おまけ

『危なかったわね』
「ギリギリセーフだね」
僕達二人だけの時間は、思った程長くは続かなかった。僕達が立っていたその場所が次の駅で開く側のドア。
早めに降りる支度を終えた他の人の咳払いで中断させられたのだ。
それから慌てて降りる支度を始め、降りたらと思ったら先輩がバックを置き忘れ、出発間際で回収した。
まぁ・・・こういうのも旅の醍醐味、後々に思い出になると思えば。いや、今日は恋人になった記念日。
些細な事は忘れた方が良いかな?
そんな事を思いつつ、改札手前で振り向き、持っていた先輩の分のお土産を渡そうと差し出した。
『・・・何?』
「何って・・・先輩の荷物」
『見れば分かるわよ』
さっきまでの笑顔から、一気に不機嫌な顔になった。出発の日にここで待ち合わせたのだから、ここから
別々だという事は分かってるはずだが。
「僕は向こうだから」
『ちょ、ちょっと!私の家に来ないの?』
「え・・・いや、帰るけど」
『だ、だって、さっき・・・何?いきなり約束破る訳?』
僕は先輩の家に行く約束なんてした覚えはない。何か行き違いでもあったのか?
『さっき言ってじゃないの!』
「家に行くなんて一言も・・・」
『あっそ!もういい、知らない』
自分の荷物を引ったくり、違う電車のホームへツカツカ歩き出した。付き合っていきなり喧嘩なんてシャレに
ならない。慌てて追いかけ、先輩の腕を掴んだ。
『離してよ!このバカ彼氏』
「僕、本当に覚えがないんだ。いつ約束した?」
『さっき私に言ったでしょ!その・・・ず、ずっと一緒って』
思い出して恥ずかしくなったのか、プイっとそっぽを向いてしまった。
確かに約束したが、先輩はそういう意味で捉えたのか?
『そ、それに!こなんな重い荷物を私一人で持って帰らすつもりな訳?手伝う甲斐性くらい見せなさいよ!』
「分かった。ゴメン、言うとおりだね」
色々突っ込み所満載だが、これ以上ヘソを曲げられても困る。先輩の手から荷物を取り、もう一度「本当に
ゴメン」と謝る。すると、先輩はそっと僕の耳元で囁いた。
『家に行ったら、実家じゃ出来なかった事…させてあげるから。ね?』
僕の頭の中で、色んな妄想が駆け巡った。キスはさっきしたから、残りは恋人としてさらに親密な事・・・アレ
しかないよな。
「こんな事聞くのも何だけど・・・いいの?」
小さく頷く先輩。僕はこれから起こる、先輩とのめくるめく恋人の営みに想いを馳せた。

そんな事を考えていたせいか、先輩の家にはあっという間に着いた感じがした。
そして僕は今、風呂場でスポンジを掴まされている。
「あのさ・・・何?」
『何って・・・お風呂掃除くらい出来るでしょ?』
「ふ、風呂・・・掃除?」
不思議そうな顔で小首を傾げる先輩。また先輩のムリヤリ理論か?それなら、今回ばかりは屈する訳にはいか
ない。僕だって男、やるときはやらないと。
「さ、さっき、実家で出来ない事とか言ってたよね?」
『掃除、実家でした?』
「してないけど」
『食べてばっかりだったでしょ?運動もしないとね』
「いや、でもさ・・・」
『ん・・・何か別の事期待してたの?』
確信犯的に微笑む先輩。ここ数日で先輩の扱い方を分かったつもりだったけど、やっぱり先輩の方が僕より
数段上手らしい。
「分かりました。掃除させていただきます」
『分かれば宜しい』
勝ち誇った顔で先輩は風呂場から出ていった。

掃除が終わり、先輩の指示通りに浴槽にお湯を溜めてお風呂場から先輩の待つ部屋へと戻った。
改めて部屋を見渡すと、基本的には無駄なものを置いてない、殺風景と言ってもいいくらい。
あるのは、ベッド、テーブル、その脇にあるのはノートパソコンかな?枕の下から半分だけ携帯ゲーム機が
見えていた。見られまいと、慌ててかくしたのだろうか?僕もゲームはやるので、むしろ嬉しいのだけど。
『何突っ立ってるの?早く座りなさいよ、お茶淹れたから』
先輩の隣に腰掛け、風呂掃除で冷たくなった手を温める。ほっと一息つくと、やっと先輩の部屋で二人きり
という実感がわいてきた。
何気なく先輩の方を見ると、目が合うなり腕に抱きついてきた。
『こ、恋人って部屋ではこうするものなんでしょ?私は嫌だけど、仕方なくだからね?』
先輩持つ恋人のイメージはどんなのだろう?今度じっくり話し合って見る必要がありそうだ。
でも、これはこれで嬉しいから黙っておこうかな?
何気なく目に入った先輩のカップの中は真っ白。
「あれ?何飲んでるの?」
『ホットミルク』
会社や旅行中でもずっとコーヒーを飲んでいた先輩がホットミルクだなんて意外だ。僕にはコーヒーを淹れて
くれてるから、粉がなかったとか言う訳でもなさそうだけど。
『変だって言いたいんでしょ?』
「ま、まぁ・・・コーヒーのイメージしかなかったから」
『その・・・苦手なのよ』
「は?」
『だから・・・苦いの嫌なの。本当は、コーヒーあんまり好きじゃないの』
腕を抱く力がぎゅっと強くなる。この体勢からは先輩の顔が良く見えないが、きっと恥ずかしそうな表情を
しているに違いない。しかし、苦手なコーヒーを何で飲んでいたんだ?
「でも、ずっと飲んでたじゃない?」
『それは・・・私のほうが先輩だから、苦いのダメだなんてカッコがつかないじゃないの?』
「そんな事は無いと思うけど」
『あるの!これからは一緒に暮らすんだし、カッコつけてばっかりじゃ家でくつろげないから、ちょっと
 カッコ悪くても多めに見てよね?』
「はいはい」
一緒に暮らすだなんて、随分気の早い事を言われたものだ。二人きりの雰囲気が、先輩にそう思わせたのかな?
それなら、ますます二人の仲を深める事ができそうだ。
『あ、そうだ。部屋さがそうか?』
「部屋?」
『キミと二人でお金出し合えば、もっと広い部屋に住めるわ。ワンルームだと狭くなるから、なるべく物を
 置かないようにしてたんだけど』
そう言うと、脇に置いていたノートパソコンをテーブルの上に置き、カチカチと操作して不動産屋のホーム
ページを開いた。
『もう少し会社に近い駅がいいかな?』
「何も今決めなくても。その頃まで部屋空いてるか分からないでしょ?」
『は?明日部屋見に行くわよ?』
その言葉で、僕と先輩の行き違いが全て分かった。告白した後に言った「ずっと一緒に居よう」は、僕は
「ずっと恋人で、いずれは結婚しようね」という意味で言った。けれど先輩は文字通り、ずっと一緒に居よう
と思ったのか。だから僕を家に呼んだ訳だ。
『あ、ここいい。広く使いたいから、嫌だけどキミと一緒に寝るでしょ?で、余った部屋を私が使って、もう
 一つは物置にしようかな?』
「あー・・・あのさ」
『あ、この際ダブルベッドにする?外国のホームドラマみたいでカッコイイかも。相手がキミなのが残念だけど』
目をキラキラさせて部屋探しをする先輩を見ると「実はそんなつもりじゃなかった」なんてとても言える訳が
ない。言いかけた言葉を飲み込み、僕も画面に映し出されている部屋のレイアウトを覗き込んだ。
「物置って、将来の子供部屋でしょ?」
『な・・・こ、子供!?な、何考えてるのよ!』
真っ赤な顔で頬っぺたを抓られた。同棲はいいけど、そういう事はダメとか言われたら溜まったものじゃない。
先輩腕を優しく払い、思いっきり抱きしめた。
『こ、こら!また・・・もう、えっちなんだから』
「一緒に暮らすんでしょ?だったら、恋人としてもっと分かり合わないと」
『そ、それって・・・どういう?』
「こういうこと」
顔を近づけると、先輩はキュッと目を閉じた。嫌がってるような口ぶりだけど、まったく抵抗しない所を見る
限り、先輩ももっと分かり合う事に賛成なのかな?
唇を重ね、ゆっくりと舌を進入させていく。先輩のとぶつかると、一瞬ビクリとしたが、恐る恐るという感じで
絡めてきた。最初は確かめ合うように、段々と求め合うように激しく。
息が続がないので離れると、先輩は虚ろな目で荒く息をした。
『ふぁ・・・はぁ・・・大人のキス、しちゃった』
「すごく気持ちよかったよ」
『うん、大人のキス・・・気持ち良いの』
もう一度しようと先輩の頬に手を当てると、僕の唇に人差し指があてがわれた。
『続きは・・・お風呂に入ってからにしよう?』
「ん・・・そうだね」
『じゃ、私が先に入るね』
「一緒に入ろう?」
『もう・・・キミは本当にえっちなんだから。あーあ、こんな彼氏を持った私は不幸だなぁ』
言葉とは裏腹に、もの凄く幸せそうな笑顔。僕は興奮しつつも、先輩がずっとこの笑顔で居られるよう
守っていこうと密かに決意したのだ。


おわり


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