その12

 休日の朝に鳴る、無粋なチャイム。
 一回、二回、三回……。 
 身体を起こす。四回目。
 枕もとの目覚ましを見て舌打ちをした。五回目。まだ九時じゃないか……。
 隣のネムを起こさないようにベッドから降りると、玄関へ向かう。六回目。
 このカウントは、意識が戻ってからのものだから、実際にはもっと前から鳴っていたはずだ。
 つまんない勧誘とかだったら怒鳴りつけて、もう一眠りしよう。こっちは夕べ日帰りで、夜中の海
水浴だったんだ。楽しかったけど、疲れてる。昼まで寝たい。
 九回目をカウントしながら、鍵を開け、チェーンはつけたままで細くドアを開ける。

「よっ! 息子よ!」
「……む」
 
――パタン

――
――――
――――――『親、来襲』

 ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!
 全くの想定外。一切のアポなしで現れたマイペアレンツ。
『ちょっと! 何閉めてんの!! 開けなさい!!』
 母さんがドアを叩きながら怒鳴ってくるが、それどころじゃない。

 騒ぎに、ネムもあくびをしながら出てきた。とりあえず、有無も言わさずいつもの帽子をひっ被
せると、俺は頭を抱える。
 この状況は非常にマズい。
『タカシ! 居るんでしょ!! 開けなさい!!』
どーする!? どーすんのよ!? 俺!?

 りょうしんが あらわれた!

ニア『いるす』
 『かくす』
 『みちとのそうぐう』

☆タカシは 『いるす』 をつかった!
 しかし すでに ドアをあけてしまった!

☆タカシは 『かくす』をつかった!
 しかし、かくすばしょと じかんが ない! 

☆タカシは 『みちとのそうぐう』 をつかった!
 それを するなんて とんでもない!

 特に三つ目。
 ネムが獣人ということを差し引いても、休日の朝に、自分の息子が寝巻き姿の年端もいかぬ娘と
一緒にいるなんて目にしたら、大騒ぎになるのは必至! コーラを飲んだらゲップが出るくらい(ry
 あぁ、どうしよ、どうしよ! 時間だけが過ぎていk――
 
 ――ガチャ

「え?」
 開くドア。
 見詰め合う六つの目。ドアノブはネムが握っている。
「って、なんでお前が開けるんだよ!」
「ガル?」
 例によって、キョトンとこちらを見るネム。人が頭抱えてるときにコイツは……!!
「知らない人が来ても、開けちゃ駄目って言ってあるだろうが!!」
「実の親を知らない人って言うな!!」
 スパーン! といい音をさせて、母さんが俺を叩く。
「それより、タカシ……この子……」
「……む」
「…………あ、いや……えぇと」
 おもむろにハンドバッグから携帯を取り出すマイマザー。
「あ、警察ですか!? ウチの息子が中学生をに監禁して淫k――」
「だああああああぁぁぁぁ!! やめろおぉぉ!!」
 誰か、俺のアンビリカブルケーブル、引っこ抜いてくれねぇかなぁ……。



「さて、納得のいく説明して貰おうかしらね?」
「……む」
 ちゃぶ台の向かいには親、そして俺はいまだ寝巻き姿のままで正座している。
 母さんは、前に実家に帰ったときと髪型が変わっていた。パーマをかけておめかししてる感じ。化粧
も濃い目だが、今は目が険しい。
 父さんはと言えば、目が険しいのはいつものことなので、よく解らない。今も口をへの字に曲げて、
苦虫を噛み潰して未だに咀嚼してる後みたいな顔をしている……朝からあんまりいい例えじゃなかった。
「えぇ……実は、知り合いの子でして……」
「その知り合いって? 誰?」
「……む」
 詰め寄る母さん。つーか、父さん、さっきから『……む』しか言ってないな。
「えぇ……その……」
 答えに詰まる。急な嘘をでっち上げても二人を納得させられないは明らかだし、かと言って黙ってる
のも非常にマズい。
 この場を凌ぐアイデアを必至に練っていると、母さんがネムの方をチラリと見た。
「ガル……」
 見られた方は、首をかしげて、大きくあくびをする。のん気なもんだ。本当に。
「あの……尻尾ってなんなの? オモチャでしょ? ああいうの今、流行ってんの?」
 うさん臭そうに言う。
「あ……あぁ、うん。そんなとこ」
 何を言われても、こればかりは作り物で押し通すしかない。
 どうも、ネムの第一印象は良くないようだ。まぁ、それもそうで、考えてみればろくろく挨拶もして
いない。もう少し礼儀作法を教えておくべきだったと後悔しても、時既に遅し。
 何はともあれ、どうにかしてこの場を切り抜けなければ。
 なにか。何か手はないのか。
 と、そのとき。
「タカシ? 入るわよ〜?」
 かなみさんが、玄関の方から姿を見せると、部屋の入り口で二人の姿を認めて立ち止まった。白いワ
ンピースに、薄手の淡い黄色をした上着を羽織っている。
 この人は朝から何をしに来たんだろ。只ですら立て込んでるのに……。
「あ、お、お客さん?」
 驚いたのか、声が裏返っている。
 両親はといえば、ぽかんと彼女の顔を見つめて、固まっていた。

 これだ!

 脳裏に閃いた、策略の光!
 まさに起死回生。一種の賭けだが、道はこれしかない!
「あ、か、かなみさん? えぇと……うちの両親です!」
「はぇっ!? あ……ご、ご両親!?」
「そう! 父さん、母さん、こちら隣の部屋に住んでる椎水かなみさん」
 そう紹介した瞬間、母さんの目が三日月形になった。
「あらあら、それはそれは……息子がお世話になってますぅ」
 一オクターブほど声のトーンを上げて、さっきとは打って変わった笑顔で対応するマイマザー。目
尻の皺を二割り増しほど深くして、品定めするようにかなみさんをつま先から頭まで眺める。

 ――食 い つ い た !

「い、いえ、こっ、こちらこそ……!」
 かなみさんは慌ててお辞儀をすると、そそくさと俺の横に座った。
 よし、ここまでは計画通り。母さんの性格を考えれば、息子の部屋にチャイムも鳴らさず入ってく
る女性なんて、そんな風にしか見えないだろう。
(ちょっと! 聞いてないわよ! ご両親来てるなんて!)
 ヒソヒソ声で耳打ちしてきた彼女に、俺もヒソヒソと返す。
(いきなり来たんですよ!)
 そもそも、冷たいことを言うようだが、連絡貰ってても、かなみさんに報告する義務はないと思う。
(とりあえず、ネムのことをどうにかしたいので、調子を合わせてください!)
(え?)
 俺は話を切り上げると、両親を見た。
 内容までは聞こえていないようだったが、親しげに耳打ちしあう俺たちを見て、母さんはご満悦の
表情だ。何か勘違いされてる気もするが、それはそれでこの場合は好都合だ。
「かなみさんは、こちらのネムのお姉さんなんだ」
「えっ!?」
 横でかなみさんが声を上げたが、慌てたように口をつぐむ。ネムも身体を起こして驚きの眼差しで
こちらを見るが、それ以上の、特に否定するような言動はない。
「あら、そうなの?」
 母さんがかなみさんに尋ねる。俺は肘でそっとわき腹辺りを突付いた。
「あ、あぁ……そ、そうなんです、えぇ」
「ガル!」
 ネムが首を振りかけた。
 だが、すぐに手を伸ばして頭を撫でることで誤魔化す。少し乱暴に、両親からの死角で帽子の下の
耳に囁く。
(少し、話を合わせてくれ。頼む)
(グゥ……)
 頭をワシワシとしてやると、きわめて不本意そうにネムは言葉を呑み込んだ。
 どうやら、のっぴきならない自体というのが解ってもらえたようだ。
「かなみさんは、獣医なんだ。そいで、夜勤のときとかネムを俺が預かってるってわけ」
「あ、あぁ……そうなんです、えぇ」
 さっきと全く同じ返しで、かなみさんは頷く。
「お、驚かしてごめんな。そういうわけなんだ、うん」
 俺はそうやって締めくくった。母さんはもう何を言ってもニコニコして、
「あら、そうだったの。やだわぁ、あたしったら、オホホホホ!」
などと例の一オクターブ高い声で笑っている。
 はぁ、何とかなったか……。
 母さんは、ものすごく積極的にかなみさんと話し続けている。もともと話し好きな人だが、無口
な父さんとよく結婚したものだと思う。
「獣医さんねぇ、大変でしょぉ?」
「え、えぇ……まぁ、でも、やりがいは、ありますから……」
「ウチも、犬を飼っててねぇ。タカシが面倒見たもんだから、バカみたいな顔に育っちゃって……」
「それ関係ないだろ」
「いえ。でも、私の経験だと、結構飼い主に似てきますよ、ペットって」
 そう言って、かなみさんはこちらを見ながら押し殺した笑いを浮かべた。すいませんね、バカみ
たいな顔で。
 と、そこで母さんはぐぅっと身を乗り出した。 
「……ねぇ、椎水さんは、結婚しても、お仕事続けるのかしら?」
「ふぇっ!?」
 ヤベェ、暴走してきてる。
「か、母さんっ!?」
「あら、だって、こうして紹介されたんだからねぇ。やっぱりそういうの考えたっていいじゃない?」
 よくねぇよ!!
 喉まで出かかった言葉を無理矢理収めて、ぎこちない作り笑いを浮かべる。
「ま、まぁまぁ、よせよ。か、かなみさん、夜勤明けでしょ? 一眠りしたら?」
 無理矢理に話を打ち切ると、かなみさんは腰を浮かせた。
「そ、そうね……じゃぁ、すいません、失礼しますぅ」
 そう言いながら、彼女はネムの方へ目を走らせる。妹という設定なら、連れて帰らねば不自然だろう。
 俺はネムの方を見ると、目配せする。
 ネムは首を凄い勢いで横に振って、後ずさりした。気持ちは解るが、今は耐えて欲しい。
「ほ、ほらぁ、ネムちゃん? 帰りましょ?」
 かなみさんが手を伸ばす。ここまで来て怪しまれるわけにはいかない。
 だが願いも空しく、ネムはその手を取るどころか、離れる方へ移動してしまう。
 この間の海で大分打ち解けたかと思ったが、やはり二人きりになるのは抵抗があるらしい。
 母さんが眉を寄せ、訝しげな顔で俺とネムを交互に見る。
 ヤバい。ネム! 頼む……!
 そう心の中で悲鳴を上げた瞬間だった。
 それまで黙っていた父さんが、いきなり手を伸ばしてネムの頭を無遠慮に撫でた。
 目を剥いて凍りつく俺とかなみさん。
「む……?」
 帽子の布地越しに僅かにネムの耳の形が現れる。ネムは一瞬肩を竦ませて身体を緊張させたが、なぜ
だかすぐにその手に身を委ねた。やっぱり、親子だから俺と同じ臭いでもするんだろうか。
 ハラハラしながら、俺らはその姿を見ている。
 と、突然。
「父さん! 何やってんのよぉ!」
「……む」
「タカシ、あたしら行くからね?」
「え? も、もう!?」
 驚く俺にグイ、と顔を寄せ、母さんは悪戯っぽい笑顔を見せた。
「そこまで野暮じゃないわよ? 母さん空気読めるつもりだし」
 いや、読めてない。読めてないよ。
「しっかりやんなさいよ! あ、あと、結婚までは避妊はちゃんとすんのよ!」
 やっぱり読めてない。欠片も、一ミリも、一切合財、読めてない。
 あぁ、怖いよ。後ろのかなみさんの方から、肌がひりつくような視線を感じる。
「あたしらは、適当に観光して帰るから! ホラ、父さん! 立って!」
「……む」
 父さんを引きずるようにして玄関まで行く母さんに、慌ててついていく。ネムもかなみさんも来たの
で、狭い玄関が人で一杯になった。
「見送りなんか、いいから! 早く孫の顔見せてねぇ!」
 さっきと言ってることが矛盾してる。言うことの辻褄が合わないのは、かなり上機嫌な証拠だ。
 と、そこで父さんの足が止まった。
「……先に言ってなさい」
 恐らく、この部屋に来てから初めて、父さんがまともな言葉を喋った。
「え〜、なんでよぉ!」
「早く」
 有無を言わさぬ口調だった。俺はその低い声に、はっとする。
 しかし、空気の読めない母さんはそれに怯むでもなく、
「はいはい、男同士の話ってヤツね〜!」
と能天気な声を上げて玄関を出て行った。
 母さんがドアを閉めるのを見届けてから、父さんは俺に向き直る。
「…………」
「ぁ…………」
 微妙な沈黙が流れる。だが、ふいに父さんは長く息をつくと、一言、
「いつでもいいから、実家に連れて来い」
と言った。意外な言葉に、俺は面食らいながらも、
「あ、あぁ、そうだな。かなみさんの仕事が空けば……」
と取り繕う。かなみさんも、横で曖昧な笑みを浮かべていた。
 だが、父さんは軽く首を振る。
 そして、手を上げるとネムを指差した。
 俺はまた凍り付いて、父さんの目を見つめるしかできなくなる。父さんは、無表情なままで言った。
「もちろん、椎水さんが来ても構わないけどな。歓迎するよ」
「あ……うん」
「次来るときは連絡する……洗濯物くらいは隠しておけ」
 一瞬、ごく普通の小言かと思った。部屋が汚いから、単に注意しただけのことだと。
 だが、頷きかけて固まる。
 部屋に干しっぱなしの洗濯物。
 一気に顔から血の気が引いた。その中には、ネムのスパッツや下着も一緒にあったのだ。
 かなみさんは困惑の眼差しで俺を見る。こっちは戸惑うどころか、半分以上はパニックだ。
「ぁ、いや……父さん、その、こ、これは……」
「しっ」
 意味のない言葉を並べる俺に、父さんは人差し指を立てると、顔を寄せて早口で囁いた。
「何も言うな。俺も何も訊かんし、誰にも言わん」
 それだけ言うと、いきなりドアノブを引いた。
「ひゃあっ!」
 母さんが悲鳴と共に転げ込んでくる。驚く俺らに、ドアに張りついて聞き耳を立てていたのを隠すよ
うに乾いた笑いを上げた。
「は、はははは。お話は終わった?」
「……む」
 盗み聞きを怒るでもなく、元通り不機嫌そうな顔で低く返事すると、父さんはチラリとこちらに一瞥
を投げてスタスタと出て行った。
「あ、ちょ、ちょっと! あ……ホホ、じゃぁ、またね、タカシ。椎水さんも、息子をよろしくお願い
しますぅ! ちょ、ま、待ってよぉ!」
 例の高い声で言い残すと、母さんはドタドタと足音をさせて去っていった。
 開けっ放しのドアから吹き込んでくる温い風を受けると、かなみさんがポツリと呟いた。
「……バレてるわね」
「……はい」
 俺はただ、頷くしか出来なかった。
 と、そこで思い出す。
「あれ?そう言えば、かなみさん。何か用事ですか?」
「え?」
「いや、用があってうちに来たんじゃ……」
「あっ、あぁ、そうそう……」
 取ってつけたような台詞の後で、かなみさんは続けた。
「えっと……夕べの海水浴のとき、忘れ物しちゃったみたいでさ……そ、そんでまぁ? 車、返さない内
に、乗っけてって貰おうかと思って」
 確かに、まだレンタカーは夕方までに返せばいいし、何だか二度寝という空気でもなくなっていた。
 大きく伸びをすると、俺は何の気なしに尋ねた。
「忘れ物って、何です?」
「ん? え、えぇっと……そ、そう、指輪よ! 指輪! き、着替えの時に落としたかも、と思って――」

「ウソダッ!」

 いきなりネムが割って入ってきた。
「カナミ、ユビワ、シテナカッタゾ!」
「こ、こら、ネム……す、すみません……かなみs――」
 まだ何か言いたそうなネムを目で制してから、改めてかなみさんの方を見る。
 いつの間にか、耳まで赤くなってた。怒らせてしまったか、と内心冷や汗をかいた。
「あ、あの……かなみさん?」
「んぁ!? あ、あぁ、なっ、何よ! 乗せるの!? 乗せないの!?」
「行きますよ……とりあえず、着替えて来ますから、その間に車の中探しといて貰えます?」
 昨夜は車で着替えたので、落としてるなら、そこの確率が高い。
 まして、俺はまだ、寝巻きのままだ。かなみさんは、もうばっちり着替えて化粧までしてるのに。
 化粧? なんでお出かけ仕様なんだ? この後どっか寄るんだろうか。
「ぁ……しょ、しょうがないわね! 早くしなさいよ!」
 俺の手からキーをひったくるようにして受け取ると、かなみさんは駐車場へ向かった。よかった、いつ
も通りと言えばそうだが、どうやら怒ってるわけでもなさそうだ。
 それを見届けてから、ネムに向き直る。
「あのな、ネム。何事も、決め付けはよくないぞ?」
「ガル……ホントダ」
 頬を膨らませて、むくれるネムを諭すように俺は続ける。
「いや、別にお前が嘘ついてるとかじゃなくてだな……」
「グルゥ……ドライブ、イクキカ……」
 何だか、珍妙なこと言い出しましたよ。この娘は。
 だが、茶化すのがためらわれるほど、ネムの目は真剣だった。なぜか、少し困ったように眉をハの字に
している。
「ドライブって……別に、車でちょっと海まで行くだけだろ?」
 ……あれ? もしかしてドライブか? これ。
 自分でもちょっとよく解らなくなっていると、さらにネムは解らないことを言い出した。
「ケッコン、スル、ノカ?」
「んぁ?」
 なんのこっちゃ。
「タカシノ、オカアサン、イッテタ。カナミト、スルノカ?」
 あぁ、そういうことか。全く、母さんが余計なこと言うから、いらん誤解を……。
「しないよ。いや、人生どうなるか解らんから、言い切れんけどさ。今のところは、その予定はないよ」
 げんなりとした声で答えると、ネムはなぜか、心底嬉しそうに笑った。
「クシシシシ……」
 すいませんね、結婚のあてもなくて。
 子供を生んで、育てて、年取って、子供が結婚するのを見て、孫の顔見てニコニコして……
 考えてたら悲しくなってきた。俺にそんな未来はあるのだろうか。
 中学の時は、高校になったら彼女できると思ってた。
 高校のときは、大学生になればと思ってた。
 大学の時は、就職すればと…………。
「はぁ……」
 ため息をつく俺の肩を、ネムがポンポンと叩く。
「キニスルナ」
 あぁ、とうとう獣人にまで憐れみの目を投げられてしまったよ、チクショウ……。
「ネムガ、イッショウ、コキツカッテヤル」
「そーですか」
「ドライブ、イクゾ!」
 ネムはそう言い捨てると、そそくさと奥へ引っ込んだ。風呂場の脱衣所が、ネムの着替えスペースだ。
なんか、急に元気になってるなぁ。別に、泳げるわけではないはずなのだが。
 タンスから服を引っ張り出してると、携帯が鳴った。
『ちょっと! 遅いわよ! 早くしなさい!!』
「へ〜い……」
 まだ五分かそこらだと思うんだけどなぁ。つか、そんだけの時間で車の中、本当に探したんかい……。 
 あぁ、お父さん、お母さん。
 理不尽な目に合うし、挫けそうにもなります。
 隣人にドツかれ、職場の後輩には訴えられそうになり、遭難したり、海賊行為を手伝ったり、獣人だっ
て家にいます。
 それでも、とりあえず俺は元気です。
 丈夫に生んでくれてありがとう……本当に、丈夫でよかった。

                         
 ちなみに、海まで往復する間、かなみさんは不機嫌で、反比例してネムの機嫌は上々だった。
 ――理由は、知らない。


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