第四話「帰り道」

「いいんちょ〜」
長くけだるい授業の終了を告げる鐘。その音と共に、俺は千奈美の席へ向かった。
「・・・・・・」
千奈美は、手元の教科書を見つめたまま動かない。
相変わらず教室内では口すら満足にきいてくれない。うーむ、二人の時はそれなりに喋るんだけどなあ。
「いーいーんちょー」
「・・・・・・聞こえてる」
いかにも『うるさい』と言わんばかりの口調で千奈美は返した。
「なあ、いいんちょ」
「・・・・・・勉強してる」
今度は『早くどっか行け』と暗に言われる。だが・・・・・・
「教科書・・・・・・逆だぞ?」
「・・・・・・・・・・・・!」
は、っと手元の教科書を見つめる千奈美。
ばつが悪そうに机の上のものをカバンに詰めると、すさまじい早さで教室を出ていってしまった。
「おーい・・・・・・」
一緒に帰ろう。結局言わぬまま、俺は千奈美を追いかけた。

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「・・・・・・遅い」
「はぁはぁ・・・・・・」
相変わらず、千奈美は歩くのが早い。やっとの事で追い付いた俺は彼女の横に並んだ。
「じゃあ待っててくれよー。先に行くことないじゃん」
「だって・・・・・・」
ばつが悪そうに千奈美は俯いた。
「教科書読むフリしてまで無視しなくてもいいのに・・・・・・」
「・・・・・・本当に読んでた」
「・・・・・・まあ、そういうことにしとこう」
つかつかつか、と革靴の音が響く。
数歩歩いたところで千奈美が声を出した。
「・・・・・・ごめん、ほんとは読んでなかった」
「ああ、知ってる」
「だって・・・・・・いつもキミが授業終わると来るから・・・・・・」
だからってわざわざそんな偽装しなくても・・・・・・彼女なりの照れ隠しか?
「それよりいいんちょ。明日休みだし、今から遊びに行こうぜ」
「・・・・・・遊び?」
「ああ。どこ行きたい?てかいいんちょって普段どこで遊んでんの?」
「・・・・・・」
俺たちは話をしながら歩いているうちに商店街へと来ていた。
・・・・・・まあ結局、徒歩でいける範囲となると街の商店街しかないわけだ。
「・・・・・・ココ」
「な、何が?」
千奈美の言葉はいつも唐突だ。いきなり立ち止まると右手を指差した。
「・・・・・・キミが聞いたのに」
「あ・・・・・・ああ。いつも遊ぶとこか・・・・・・て、ゲーセン?」
千奈美が指をさしたのは、俺もよく遊びに来るゲームセンターだった。
・・・・・・彼女の雰囲気からはほど遠い、にぎやかな場所。
意外すぎる展開に俺は、惚けた顔で彼女を見ていた。
「・・・・・・入らないの?」

[]

その後、予想どおり千奈美はCPU一戦目でゲームオーバー。
「難しい・・・・・・」
「てか、やったことないんだろ?」
「・・・・・・あるもん」
あくまでそう言い張る千奈美。だが、いつものように。
「・・・・・・ごめん、うそついた」
「・・・・・・だろうな」
「・・・・・・でも、キミ、わたしに負けた・・・・・・」
まさかこの子は、あれだけ無抵抗の相手をなぶり殺しておいて手加減に気付いてないのか?
・・・・・・意外と鈍いのだろうか。
「あ、ああ。そうだな。才能あるかもよ、いいんちょ」
「・・・・・・♪」
俺が適当に返すと、千奈美は少し得意げな顔をした。
「・・・・・・で、いいんちょはほんとは何をやりたかったんだ?」
「・・・・・・あ」
「聞いてねえし・・・・・・」
千奈美は俺の言葉には反応せず、プライズマシンに駆け寄った。
色とりどりのぬいぐるみやらキーホルダーやらを、機械のアームで掴むアレだ。
「・・・・・・ラブラブぺんぎん・・・・・・」
「・・・・・・ん?ああ」
千奈美が指を差したのは、青とピンクのペンギンが仲良く二つ並んでいるキーホルダー。
いかにも女の子が好みそうなかわいいデザインだ。
しかし・・・・・・やはり千奈美のイメージとは違うな。
「いいんちょ、これほしいの?」
「・・・・・・」
こくんと千奈美が頷く。
ここは男の見せ所か?プライズなんてあんまやらないけど・・・・・・
「よし、ちょっと待ってな」

[]

俺は100円を投入すると、ラブラブぺんぎん目がけてアームをのばす。
一発で取れればさぞや絵になるだろう。だがそうは問屋が卸さない。
俺の操るアームは、虚しく何もない空間を掴んだだけだった。
二回目のプレイ。今度は景品に触れはしたものの、動かすには至らない。
「うわ、アーム超よえー。これ絶対無理」
「・・・・・・やる」
千奈美がコントローラーの前に立つ。
しかし、さっきの格ゲーの惨状を見るに、ここは止めるのが賢明な気がした。 「いいんちょ、100円無駄にな」
「・・・・・・とれた」
「ってエエエエエ!?」
千奈美は、出てきた景品を嬉しそうにに手に取った。
何だ今の微塵の迷いもない素早い動きは。とても素人とは思えん・・・・・・!
「いいんちょが得意なのって・・・・・・これだったのか」
「・・・・・・♪」
千奈美は、ラブラブぺんぎんを手の中で転がしながらはにかんだ。
「・・・・・・しかしスゲーな。このよわよわアームで一発とは」
「・・・・・・重心がね・・・・・・重要」
「プロかよ!」
しかしこれまた、千奈美の意外な一面だ。学校では無表情で、何に対しても興味を示さないのに・・・・・・
意外と・・・・・・いや、この言い方は失礼か・・・・・・普通っぽい所もあるんだな。

[]

「・・・・・・はい」
「ん?」
千奈美は、ラブラブぺんぎんの青い方を外し、俺に手渡す。
「くれんの?」
「・・・・・・」
こくんと千奈美が頷いた。
「ありがと・・・・・・でもいいの?」
「・・・・・・ラブラブぺんぎんをね・・・・・・」
千奈美が、言いながらピンクのペンギンをカバンに取り付けた。
「・・・・・・それぞれ分けて持ってると、二人はいつまでも仲良し・・・・・・」
「なるほど・・・・・・」
よくあるおまじないか。だが、千奈美の口からこんな乙女ちっくワードが出てくるとは・・・・・・
「・・・・・・気に入らなかったら・・・・・・無理しなくても・・・・・・」
「え?い、いや。つけるよ。ありがとう!」
俺も千奈美と同じようにカバンにペンギンをぶら下げた。
「あ・・・・・・」
千奈美が、俺のカバンと自分のカバンを見比べて、微かに微笑んだ。
その笑顔に、俺はどきまぎしてしまう。
恥ずかしいやら何やら・・・・・・たまらず、俺は切り出した。
「じゃ、じゃあ・・・・・・そろそろ帰るか?」
「・・・・・・うん」

[]

「しっかし、なんでそんなにクレーンゲームがうまいんだ?」
「妹がね・・・・・・ぬいぐるみ好きなの。だから・・・・・・」
「へえ、妹いるんだ!じゃあ、妹さんにあげるためにやり込んでるのか。道理で」
そういや、千奈美の事、俺何も知らないんだな・・・・・・
家族のことどころかどこに住んでいるのかすら知らない。
てか、得意なの最初から言ってくれれば200円損せずに・・・・・・まあそれはいいか。
「いいんちょの家ってどこらへんなの?」
「・・・・・・説明難しい」
「そ、そっか」
確かにこの辺りは路地が入り組んでいてわかりづらい。
まあ、住所を聞いてどうするわけでもないが・・・・・・
二人とも、しばらく無言で歩いた後、千奈美が口を開いた。
「・・・・・・くる?」
「どこに?」
俺は千奈美の意図がわからず問い返す。
「・・・・・・キミが聞いたのに」
「あ、ああ。家か。・・・・・・ってエエエエエエエ!?」
まったく先程と同じやり取りを交わしつつ、俺は驚愕の叫び声を上げる。
く、くる?って・・・・・・お宅訪問ってことですか?
「・・・・・・いやならいいけど」
少し淋しそうに千奈美が呟く。
「え・・・・・・い、いやってわけじゃ・・・・・・」
「そう・・・・・・じゃ、いこ」
「え、あれ・・・・・・ちょ、待・・・・・・」
俺は戸惑いながらも、千奈美の背中を追いかけて駆け出した。


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