その5

目が覚めると、腕の中に違和感を感じた。眠りに付く直前の記憶から繋ぎあわすと何かが無い。
そう、先輩の姿だ。
慌てて起き上がると、横からクスクス笑う声した。
『あはは、何今の?ビックリして』
「あ・・・そこに居たの?」
『キミの腕の中なんて1秒だって嫌に決まってるでしょ?』
「そっか」
『いつまでダラダラしてるつもり?ほら、起きた起きた。ご飯できてるって』
そう言って僕の布団に手を掛けた。無理やり剥ぎ取るつもりなのだろうけど、それはちょっと困る。
男には見られたくないものがあるからだ。
「き、着替えるから・・・先に行ってて」
『え?そんな事言って、2度寝する気でしょ?見え見えなのよ』
「違うよ。・・・その・・・男の生理現象」
『男の生理現象?良く分からないわね』
キョトンとする先輩。どうやら本当にわからないらしい。しかし、だからと言って
それを説明する訳にも行かないし・・・困った。
「と、とにかく・・・部屋の外で待ってて。3分以内に部屋から出てこなかったら、何でもいう事聞くから」
『変なの。まぁ、そこまで言うなら・・・いいけど』
先輩は立ち上がり、部屋の外へと出た。それを確認して、僕ははぁ・・・と大きなため息をつく。
いくら生理現象とは言え、これはさすがに見せられない。多少窮屈だけど、さっさと着替え部屋を出た。

新年の挨拶をした後、待っていたのは豪勢なおせち料理。実家住まいなので、僕も毎年食べているが
ここまで豪勢なのは初めてだ。
『はい、召し上がれ』
義母さんに取り分けてもらった1皿分だけでも何円分なのだろう?何だか凄く申し訳ない気分がしてきた。
「何かすいません。僕なんかが」
『もう遠慮しないで?全部手作りだから、お口に合えば良いんだけど』
「手作り?すごい・・・」
『お母さん、何で私に数の子ばっかり食べさそうとするの?』
感心している横で、先輩が不機嫌そうな声を上げた。確かに、数の子がてんこ盛りになっている。
「数の子好きなの?」
『普通。だから、意味分からない』
義父さんは意味ありげにニコニコしている。どうやら、これには何か訳がありそうだ。
そういえば、おせち料理って1つ1つに意味があったような。
「数の子ってどんな意味でしたっけ?」
「子沢山」
義父さんが即答した。先輩は自分の使っていた皿を僕の目の前に置いた。
その代り、僕の空になった皿を奪い、自分で取り始めた。
『こら、人様のお皿取らないの』
『子沢山とか・・・意味わからんないし』
「お前な、早ければ今年中に1人出来るかもしれないだろ?」
『で、出切るわけないでしょ!だってね―』
「結婚しても、しばらくは二人きりで居たいから」
先輩がボロを出しそうだったので、慌てて言葉を遮るように僕が口を挟んだ。仕事では冷静に仕事を
こなすクセに、そういう話しになると途端にダメだなんて、やっぱり先輩は可愛いな。
『な、何嬉しそうにしてるのよ!最低』
「可愛いなって思って」
『な・・・何言ってるのよ!ばかぁ!』
「はっはっは、これは孫の顔も近いかもな」
『ちーかーくーなーい!』
『お産するときは戻ってくるんでしょ?いつでも良いようにしておくから』
『だから、何でそっちの・・・もう!全部キミのせいだらからね!』
結局、フォローした僕が悪いという事にされてしまった。まぁ、理不尽なのはいつもの事だし
最悪の事態にはならなかったので、とりあえずは良しとしておこう。

朝ご飯が終わると、観光を兼ねて初詣に行く事となった。義父さんの運転する車で神社まで行き、その後
二人で史跡なんか見てまわろうという話だ。
発車して10分くらい経ったところで、後部座席の先輩が前に乗り出した。
『お父さん、どこへ連れて行くつもりなの?』
「神社」
『どこの?』
「お前達にピッタリの神社」
「どうしたの?」
僕の質問と同時に車が止まった。車の前方にその神社と思わしき建物がある。
先輩はそれを見ると同時に『やっぱり・・・』と声をあげ後部座席に勢い良く倒れこんだ。
「到着〜。晩御飯には戻っておいで、ご馳走用意しておくから」
『お、お父さん!もう・・・信じられない!』
「あの・・・」
『ほら、さっさと降りなさい!さっさと済ませるわよ』
1人だけ事態を把握できていないまま、車を降ろされた。
「ね、そこの神社って何かダメなの?」
『うるさい!さっさと歩きなさい』
耳を掴まれてそのまま引っ張られながら神社へと向かった。

一体どこが先輩の嫌がるポイントがあるのかと辺りを見渡したが見た目は至って普通だ。
先輩の知り合いが居るとか、そういう事なのだろうか?しかし、義父さんは「お前達にピッタリ」と言っていた。
ますます謎が深まるばかり。
僕が謎解きに没頭していると、ふっと暖かいものが腕に巻きついてきた。驚いて腕を見ると、先輩が腕を
絡めてきていた。
「え・・・?」
『ま、周りに合わせただけ!別にキミとこうしたい訳じゃないんだから』
改めて回りを見ると、カップルが多い。当たり前だが、どのカップルも仲睦まじくイチャイチャとしている。
一体ここは、どういう場所なんだ?
「そろそろさ、教えてくれない?」
『な、何を?』
「ここの事さ。どういう神社なの?」
『ふ、普通の・・・神社よ?』
「カップル多くない?それに何か・・・カップルというか新婚夫婦っていう感じの」
『いくら鈍いキミでも分かったか・・・やっぱり』
赤い顔で苦笑い。組んでいる腕にもぎゅっと力が入った。
『こ、ここね、子授祈願・安産祈願の神社なのよ』
「えぇ!?」
『か、勘違いしないでよ?ここはあくまでも初詣とか観光で来ただけで、キミとそういう・・・その・・・
 こ、子供とか・・・ありえないし』
「なるほど、だから義父さんがピッタリって言ってたんだ」
『最低よね。こんな事になるなら、キミを連れて帰るんじゃなかった』
先輩の言葉で軽くショックは受けたものの、それでも一向に腕から離れない所を見ると、これも照れ隠し
で言ってるのだろう。先輩と付き合うなら、この辺りは軽く受け流す心の大きさが要求されるようだ。
やがて本堂の前。賽銭箱に100円玉を投げ入れ、心の中でそっと願う。
いつか、先輩が僕の子供を宿してくれますように、と。
自分でもとんでもない事をお願いしている気がするが、この場所が子授祈願であるならこれが妥当な
お願いだと思ったから。恋愛成就なら、恋人になれますようにお願いするのだけど。
顔を上げると、すでに願い事が済んだのか先輩は離れたところで手招きをしていた。
「早いね」
『来る前から考えてたから。賽銭箱の前で考えるなんて無計画な事しないわよ』
先輩らいし答えが返ってきた。確かにそうだけど、何か仕事っぽくってちょっと信心深さが無い気がするのは
僕だけだろうか?神様に願い事をプレゼンテーションする・・・みたいな感じ。
『それより・・・これ、名前書いて』
そう言って先輩は絵馬とサインペンを僕の目の前に差し出した。言われるまま名前を書き込み、返すと
先輩は僕に見られないように背を向け、なにやら書き込み始めた。
「何かいてるの?」
『き、キミには関係ないの。ちょっと先に行ってて』
「気になるじゃん」
『早く!』
口論では絶対に勝てないので、渋々それに従うことにした。が、どうしても気になる。
振り返ると、先輩は絵馬をくくりつけているところ。おおよその位置は遠目からも確認できた。
それから少し歩いた所で、先輩が追いついてきた。どうせ聞いても答えてはくれないだろうから
何を書いたかは聞かないけど、湧き上がる好奇心は押さえられない。
「あ・・・ちょっとトイレ行ってきて良い?」
『えー?ったく・・・早く行ってきなさい』
内心悪いな・・・と思いつつ、僕はトイレに行く振りをして、さっきの場所へと戻った。
先輩がくくりつけていた辺りを探しみるが、僕や先輩の名前が見当たらない。表面になっている絵馬を
2つ3つひっくり返し、やっと自分の名前が書いてある物を見つけた。
そこには僕と先輩の名前、そして思わずニヤけてしまう文章が書かれていた。これを見せまいと必死だったのか。
やっぱり先輩が僕に対して悪口言うのは半分くらいは本気だろうけど、もう半分は好きだから言っちゃう
照れ隠しが含まれているのかもしれない。何か言われたら、2回に1回は『好き』って言われてると思って
いれば、悪口だって苦じゃない。
絵馬をもとあったとおりに戻し気持ちを新たに、大急ぎで先輩の元へと戻った。
『遅い!本当に鈍いわね、キミは』
「ごめん、色々あってさ」
『ん・・・怒られてるのに喜んでない?気持ち悪いわね』
「喜んでるとしたら・・・二人で一緒にいられるから、かな?」
『な・・・ば、ばかじゃないの?』
「うん」
『き、キミと二人きりとか・・・わ、私は嫌なんだけど、約束しちゃったからしょうがなくなだけだからね?』
「確かに、それはしょうがないね」
『ちょ、ちょっと!何さっきから余裕ぶって・・・気に入らないわね』
「オドオドしてたら、もっと好きになってくれる?」
『そ、そんな訳あるか!もっと好きになるとか・・・ある訳ないでしょ』
「そっか。じゃぁ、違うやり方でもっと好きになってもらわないとな」
『なななな、何をバカな事言ってるのよ!ばかばかばか!ばか!』
もういっぱいいっぱいなのか先輩は『ばか』を連呼するだけ。今の僕にとって『ばか』は『好き』と聞こえる。
だから、嬉しいやらなにやら。真っ赤な顔で『ばか』を連呼する彼女と、それを聞いて嬉しそうにする彼氏。
道行く人は僕達を見て何を思うだろう?その点については、ちょっと考えたくないな。


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