くなどと・・・案外ろまんちっくで気障なところもあるのだの・・・コレが儂になら・・・」
リ「でも・・・花をもって行くとなると・・・コレはいよいよ本気だという事かしら・・・マズイですわ・・・」
泉「・・・まあ、もう少しみようや。花のグレードでも本気具合は解るわ」
ち「・・・そうだね・・・まずは様子を・・・かなみちゃん・・・どうしたの?」
か「・・・・・・・・・・・・・・・」かなみはタカシをまるで穴でも開けるかのごとく見つめていた。その顔は中々に鬼気迫るものだった。
ち(ほんと・・・その実誰より一途で人一倍やきもち焼きなくせして・・・素直じゃ・・・ないんだから・・・)
ちなみはそう心の中で1人ごちるのだった。
だが、タカシが包んでもらっている花を見て、纏と尊の表情が変わる。
尊「・・・なるほど、そういうことか。尾行する必要はなかったかもな」
纏「そうじゃな・・・杞憂じゃったということか・・・ホッとするのはいささか不謹慎な気もするがの」
梓「えっ?どゆことどゆこと?」
泉「2人で納得せえへんで、ウチらにも説明せえや。わけ解らんわ」
尊「・・・あの花を見てワカランか・・・全て・・・仏花だ」
纏「そういうことじゃ・・・おそらくその初恋の人・・・タカシの想い人とやらは・・・もう、この世にはおらぬよ」
タカシは花を買うと歩き出した。
おそらくは・・・墓地へと向かって。

しばらくタカシをつけていると、やはり予想通り墓地にたどり着いた。
タカシは桶に水を汲むと、再び歩き出し、ある墓の前で止まった。
墓には『霧氷家之墓』とあった。
タ「今日で十年になるんだな・・・静・・・君が死んでから・・・」
タ「キミは今ここに居るんだろうか?それともあの船の上なのかい?」
タ「・・・まあ、どちらにしろ、君はどうにかして僕を見ているんだろうけど」そういってタカシは苦笑した。
一方かなみたちは、大き目の墓石に隠れ、タカシの様子を盗み見ていた。
尊「アイツの初恋の人とやらは霧氷というのか・・・」
纏「静、か・・・とりあえずよほど親しい関係であった事は間違いないようじゃの」
か「・・・帰ろう。もう後をつける理由もないし、これ以上居るべきじゃないよ」
その言葉に皆が同意し、帰ろうとしたときだった。
梓「・・・あ!」
墓石に隠れるためにしゃがんでいたせいで、梓は足がしびれて立ち上がる瞬間バランスを崩し、花を入れる容器を倒してしまった。
その容器は金属製で、倒れた音はその場に大きく響き渡った。
タ「誰だ?・・・って、何で君たちがここに居るの?」
音に振り返ったタカシはかなみたちを見てキョトンとした顔をした。

タ「なるほど・・・僕が誰のとこへ行くか気になってついてきたわけか・・・」
タカシはかなみたちから詳細を問いただし、ため息をついた。
タ「別に後をつけなくても言ってくれれば一緒に行っても良かったのに・・・」
ち「・・・2人きりにさせたほうがいいと思って・・・」
タ「・・・まあ、別に怒ってないけどさ。ただし、人を尾行するなんて真似はやめなさい」
その言葉にかなみたちは素直に頷いた。
タ「・・・そんなに気になるなら、僕とその人・・・静って言うんだけど。今日は彼女の10年目の命日なのさ」
タ「このまま帰すのも、何だし、彼女と僕の間に何があったのか、聞くかい?」
その言葉に、かなみたちはまたも頷いた。
タ「いつもなら、人に話したりはしないんだけど・・・もうだいぶ経ったし、そろそろ誰かに話しても良いのかも知れないな」
タ「いや・・・僕は誰かに話したかったのかもしれない」
タ「まあ、どちらでもいいか・・・それじゃ、話そうか」
タ「そう、アレは・・・10年以上前になるかな・・・」
タカシは、遠い目をしながら嫌に仰々しい口調で話し始めた。
かなみたちは、固唾を飲んでその話に聞き入った。



ガチャリ。俺は病室のドアを開けた。
俺はベッドで寝ている女性に話しかける。
タ「よ。静・・・元気?」
静「タカシか・・・よくもまあ毎日・・・飽きないものね・・・」彼女の態度はいつもそっけない。
でも、いつも俺が座る席を用意してくれる。さりげない位置に茶菓子も。
表には出さないけど、俺のことを受け入れてくれている。その事実が嬉しかった。
タ「・・・びっくりしたよ。一ヶ月前急に倒れたと思ったら入院だもんな・・・」
静「別にタカシには関係ない。それより・・・今日は何の話をしに来たの?」
タ「いやさ・・・今日は学校でな・・・」
彼女が病気で倒れてからというもの、俺は毎日足しげく病院に通っていた。
彼女・・・静に会いたくて。
俺は・・・彼女が好きだった。いつも無表情で、そっけなくて、でも誰よりも人のことを気づかっている彼女が。
俺はここに来ると、彼女にいろんなことを話した。
といっても、とりとめも無い世間話や学校の話なのだが。
静は俺の話に時たま相槌を打つだけで、あまり返事を寄越さなかった。
でも、全然問題はなかった。小さな変化ではあるものの、彼女は俺の話を興味深げに聞いているのが解ったから。
俺は、彼女と一緒の時間を共有しているという事実そのものを楽しんでいたから。
会話の内容なんて、どうでもよかった。
俺は、話の途中、おもむろに聞いてみた。
タ「そういえば、静の病気はいつ治るんだ?俺何にも聞いてないんだけど」
静「さあね。時々お父さん達が難しい顔して医者と話してはいるけど・・・何も聞いてないわ」
タ「そうか・・・早く良くなると良いのにな」
静「余計なお世話よ。でも、一応礼は言っておくわ」
タ「さてと・・・そろそろ、帰るわ・・・それじゃ、お大事にな・・・静」
静「え・・・そ、そう・・・それじゃあね・・・」
タ「また明日来るよ。それじゃ」
静「ええ・・・また明日」
俺は病室を出ると、帰るために階段に向かおうとした。
だがその時、俺を呼び止める声がした。
静の父「タカシ君・・・君に話したいことがある・・・ついてきてくれないか」
何故だろう。その言葉に俺はどうしようもなく胸騒ぎを覚えた。
俺は、静の親父さんについていった。ついたところは病院の1階にある喫茶店だった。
こうして、俺は聞くことになる。
どうしようもなく理不尽な現実と、避けようも無い悲劇の予告を。

静の父「タカシ君・・・これから話すことは静には内緒にしておいてくれ・・・」
親父さんは、とても辛そうに搾り出すように言葉を紡ぐ。
父「静は・・・癌なんだ」
タ「え・・・」俺は目の前が真っ暗になった。
父「もう・・・末期でな・・・あちこちに転移していて手のつけようがないんだそうだ」
父「後半年も持つまい・・・そういわれたよ」親父さんの声には既に力がない。
既に嘆き悲しみつくし、体にポッカリと穴が開いたような諦念の感情が心を占めているのだろう。
タ「そんな・・・そんなことって!何でアイツが・・・静がそんな目にあわなくちゃいけないんだ!」
父「同感だよ・・・タカシ君・・・こんな事を話した後で悪いが・・・」
父「これからも、静に会ってやってくれないか。これまでと同じように」
タ「親父さん・・・わかりました。出来るだけ・・・努力してみます・・・」
俺はそれだけ言うと、喫茶店を後にした。
俺はその後家に帰ったはずなのだが、何処をどう歩いて帰ったのか、思い出せなかった。

翌日―
俺は昨日と同じように学校が終わるとすぐに静の病室に向かった。
タ「静・・・入るぞ」ノックの後俺はそういうと病室に入る。
静「また来たの・・・まあ、適当なトコにでも座ってれば・・・」静はぼんやりと窓を見ていた。
その後はいつもと同じように、いろんなことを話した。
俺は感情を抑えるのに必死だった。彼女に悟られないようにするために無理やり作り笑顔をしたが、口元が引きつっていた。
静「・・・どうしたの?様子がおかしいけど」
タ「・・・なんでもないよ。それよりさ」俺は平静を装って話を続けようとした。が、
静「父さんから話を聞いたのね・・・」
静「私が癌だって事を・・・私の命がそう長くはないってことを・・・」
タ「静・・・なんでそれを・・・」
静「知らないなんて嘘・・・実はね、父さんと医者の先生が話してるの・・・こっそり聞いたの・・・」
タ「そう・・・だったのか・・・」
静「何でタカシが落ち込んでるの・・・?関係ないじゃない・・・」
タ「そんなこと言うなよ・・・俺は・・・俺はっ・・・」いつしか俺はボロボロと涙をこぼしていた。
静「みっともない・・・なに大の男が泣いてるんだか」
タ「何で・・・なんでお前がそんな目にあわなくちゃいけないんだよ・・・!」
静「・・・ありがとう。タカシ」
静「今日だけは、思う存分泣いてもいいから・・・その代わり、また明日、元気な顔をみせなさい・・・」
静「タカシのとりえなんて、それくらいじゃない」
俺は、泣いて、泣いて、泣いた。彼女の腕の中で。

それから俺は、時間を惜しむかのごとく、彼女の病室に以前よりもまして行くようになった。
彼女は日に日にやせ衰え、体にはいくつもの点滴のチューブが繋がれていた。
抗がん剤の副作用か、髪が薄くなったように見えた。
そんなある日。
タ「・・・俺さ、教師になりたいと思ってるんだよ」
静「へえ。意外ね」
ベッドから上半身だけ起こし、答える静。すでに体を起こす事がやっとのようだった。
タ「そういうなよ。昔からの夢なんだよ」
静「出来るのかしら・・・タカシ、馬鹿だから」
タ「ひどいな。俺だってやろうと思えばやれるさ」
静「まあ、せいぜい頑張って・・・でも、それなら」
タ「何だ?」
静「俺だなんて乱暴な一人称は止めたら?」
タ「そうかな・・・でも、それならどういえば良いんだ?」
静「そうね・・・僕、とか」
クスリと笑いながら彼女は言った。
タ「うっわ、何かくすぐったくてやだな」俺は苦笑する。
静「そう?案外可愛いかもしれないわよ」
タ「まあ教師になったら・・・考えてみるさ」
静「そうね・・・先ずは教師にならなきゃ」
静「私はもう将来の夢なんてもてないけど・・・私の分も頑張りなさい」
タ「ああ・・・頑張るよ」
静「立派な教師になりなさい・・・約束よ」
タ「約束だ。必ず立派な教師になるよ」
タ「もう時間だな・・・それじゃ、またな。静」
静「タカシ・・・いえ、何でもないわ。それじゃ・・・サヨナラ」
彼女のいつもと違う別れの言葉。
タカシは何か嫌なものを感じたが、それが何かもわからず、帰るしかなかった。
俺たちは笑顔で別れた。
それが、俺の見た、最後の彼女の笑顔だった。
次の日、俺が病室に行くと、彼女の顔には白い布が掛かっていた。
泣き崩れている静の両親・・・それを見て、彼女がどうなったのか、嫌というほど思い知らされた。
静の父「ついさっき・・・息を引き取ったんだ・・・うわごとのように、タカシ君の名前を呼んでいたよ・・・」
タ「静・・・そんな・・・」俺はふらふらとベッドに歩み寄って布をどかす。
彼女の死に顔は、とても穏やかで、それでいてとても悲しげに見えた。それが俺の心をより締めつける。
静の母「タカシ君・・・これ・・・ベッドの上に置かれていたわ・・・」そういうと一通の便箋封筒を差し出す。
御丁寧にシールで封印がされていた。それ以外は簡潔に、『タカシへ』とだけ書かれていた。
母「多分、自分の死期を悟ってたみたい・・・昨日の夜、書いたみたいなの・・・」
俺は、封筒を震える手で開封し、中に入っていた便箋を読み始めた。

その手紙の中身はこうだった。

―タカシへ

この手紙を読んでいるということは、もう私はこの世にはいないってことね。
まず、謝っておくね。
貴方が来るのが、いつも楽しみだったはずなのに・・・照れくさくてあんな態度をとってしまって、ごめんね。
でも、これだけは言いたいの・・・
タカシ。貴方が居てくれたから、私は最後まで幸せでいられた。
貴方がいつも来てくれたから、報われる事の無い闘病生活にも耐えることが出来た。
いくら感謝してもしきれないもの・・・本当に、今までありがとう。
頑張って、立派な教師になってね。男だったら約束はきっちり守りなさい。
私は、いつでもタカシを見守っているから・・・
最後に。いつも冷たくしてたけど・・・私、ずっと貴方の事が好きだった。
死ぬまで、その想いは変わらない。
いいえ。死んでも変わらないわ。
タカシ・・・ごめんね。そしてありがとう・・・私の分も、幸せになってね。
サヨナラ・・・私の大好きな人。

最後の部分に来ると、視界が涙でにじんで中々うまく読む事ができなかった。
タ「静・・・静ぁっ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
俺は、見も世もなく泣き崩れた。
人生で最も泣いた日だった。
それから俺は、遮二無二勉学に励んだ。
教師になるために。静との約束を果たすために。
タ(静・・・俺・・・いや、僕は頑張るからな・・・!)
そのかいあって、僕はVIP高校を卒業した後、有名な教育大学に入る事が出来た。
僕はそこでもがむしゃらに勉強して、一発で教員試験に合格した。
そして、僕は大学を卒業し、そしてこのVIP高校の教員募集の話を聞いて採用試験を受ける事にした。
採用試験にも無事合格し、赴任する事になった。
こうして、話は現在へと繋がる―

タ「―どんな事にも終わりはある。誰にでも、別れは等しくやってくる」
タ「その時、奇跡なんて起きない」
タ「だから、君たちには悔いの無い人生を歩んで欲しい」
タ「誰もが幸せになるような選択肢なんて無い」
タ「自分を含む誰かが泣いたり、辛い思いをする事になるのかもしれない」
タ「それでも・・・『これでよかったんだ』って胸を張れる様な選択をしてくれ」
タ「僕の言える事は、それだけだ」その言葉に、かなみたちは神妙に頷いた。
タ「さて。話はこれで終わり。それじゃ、行こうか」
か「・・・行くって、どこへ?」
タ「君たちが言ったんだろう?僕の快気祝いにどこか食事に行くって」
か「明日にするとか行ってたくせに、勝手ですね。まあいいですけど」
ち「・・・それなら、近くの喫茶店で何処に行くか決めましょう。・・・先に行ってますね」
尊「そうだな・・・今を精一杯楽しまねばこの話を聞いた意味が無い」
纏「それじゃ、せいぜい別れを告げてくるが良い」
梓「タカシ〜あんま遅くなるなよ〜」
泉「主役が遅れたらしゃれにならんからな。さっさと来るんやで」
勝「・・・じゃあな」
そういうと、彼女たちは墓地から去っていった。
タ「それじゃあな・・・静・・・」タカシも別れを告げると、墓前から離れる・・・その時。
―大丈夫。貴方は良く頑張っているわ・・・少し妬けちゃうけれど。
タ「・・・静?」声が、聞こえたような気がした。自分の心が生み出した幻聴だとしても、別に良かった。
タ(静・・・僕はこれからも、頑張って生きて、約束を果たしてみせる―)
タカシは決意も新たに、かなみたちを追いかけるために、歩き始めた。


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