・ツンデレが男と会うのを規制されたら その2

 その日一日はまるで地獄だった。奈菜はクラスが違うので、さすがに休み時間もベッタ
リ、何てことはなかったけど、あたしの方は友ちゃんがしっかりと貼り付いてタカシに離
し掛けるのを許してくれなかったし。
「どう? 別府君と話せない一日は?」
 お昼休みに、友ちゃんとお弁当を広げつつ、またそんな話題になった。
「何てこと無いわよ。むしろ静かでせいせいしているくらいだし」
「まーたまた。無理しちゃって」
「さっきからそればっかじゃない。いい加減アンタの方が鬱陶しいわよ」
「ほほう。あれ見ても、そう言うかな?」
「あれって、何よ」
 すると、友ちゃんは教室の一点。出口の方を指して言った。
「奈菜っちと別府君。一緒にお昼みたいよ?」
「なっ!?」
 思わず、あたしはビックリして椅子から立ち上がった。友子の指した先に、確かに奈菜
と、タカシが一緒にいて、そしてちょうど教室から出て行くところだった。そして、ほん
の一瞬だけ奈菜があたしを視界に捕らえて、そして視線を逸らしたように思えた。
「ほらほら。やっぱり気になるんじゃない」
 友子が寄ってきて、あたしのほっぺたをツンツンとつつく。
「いい雰囲気ねー、あの二人。このまま付き合っちゃうんじゃない? どうよ、かなみさ
ん。想い人に手も足も出せず、奪われていくのをただ黙ってみている事しか出来ない心境
って言うのは?」
 いかにも楽しんでいる感じ満々の友子にあんまりにもイラついたんで、思わずあたしは
拳を握り締めると、友子の脇腹を勢い良く殴りつけた。
「ゴフッ!!」
 友子が呻き声を上げる。
「いっ………… 何すんのよ……あ、あたしだってねぇ……かよわい乙女なんだからね……」
「るさいっ!! 人を肴にして楽しんでるアンタが悪いのよ」
 そう言うと、あたしは手早くお弁当を仕舞った。
「ちょ……どうしたのよ? お昼、食べないの?」
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「アンタがうるさいから一人で食べる。付いて来ないでよ?」
 そう言うと、あたしは友子を置き去りにして、一人で教室から出て行った。


「一人で食べるお弁当って……美味しくないな……」
 もそもそと一人寂しく、屋上でお弁当を食べながら、あたしは呟いた。
「タカシと奈菜……今頃、どうしてんだろ……」
 二人の事は気になって仕方が無かった。かといって、追いかける勇気も無かった。二人
の仲の良い姿を陰からこそこそ盗み見るなんて、みっともなくて出来やしない。

「別府君……口のところ……ご飯粒……付いてる……」
「えっ!? どこだよ?」
「取ってあげる…… 大人しく……してて……」
「い、いや。それくらい自分でするって」
「いいから…… はい。取れた」
「悪い。っと、ティッシュかなんか無かったかな……」
「そんなの……いらないから……」
「えっ!?」
 パクッ……
「……エヘヘッ……これって……間接キス……だよね?」

「ああもうムカつくっ!! 死ね死ね死ねっ!!」
 自分の勝手な妄想に、あたしは毒づいた。
――まさか……奈菜のヤツ…… 本気でタカシにアタックする気じゃ……
 そこはかとない恐怖心が、あたしを襲う。そうなったとしても、今のあたしには何も出
来ない。ただ手をこまねいて見ているしか、方法は無かった。
 立ち上がって、柵から遠くを眺めた。
――まさか……奈菜が、タカシにそんな気持ち抱いてるなんて、思いも寄らなかったけど
…… それとも、あたしに意地悪して、からかっているだけなんだろうか? アイツ、何
気に性格悪いし。
3
 しかし、それが単に、嫌な想像を回避しているだけなのは自分でもわかっていた。それ
よりも、今まで奈菜の気持ちに気付かなかった方がむしろ、鈍感すぎたのかもしれない。
「奈菜……かあ。勝ち目、あるかなあ」
 よく、双子の割には似てないよね。特に性格とか。なんて言われるけど、何だかんだで
あたし達はそっくりだ。ただ、奈菜の方が変なプライドが無いのか、捻くれてないのか、
素直に自分を曝け出せる。ただそれだけの事なのだ。それが、大きな違いでもあるけど。
「今のあたしに出来ることって……勉強する事、だけなのよね……」
――一週間頑張って、クリアして、またタカシに話しかけられるようになって、それで……
その時もう、奈菜とタカシが付き合っちゃっていたりしたら……
 悪い想像を、あたしは頭を振って、振り払った。考えたって仕方が無い。だけど、こん
な、暗澹とした気分になるのは生まれて初めてだ。
「とにかく……勉強しよ。期末までなんてなったら……絶望的なんだし」
 柵から離れようとしたその時、遥か下を歩く、一組の男女の姿が目に入った。タカシと
奈菜だ。どうやら、裏庭で食事をしていたらしい。
「クッ……」
 あたしは臍を噛んだ。両手両足を縛られ、猿轡を噛まされて、奈菜がタカシを奪って行
くところを強引に見せ付けられているような、そんな気分だった。


 最悪の一日だった。
「ただいま……」
 疲れ切ってドアを開ける。そのまま自分の部屋に直行すると、制服のままでベッドに寝
転んだ。
「情けないな…… まさか、たった一日、タカシとしゃべらないだけで……こんなに、辛
いなんて…… 違う。奈菜の奴が……あんな事さえしなければ……」
「お帰り……かなみ…… 遅かったのね……」
 いきなり、奈菜の声が聞こえて、あたしはビックリして跳ね起きた。
「奈菜っ!? あ、アンタ……いつからそこにいたのよ!!」
「今。かなみが……帰ってきたみたいだから……顔出しただけ。そんなに……不思議……?」
4
「あ……いや、別にその……そんな事ないけど……」
「まあ、どうでもいいけど…… どうしたの? こんな……遅くまで……」
「どうでもいいんならほっといてよね。いちいち奈菜に言う事じゃないわよ」
 まさか、奈菜とタカシが一緒に帰るところに行き会いたくなくて、図書室で勉強してた
なんて言えない。かと言って、勉強してたなんて言ったら、やっぱりタカシと話したいな
んて事になるし。
「まあ……いいけど。勉強は……進んでる?」
「――っ!!」
 奈菜には聞かれたくない質問だった。あたしは、ギュッと下唇を強く噛んでから、強気
で答えた。
「……まあね。別に、タカシのことはどうでもいいんだけどさ。一応、ほら。自分の事じ
ゃない。だからさ、まあその……追試くらいはある程度の点数は取っておこうかなって」
「……言い訳ばっか。まあ、かなみがそうなら……それでもいいけど……」
「言い訳じゃないわよっ!! あと、それでもいいってどういう事?」
「……久しぶりに……たっくんと話すの……楽しかったから……それだけ……」
「―――――っっっっ!!!!」
 たっくんっていうのは、奈菜が小学校の頃まで、タカシを呼んでいたあだ名だった。そ
れを今ここで言うって事は、二人の仲に何らかの進展があった事を意味している。
「かなみ……顔……怖いよ……?」
 奈菜の、挑戦とも取れる言葉にも、何の反応が出来ないのが、悔しい。
「人の苦労を逆手に取ったアンタの惚気話なんて聞きたくないもの。何がたっくんよ。馬
鹿馬鹿しい」
 吐き捨てるように言ったが、奈菜の表情は動かなかった。
「……別に……かなみにどう思われようが……関係ないし……」
 その態度が、あたしには余裕にしか見えなくて、苛立ってしょうがなかった。
「で、用はそれだけ? なら、あたしは着替えて勉強すんだから、邪魔しないでよね」
「……そういえば……冷蔵庫に……ハーゲンダッツあるよって……言おうと思って……」
「あっそう。ありがとう。じゃ、もう用は無いのね?」
「うん……それじゃ……いい点取れるよう……頑張って……」
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 奈菜の言葉が嫌味にしか聞こえず、あたしはそれには答えず、フン、と鼻を鳴らしても
う一度ベッドに転がり、奈菜に背を向けた。その背後に、奈菜の言葉が突き刺さる。
「……かなみ……ヤキモチは……みっともないよ……」
 カッとなってあたしが跳ね起きた時は、奈菜がちょうどドアを閉め終わったところだっ
た。奈菜の足音が遠ざかるのを確認してからあたしは枕を掴んだ。
「何よっ!! このバカッ!!」
 思いっきり枕をドアに投げつける。
「ハァッ……ハア……ハア……」
 荒い息をつきながら、しばらくドアを見つめていたが、やがてあたしは、ドサッとうつ
伏せにベッドに倒れ込んだ。
「手も足も出ないなんて……ヤダよ、こんなの……」


 次の日も、その次の日も、奈菜とタカシは一緒だった。見ないようにしても、視界に入
ってくる。聞かないようにしても、二人の仲の噂が、こっちにまで飛び火してくる。
「いやー。ここ二、三日で急激に進展したわよねー、あの二人。見る? 写真」
 友子が差し出したデジカメを、あたしはうざそうに振り払った。
「ウザイ。死ね」
「ちぇーっ。せっかくのスクープ写真だってのに。これなんてさー、奈菜っちが、別府君
にあーんってしてあげてるのよ。ほらほら」
 あたしの拒否なんてお構い無しに、友子はデジカメをあたしの前に出す。画像には、奈
菜がタカシに箸で食べさせてあげてるシーンがはっきりと写っていた。
「隠し撮りなんて、悪趣味極まりないわよ」
「へへんだ。誰に何と言われようが、あたしゃ止めないもん。つか、これって間接キスよ
ねー。いやあ。仲の良い事で。うーん、あっついわぁ」
「アンタさあ…… 絶対、嫌味でやってるでしょ?」
 ジロリと睨み付けると、友子はニカッと笑った。
「別に嫌味なんかじゃないって。今のかなみが一番興味あるネタを提供してあげてるだけ
じゃない。気にならないの? 双子の妹のコイバナ」
「別に。二人がそれでいいって言うんならいいんじゃないの? あたしは知った事じゃないし」
6
「素直じゃないのう。全く」
「フンだ。バーカ」


 家で勉強していても、想いはすぐに、タカシの方に向かってしまう。それじゃいけない
と思って、問題集に向かうのだが、ものの一分も経たないうちに、また戻ってしまう。
「ダメだ、こんなんじゃ…… ちょっと休憩しよ……」
 だけど、マンガも本も、全然読む気にはなれなかった。あたしは、携帯を手に取り、開
く。自然と指は、メールの履歴を探った。四日前にタカシから来たのが、最後のメールだ
った。それ以降は、一番多かったタカシからのメールが無くなり、友子はじめ、クラスメ
ートからのメールしかない。
「連絡……取りたいな……」
 ダメなのはわかっている。それでも、新規メールからアドレスを探り、タカシのメール
アドレスを入力した。
『今……何やってんのよ?』
 それだけでもいい。傍に寄れないなら、声だけでもいい。声が聞けないなら、メールで
もいい。とにかく、タカシと連絡が取りたかった。だけど、あたしは寸でのところで、発
信ボタンを押さず、震える手でメールを中止し、携帯を閉じた。
「……メール……したいよ……」
 堪え切れずに、ポロポロと涙が零れ落ちる。
「声……聞きたいよ……しゃべりたいよ……傍にいて……タカシの笑顔見て……一緒にい
たいよぉ……」
 グスグスと、声を殺してあたしは泣きじゃくっていた……


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