#2.弁当

チュン・・・チュチュン・・・・・・
朝。かなみは情けない顔を浮かべながら起きる。
とろんとした眼をこする。だいぶ目ヤニが付いている。
どれだけ、泣いていたのだろう。脱水症状でも起こしちゃうんじゃないか。
洗面所に向かい、冷たい水を顔にぶっかける。
いい感じに脳が刺激され・・・なかった。
脳は、昨日のまま。もやもやは消えていない。
キッチンに行き、朝食の用意をする。親は、まだ起きていない。
ふと、時計を見る。まだ5時ちょっと過ぎだった。めざましテレビも始まっていない。
冷蔵庫から卵を1つ取り出し、割る。
卵黄が2つ。双子の卵だった。何の感動も覚えない。そのまま混ぜる。
出来たスクランブルエッグを小さめのバターロールに挟み、コップに野菜ジュースを注ぐ。
味が分からない。砂糖の甘味も、バターロールの香ばしさも、野菜ジュースのほんのりとした苦味も。
お昼の弁当を作らなきゃ。おにぎりが4個、唐揚げが6個、卵焼きが・・・・・・
いつもの調子で、2人分の弁当を作った。渡せるかどうか分からないのに。
シャワーを浴びる。汗と涙を綺麗に流すために。
丁度いい温度のお湯が身体を清めていく。心は清められない。
・・・設定温度を一気に20℃近くまで下げる。
「・・・・・・・・・・・・ックチュンッ!・・・・・・」
「行ってきます・・・」
いつもより30分ほど早く家を出る。
頭がぼうっとする。理由は2つ。
水のシャワーを浴びた事、こっちはどうでもいい。
もうひとつ。そっちがどうしようもない。

頭の中を、言葉が駆け巡る。どう言って謝ろうか。
『タカシ、昨日はゴメン。許してくれる?』
『昨日はすみませんでした。反省してます。』
『き、昨日の事は謝るからッ!これでいいでしょッ!』
『昨日の件に関しては大変無礼な事を働いたと存じております。なにぞとお許しを請いたく・・・』
全部・・・違う・・・?
『何か』が足りないんだ。

気付けば、いつも通る道、タカシの家の前に来ていた。
「・・・タカシ」
カーテンの閉まった部屋の窓を見つめる。人影は・・・見えない。
まだ寝てるのかな。それともご飯食べてるのかな。
今謝れたら、どれだけ楽かな。でも、本当の言葉がまだ見つからないんだよ。
5分だけ待ってみよう。うん、そうしよう。
5分待って来なかったら、学校で謝ろう。
5分がこんなに長いなんて思ってもみなかったよ。
・・・2分と持たなかった。
3分経った頃には、かなみはタカシの家から100メートル以上離れた場所に立っていた。
「・・・今のアタシは・・・ただの臆病者・・・」
ハァハァと肩を揺らし、ぼそりとつぶやく。
結局、かなみが学校に着いたのは、いつもよりも10分ほど早い時間だった。
「あ、かなみおはよ〜」
話し掛けてくる友達の声も、自分には届かない。
黙ったまま、机に突っ伏す。
タカシがまだ来てないのは、不幸中の幸いと言ったところか。
「ねえかなみ、どうしちゃったの?元気無いよ?」
「・・・何でもないよ・・・」
「もしかしてアレの日?まぁ、大変だったらお薬分けてあげるからね!」
「違うんだけど・・・ありがと。」
心配してくれる友達をよそに、気持ちはどんどんブルーになっていく。

タカシが来たらどうやって謝ろう?
いや、その前に話しかける事が出来るだろうか?
いつものように話せばいいじゃない。
そうだ、お弁当を渡すついでに謝ろう。それがいい。じゃあお昼まで待とう。それから数分後、タカシが山田と一緒に教室に入ってきた。
かなみは、目が合わないように窓のほうに顔をそむける。
窓ガラスにうっすらと彼の顔が映り込んでいた。
表情は、少し曇り気味だったかもしれない。

午前の授業。いつもの退屈な授業。
いつもなら授業の内容もそれなりに理解できるから、こんなに長く感じた事はなかった。
自分の机から右前方に3つ離れた場所に座っているタカシの方をちらちらと見る。
・・・?なんだろ。顔が熱いよ。それに心臓もドキドキしてる。これなんて気持ち?
やっと4時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。
タカシは、山田を引き連れて屋上へと向かって行った。
それを後ろから追いかけていく。手製の弁当を二つ持って。

屋上の階段を登っていくタカシと山田。少し間を空けてかなみも階段を登る。
階段を一段、また一段と登っていくたび、鼓動のテンポが上がる。
「ちゃんと・・・謝って・・・それで・・・仲直りして・・・」
目の前に、青空が広がる。
人のまばらな屋上。金網のフェンスの近くに座っている男に声を掛ける。勇気を振り絞って。
「タカシ・・・・・・・・・これ」
弁当を手渡す。昨日殴ってしまったその男の発した言葉とは。
「ん・・・サンキュ」

「・・・・・・・・・」
「( ^ω^)牛丼テラウマスwwwwww」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
一人を除いて沈黙が続く。
かなみは勇気を出して口を開く。「タカシ・・・」「かなみ・・・!」
「あッ!・・・」
2人の声が重なる。
その2人を見た山田は、
「・・・どうやらお邪魔みたいだお⊂二二二( ^ω^)二⊃ブブブーン」
と空気を読み、校舎に続くドアをくぐって階段を下りていった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間には、未だ沈黙が続いている。
「あのさ・・・」
かなみは再び勇気を出して口を開いた。
「ん・・・?」
「昨日・・・いきなり叩いちゃってゴメンね・・・」
「あぁ・・・その事か。いいんだよそんな事。気にしてない。俺のほうこそ、いきなり逃げちゃって、ゴメン。」
かなみの表情に、少しだけ微笑みが戻る。
「そ、そう?良かった・・・アタシってば、昨日からずっと気にしちゃってて・・・」
なんだ、簡単な事だった。変に悩む事なんて、無かったんだ。
あれ?あれれ?嬉しいはずなのに、涙が出てくるよ?
しかも、昨日のよりも、ずっとずっと温かい涙が。
「ひっく・・・ひっく・・・ごめん・・・ごめんね・・・タカシ・・・」
ぼろぼろとこぼれ落ちてくる涙が、制服の裾を濡らす。
「なんだよかなみ・・・泣かないでくれ。ほら、笑ってくれよ?」
タカシの人差し指がかなみの目尻に触れる。
その瞬間。2人の目線が合った刹那。
かなみは、足りなかった『何か』に気付いたのだった。
「・・・よっと、ほら、かなみちゃん?笑ってくださーい!」
タカシの満面の笑顔。ソレにつられるように、かなみも微笑む。
「・・・へへへ・・・」
「それ!それだよ!やっぱお前は笑顔がイチバンだなッ!」
そう言うとタカシはかなみの両頬を軽くつねる。
「・・・ッ!なにすんのよバカッ!」
「ハハハ、これで元のかなみに戻ったわけだ!」
その時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「ほら、早く戻んないと先公に怒られんぞ!それと、弁当いつもサンキューな!」
そう言うとタカシは先に階段を下りていった。
かなみは弁当を包みなおしつつ、自分の中に芽生えた『何か』に困惑を覚えていた。


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