・ツンデレが男と会うのを規制されたら その1

事は、中間テストの結果をお母さんに見せた時に起こった。
「かなみ。なんなの、この成績は?」
「……見ての通りですが、何か?」
「何かじゃないでしょ? 貴方来年受験なのよ? 自覚してる?」
「う〜……そんなの、分かってるわよ。けど、理数系は苦手なんだもん。これでも一応勉
強したのよ」
「嘘ばっかり。机には向かっていても、どうせ別府君の事ばかり考えてたんでしょう?」
「なっ……!? 冗談じゃないわよ!! ななななな、何であたしがあんなグズでうすの
ろでバカで変態でスケベなアイツの事なんて考えてなくちゃいけないのよ!!」
「そーんな嘘ばっかり言っても、お母さんはちゃんとお見通しなんですからね」
「おかーさん。目が腐ってるわ…… 一度、眼科に行って見て貰った方がいいわよ。義眼
にしろって言われるかも知れないけど」
「うるさい。こう見えても、お母さんの目は確かなのよ。お父さんと結婚したくらいなん
だし」
「おとーさん、ねぇ……どう見ても、目は確かだと思えないんだけど?」
「自分の父親に対してそんな言い方しないの。全く……お父さんに似て素直じゃないんだ
から。私と貴方の双子の妹の奈菜はこんなにも素直なのにねえ」
「お母さん…… 鬱陶しいから……私まで巻き込まないでね…… あと……詳しい紹介い
らないから……」
「あたしだって別に素直だもん。お母さんが勝手にあたしを嘘つき呼ばわりしているだけ
で」
「……こないだ……かなみが、タカシ君の写真を見て……ニヤニヤした笑い浮かべてるの
……見たわよ……」
「なっ……奈菜っ!? いいい、いつの間に……じゃなかった。そんな事してないっ!!
変な偽の目撃情報なんて流すなっ!!」
「……本当なのに……認めないんだから……」
「はいはい。姉妹でケンカしないの。で、かなみ。アンタ来週、追試があるんだって?」
「……何でそんな事――って、奈菜から聞いたのね?」
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「……正解。でも……かなみは……受ける気……ないんでしょ?」
「当たり前じゃない。確かに対象者は五十点未満だけどさ。赤点じゃない人は選択じゃな
い。何を好き好んで嫌いな教科のテストなんてもう一度受けなくちゃいけないのよ」
「今回のテスト……出来なかった所を再確認して……しっかりと自分の知識にすること……
じゃない?」
「あー、はいはい。優等生的な発言どうも。奈菜はいいわよねー。頭いいから」
「そういう言い方……嫌いなんだけど? かなみがダラダラしてる間……私が何もしなか
ったとでも……?」
「何よ? ダラダラって、あたしがまるで努力してないみたいじゃない? あたしだって
ちゃんと勉強くらいしてたわよっ!!」
「そお? ちゃんと勉強してたら……こんな点数……取れる訳ないけど……」
「なんだとおっ!!」
「ストオッップ!! ケンカしないでって言ってるでしょう。これ以上続けるなら、二人
とも今日の夕御飯は覚悟するのね」
「あう…………」
「…………フン」
「で、かなみ。貴方、今度の追試。ちゃんと受けなさい」
「ええっ!? 何でよ」
「当たり前でしょう? 成績が悪かったのをカバー出来るチャンスを先生が与えてくださ
っていると言うのに、みすみす逃す手はないでしょう」
「別に次のテストで挽回すればいいじゃない。まだ今年の定期考査は四回はあるんだし……」
「ダメよ。ちゃんと受けなさい。それで、成績悪かった罰として、かなみには明日から別
府君と会ったり連絡を取るのを禁止します」
「ええええええっっっっっ!!!! じゃ……なかった。今の無し無しっ!! な、何よ、
その罰。全然意味無いんだけど」
「……物凄く……嫌がっていたじゃない」
「う、うるさいっ!! と、とにかくあたしは別にアイツと会えなくたって全然平気だし
……」
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「そう。なら問題ないわね。最近どうも、浮ついてて落ち着きが足りないみたいだし、別
府君の事を思って勉強が全然手に付かないんじゃないかなーって、お母さん思ってたから」
「ないないないない!! あ、ありえないわよ、そんなの」
「……どうだか」
「だから奈菜は黙ってろって言ってるでしょ。で、何? いつまでアイツと話すの禁止な
のよ。別にあたしは一生でもいーんだけど」
「……強がり……ばっかり……」
「ほら。奈菜はかなみを挑発しないの。差し当たっては、来週の追試までの一週間ね。そ
れで六十点以上取れなければ、期末まで延長と。いい? 分かった?」
「きっ……期末までぇっ!?」
「あら? 一生会えなくてもいいんじゃなかったの?」
「あ…… ど……どうぞどうぞ。好きにすればいいじゃない。ま、まあその……アイツと
会う会わないはともかく、六十点以上取ればいいのね? 分かったわよ。奈菜だって出来
るんだもの。あたしにだって出来るわよ、それくらい」
「……一応言っとくけど……あたしは……八十二点だよ?」
「何よ、それ? 嫌味?」
「……単なる……事実を言っただけ……」
「そこで言う事かって事よ。こうなりゃ八十点以上取ってやるわよ。それでアンタを見返
してやるんだから」
「ほとんど内容一緒の追試で……威張られても……困るんだけど……」
「む、むかつく…… どうしてアンタはそこまで性格悪いのよ。そんなんだから彼氏の一
人も出来ないのよ」
「……む……大きなお世話。かなみだって……いないクセに……人の事言えた義理じゃな
い……」
「いい加減にしなさいっ!! とにかくかなみは、明日から別府君との一切の接触を禁じ
ます。メールも電話も。破ったら、期末テストまで延長で、いいわね?」
「分かったわよ。そんなの……痛くも痒くもないんだから」

4
 そんな訳で、あたしはタカシと会ったり連絡を取り合ったりするのを禁止されてしまっ
た。って言っても、クラス同じなんだし、全然話さないなんて無理に決まってる。せいぜ
い行き帰りに一緒になる事と、お昼休みくらいだろう。別に、全然寂しくはない。
 しかし、現実はそんな甘くは無かったのだ。


 次の日の朝。あたしは無意識にタカシの姿を探していた。
「おっはよう。かなみっ」
 いきなり、後ろから抱きつかれた。
「グエッ!! と、友ちゃん? 何すんのよ!! 朝から元気いっぱいに体当たり仕掛け
て来んな。バカ!!」
「バカはないでしょ〜? 大親友に向かってさあ。で、奈菜っちから聞いたよ〜」
「な、何がよ……」
「何がって、惚けちゃって。今日から来週の再試まで、別府君と会うの禁止なんだって?
いやー、お辛いねえ」
「べっつに。たったの一週間、タカシと話ししなきゃいいだけでしょ? むしろウザイ奴
が消えてせいせいしているくらいよ」
「またまた〜。強がっちゃって、この子は。登下校も一緒に出来ないし、休み時間もお昼
も一緒にいられないのよ? いいの?」
「いいも悪いもないわよ。別に全然構いやしないし。もともとアイツからちょっかい掛け
てくるから、相手してあげてただけだもん」
「誰がどう見ても逆ですけどね」
「う、うるさいっ!! 一体どこをどう見れば、あたしの方が構ってもらいたがってるよ
うに見えるのよ。眼球ごと交換して貰ったら?」
「うん。まあいいけどね。そう言うと思ったけど。それよりさー。ほらほら。あれを見て
もそんな事言えるのかな?」
「あれって何よ?」
「ほら。あ、れ」
5
 もったいぶった言い方で、友子は通学路の先を示した。あたしはその指し示す先を見て
……仰天した。視線の先にはタカシと、そしてその横に女子生徒が一人並んで、楽しそう
におしゃべりしていた。髪型以外の背格好があたしにそっくりな女の子なんてのは、どう
考えても一人しか思いつかない。
「あのヤロ……」
「待った!!」
 駆け足で二人に追いつこうとしたあたしは、いきなり腕を掴まれて引き戻された。
「なっ……何すんのよいきなり!! 腕が抜けたらどうするつもりよ!!」
「アハハハハ。そしたらゴメンって謝ってあげる。そんな事より、別府君と会うの禁止な
んでしょ? もう約束破る気?」
「ゴメンで済んだら警察はいらないわよ!! 大体、何で友ちゃんがあたしの邪魔する
訳?」
「それはですねぇ。奈菜っちから、頼まれたの。かなみが別府君に近寄らないよう、御守
りしててくれって」
「ぬうっ!? アイツめ…… あたしの事をはなっから信用してないわね」
「さー。それだけかしらねー。あの様子を見てると」
 友ちゃんがニヤニヤするのは分かる。遠目に見ても、二人が仲良さそうなのは一目瞭然
だからだ。
「離してよ、友ちゃん。タカシと話ししなきゃいいんでしょ?」
「どうすんの?」
「奈菜と話しつけてくるだけ。それなら文句無いでしょ」
「おー。修羅場修羅場。ダメよー。双子の姉妹で彼氏の取り合いなんかしたら」
「するか、アホッ!!」
 そう言い捨てて、私は奈菜の方へと全力で駆け出していった。
「奈菜っ!!」
 大声で呼ぶと、二人があたしの方を向いた。タカシが何か言いたそうに口を開きかける
のを、奈菜が手を翳して制する。それから、タカシにその場にいるよう目で合図して私の
方に近寄ってきた。その、いかにも以心伝心な様子が、酷く癇に障った。
「何……? タカシ君に近寄っちゃダメだって……お母さんに言われてたはずだけど……?」
6
「用があるのはアンタよ。タカシにじゃないもの」
「なら、手短に済ませて……」
 いつに無く、敵意を剥き出しにした感じである。だけどそれはあたしだって負けちゃい
ない。
「あたしがタカシに近寄れないのは分かってるわよ。だけど、何でアンタがベタベタして
んのよ? それとこれとは関係ないでしょ?」
「ベタベタなんて……人聞きが悪い…… 私は……普通に……タカシ君と……話ししてた
だけ。別府君にも……かなみに話し掛けないよう……伝えないといけないし……」
 奈菜の言ってることはある程度は、本当なんだろう。だけど、きっと、それだけじゃな
いはず。
「嘘よ。後ろから見てたら、いかにも仲良さそうなこっ………仲良しに見えたもの」
「仲は……良くたって普通でしょ? 幼馴染なんだし……かなみと、同じでね……」
「だからって……子供の時とは違うんだし、変に馴れ馴れしくしたら、タカシを調子付か
せて、厄介な事になるかもしれないわよ?」
「厄介な事って……何?」
「何って、だからその……自分の事が好きなんじゃないかって勘違いするとかさ。アイツ
は特に、調子に乗るタイプだし……」
「かなみは……勘違いされても……いいの?」
「へ?」
「だって……タカシ君と仲良くおしゃべりするのって……いつも、かなみがしている事
よ?」
「あっ……あたしは……ほら。アイツが勘違いとかしないように、罵ったりしてるから、
だからその……大丈夫、だもん。だけど、アンタはほら。あたしと違って性格素直で可愛
いから……」
「心配なんだ」
「へっ!? な……何がよ?」
「タカシ君が……私に靡くのが……」
「ばっ……バカじゃない? 何言ってんのよ。あたしはねえ。アンタの事を心配して忠告
してあげてるのよ。そりゃ心配っていえば心配だけど、それはアンタが困らないようにと
思っての事なんだから」
7
「嘘ばっかり」
「変なこと言わないでよ。何であたしが嘘なんて付かなくちゃならないの? 意味分かん
ない事言わないでよね」
「だったら……余計なおせっかいは……いらないから」
 その言葉の冷たい響きに、あたしは物凄く悪い予感がした。今まで全然気付かなかった
し、想像もしてなかったけど……まさか、奈菜もタカシの事が好きなんじゃないか。それ
を思った瞬間、背筋にゾクリと冷たい物を感じた。
「おせっかいって……アンタ、自分の事なのよ? 後から勘違いを正すって、辛い思いを
しなくて済むように忠告してるんだからね」
「だから……それが、おせっかい。自分の事だもの……自分で、何とかするから…… か
なみは、おとなしく……後ろで、見てて」
「うっ…… わ、分かったわよ!! 後悔しても知らないんだからっ!!」
 あたしは、その場に奈菜を残して走った。しばらく全力疾走して、息が続かなくなって
からようやく立ち止まる。そして、奈菜の言葉を思い出した。
――かなみは、おとなしく後ろで、見てて……
 その言葉が、まるで宣戦布告のように聞こえた。


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