その6(最終回)

繁華街をしばらく二人で当てもなくブラブラと歩く。ゲームセンターでヌイグルミを取ったり、貴金属店
のショーウィンドウに飾られている指輪やネックレスを見たり。お土産も忘れずに買っておいた。
そうこうしている間に、やがて日も暮れそろそろ帰る時間。名残惜しいが、先輩のご両親が一緒に晩御飯を
食べようと待っているので帰らなくていけない。
帰りのバスの中でもずっと手を繋いだまま。嬉しさに慣れてくると、ちょっとだけ他の人の視線が気になり
始めてきた。どう見てもバカップル一歩手前って感じ・・・いや、もうそのものかもしれない。
「いまさらだけどさ」
『何?』
「いや・・・ちょっと恥ずかしいなって」
『キミから繋いできたんでしょ?私はずっと我慢してあげてるんだからね?』
「あれ?僕からだっけ?」
『私からするわけないでしょ!』
お土産を買ったあたりから僕は荷物を持ってあげてるので、反対の手は何かあった時用に空けようと
してたのだが、先輩から手を繋いできたからそのままにしてたような・・・?
とは言え、反論しても無駄なのはわかっているので黙っておく事にした。下手に言って、手を離されるのも
嫌だし。

家に帰るとすぐ晩御飯になった。観光の事や、その後ブラブラしていた話を義父さんはニコニコした顔で
聞いてくれた。僕がその話をしている間、先輩はずっと真っ赤な顔で黙っていたけど。
晩御飯を済ませると昨日と同じように温泉へ。今度はじっくりと浸かり、温泉を堪能する事ができた。
家に帰ると、特にやる事もないのでそのまま寝ることに。先輩は相変わらず寒いからと僕の布団に入り
最初から体をピッタリとくっつけてきたので、抱きしめてあげると嬉しそうな表情。でもそんな顔を
見られたくないのか、僕の胸に顔を押し付けてきた。
『ねぇ・・・来て良かった?』
「そうだね。ご馳走食べれたし、色々見て回れたし。何よりも、素敵な恋人が出来たのが嬉しいな」
『ふ、ふーんだ、どうせ期間限定!明日になれば終わりよ』
「そう?僕は期間を延長してくれると思ってたけど」
『何よそれ?どこからそんな自信が沸いてくるの?』
「自信・・・というか、この2日でお互いの気持ちは分かったはずだけど?」
『また分かったつもりでいる訳?あー、やだやだ』
「確かに、直接は好きとか言って貰ってないけど」
『当たり前でしょ!別にキミの事なんか・・・』
俯いて黙り込む先輩。この時、僕はいつも通りの照れ隠しだと思った。
しかし、いくら待っても次の言葉が出てこない。
「寝ちゃった?」
『あ、うぅん・・・何でもない。もう十分温まったから、あっち行くね』
そう言うと僕の布団から出て、自分の布団へ潜り込んでしまった。呆気に取られたまま先輩の背中をしばらく
見詰める。それから一呼吸置いてから、僕は我に戻った。
「・・・もしかして、僕が何か気に障る事言った?」
『そんな事ないよ。ただ・・・少し考え事したいから。ごめん』
普段、自分が悪くても決して謝るタイプじゃない。そんな先輩が『ごめん』と言うなんて。
何が先輩にそこまで思わせているのか・・・知りたいが、まるで泣いているかのように寒さに震える
背中を見た後では、僕は声をかけることができなかった。
結局、僕はそのまま眠ってしまった。明日になったら、いつも通りの先輩に戻っている事を願いながら。

朝になり目が覚めると、隣に先輩はなく、布団が畳まれていた。
胸の奥に広がるせつなさに苦しくなる。つい昨日の夜までは、まるで本当の恋人のように遊んでいたのに
本当にどうしてしまったのだろう?
着替えを済ませ、台所のドアを開けた瞬間、先輩と鉢合わせした。
『わっ・・・ビックリした』
「お、おはよう」
『今起こしに行こうと思ってたの。ご飯できてるよ』
「あのさ・・・」
『ほら、冷めちゃうから。早く食べよう』
そっけない態度で1人席に付く。続いて僕も席に座り、朝食が始まった。
昨日の朝食と同じようにみんな笑顔。もしかしたら、そっけない態度は僕の気のせいで、いつもの
先輩に戻ったのではないか?と思い始めた。
「今日で帰っちゃうのか。何か寂しいな」
『いい年して、何言ってるの?夏休みに戻ってくるから』
「夏まで長いな。まぁ今回は彼氏にも会わせてもらったし、安心して送り出せるよ」
『まぁ・・・会わせるって約束したからね』
「娘の事、頼むよ」
「はい」
「この際、できちゃった結婚でも構わないぞ」
あはは、と笑う義父さん。先輩から照れ隠しの一言が飛ぶと思いきや、何も言わず黙々とご飯をもぐもぐ
している。やっぱり・・・昨日寝る直前の先輩のままなのか。
食事が終わり、帰り支度をするために部屋に戻る。着替えを畳んでいたりしていると、先輩が戻ってきた。
暗い表情に僕は我慢できず、先輩に声をかけた。
「昨日からどうしたの?」
『別に・・・何でもないわ』
「何でもない訳ないだろ?」
『本当に何でもないってば』
「そんなの、すぐに嘘だって分かるよ。ほら、言ってみてよ」
『だから、何でもないって・・・しつこいわね』
「でも―」
『うるさい!何でもないったら、何でもないって言ってるでしょ!』
怒鳴り声が虚しく部屋に響き渡る。先輩は、一瞬『しまった』という表情を浮かべた後、僕に背を向け帰り
支度を始めた。これ以上にない程の気まずい雰囲気に、僕はまた黙るしかなった。

帰りは帰省ラッシュのピークを避けるために午前中の電車との事。今の雰囲気では、どこか見て回ってから
とかそんな雰囲気ではないので好都合と言えば好都合だ。
義父さんの運転する車で駅まで送ってもらう最中、先輩が急に態度を変えた理由をずっと考えていたが
まったくわからないまま。一方先輩は、ご両親の見送りに笑顔を見せたものの、それが終わるとまたあの暗
い表情に戻ってしまった。電車をいくつか乗り換え、僕と先輩が一緒に乗る最後の電車。先輩はサッと窓際
に座るとずっと外の風景を見詰めたまま微動だにしない。
どんどんと別れが近づく・・・。これで別れたとしても、冬休みが終わればまた会社で会える。
しかし、僕には何故かこのまま別れたら、もう終わりのようが気がした。
「あのさ・・・起きてる?」
『ん』
先輩は小さく返事を返してくれた。まったく僕の話を聞いてくれない訳ではなさそうだ。
今この場で、恋人期間の延長の話をするかどうか迷った。昨日は確信すらあったが、今は100%ありえない
気がする。
「バイト、もう終わり?」
『そうね。ちょっと早いけど・・・お疲れ様』
相変わらず外の風景を見詰めたまま、そっけなく応えた。その言葉に僕の気持ちはさらに沈む。
けど・・・このままじゃ終われない、僕は意を決意し話を切り出した。
「恋人期間延長は・・・してくれる?」
先輩の次の言葉がこんなに怖いと思った事はない。しばらくの間があった後、先輩がぽつりと呟いた。
『ごめん』
その言葉を残し、先輩は席を立った。残された僕は、呆然としたまま何も考えられなかった。
頬を暖かいものが伝うのを感じる。情けない事に、涙が出ていた。
「何でだよ・・・先輩」
車内アナウンスが次の停車駅を伝える。僕達の旅行の終わりまで、もう残された時間はあとわずか。
喉がカラカラに渇いていたので、飲み物を買いに売店のある車両へ向かおうと外へ出た。
すると、出入り口の前に、先輩がうずくまっていた。慌てて近寄ると、すすり泣く声。先輩もまた泣いていた。
「先輩」
声を掛けると、目に涙をいっぱい浮べた顔を上げ、そしてまた伏せる。僕は隣に座り、先輩の肩を抱き寄せた。
調度電車が駅に着き、乗り降りする乗客が横目で僕らを見て通り過ぎる。

そして、しばらくの停車の後、電車が再び走り出した。

『私ね・・・ダメだったの』
先輩が静かに話し始めた。涙声で、だけどゆっくりと噛みしめるように丁寧な口調だ。
『キミに一番言わなきゃいけない事、何一つ言えなかった』
「え?」
『言おうとして・・・思ってる事と反対の事言っちゃったりして・・・酷い事も沢山。けど・・・本心は
 何一つ言えないまま』
「でも、歌とかで」
『あれはただの歌詞。私の言葉じゃない』
「・・・」
『年上だから偉そうにしてさ、結局キミに甘えてばっかり。キミの事、ダメ男なんて言ったけど、私の方が
 全然ダメダメのダメ子だったなんて・・・笑い話よね』
先輩は先輩なりに、素直になれない事をずっと悩んでたいなんて思いもよらなかった。言われた僕より
言った先輩の方が傷ついてたのかもしれない。
『本当の恋人になるなら、ちゃんと私自身の言葉で気持ちを伝えなきゃ。ずっとキミに甘えてたら、一生
 私は本心を言えないまま。そんなの・・・本当の恋人じゃないもん』
『ずっと言えなかった・・・クリスマスの時だって、一緒に居られるだけで良いよねって逃げて、結局言えず
 終い。今回だって、キミが分かってくれたらそれで良いって逃げて・・・でも、でも』
『それでもキミが好きって言ってくれたの!すごくすごく嬉しかった。だけど、嬉しい気持ちが大きくなるの
 と同時に、本心が言えない自分がカッコ悪くて、惨めで、子供みたいに思えて情けなかった』
『だから・・・だから、この旅行が終わるまで本心を伝えようって、伝えられたら本当の恋人になれるって。
 だけど、どうしても言えないの!胸が苦しいくらい気持ちは膨らんでるのに、口から出ていかないの』
再び顔上げた先輩は大粒の涙をぽろぽろこぼし、僕に苦しい胸のうちをさらけ出してくれた。
言い終わると再び顔を伏せて、小さく震えていた。
「先輩が本心を言うの、僕も手伝わせてもらえませんか?」
『え・・・?』
先輩を手を取って同時に立ち上がり、そっと涙を拭ってあげ、思い切り抱きしめた。
「先輩、好きです。僕は先輩なしでは生きていけません・・・だから付き合ってください」
自然と口から出た2度目の告白の言葉。それは、以前に同じ場所で先輩に告げた言葉と同じ言葉だった。
違うのは気持ち。今度のは僕の全て、紛れも無い本心。僕はこうするしか思い浮かばなかった。
これでダメなら、本当にもう終わりだ。
しばらくすると、先輩も僕をぎゅっと抱き返してきた。
『手伝うって言うから何かと思ったら・・・このスケベ』
「ゴメン」
『しかも、前と全く同じじゃない。少しは考えなさいよ』
「しょうがないだろ?この言葉が自然と出てきたんだから。僕は先輩がいない人生なんて考えられない」
『まったくダメダメね、キミは。仕方ない、私が面倒みてあげよう』
「え・・・それって?」
『好きよ・・・私も』
「先輩!?今の・・・」
『あれだけ悩んでたのに・・・キミから告白されただけであっさり言えちゃうなんて。本当にバカみたい』
声を上げて笑う先輩。笑いながら、またぽろぽろと涙がこぼれてきた。
そして、声を上げて泣き始めてしまった。
『ふぇぇぇん、言えたよぉ・・・ぐすっ・・・好き、大好き!もうずっと一緒なんだからね?』
「うん、ずっと一緒に居よう」
『ん・・・ぐすっ・・・離しちゃダメだよ?ずっと見ててくれなきゃダメだよ?浮気とかしたらダメだよ?』
「分かってるって」
『キミは口先ばっかりだもん・・・ちゃんと信じさせて?』
そう言って僕の顔を見上げ、そっと目を閉じた。僕も目を閉じ、ずっと待ち望んでいた瞬間を迎える事ができた。
車内アナウンスが僕達の降りる駅の名前を告げた気がする。けど・・・もう少しこのままで居られるなら、1駅
や2駅乗り過ごしても構わないと思った。


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