#4.牛肉

アタシはタカシが好きだ。
これは、はっきりした。
後は、これを彼に伝えることが出来るかどうか。
素直に・・・なれるかな・・・。

少し熱めのお湯につかりながらそんな事を考えてたら、のぼせてしまった。

部屋に戻り、冷蔵庫から持ってきたジュースを一気に飲み干す。
身体中に冷気が染み渡る。
「ふぅ・・・」
ベッドに倒れこみ、真っ白な天井を眺める。
「タカシ・・・」
真っ白なスクリーンに、想い人の顔が映りこむ。

幼稚園の時、いじめられてたタカシを助けた事。
小学校の時、遠足でタカシとお弁当を取り替えっこした事。
中学校の時、修学旅行でタカシと一緒に京都をまわった事。
様々な思い出が、走馬灯のように駆け巡る。

「アタシ・・・ずっと昔から・・・」

とおるるるるるるるる・・・ とおるるるるるるるる・・・
携帯が鳴っている。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「ん・・・・・・誰・・・・・・?」
【着信 別府タカシ】
サブディスプレイに写った文字を見て、眠気が完全に吹き飛ぶ。
「!!!・・・もしもし・・・?」
「おぉー起きてたか。こんな時間に悪いな」
ふと時計を見る。深夜の2時だった。
「・・・あんた今何時だと思ってるのよ!」
「ははは、ごもっとも。ごめんな、実は、明日、いや今日か?無理してバイト休ませてもらったんだわ」
今日。
約束してた日。
アタシの誕生日、祝ってくれるって。
「・・・良かったの?休んじゃって・・・」
「あー、いいのいいの。だって一年に一回のお前の誕生日だし。
まぁこれでバイトクビにされちゃうかもしんないけどさ」
また目頭が熱くなってきた。
「・・・ありがと・・・」
「ん?」
「ありがとうって言ってんの!ちゃんと聞きなさいバカ!」
「・・・ごめんなさい・・・でさ、久し振りに腕揮いたくなってさ、なんか料理作ってあげようと思うんだけど?」
タカシ・・・そういえば料理上手だったな・・・女の子として悔しい。
「アタシ・・・ビーフシチューが食べたい!ローストビーフも!」
「ふたつも!?しかも牛肉・・・太るぞ」
「うるさい!アンタが作ってくれるって言ったんだから文句言わないでよ!・・・アタシも手伝うからさ」
「・・・お前が手伝うと大変な事になりそうだけどな」
「なッ!これでもちょっとは上達したんだから!」
確かに、ウチじゃあ台所侵入禁止令が出てるけど・・・
「はいはい分かったよ・・・それじゃあまたな、誕生日おめでとう」
「うん・・・また今晩・・・」
ぷつり。電話を切ると同時に、涙があふれてきた。
冷たい涙じゃない。温もりある涙。
「タカシ・・・ありがと・・・大好きだよ・・・」

朝。
もう9時だ。
軽く朝食をとり、シャワーを浴びる。
決戦は、今日だ・・・

夜まで待ちきれない。
何をしようか。
とりあえず部屋の片付けをしよう。
雑誌、漫画、服。結構散らかってるな・・・
雑誌をそれなりにまとめて箪笥の横に重ね、漫画を本棚に並べ直す。
服は、あとで洗濯籠に入れておこう。
「・・・・・・」
ベッドのシーツがぐしゃぐしゃになっているのに気付き、何となく念入りに直す。
「・・・アタシってば何考えてるのよ!」
せっかく直したベッドがまたぐしゃぐしゃになってしまった。
「・・・・・・・あ、そうだ・・・」
かなみはすっと立ち上がり、台所にいる母の元に向かう。
「あのね、お母さん今日ウチで誕生日パーティやるんだけど・・・」
「・・・かなみ、分かってるわ。頑張りなさいね」
「え?」
「今夜はお父さんと楽しくヤッてくるから。あなたも頑張るのよ」
「え?え?」
「何時頃出てけばいい?夕方には来るのかしら?」
「え?え?え?・・・多分6時頃だけど・・・」
「分かった、それくらいになったら出ていくからね」
母はそのまま廊下に出ていった。
なにやら「タカシ君が息子かぁ・・・」と聞こえたが気のせいだ。
とうとう6時10分前。
母も先ほど出ていった。ものすごいルンルンだった。正直引いた。
「・・・まだかなぁ」
そんな事を思っていた刹那、携帯電話が鳴る。タカシからだ。
「も、もしもし・・・?」
「ああ、そろそろ行こうかと思ったんだけど、材料とかまだ買ってなくてさ、どうせなら一緒に買いに行かない?」
「・・・何よ、準備悪いわね。いいわ、一緒に行こ!」
タカシと一緒に買い物。今はこんな些細な事でも嬉しく感じられる。

この街で一番大きな商店街。そこの入り口で待ち合わせ。
「遅い!」
「ごめんごめん、ちょっと忘れ物しちゃって・・・」
「忘れ物?」
「ん、まぁ気にすんな。それよりさっさと買い物終わらせようぜ」
「材料は牛肉、人参、玉ねぎ、ホールトマト、赤ワイン、etc・・・」
「まぁそれくらいならそんなに金もかかんないだろ。しっかし、ビーフシチューとは・・・結構時間かかるぞ?」
「え?そんなにかかるもんなの?」
「そりゃ、下準備に30分、煮込むのに2時間弱かかるぞ」
「・・・でも、アンタが作ってくれるって言ったんだから、頑張ってよね!」
「はいはい・・・だから、本格的にお前にも手伝ってもらわなくちゃな」
「!!!・・・分かったわよ・・・」
「やっぱ自信無いんだな・・・?」

2人で並んで商店街を歩く。
もしかしたら、カップルに見えてるかな・・・
いやいや、夫婦なんて事も・・・ウヘヘ

「・・・かなみどした?ボーっとして」
タカシに話し掛けられて、ふと我に返る。
「・・・・・・何でもないわよ!」
「そうか、俺と一緒に居れて嬉しいのか」
「!!!!な、なんでアンタなんかと・・・・・・う、嬉しいわよ」
「え?・・・いつものお前なら反発してくると思ったのに・・・どうした?」
「う、うるさい!」
「・・・さて、材料も揃ったしケーキも買ったし、行きますかね。時間は・・・うん、大丈夫かな」
タカシの腕時計は、7時を少しだけ過ぎていた。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system