第七話「すべて」

「おねーちゃーん!」
「か、かなみ・・・・・・」
いつもの下校風景。千奈美が先に行き、校門前で待っている。
いつもと違うのは、妹のかなみがそこにいたことだ。
「おっす、タカシ!」
「おう。こんにちわ、かなみちゃん」
元気に挨拶。やはりかなみは底抜けに明るい。お姉ちゃんにも少しは見習って欲しいと思うのは少々酷な願望だろうか。
「・・・・・・どうしたの、かなみ」
「ん!今日はちょっと早く終わったからこっちまで来てみた」
かなみはセーラー服を翻しつつ、答えた。
「・・・・・・ごめんね」
千奈美が、ちらりとこちらに目配せして、つぶやく。
今日は放課後、一緒に何か食べにいこうと約束していたからだ。
「いいよ、別に」
「ん?もしかして邪魔しちゃった?」
「いや、そんなことないよ。そうだ、かなみちゃんも一緒に行く?」
「え?どこかに連れてってくれるの?ラッキー♪」
かなみは、心底嬉しそうに笑った。
「・・・・・・いいの?」
千奈美が、心配そうにこちらを見つめる。
「もちろん。一緒に行こう、かなみちゃん」
「うんっ!」
「・・・・・・ふふ」
かなみが手を差し伸べ、千奈美がそれを握った。
俺と千奈美、その真ん中にかなみ。三人仲良く、歩きだした。

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さて、赴いたのはいつもの商店街。
ワンパターンだと思うかもしれないが、一介の高校生が来れるのはこんな場所しかない。
「何食べる?」
「パフェ!もちろんタカシの奢りで!」
「・・・・・・こら」
かなみが上目遣いで俺を見つめて言う。すぐさま千奈美がそれを咎める。
・・・・・・こんなかわいい妹がいたらあまあまになっちまうだろうなー、と、妹系大好き人間の心情を少し理解する俺であった。
「じゃあ、あそこの喫茶店行くか」
「わーい!わたしOVのパフェ大好き!」
その店・・・・・・喫茶OVはとにかく量が半端でないことで有名だ。
前に友人と行った時、パフェが金魚鉢のような容器に盛られて出されたのに驚愕した記憶がある。
・・・・・・まあ、千奈美もかなみも甘物大好き人間だし、それは問題ないだろう。
『いらっしゃいませ!』
ウェイトレスに案内され、俺達はテーブルに着く。
かなみが俺の隣に座ったので、千奈美は必然的に向かいに座る。
「わたしミラクルジャンボパフェね!」
「まじか。一番高い奴じゃねーか」
「・・・・・・こら、かなみ」
「なによー・・・・・・いいじゃんケチ」
「うむ。まぁいいだろう。だが三人で一つな」
「むー、まぁそれで手を打ってあげるわよ」
「・・・・・・もう」

[]

実際それは、三人で食べるにしても多すぎる量だった。
さすがは一個2000円。というか2000円でも採算が合うのか疑問だ。
「おいし〜♪」
「・・・・・・」
一口一口感嘆を体全体で表現するかなみに対し、千奈美は一口運ぶごとに目がとろん、とする。
まあ、表現方法は違えど、喜んでくれているようでよかった。
「ところで俺の分はないのだろうか・・・・・・」
二人の食べる姿に見とれていた俺は、自分の分のスプーンがないことに気付く。
「・・・・・・使って」
千奈美が、自分の使っていたスプーンをナプキンで拭い、手渡す。
「お、わりぃ。俺はちょっとでいいから」
「・・・・・・うん」
「・・・・・・おねーちゃん・・・・・・」
そのやりとりを見て、かなみが似合わない、真剣な表情をした。
・・・・・・この子は、いつもそうだ。時たま、その能天気なキャラクターに似合わない表情をする。
「・・・・・・おねーちゃん、ちょっとタカシ借りるよ」
「・・・・・・え?」
「すぐ戻るからっ!」
「ちょっと・・・・・・かなみちゃ・・・・・・」
俺の言葉など聞こうともしない。かなみは俺の手を無理矢理に引っ張り、喫茶店から連れ出した。
後に残されたのは、ぽかーんとした表情の千奈美だけであった・・・・・・

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「・・・・・・」
「かなみちゃん・・・・・・どこ行くの?」
かなみは無言のまま、俺の手を引いて歩く。
やがて、商店街を抜けた静かな公園に辿り着く。
「かなみちゃん・・・・・・?」
「おねーちゃん、笑ってた・・・・・・」
「へ・・・・・・?」
かなみは、俺の手をゆっくりと離すと、呟いた。
「・・・・・・タカシ、ウチでおねーちゃんのアルバム見たよね?」
「あ・・・・・・ああ」
「タカシ、言ったよね・・・・・・おねーちゃんの笑顔のこと・・・・・・」
「・・・・・・ああ」
千奈美の笑顔。写真に写っていた、満面の笑み。
・・・・・・今の千奈美とは、何かが違う。同じ千奈美なのに・・・・・・同じ笑顔なのに。
「おねーちゃんね、ずっとわたしを守る為に、笑わなかったの・・・・・・」
かなみは、ベンチに腰を下ろす。そして、記憶の糸を手繰るように続けた。

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「わたしたちの両親が死んだのは、事故のせいなんだけどね・・・・・・まぁ、確かにそれはすごく悲しかったわ。でも、問題はその後でね・・・・・・」
「後?」
「うん。お父さんとお母さんね、すごくお金持ちだったの。仕事がすごくうまく行ってたから・・・・・・だから、わたしたちに残してくれた遺産が、すごく沢山あったの」
「なるほど・・・・・・」
俺は納得する。そうでもなければ、一介の女子高生と女子中学生がたった二人きりで生活していけるはずがない。
「でもね・・・・・・そのせいで、おねーちゃんは笑えなくなった・・・・・・」
かなみは、悲しそうに・・・・・・心底悲しそうにため息をついた。
「思い出したくないから詳しくは言わないけど・・・・・・要は、遺産目当ての大人たちがこぞってわたしとおねーちゃんに群がってきてね・・・・・・」
おねーちゃんは、そんな大人達からわたしを守るため、いっぱい勉強して・・・・・・そして、そんな大人達とずっと戦ってきた・・・・・・
かなみは続けた。
詳しく聞かずとも、容易に想像がつく。本当ならば、とっくに二人はぼろぼろに喰い物にされていたに違いない。
それが、今こうして二人は普通の生活を送れている。それだけで、千奈美の苦労がどれほどの物だったかを物語っていた。

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「ま・・・・・・そんなわけでね。おねーちゃんはいつのまにか、心から笑えなくなっちゃってたの・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
千奈美の、誰も寄せ付けようとしないあの雰囲気・・・・・・
そんな理由があったなんて知らずに、俺は―――
「でもね。おねーちゃん、タカシに見せる笑顔だけは、あの頃の面影があるんだよ」
かなみは、俺を指差して言った。
「きっと、おねーちゃんも変わりたいんだと思う。だからせめて、好きだって言ってくれたタカシの前でだけは、素直でいたいんだと思うんだ・・・・・・」
「・・・・・・」
「ま、話はこんなとこよ。おねーちゃんの事、ただの無愛想な人だと思われたくないから・・・・・・タカシには聞いてほしかったの」
「・・・・・・そんなこと、思ってないよ・・・・・・」
そうだ。千奈美は確かに感情の豊かな子には見えない。
だけど、俺は知っている。
甘い物を食べている時の顔、照れている時の顔、ふくれている時の顔・・・・・・
たった数日間の付き合いだけど、俺は随分彼女のいろいろな顔を見てきた。
だけど俺は・・・・・・俺は、彼女の事を、好きなのだろうか?

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これは元々、些細な罰ゲームから始まった関係だ。
そのことを、俺は忘れていた・・・・・・というより、忘れようとしていた。
本当に、千奈美との日々が楽しかったから・・・・・・
彼女の違う表情を見つけるたび、小さな幸福感に浸る自分がいたから・・・・・・
「タカシ。これだけは言っとくわ」
「・・・・・・」
「おねーちゃんは・・・・・・わたしのすべてなの。わたしは・・・・・・」

わたしは、おねーちゃんを悲しませるものを、絶対に許さない―――

「なんてね。ま、タカシの事、信じてるよ。きっとおねーちゃんを変えてくれるって」
「・・・・・・」
かなみの言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
俺は・・・・・・俺は、千奈美を―――
夢のような幸福な日々に、都合の悪いことを隠して浸っていた。
だが、夢は所詮虚構の幸福でしかない。
夢は、いつか覚める。そんな事、俺はとっくに気付いていたんだ。
だが、それがもう、すぐそこまで迫っていることに・・・・・・俺はまだ、気付けずにいた。


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