その3

最初の電車からその後3回くらい乗換えをして、いよいよ先輩の家の最寄り駅が近づいてきた。
車窓からの風景は、住宅街が続いて見えるだけ。見渡す限りの畑、もしくはうっそうと茂る木々が
見えるのかとイメージしていたので、すこしばかり意表を付かれた感じがした。
『こっからは歩き。はい、荷物もって』
先輩の手荷物を乱暴に渡される。僕だって荷物があるのに、1人だけ手ぶらはズルい気がする。
まぁ・・・知り合いに合わないとも限らないし、少しでも気の利く彼氏に見せるためなのかもしれないけど。
駅前から真っ直ぐ伸びる幹線道路にそって歩き出す。名物とかあるのかな・・・と食べ物屋を一通り
確認したが、どれも共通性のないものばかり売っていた。
「ここにきたら、これを食べとけ・・・みたいなのってある?名物とか」
『んー・・・特にないんじゃない?観光地じゃないし』
ちょっとがっかりした。そういえば、バイトに誘う時『観光にも連れて行ってあげる』とか言われたような。
いったいどこへ連れて行くつもりなのだろう?
『あ、もしかして、観光はどこへ行くんだろう?とか思ってる?』
「正解。それも少し楽しみにしてたから」
『キミの浅はかな考えなんて全部お見通し。駅2つ離れた場所に、昔の偉い人が建立した神社とかあるから』
「じゃ、お土産はそこで買うか」
『会社用には買わないでよ?』
「え・・・?僕は滅多に旅行にいかないから、こんな時くらい・・・」
『キミが私の実家に来たのがバレるでしょ!それとも、偶然同じだったと言うつもり?』
「確かに」
先輩は実家に帰るたびにお土産を配ってたっけ?だとしたら僕が同じものを渡したら、さすがに怪しまれるか。
お土産が渡せないとなると、今年も僕の休みの過ごし方は「友達と遊びに行ったくらい」としか答えられないな。
そうこうしている間に、周りの風景は変わっていき、畑や稲を刈り取った後の田んぼが少しづつ
増えていった。振り返ると、高いビル群は駅前のみという事が良く分かる。
「あとどれ位歩くの?」
『んー・・・30分かな?』
「え・・・バスとかないの?不便だね」
その言葉と同時に、バスが僕たちを追い越していった。このバスが先輩の家の側を通るか分からない
が、一応そういうのはあるらしい。
『キミさ・・・本当にダメ男ね』
はぁ・・・と先輩が大きくため息をついた。
『恋人がどういう環境で育ったかとか気にならないの?』
「そ、それは・・・気になるけど」
『それにね!早く実家についたら、二人きりの時間が終わるでしょ?』
勢い良く言って、先輩が慌てて訂正した。
『あ、あくまでも一般的にって話よ?私は別にキミと二人きりなんて早く終わらせたいけど、バス代とか
 もったいないから、仕方なく歩いて行ってるだけだからね?』
「良く分かった。言うとおりだね」
『わ、分かってない!違うったら違うの!』
顔を真っ赤にした先輩としばらく間鬼ごっこをする事に。捕まったら大変なので、割りと本気で逃げたが
手荷物がある分上手く走れず、結局追いつかれて頬っぺたをぎゅうぎゅう抓られた。

『着いたわよ』
先輩の実家は、ちょっとおしゃれな外装の家。高級住宅街にありそうな感じといえば良いか。
周りの家と比べると、敷地も広いし家も大きい。何より、ピカピカに光る高級車が目に付いた。
もしかして・・・お金持ち?
「ちなみにさ、義父さんのお仕事は?」
『ん?学校の先生やってて、校長まで行って、今は市議会委員だったかな?』
「せ、政治家?」
『そんな大層なものじゃないわよ。さ、入りましょ』
「ちょ、ちょっと待った」
早く両親に自慢したいのか、ニコニコしている先輩と真逆に僕の気持ちは沈んだ。先輩の父親は、きっと温和な
人で、僕を快く受け入れてくれるのだとばっかり思っていた。
しかし・・・良く考えれば、この先輩を育てた人。もしかしたら、いきなり「こんなどこの馬の骨ともしらん
奴に娘はやれるか!」と行って、ガラス製の灰皿とか投げられたりするのか?
それともチクチクと粗探しをするようにイヤラシイ質問攻めにしたあと「こんな奴はダメだ。すぐに別れなさい」
とか言われたり?
『何3日くらい徹夜した後の顔してるの?ほら、寒いから入るわよ』
「お、義父さんって・・・怖い人?」
『はぁ?・・・何、いまさら挨拶するのにビビってるの?だっさー・・・』
「だ、だって」
『大丈夫だって。ほら、入った入った』
背中を文字通り押され、僕は先輩の家へと足を踏み入れた。門扉から玄関まで歩く間にドキドキは最高潮に
たっする。ドアを開け、先輩が『ただいまー』と声を出したあたりでは気を失うんじゃ無いかと思った。
パタパタとスリッパの音がして、先輩の母親と思わしき人が出てきた。どことなく先輩に似ているが、とっても
物静かな感じにも見える。
『おかえり。そちらが彼氏さん?』
『そう』
「あああああ、あの、は、初めましちぇ」
ここまで挨拶した時点で先輩が吹き出した。僕の肩をバシバシと叩き、笑いが止まらない様子。
僕はといえば、ドッキリか何かに引っかかったかのような気分で呆然と先輩を眺めていた。
『何緊張しまくって、あはは・・・可笑しい』
『こら、そんなに笑っちゃダメでしょ?ごめんなさいね、こんな無礼な娘で』
「い、いえ・・・」
『だって、あはは・・・噛みまくりで・・・お、お腹痛い・・・あはは・・・』
『お父さんが居間で待ってるから。早く行ってあげなさい?』
『はいはい・・・あはは・・・行くわよ』
「はぁ・・・」
居間まで案内される間も、先輩は笑いを堪えているのか肩を震わせていた。そんなに笑わなくてもいいのに
と内心つまらない気分。ドアを開けると畳敷きで大きな木製のテーブルが置いてある部屋。しかし、中には
だれも居ない。
『あれ?お父さん居ない。まぁ、いいか座って待ってよ』
「うん」
『また噛まないでよ?笑い死になんて嫌だからね?』
そう言いながら、肩で小突かれた。ここは彼氏として、ビシッと決める時。気持ちを引き締め、義父さんが
戻るのを待った。
それから程なくして、スリッパのパタパタ言う音が近づいてきた。部屋の前で止まり、ガチャッとドアが開く。
いよいよ・・・時は来た。僕は立ち上がり挨拶する体勢に入った。
「よ、おかえり」
入ってきたのは、予想とかけ離れた人。第一印象としては「冴えない人」だな、と失礼ながら思ってしまった。
もっと強面か厳しそうな人を想像していただけど。
『ただいま、お父さん』
「き、君が彼氏かい?いやぁ、よろしく」
ぎこちなく握手を求める手を掴み、僕も「初めまして、よろしくお願いします」と挨拶を返した。
と、後ろの先輩がまた笑い始めた。
『あはは、お父さんも緊張しすぎよ。あー、今日は良く笑う日』
「娘が彼氏連れてきたら緊張すんだろ?」
『その彼氏とふたりで緊張しまくってるんだもん。見てて面白すぎ』
義父さんは照れ笑いを浮かべ、頭をポりポリと掻いている。結局は取り越し苦労だった訳か、とほっと一息。
その後、簡単に自己紹介をしたりしながら、なかなか良いムードで話は進んだ。想定どおりの質問を
僕と先輩で交互に返答。これは騙せ通せたと確信を得かけたそのとき
「んで、いつ結婚すんだ?」
この質問に先輩と顔を見合わせてしまった。こんな事、聞かれるなんて予想もしていなかったからだ。
いや、冷静に考えればありがちな質問だ。けど、僕達は「期間限定」の枠内でしか考えてなかったので
このことを失念していた。
『け、結婚!?こ、こんな奴と結婚なんて・・・あ、ありえないわよ』
「何だ?遊びで付き合っているのか?」
『そ、そんなんじゃないけど・・・』
先輩もあせっているのか、怪しい方向へと話が進みつつあった。義父さんは眉間にしわが寄り、ここだけ
切り取れば、先輩が説教されているように見える。ここは男として、上手く打開しなくては。
「あ、あの・・・違うんです」
「ん?」
「僕達は付き合い始めてまだ日が浅いので・・・結婚とか話し合ってないだけです」
「いやいや、日の長さは関係ない。学生じゃないんだから、社会人の付き合いは結婚を意識しなきゃ」
「まずはお互いの事を良く知らないと。だから、こんな奴呼ばわりされちゃってますけど。ね?」
『え?あ、そ、そうね・・・』
「で・・・君は娘との将来をどう考えているんだ?」
ずいと体を乗り出し、今度は僕に例の顔を向けた。さっきまでの冴えない顔が一変、鋭い目つきで
こちらを睨んでいる。いや、普通に見ているのだけだが、睨みを利かせていると思わせるほどの眼力がある。
「その・・・勝手な意見としては・・・僕は結婚して、幸せな家庭を築きたいです」
『なななな、何言ってんのよ!?だ、だって、私達は』
「はいはい、興奮しないで。僕の勝手な意見だって言ったでしょ?」
危うく先輩自身が期間限定である事をバラすところだった。なんとかなだめると、先輩は俯いてなにやら
ぼそぼそと言っている。『何よ・・・』とか『結婚とか・・・』というのがかすかに聞こえた。
一方で義父さんは満足げな表情でうんうんと頷いていた。どうやら、僕の回答で上手く打開できたらしい。
見計らったように義母さんがお茶を持って入ってきた。それからは終始和やかムードで話が進み、気がつけば
外はまっ暗くなっていた。晩御飯の前に泊まる部屋へと案内されたのだが・・・
『お母さん?なんで私の部屋が家具とかで埋まってるの?』
『んー?大掃除始めたのが遅くてね。まだ途中なのよ』
『何よそれ。それじゃ私はどこで寝ればいいの?』
『あら、彼氏と一緒に寝ればいいじゃない。ほら』
その部屋には、すでに二人分の布団が敷かれていた。心なしか、枕の位置が真ん中に寄っているような。
義母さんは僕に向かって軽くウインクをした。これは・・・つまり、二人で一緒に寝れるようにしといたわよ
という事なのだろう。
しかし、キスもさせてもらえない現状で、それより先に進む事なんてありえない。ありがたいが、ちょっと
困ったかもしれない。僕は・・・この状況で我慢できるだろうか?
気がつくと義母さんはいなくなり先輩と二人きり。先輩はくっついている布団を部屋のはじっこまで引き離し
始めた。
『ったく、これも親を騙そうとした罰かしら』
「さすがにね・・・精神衛生上良くないしね」
『もし本当に付き合ってたら・・・その・・・し、しようと思っちゃうわけ?』
「そりゃもう。ご両親の意向でもあるわけだし」
『ば、バカ言わないでよ!こんな所で・・・ムードとか考えなさいよね?』
「ムード・・・こう?」
先輩に向かって両手を広げる。すると、引き寄せられるように先輩が胸の納まった。
僕は抱きしめ、頭を撫でてあげる。
『もう・・・前払いは終わったんだぞ?』
「危うくバレそうになったのを乗り切って上げたでしょ?特別報酬はもらわないと」
『ま、まぁ・・・そうね。あくまでアルバイトだから、そこのところはきっちりしないとね』
「ほっぺにちゅーも欲しい」
『ダメ』
「えー・・・良いじゃん」
『調子に・・・乗るな!』
今度はお腹の辺りを思いっきり抓られた。その痛みに思わず抱きしめていた体勢を離してしまった。
これで特別報酬も終わりか・・・とお腹を摩っていたら、先輩から不意打ちで頬に口付けされた。
驚く僕に、小悪魔のように笑う先輩。案外、この先も何かある毎に特別報酬は望めるのではないかと
思った。


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